第447話「無垢な愛の天使」

 晴れてカミルが〈杖術〉スキルを習得した。

 その後、彼女はスキル習得前と比べると目に見えて杖の扱いが上達し、〈始まりの草原〉の原生生物程度なら余裕で一方的に立ち回ることができていた。

 スキルの成長速度が調査開拓員プレイヤーと比べて遅い、ということもないようで、彼女は瞬く間に目標にしていた〈杖術〉スキルレベル11に到達した。


「そんなわけで、よろしく頼む」

「はいはい。よろしく頼まれたわ」


 そして、場所は変わって〈スサノオ〉の街中。

 そこに忍ぶようにして佇む、ネヴァの工房にやってきていた。


『ここでレッジは、変なモノを作ってるのね』


 初めてやって来たカミルが、雑多に道具やアイテムが並ぶ工房を見渡して、そんなことを言う。


「人聞きの悪いことを言うな。別にネヴァの工房は悪の組織の本拠地じゃないぞ」

「当たらずとも遠からずって感じはしますけどね」


 レティまでカミルの側に立ち、俺とネヴァは不服な顔で見合わせた。


「それにしても、NPC用の装備か。やっぱり、レッジと組んでると面白い案件が舞い込んでくるわね」

「作れるか?」

「オリジナルの武器なら問題なく使えてたんでしょ? それなら大丈夫よ。防具は特に何もしなくても、着れてるみたいだしね」


 ネヴァはカミルの着ている“戦闘用侍女服バトル・メイドドレス”をまじまじと眺める。

 少し口がへの字に曲がっているところを見ると、どこか不満に思う点があるらしい。


「オーダーは、カミルちゃんの全身装備一式と杖で合ってる?」

「ああ。それで頼む。代金は俺の口座から下ろしておいてくれ」

「はいはい。いつもの通りに、ね」


 それじゃあ早速細かい要件を詰めましょう、とネヴァは作業台の上に紙を広げる。


「では、レティたちは上で待ってますね」

「分かった。完成したら呼ぶよ」


 武具の製作に入ると、レティたちが出る幕はない。

 彼女たちは工房の二階にある応接室に、ぞろぞろと並んで移動していった。


『レティたちも、ここは馴染みの場所みたいね』


 勝手知ったる様子で階段を登っていくレティたちを見て、カミルが言う。


「みんなの装備も――ミカゲ以外は全部、ネヴァに作って貰ってるからな」


 細かいアクセサリー類こそ他の工房や市場マーケットの露店で買い集めているが、主軸となる武器と防具は、ずっとネヴァに作って貰っている。

 ミカゲだけは、〈呪術〉スキルが関係するため、呪具職人であるホタルに一切合切を任せているようだが。

 ムラサメのように一つの武器種だけに特化した、専門の職人もいるが、ネヴァはあらゆる職種のプレイヤーに柔軟に対応できる有能な生産者なのだ。


「じゃ、カミル。どんなモノが欲しいか言ってちょうだい。些細なことでも良いから、遠慮無く」


 ネヴァはインク瓶とペンを用意し、椅子に腰掛けてカミルに声を掛ける。

 彼女の製作方法は、使用者の要望を細かく拾い集めて、それを基にして専用の装備を作り上げる、フルオーダーメイドだ。

 カミルはその質問に悩みながらも、答えていった。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

イベントが終わった。


◇ななしの調査隊員

イベントが終わったらどうなる?


◇ななしの調査隊員

知らんのか。

虚無期間が始まる。


◇ななしの調査隊員

言うほど虚無か?


◇ななしの調査隊員

騎士団は本格的に遠洋に乗り出す計画立ててたぞ

なんか、大型氷造船艦の建造計画っていうのがホームページにあった。


◇ななしの調査隊員

失敗兵器かな?


◇ななしの調査隊員

ていうかアストラさんは深層洞窟行ってんじゃないの?


◇ななしの調査隊員

あっちもまだ下層まで行けてないんだよな


◇ななしの調査隊員

最下層はもう行けてるのにな


◇ななしの調査隊員

裏口定期


◇ななしの調査隊員

そういえばおっさんは?


