第446話「突き貫く少女」
猛々しいニワトリの喊声。
大きく翼を広げ、太い脚で大地を蹴って、やってくる。
「――『絡め蜘蛛』」
そこへ飛び掛かる幾本もの細い蜘蛛糸。
それはコックビークの全身に絡みつき、藻掻けば藻掻くほどに強く締め付けていく。
やがてニワトリは雁字搦めになって、重い音を立てて草原へ倒れた。
「カミル!」
『分かってるわよ!』
ニワトリの元へ駆けていく小さな影。
赤髪を猛然と振り乱し、“
『とりゃぁっ!』
テクニックの介在しない、純粋な振り下ろし。
彼女の両手に握られた、一本の木の棒が、真っ直ぐにニワトリの頭部を狙う。
ごん、と鈍い打撃音。
「ピヨりましたよ!」
「ニワトリだけに」
「レッジさんはちょっと黙ってて下さい!」
彼女の力では、一撃で仕留めるには至らない。
しかし、的確に頭部へと入った打撃は鳥類の小さな脳を確実に揺らし、一時的に動きを阻害する。
クルクルと鶏冠の周囲を回る小さな星が消える前に、カミルは次撃を繰り出す。
『とりゃっ! とりゃっ!』
ごん、どん、と殴打音が草原に響く。
レティたちが固唾を呑んで見守る中、カミルは懸命に棒を振り下ろす。
ダメージエフェクトは飛沫を上げて、ニワトリの頭上に表示された赤いバーは確実に削れていく。
「そろそろ、解ける」
ミカゲが声を上げる。
カミルはそれを受けて、一気に後ろへ飛び下がった。
蜘蛛糸が消滅し、“気絶”の
茶色い羽を大きく広げ、黄色い嘴を開けて鳴く。
「カミルッ!」
『大丈夫よ。アタシは――』
臆することなく、彼女は駆け出す。
一瞬でニワトリへと接近し、杖を振り上げる。
羽の付け根、急所を狙った一撃。
それだけに留まらない。
『これでもっ!』
振り上げた杖を再び振り下ろす。
棒の芯を、ニワトリの首へ叩き込む。
『戦闘能力で!』
翼を動かし、コックビークが大きく跳躍する。
飛行することこそできないが、その脚力は強靱で、カミルの胸ほどまでの大きさがあるにも関わらず、彼女の頭上へと跳び上がる。
鋭い鉤爪が光る。
コックビークの力強い脚力から放たれるキックは、初心者にとっては脅威そのものだ。
思わず飛び出しそうになったトーカを、レティが止める。
彼女の視線の先で、カミルは既に動いていた。
『――最優秀を』
横転。
彼女の赤い髪先を、鉤爪が掠める。
獲物を捉えられなかったニワトリは、その強力なキック力が仇となり空転する。
無防備になった巨鳥を見逃さず、カミルは杖を大きく引く。
左手を前に突き出し、照準を定める。
『――獲ったのよッ!』
だん、と骨を突く音。
カミルが突き出した杖の先端は、正確にコックビークの喉元を捉えていた。
鮮血のように迸るエフェクトは、クリティカルヒットを示すものだ。
その一撃は確実に獲物の命を削りきり、巨鳥は土の詰まった袋のように地面へ落ちる。
『はぁ……はぁ……』
カミルは杖で体を支え、呆然とした顔でそれを見下ろす。
静寂を裂いたのは、レティの歓声だった。
「やりましたね、討伐成功です!」
それを皮切りにエイミーたちも声を上げる。
カミルは振り返り、こちらへと歩み寄ってきた。
『レッジ、やってやったわよ』
「そうだな。おめでとう」
赤髪をわしゃわしゃと撫でる。
いつもなら刺々しい言葉と共に振り払われるが、今日ばかりは彼女もそれを受けてくれた。
猫のように目を細め、少し顎を上向きにして、カミルは得意げに口を弓形にしている。
「それで、カミル。どうだ?」
俺は当初の目的を思い出し、彼女に尋ねる。
カミルも、そういえば、と何かを確認するように視線を彷徨わせた。
『――レッジ』
真剣な顔で、カミルがこちらを見る。
やはりNPCにスキルを教えるのは無理だったのだろうかと、少し感情が曇る。
その瞬間、彼女は一変して太陽のような笑顔になった。
『あったわ。〈杖術〉スキルよ!』
「おおおっ!? やったな!」
感情が溢れ、思わずカミルを抱きかかえる。
彼女は驚いてぽこぽこと背中を叩いてくるが、構わない。
俺は彼女を抱きしめて、ぐるぐるとその場で回った。
「ふふん。やっぱりレティの教え方が良かったと言うことですかね」
「どの口が言うんですか……」
「サッと払ってシュッと躱してバーンと打ち込んでドン! だっけ?」
「結局、カミルがレティの動きをじっくり観察して、自分なりに動きを組み立ててたわねぇ」
背後でレティたちが話している。
レティはたしかに、ハンマーとは別カテゴリの武器である杖も巧みに操っていた。
