第449話「予習の時間」

 カミルとスサノオにメイド服を贈った翌日。

 俺はエイミーと共に、〈アマツマラ深層洞窟・上層〉へと足を伸ばしていた。

 他に付いてきているのは白月のみで、レティたちはおろか、カミルもスサノオもいない。

 レティたちはリアルの都合が付かないのかログインしておらず、カミルはここのところずっと家を空けていたからと〈ウェイド〉の白鹿庵と、〈ワダツミ〉の別荘をしっかりと掃除すると張り切っていた。

 スサノオは、所用で出掛けているらしい。


「スサノオが所用で出掛けるって、珍しいわね」


 ゴツゴツとした岩の連なる、薄暗い洞窟を歩きながら、エイミーが言う。

 確かに、スサノオが一人でどこかへ出掛けるといったことは、今までなかったように思う。

 最近は常に、足下に彼女の影があったため、それが無くなると少し落ち着かない。


「一日あれば帰ってくるって言ってたし、心配することでもないだろ。スサノオも、ああ見えて管理者だし、色々やることも多いんだろうさ」

「そうなのよね。彼女、〈スサノオ〉の管理もしてるのよね」


 普段の姿を見ているとつい忘れがちになるが、スサノオはウェイドたちよりも経験の長い、管理者たちの長女なのだ。

 俺たちと話している間にも、並行して巨大な〈スサノオ〉の町の様々なことを管理している。


「それより、今日は何のためにここまで来たんだ?」


 偉大なる小さな管理者の話は脇に置いておいて、俺はエイミーに来訪の理由を聞く。

 〈ワダツミ〉の別荘にログインすると、丁度エイミーが出掛ける準備をしていて、特に理由も語られないまま連れてこられたのだ。


「予習、かな」

「予習?」


 首を傾げて彼女の言葉を繰り返すと、エイミーは頷いた。

 両腕に着けた、巨大な鉄拳――“黒鉄の盾拳”をゴツンと打ち付ける。


「そのうち、〈白鹿庵〉でも深層洞窟の攻略に繰り出すでしょ。その時に備えて、原生生物の攻撃パターンとかを覚えておこうと思って」

「へえ……。え、もしかして、今までもそういう事してたのか?」


 何でもないように言うエイミーに、少し遅れて驚く。

 確かに彼女はパーティの盾役として、並み居る原生生物の猛攻を、その両腕で受け止めてきた。

 そのおかげで俺たちは安心して動くことができるわけだが、彼女がそんな予習をしていたことは、知らなかった。


「たまにね。レティとかトーカに付き合って貰ってたんだけど。今日はレッジしか居なかったから」

「言ってくれたら、いつでも付き合ったのに」

「だって、レッジっていつ見ても忙しそうなんだもの」


 少し責めるようにエイミーが言う。

 最近の自分を思い返してみるが、そんなに忙しそうにしていただろうか。

 たしかに、いつもプログラムを書いたりブログを書いたり植物栽培のアイディアを練っていたりしていて、ぼーっとしていることは少ないかも知れない。


「別に、エイミーの頼みならいつでも聞くんだがな」

「そう? じゃあ、今後はたまに付き合って貰おうかしら」

「いいぞ。その、予習ってのにも興味あるしな」


 エイミーは普段からしっかり者で、頼れる仲間だ。

 いつも助けて貰っているからこそ、俺もできることはやりたい。


「それじゃ、早速始めましょっか。まずはあの子ね」


 そう言ってエイミーが前方を指さす。

 俺は手に持っていた懐中電灯をその方向へと向けた。

 暗い洞窟の中、湿った地面の上に、青白くぶよぶよとした皮膚の、巨大なワームが現れた。


「うわぁ……」


 あまりにも人を選ぶ外見に、思わず声が出る。

 特に坑道や深層洞窟の原生生物は、すこしこう、生々しいタイプの姿をしたものが多い。