◇ななしの調査隊員

どの話しててもおっさんに繋がるのいい加減なんなんだよ


◇ななしの調査隊員

おっさんの当たり判定がデカすぎるだけだよ


◇ななしの調査隊員

昨日今日は割と大人しかった気がするよ

おっさん考察スレも五つくらいしか進んでなかった


◇ななしの調査隊員

個人の考察スレが五個消費されて、それで大人しい方なのか・・・


◇ななしの調査隊員

イベント中とか平気で一時間一個ペースでスレ番増えてったからな


◇ななしの調査隊員

今日はホムスビで見た気がするな。

ご一行で観光してた。


◇ななしの調査隊員

おっさんとこ観光すきだよな


◇ななしの調査隊員

伊達にカメラ持ってねえよ


◇ななしの調査隊員

なんで〈撮影〉スキルにレベル割いてなおトップ層と張り合えるんですかね


◇ななしの調査隊員

プレイヤースキルが異常なだけだから


◇ななしの調査隊員

そう言えば今回のアプデはおっさん直撃だったのかな


◇ななしの調査隊員

たぶんそうだろ。

制御も操縦もおっさんめちゃくちゃ使ってたし


◇ななしの調査隊員

なんなら換装スキルも大好物だろ


◇ななしの調査隊員

おっさんの腕が光線銃になってても驚かない


◇ななしの調査隊員

おっさんの足がブースターになってても驚かない


◇ななしの調査隊員

おっさんの胸に超強力な電磁石があっても驚かない


◇ななしの調査隊員

似たようなモンは全員の胸にあるだろうが


◇ななしの調査隊員

ていうかおっさんって最近はおでこ光ってなかった?


◇ななしの調査隊員

まだふさふさだったろ


◇ななしの調査隊員

そうではなく


◇ななしの調査隊員

換装スキル関連は鉄神とかが嬉々として弄ってるな

そのうちカグツチそのものに乗り移ったりするんじゃない?


◇ななしの調査隊員

俺がカグツチだ、ってこと?


◇ななしの調査隊員

鉄神も他の生産系も、パッションが爆発しがちなだけで腕は確かなんだよなぁ


◇ななしの調査隊員

このゲーム、自由度が高いかわりに一から設計仕様と思ったらマジガチの機械設計とかの知識いるからな


◇ななしの調査隊員

俺、このゲーム始めてから色々資格とったわ


◇ななしの調査隊員

プログラミングとか、独自言語だけど本当にプログラミング言語だからな


◇ななしの調査隊員

制御スキルになって専門性が増したから、更に高度なプログラムができるようになったぞ


◇ななしの調査隊員

プログラムといえばおっさんな訳だけど


◇ななしの調査隊員

ほんとに当たり判定でかいな・・・


◇ななしの調査隊員

プロビデンス作戦だっけ?