流石に〈始まりの草原〉のコックビークやグラスイーターでは、そもそもの攻撃力が高いために一撃で倒してしまっていたが、あの身のこなしなら〈アマツマラ地下坑道〉の上層くらいなら通用する気がする。
ただし、必ずしも名選手が名監督になれるとは限らないようで、彼女に杖の扱いを教えて貰ったカミルは、疑問符を沢山浮かべていたが。
「カミル。スキルレベルも分かるか?」
『えっと、今は〈杖術〉スキルレベル1ね。ていうか、アンタの方で確認できないの?』
カミルを降ろし、成果を改めて確認する。
無事に戦闘スキルの〈杖術〉を手に入れた彼女は、現時点ではスキルレベル1であるらしい。
「こっちの管理画面じゃ確認できないな。〈家事〉スキルが80以上になったら情報が見えるようになるのかも知れんが」
ともかく、今はカミルからの自己申告に頼るしかない。
「とりあえず、次の段階に移ろう。カミル、もう何回かコックビークと戦って、ひとまずレベル6――いや、レベル11を目指そう」
『分かったわ』
スキルが習得できたことで、カミルも勢いに乗っていた。
彼女は杖を構えると、早速近くで地面を突いていたコックビークの元へと走って行く。
「ちょ、カミル!? まずはミカゲに拘束して貰わないと――」
『大丈夫よ。見てなさい!』
俺の制止の声も聞かず、彼女は杖を繰り出す。
直前にニワトリの方も気がついたが、時既に遅し。
カミルの鋭い打撃が首を叩く。
更に間髪入れず次撃が入る。
“気絶”状態に陥ったコックビークを、カミルは更に叩き、突き、払う。
「おお……」
「見違えたね。スキルを習得するだけであんなに動きが変わるんだ」
一方的で鮮やかな戦いぶりに、ラクトたちも唖然とする。
職業適性検査の戦闘能力の項目で最優秀を獲っただけはあるということか。
彼女は結局、無傷のままコックビークを打ち倒した。
『フフン。どんなもんよ』
「流石だな。あんなに鮮やかに倒すのは、調査開拓員でもなかなか難しいぞ」
『これで分かったでしょ。アタシは優秀なのよ』
言われなくともよく分かっている。
基本的に、彼女はあらゆる分野において高スペックなのだ。
〈杖術〉スキルを習得したことにより、一皮剥けたのだろう。
殻を破り、彼女は新たなステージへと至った。
これはまさしく――
「杖は強え、ってな」
『は?』
冷たい視線に貫かれる。
知らない間に〈戦闘技能〉スキルの『威圧』も習得してしまったのだろうか。
「免許皆伝です。カミル、ここから先は貴女だけの〈杖術〉を探求してください」
「レティはどういう立場なの……」
早くも杖を使いこなしているカミルに、レティがそんなことをいう。
自分の専門ではないからだろうが、皆伝までが早すぎる。
ていうか、実質的にカミルはほとんど独学だ。
『それで、どうしてレベル11を目指すの?』
倒したコックビークを持って帰ってきたカミルが、可愛らしく首を傾げる。
「レベル11になったら、一段上の武器が使えるようになる。せっかくだから、スキル習得祝いに何か武器を贈ろうと思ってな」
『そんな、別にいいのに……』
俺の言葉に、カミルはそっけなく視線を逸らす。
それでもちらちらとこちらを伺っているし、杖を抱えたまま両の人差し指を突き合わせている。
どうやら、満更でもなさそうだ。
「レッジさん、いつの間にそんなことを画策してたんですか?」
「レティがカミルに杖術を見せてる時だな。ネヴァに連絡取ってたんだ」
彼女もNPCのための武器を作るのは初めてらしく、TEL越しではあったが随分と気合いが入っているのが分かった。
レベル6でも、ギリギリ必要スキルレベル11の武器を扱うことができるのだが、どうせなら性能を十全に発揮できるようにしておきたい。
カミルもそんな俺の思惑を察してくれたようで、早速次の獲物を探して歩き出していた。
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Tips
◇アイテムの必要スキル
武器、防具、および一部の道具類などのアイテムには、必要条件が課されているものがあります。必要条件を満たしていない場合でも装備自体は可能ですが、アイテムの能力が制限されます。
必要条件がスキルレベルである場合、必要なスキルレベルのマイナス5レベルの段階で、アイテムの性能の5割が発揮され、移行レベルごとに1割ずつ制限が解除されていきます。
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