第445話「魂取る覚悟」

 天高く聳える銀色の柱――〈スサノオ〉の中央制御塔が見下ろす〈始まりの草原〉は、今日も穏やかな風が吹いていた。

 白いビギナーズ装備を着て、簡素な武器を握った駆け出しの調査開拓員たちが、ネズミやニワトリを相手にスキルのレベル上げに勤しんでいる。


「じゃあ、この辺で始めるか」


 フィールドの片隅、他のプレイヤーの邪魔にならないような場所を選び、俺はテントを張る。

 実用性を第一に考えた“鱗雲”だ。

 これさえあれば、例えピンチに陥っても、すぐにここへ駆け込みさえすればまず安全だろう。


「まあ、コレの出番も無さそうだけどな……」


 テントの展開を終え、俺は草原の真ん中に立つ少女の方へ視線を移す。


「さあ、カミル。頑張りましょう。レティが付いてますからね」

「もし攻撃を受けそうになったら、すぐに私がぶっ飛ばしてあげるわ」


 槍を両手でしっかりと握り、緊張で体を固くしているカミルの周囲を、レティたちが囲んでいる。

 攻略最前線でも通用するガチガチの防具に身を包み、手に物々しい星球鎚や盾拳を握っている姿は、どう考えてもこのフィールドに似つかわしくない。

 そもそも、彼女たちのBB値や戦闘系スキルのレベルを考えると、例えベーシックシリーズの武器を使っても、一撃で確実にオーバーキルを決められるだろう。


「カミル。頼もしい保護者も居ることだし、あんまり気負わずやればいい」

『わ、分かってるわよ。アタシでも、これくらい……』


 そう言って、カミルは槍をぶんぶんと振り回す。

 タイプ-フェアリーの背丈に合わせたサイズで、俺のものよりは遙かに短いが、彼女は少し持て余しているようだ。


「ミカゲ、連れてきてくれ」

『――了解』


 迎撃地点の準備が整ったと判断し、離れたところにいるミカゲにTELで合図を送る。

 短い返答と共に、遠方に見えていた小さな人影が動き出す。


「さあ、カミル。来るぞ」


 人影が段々と大きく、鮮明になる。

 それは当然の如く忍装束に身を包んだミカゲだ。

 彼の背後には、一羽の大きなニワトリが追いかけている。

 茶色い羽を大きく広げ、鋭い嘴を突き出しながら、二本の脚で草原を駆けている。


「コックビークはグラスイーターより力が強いが、代わりに体が大きくて狙いやすい。しっかりと、狙いを定めるんだ」

『ごちゃごちゃ言わないでよ。集中してるんだからっ!』


 ミカゲが悠々と走り寄ってくる。

 如何に駆けるのが得意な鳥とはいえ、ミカゲの俊足には敵わない。

 彼もニワトリが諦めない程度の速度に抑えているようだ。


「よし、ミカゲ!」

「――『絡め蜘蛛』」


 合図を送る。

 瞬間、ミカゲがくるりと身を翻し、細い糸を両手から繰り出す。

 それは瞬く間にニワトリの全身に絡みつき、その動きを封じる。

 こうなってしまえば、自慢の嘴も動かせない。

 藻掻けば藻掻くほど糸はキツく束縛し、やがてコックビークは力なく地面に倒れた。


「カミル」

『ふっ、ふっ……』


 カミルの目の前で無防備に倒れるニワトリ。

 彼女はそれを見下ろし、瞳を揺らす。


「落ち着いて。槍の穂先を向けるんだ」

『はぁ……はぁ……』


 彼女は俺の指示を素直に聞き入れ、槍を向ける。

 しかし、その切っ先はゆらゆらと揺れて狙いが定まらない。

 俺やレティたちならともかく、彼女の力では一撃で仕留めることはできない。

 ならばまずは、動きを封じた原生生物の急所を狙い、クリティカルヒットで倒すことを目標にする。


「喉元を突き刺せば良い」

『あぅ、あぁ』


 槍が大きくゆらぐ。

 カミルは赤い瞳をたっぷりと濡らし、曖昧な言葉を唇から漏らす。


「駄目」

「――『マッシュナックル』ッ!」


 ミカゲの拘束が時間経過で解かれる。