 俺は武器を使って戦うタイプだが、できれば御免被りたい。

 ほとんど素手と変わらないエイミーなら、尚更だろう。

 と、思ったのだが、隣の様子を伺うと、そういう感じではなさそうだった。


「“アシッドミルクワーム”ね。〈格闘〉スキルとは少し相性悪そうだわ」


 幸先悪いわね、とエイミーがぼやく。

 しかし、盾拳を打ち鳴らし、やる気は十分にあるようだ。

 デカくて白いミミズを殴る事に対する拒否感はないのだろうか。


「エイミーはああいうの平気なのか?」

「何が? ああ、ちょっとしたサンドバッグみたいなものだと思えば、案外なんともないわよ」

「精神が強すぎる……」


 彼女はその場で軽くジャンプして、肩を回し、体をほぐす。

 そうして、ふと思い出したように、インベントリから真鍮の時計を取り出した。

 いつだったか、〈鎧魚の瀑布〉のボスでタイムアタックをしていた時に使っていたものだ。


「レッジ、これで時間計っててくれる?」

「お? 分かった。合図は頼む」

「うん、よろしく。じゃあ――3,2,1!」


 GO、の声でストップウォッチ機能を開始させる。

 それと同時に、エイミーが勢いよく地面を蹴って、巨大な“アシッドミルクワーム”の元へと駆け寄った。


「『猛攻の構え』『猛獣の牙』『猛獣の脚』『猛者の矜持』『大威圧』――はぁぁあああっ!」


 迫りながら、彼女は立て続けにテクニックを発動させていく。

 いくつもの荒々しいエフェクトがタイプ-ゴーレムの機体を包み込み、その内に秘めた破壊力を顕在化させる。

 洞窟中に反響するような叫び声を受けて、ワームが首をもたげる。

 油断しきった緩慢な動き。

 そこへ、彼女の鉄拳が繰り出される。


「――『マッシュクラッシュ』ッ」


 砲弾を打ち込んだかのような、重い打撃。

 それはワームの分厚い皮膚を叩き、波紋を広げる。

 しかし、ワームの巨体にそれ以上の変化はなく、頭上に表示されたHPバーも僅かにしか削れていない。

 ワームの弾力性の高い皮膚が、彼女の打撃を上手く吸収しているようだ。


「やっぱり打撃属性は通りにくいわね。じゃあ、次」


 しかし、エイミーは狼狽えない。

 むしろ予想通りといった様子で、再び攻撃を打ち込む。


「『穿孔拳』ッ!」


 今度は指先をピンと伸ばした、手刀を突き込むような攻撃。

 面ではなく、点の攻め方。

 それは、まるで槍のような鋭さと貫通力を持っていた。

 ずん、と“黒鉄の拳盾”がワームの肉に突き刺さる。

 今度の攻撃は、目に見えてワームのHPを削った。


「よしよし。貫通属性はよく通るわね。てことは斬撃もそれなりに通るだろうし、メインアタッカーはトーカにして貰った方がよさそうだわ」


 冷静に情報を分析するエイミー。

 彼女の行動を挑発と取ったのか、“アシッドミルクワーム”が怒り猛って丸い口から咆哮する。


「咆哮に威圧属性は乗ってない。なら、行動阻害もあんまり気にしなくていいか。っと」


 突如、ワームの青白い体が膨れ上がる。

 何かを送り出すように、頭へ向かって膨らみが移動する。

 そうして、丸い口が開かれ、粘り気のある白い体液が大量に吐き出された。


「『弾く障壁バウンド・バリア』」


 瞬時にエイミーは半透明の障壁を前方に展開する。

 白い体液はそれに阻まれ、エイミーに降りかかることなく地面に広がる。

 どろどろと広がる体液は、地面に触れると白い蒸気を吹き上げて、異臭を漂わせた。


「これが“アシッドミルクワーム”の腐食液ね。盾で受けると耐久値がかなり削れそうだし、アーツで防御するのが得策かな。液体だから、上手く受けないとレティたちに掛かっちゃうかも」