あの時はおっさんも脳が溶けかかってた


◇ななしの調査隊員

未だにあれを再現しようとしてるヤツがいないもんな


◇ななしの調査隊員

なんか暇だったからwikiのおっさん案件まとめ見てたんだけど、ほんとに色々やってんな


◇ななしの調査隊員

やってるというか、やらかしてるというか


◇ななしの調査隊員

だからこそここ数時間大人しいのが逆に怖いんだよな


◇ななしの調査隊員

おっさんなら、〈始まりの草原〉でメイドさんとニワトリ戦わせてたぞ


◇ななしの調査隊員

ほらもう


◇ななしの調査隊員

また変なコトしてるじゃねーか


_/_/_/_/_/


 カミルから要望を聞き取ったネヴァは、早速製作の工程へと移った。

 かなり最初期の段階からしっかりとした工房を構えている彼女は、多少のことならすぐに取りかかれるように、よく使う素材系アイテムなどは工房のストレージに保管している。

 それでも足りないもので、俺が保有しているものなら、そちらも提供し、作業は黙々と進められた。


「そういうわけで、完成したぞ」

「おおっ。待ってました」


 作業が終わったことを、二階で待つレティたちに告げる。

 掲示板でも見ていたらしい彼女は、待ちわびていた様子で勢いよく椅子から立ち上がる。


「もう見に行っていいんですか?」

「まあ落ち着け。サイズの微調整が終わったら、カミルがこっちに上がってくる」

「分かりました。楽しみですね」


 心躍らせ、レティたちは階段の方へ視線を向ける。

 その数分後、階下からネヴァの声がして、こつこつと音を立てて足音が近づいてきた。


「いよいよだね――」


 期待に胸を膨らませ、ラクトが息を呑む。

 エイミーもトーカも、階段の方へ釘付けだ。

 唯一、白月だけがマイペースに身を丸くして欠伸を漏らしている。


『ま、待たせたわね……』


 階段の下から、ぴょこりと一房の赤いはねっ毛が見える。

 すぐに可愛らしく少し照れた顔が現れ、全身が露わになる。


「おおおっ! ……お?」


 それを見て、反射的に声を上げたレティが、冷静になって首を傾げる。

 彼女は少し困惑した様子で、俺の方へ顔を向けた。


「あの、レッジさん」

「ちゃんと変わってるから。安心してくれ」


 レティの言いたいことは分かる。

 新しい装備を纏って現れたカミルは、外見上に殆ど変化が見られなかった。

 落ち着いた黒のメイド服に、白いフリルの付いたエプロン。

 よく見れば、頭に同じく白いフリルのヘッドドレスが乗っている。

 細い足は白いタイツに包まれ、赤いリボンの付いた靴を履いている。

 全体的に、白と黒の色彩が調和し、彼女の赤い瞳と髪がよく映えるデザインになっていた。


「ふふん。久々に最高傑作と呼べる代物ができたわね」


 少し遅れて、カミルの背後からネヴァが現れる。

 レティたちの鈍い反応とは対照的に、彼女の顔には満足感があった。


「あの、ネヴァさん。この装備、どこか変わりました?」

「変わったわよ。スカート丈が長くなったし、生地の質も数段上になったわ。そもそも、デザインを一新して、古式ゆかしい伝統的なものに修正したんだから」

「えっと……?」

「カミルが着てた“戦闘用侍女服バトル・メイドドレス”は、動きやすさのためにスカート丈を短くしてたり、薄い生地を使ってたのよ。それを、性能は数段引き上げて、動きやすさも保ったまま、納得いくデザインに直したの」


 困惑するレティに、つらつらと説明を施すネヴァ。

 彼女はどうやら、メイド服に一家言持っていたようで、設計の段階から何やら唸っていた。

 そうして、彼女の持てる技術の粋をかき集めて、この“クラシカル・バトル・メイドドレス”を作り上げたというわけだ。


「あんまり高級すぎるものを作っても、今度はカミルが扱いきれないから、その辺の調整は少し苦労したわね。今のカミルは、プレイヤー基準だと〈武装〉スキルレベル30前後みたいなの」

「はええ。そうだったんですか」


 あまり強力にしすぎると、要求される〈武装〉スキルのレベルが高くなりすぎて、カミルには扱えなくなる。

 そのあたりのデータは全てマスクされているため、ネヴァは様々な生地で試作品を作り、カミルに試して貰っていた。


「けど、あんまり変わり映えしないね? この前にレッジが買ってたメイド服と変わんないんじゃない?」「まあまあ。そこに少しだけ仕掛けがあるのよ。それよりも、まずはこっちを見てもらいましょうか」