 自由の身になったコックビークは、構えていたエイミーの鉄拳によって羽毛を散らした。


『はぁ、はぁ……。あぅ』


 槍を突き刺すべき対象が消え、カミルは膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込む。

 その表情は焦燥しきっていて、俺たちは互いに顔を見合わせた。


「カミル。ごめんな」

『……なんでアンタが謝るのよ』


 いつもの語気も勢いをひそめ、弱々しい声でカミルが言う。

 俺は彼女の赤髪をそっと撫でる。


「カミル自身の気持ちを考えてなかったな。すまない」


 俺は、カミルが自分の身を守れるだけの術を身につけて欲しかった。

 だがそれだけに気を取られて、彼女に武器を持たせることを強要してしまった。

 彼女にとって、例え〈始まりの草原〉のニワトリであろうと、己の存在を脅かす強大な敵であることは変わりない。

 しかし、だからといって彼女が抵抗なくすんなりと殺せるわけではない。

 たとえ適性検査で戦闘能力が優秀だと認められたからと言って、無慈悲に殺戮ができるわけではない。


『さっきはちょっと、その、驚いただけよ。次はちゃんと、自分で殺せるわ』


 槍を杖にしてカミルが立ち上がる。

 言葉に少しの元気は戻っているが、その足は微かに震えていた。


「レッジさん。やっぱり、カミルはレティたちがしっかりと守ればいいんじゃないでしょうか」

「そうね。カミルはもともとメイドさんなんだし、戦う必要は無いわ」


 レティたちがこちらに顔を向ける。

 その言葉に頷きかけた時、俺たちの間に槍が飛び込んでくる。


『勝手に話を進めないでよ! アタシは戦闘テストでも最優秀を取ったのよ。ちゃんとできるわ!』

「いや、いいんだ。カミルにはカミルの役割があるし、俺たちにもそれがある。それは違っていて当然なんだ」


 激昂するカミルを落ち着かせる。

 しかし、そんな行動も逆鱗に触れたようで、彼女は赤髪を振り乱して口を大きく開く。


『アタシだって、自分の身は自分で守れるんだから! 危ない場所に行っても、レッジたちに迷惑は掛けないわ』

「そんな、迷惑だなんて――」

『迷惑でしょ。アタシが付いていっても、原生生物の餌にしかならないもの』


 反論するレティの言葉を封じるカミル。

 戦闘能力の無い彼女やスサノオは、フィールドに出ると何もできることがない。

 原生生物から見つかりやすくなるだけ、という考えも当然ある。


「カミル。俺たちは、カミルを迷惑だなんて思わない。できれば戦闘力を付けて欲しかったけど、それがないなら、俺たちが全力で守れば良い。それを負担に感じることはない」

『でも……』

「俺がカメラを持ってる理由は、この世界の美しい風景を収めるためだ。カミルには、それを手伝って欲しい」


 彼女がはっと目を開いてこちらを見る。

 フィールドに出ている時の彼女は楽しそうだった。

 未知の世界に心躍らせ、美しい雪原に感動していた。

 彼女に撮影を頼んだビデオカメラの映像は、好奇心の趣くままに揺れ動き、世界の綺麗なものを数え切れないほど捉えていた。


『嫌よ』

「えっ」


 短い拒否の声。

 予想だにしない返答に、思わず声が出る。

 そんな俺に、彼女は槍を地面に突いて言った。


『フィールドに出るなら、ちゃんと戦い方も学ぶわ。ずっと守って貰うだけじゃ、アタシが嫌なの』

「ええ……」


 嫌なものは嫌、と首を振る少女。

 先ほどとは違う理由で途方に暮れた俺たちは、再び顔を見合わせる。

 その時、後ろに下がっていたトーカがおずおずと手を挙げる。


「あの、一ついいですか。カミルは槍で突き刺すことができなかったんですよね」


 彼女の言葉に、カミルはうっと息を詰まらせる。

 トーカは「別に責めているわけではありません」と笑みを浮かべて、彼女を安心させた。