 端から見ているとかなり恐ろしい光景だが、エイミーは動じない。

 その巨体で押し潰そうとボディプレスを仕掛けるワームを、逆に拳で打ち上げている。


「レッジ、今何秒?」

「46秒だ!」

「コンマ二桁まで言って」

「ええっ!? 50秒16だ」

「ありがと」


 予想以上に正確な時間を要求されて驚く。

 しかし、俺を置いてエイミーは動き出す。

 ワームの攻撃を盾で受け、殴る。

 機術障壁で受け、蹴る。

 様々な攻撃を仕掛け、様々な攻撃を受け、そのたびに情報を整理しているようだった。

 時折時間を聞かれ、そのたびにコンマ二桁までの正確な時間を伝える。


「『猛攻の構え』『猛者の矜持』」


 自己バフが切れた瞬間に、新たにバフを掛け直す。

 それすらも織り込んだ行動で、そこには一分の隙もない。


「『シザーレッグ』ッ!」


 一撃一撃は、レティやトーカの攻撃と比べれば遙かに軽い。

 だが、彼女は攻撃を受けず、攻撃を入れる、ということを徹底しており、着実にワームを弱らせていた。

 焦りや慢心のない、堅実な戦い方だ。

 機械のように正確なタイミングで機術障壁を展開し、ジャストガードを決めていく。

 まるで、エイミーが盾を出すところにワームが攻撃を放っているかのようだ。


「これで、最後!」


 鉄拳がワームの腹を打つ。

 それがトドメとなって、巨大な原生生物は倒れる。


「レッジ、何秒?」

「12分44秒22だ」

「よしよし、誤差もなさそうね」


 ワームのHPバーを削りきった時間を伝えると、エイミーは嬉しそうに頷く。

 そうして、LPの回復速度を早めるため、近くの岩に腰掛けた。


「エイミー。もしかして、頭の中で時間を数えながら戦ってるのか?」

「そうよ」


 俄には信じられず、半信半疑で尋ねると、彼女はすんなりと頷いた。

 彼女の言葉が正しいなら、コンマ二桁の精度で時を数えていることになる。


「原生生物の攻撃――このワームはそこまでだったけど、速いヤツはとことん速いからね。最初はコンマ一桁だったんだけど、追いつかなかったから二桁にしたの」

「ええ……」


 エイミーの武器は、正確無比なジャストガードだ。

 原生生物の攻撃が素早ければ素早いほど、またアーツのレベルが高ければ高いほど、ジャストガードの許容時間はシビアになる。

 それなのに、彼女は当たり前のようにジャストガードを決めていて、素人目ながらも感心していた。

 しかし、それを決めるために、まさかそこまでの時間感覚を身につけていたとは知らなかった。


「原生生物の攻撃パターンを把握して、各テクニックのクールタイムを考慮しながら、ジャストガードを決め続けてるのか」

「具体的に1,2,3って数えてる訳じゃないわよ。あくまで体感的なイメージだけ」

「それでも十分凄いよ……」


 少なくとも、俺にはできない。

 感心する俺に、エイミーは照れ顔で長髪を揺らす。


「そう? ふふ、レッジに褒められると嬉しいわね。じゃあ、次はあの子と戦いましょうか」


 すっと立ち上がるエイミー。

 暗い洞窟の天井から、大きな影が振ってくる。

 無数の羽ばたき音が反響し、赤い眼が視界を埋め尽くす。


「これはちょっと荷が重いんじゃないか?」

「やってみると、案外できるかも知れないわよ」


 現れたのは、“バレットバット”。

 無数の群れを形成し、弾丸のように素早い飛行による体当たりを仕掛けてくる、大きな蝙蝠型の原生生物だった。


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Tips

◇アシッドミルクワーム

 全長5メートルを越える、大型のワーム。暗所での活動に適応して、目は退化し、皮膚は弾力のあるゴムのような形質をしている。粘度の高い白濁した強力な腐食性の体液を貯蔵しており、外敵に襲われた際にはそれを吐き出し、浴びせることで撃退する。

 その肉にも若干ながら腐食液が含まれているため、食用には向かない。しかし、分厚く弾力のある外皮は、優秀な衝撃緩衝材として利用できる。


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