 ラクトの指摘をさらりと躱し、ネヴァは武器の方を取り出す。

 カミルがそれを受け取り、構える。


「えっと……」

「モップ?」


 それは、紛う事なきモップだった。

 長い木製の柄の先に、ふわふわとした房が付いた四角いヘッドがある。

 どこからどうみても、モップである。


「“破撃の浄化杖”よ。ギリギリ、ハンマーじゃなくて杖のカテゴリに収まるように設計してるわ」

「ああ、一応判定的にはちゃんと杖なんですね」


 ネヴァの言葉を聞いて、レティが安心していう。

 長い柄の先にヘッドが付いた形状は、どちらかというとハンマーのようだったが、その当たりの判定はしっかりと分析されているらしい。

 具体的には、ヘッドの大きさや重量と柄の長さなどの比率に依るらしいが、詳しくは俺も知らない。


「そんでもって、こっちが“衝撃の浄化杖”よ」

「まだあるんですか!?」


 レティたちが驚く中、ネヴァが新たな杖を取り出す。


「今度は箒ですか……」

「箒だねぇ」

「魔女が乗ってるタイプね」


 それは、紛うことなき箒だった。


「“破撃の浄化杖”は攻撃力特化タイプね。でも、自衛が目的だって聞いたから、対象に強制ノックバックの攻撃を与えて距離を取る“衝撃の浄化杖”も作ったのよ」

「なるほど。カミルなら、そちらの方が最適かも知れませんね」


 カミルに戦闘系スキルを習得してもらったのは、別に戦力にしたかったからではない。

 むしろ、戦力に関して言えば〈白鹿庵〉は過剰気味だ。

 それよりも、今後フィールドへ連れていく際に、自分の身を守れるだけの力を付けて欲しかった。

 その観点から言えば、モップより箒のほうが求める能力を満たしていた。


「まあ、武器は状況に応じて使い分けてくれたら良いわ」

「それで、メイド服の仕掛けって言うのも見せて貰えるの?」

「もちろん!」


 ネヴァがぽんと胸を叩く。

 彼女は箒の方もカミルに渡すと、そっと耳打ちする。


『ほ、ほんとにやるの?』

「今こそ真の力を見せつけてやるのよ。大丈夫、私とレッジが監修したんだから」

『余計不安なんだけど……』


 そう言いながら、カミルも動き始める。

 俺はレティたちの背後で、今から始まるものを見届けることにした。


『ええい、ままよ!』


 顔を真っ赤にして、ぶんぶんと頭を振る。

 そうして、カミルはモップと箒の柄をつなぎ合わせた。


『――『発動トリガー』ッ!』


 高らかに叫ぶ。

 それを聞いて、レティたちが目を丸くする。


「機装!?」

「カミル、〈操縦〉スキルを使ってるの?」


 驚くオーディエンスの前で、カミルが動く。


『が、頑固な汚れはそぎ落とす。根強いカビは漂白よ。この世に蔓延るゴミは纏めて焼却しちゃう。あ、あ、あたしは無垢な愛のピュア☆ラブ機構少女マシンガール――。き、き、『機装展開』ッ!』


 ブンブンと、連結させたモップと箒を振り回す。

 頬を真っ赤にして、目元をうるうるとさせているが、ネヴァはテンションを上げてスクリーンショットを撮りまくっている。

 そうして、最後のキーワードが放たれる。

 カミルを包むクラシカルなメイド服がふわりと浮き上がり、眩い光が流れ出す。


『ふぇ。メイド☆エンジェル、カミル登場!』


 落ち着いた色合いだったメイド服が一変する。

 青と白のカラーリングとなり、フリルも大きくなる。

 スカート丈は膝上まで短くなり、ハートの柄が付いた白いタイツとの間に絶対領域が現れる。

 背中からは、小さく可愛らしい天使の羽がちょこんと飛び出し、ヘッドドレスが天使の輪のような銀色のティアラに変わっていた。


「ええ……」

『あ、あうぅ……』


 あまりの情報量に呆然とするレティたち。

 カミルは内股でぷるぷると震え、それでも健気に立っていた。


「いやぁ、良いわね。グッド、いやゴッドよカミルちゃん! やっぱり可愛いわねぇ。いわゆる正しいメイド服も良いけど、コスプレ感満載のこういう改造メイド服も、とってもキュートよ」


 ぱしゃぱしゃと写真を撮りまくるネヴァに、カミルは反応する余裕もないようだった。


「あの、レッジさん……」

「なんだ?」

「色々聞きたいことがあるんですが、とりあえず。――『発動トリガー』と『機装展開』の間にあった詠唱って……」

「ああ、別にいらないぞ。ただの、ネヴァの趣味だ」

「ちょ、レッジ!」


 ネヴァの焦る声が聞こえてはっとするが、時既に遅し。

 だん、と力強く床を蹴る音が応接室に響く。


「カミル、落ち着い――」

『よくも騙したわね、このバカレッジ!』


 振り向けば、間近に迫る小さな靴底。


『エンジェルキック!』


 鈍い衝撃と共に、俺は華麗なるドロップキックを顔面に受けて倒れた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇クラシカル・バトル・メイドドレス-天使エンジェル-

 黒い布地に白いフリルのエプロンを合わせた、基本に忠実なメイド服。戦闘を想定し、軽くて丈夫で動きやすい工夫が随所に施されている。

 キーワードによって形態を変化させる機装であり、変化後は一変して、“メイド☆エンジェル”形態という、青と白の可愛らしいミニスカートのメイド服となる。天使をイメージさせる小さな羽と円環を模したティアラがポイント。

 “メイド☆エンジェル”形態の時、移動速度が5%上昇し、攻撃時に若干の強制ノックバックが付与される。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る