「もしかして、原生生物に刃物を向ける、ということに忌避感を覚えていたりしませんか?」


 その問い掛けに、カミルはしばらく唸った後、こくんと頷いた。

 そしてすぐさま、弁明するように言葉を畳みかける。


『仕方ないでしょ。お肉やお魚ならともかく、生きた動物を殺した事なんてないんだもの』


 なるほど、と納得する。

 むしろ彼女のような反応の方が普通だろう。

 俺たちだって、この世界が仮想現実だと知っているからこそ、躊躇無く攻撃を仕掛けることができるだけだ。

 NPCである彼女とは、基本的な感覚が違う。


「刃物を向けることへの抵抗感が原因なのだとしたら、武器を変えればいいのでは?」

「む? つまりハンマーということですか?」


 ぴくん、とレティが耳を立てる。

 トーカはそれをすげなくあしらい、更に続ける。


「ハンマーは重いですし、レティのような馬鹿力でなくては取り回しも難しいでしょう。それなら、〈杖術〉スキルの別の系統――杖の方が適役では」


 ぴん、と人差し指を真っ直ぐに立ててトーカが言う。

 その言葉に、俺ははっとした。


「なるほど、杖か」


 杖は、〈杖術〉スキルに属する武器カテゴリだ。

 レティの扱うハンマーとは、別系統になる。

 大火力、大重量、大コストのハンマーとは対照的に、火力が控えめな代わりに取り回しもよく、LP消費も少ない。

 戦闘職というよりは、行商人などがフィールドを移動する際の護身に使う武器種だった。


「しかし、杖は教えられる人がいないぞ?」


 俺が揃えた武器は、全て〈白鹿庵〉の誰かが扱っているものだ。

 それならばカミルにも教えやすいだろうということで選んだのだが、杖は誰も使っていない。


「それなら、レティが教えますよ?」

「ええっ!? できるのか?」


 唐突なレティの声に、驚きを堪えきれない。

 そんな俺の反応に、彼女はぷっくりと頬を膨らませた。


「ハンマーも〈杖術〉スキルなんですから、最低限は扱えますよ。メインにしていないだけです」

「普通は別カテゴリの武器はまず扱えないと思うんだけどなぁ」


 当たり前のようにレティは言うが、普通はそうではない。

 俺は普段、短槍に分類される槍を使っているが、急に長槍を渡されても間合いや重量などの変化が大きすぎて、まともに扱える自信が無い。

 トーカも太刀や大太刀以外、例えば双剣を渡されたとして、いつもと同じだけ戦えるかと問われれば首を横に振るだろう。


「まあ、こと戦闘に関してはレティは信頼できますよ。カミルに基礎を教えるくらいなら、彼女にもできると思います」

「トーカ、さっきからちょくちょく言葉に棘がありません?」

「ははは。気のせいですよ」


 頭上で繰り広げられる会話を、カミルは呆然として聞いていた。

 俺は彼女と視線を合わせ、本人の考えを聞く。


「カミルはどうだ? 槍じゃなくて、杖ならなんとかなるか?」

『わ、分かんないわよ。でも……刃物よりは、扱いやすいと思うわ』


 困惑しながらも、しっかりと彼女は頷く。

 それならばと俺も方針を修正する。


「それじゃあ、一度町に戻るか」

「そうしましょう。レティも杖を買いますので」


 そうして、俺たちは再び町へと戻ることとなった。


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Tips

◇杖

 武器カテゴリの一つ。〈杖術〉スキルに属する。

 同スキルの別系統、ハンマーとは異なり、軽量、低威力、低コストの武器種。殺傷能力は低いが、手軽な攻撃手段となるため、サブウェポンとして優秀。

 悪路のお供にも。


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