第444話「武器選択」
カミルへの戦闘訓練を始める前に、俺は本人と一つ確認を取る必要があった。
目の前でどんどんと物事が進み、混乱している様子の彼女と視線を合わせる。
「カミル。俺が戦闘スキルを教えようとしているのは、別に戦って欲しいからじゃない。そこだけは間違えないでくれ」
『はえっ? じゃ、じゃあなんでアタシに武器を持たせようとするのよ』
カミルはぽかんと小さく口を開き、訝しげな顔でこちらを見返す。
「フィールドが危険だからだ。ウェイドやホムスビの街中とは違って、原生生物がいるし、警備NPCはいない。
俺たちは死んでもアップデートセンターで復活できるが、カミルは違うだろう?」
彼女たちNPCにとって、死は後戻りできないものだ。
調査開拓員と違って蓄積されたデータ類がアップデートセンターに保管されているわけでもなく、機体回収に向かえるわけでもない。
彼女は死ねば、そこで全てが終了する。
NPC全体で見れば、いくらでも代わりはいるのかもしれないが、カミルという個体はここにしかいないのだ。
「当然、フィールドに出ている時は俺たちがしっかり守る。でも、万が一どうしようも無くなった時、自分を守れるだけの力を付けていて欲しい」
カミルはフィールドに出ている時、俺の近くから離れられない。
だから基本的には俺が守ることになるだろうが、そこにも限界はある。
もし不意を突かれて彼女に危険が迫った時、最低限、俺たちの誰かが駆け付けるまで生き残るだけの力を付けておいて欲しかった。
「別に敵を倒す必要は無い。生き残る時間を伸ばすために、戦う準備をしてほしい」
『……分かったわ。アタシだって死にたくないもの』
俺の言葉に、カミルはしっかりと頷く。
一度は自ら身を投げた彼女が、そう言ってくれたことに、俺はしみじみと嬉しく思った。
「それで、レッジ。どうやってカミルに戦闘術を教えるの?」
「そうだな。第一目標はカミルに何かしらの戦闘系スキルを習得してもらうことだ。レベル0を、レベル1にする」
ラクトの問いに答えながら、俺は立ち上がる。
ここにいるレティ、トーカ、エイミー、そして俺。
近接攻撃手段を持つ俺たちが、今回の教師役だ。
「俺がカミルから〈家事〉スキルを教えて貰った時は、一緒に家事仕事をしていた。だから、俺たちがカミルと一緒に戦えば、スキルが習得できるんじゃないかと」
「ふんふん。では、まずはカミルに扱う武器を選んで貰うところからですね」
レティがずらりと地面に並べられた武器を見下ろして言う。
俺が用意したのは、片手剣、ハンマー、ナックルグローブ、そして槍。
どれも初心者用で、シンプルな形で扱いやすいものを揃えた。
「ねえ、レッジ。アーツはなんで選択肢にないの?」
それを見て、ラクトが不満げに頬を膨らせて指摘する。
「カミルが自衛しないといけない場合に、アーツをわざわざ詠唱してる暇はないだろ。威力は高いし、遠距離から攻撃できるが、瞬発力に欠ける」
更に言えば、アーツはLPを大きく消耗する。
ラクトのように〈アーツ技能〉スキルを併用すれば、ある程度圧縮はできるものの、命を削ることには変わりない。
それなら、LPを消費しない攻撃もできる近接物理武器の方が適役だろう。
「カミル、ここはやっぱりハンマーを選びましょう。敵から危害を加えられる前に、こちらが叩き潰すのが一番です。その点、ハンマーは部位破壊も狙えるので、上手くやれば一方的に攻撃することもできますよ」
レティが早速カミルに歩み寄り、ハンマーを勧める。
ハンマーの破壊力は、確かに魅力的だ。
攻撃力が高いというのは、それだけで強力だし、頭部を狙えば“気絶”の状態異常を掛けて一方的に殴ることもできるようになる。
亀や蟹のような、防御力の高い相手にも一定のダメージが見込めるのも良い点だ。
「そうですね……。見てて下さい」
レティは周囲を見渡し、洞窟の岩陰にいたケイブスコーピオンに狙いを定める。
固い甲殻を持ち、長い尾の先に毒針を持つ、厄介な原生生物だ。
「はあああっ!」
威勢良く声をあげ、レティは星球鎚を振り上げる。
彼女に気がついたサソリも、脚を忙しなく動かして機敏に駆け寄ってくる。
「『震盪打』ッ!」
迫るサソリの頭部に向けて、太い棘の付いたハンマーヘッドが落とされる。
地面に放射状の亀裂が走るほどの強い衝撃。
その一撃で、サソリがぐったりと全身を弛緩させる。
「『旋回輪打』ッ!」
更に、彼女はハンマーを支えにして高く跳び上がる。
重力に従い落下しながら、ぐるぐると縦回転を始めた。
ハンマーヘッドでサソリの背中を叩きながら、彼女は車輪のように進む。
「最後ォ! 『大衝撃』ッ!」
極めつけの一打。
渾身の力が込められたハンマーヘッドが、サソリの尾を叩き潰す。
堅い甲殻を打ち崩し、打撃は貫通する。
「ふふん。一丁上がりです」
誇らしげに胸を張るレティ。
彼女の背後で、巨大な紫色のサソリが地に臥した。
「どうです、カミル。これがハンマーですよ」
実演した上で、改めてハンマーを勧めるレティ。
その豪快な動きを目の当たりにしたカミルは、どうしたものかと思い悩んでいるようだった。
「いえいえ、やはり最初は剣から始めるべきでしょう。剣はあらゆる武器の基本ですし、様々なバリエーションがあります。片手剣から始めて、大剣、細剣、双剣、刀、太刀、小刀、忍刀、大太刀などなど、自分の手に合った武器種へと派生できますよ」
レティとカミルの間に割って入ったのは、片手剣を持ったトーカだった。
確かに、剣はスタンダードな武器種だ。
片手剣なら初心者でも扱いやすく、仮にテクニックを使うとしても消費LPと威力のバランスもいい。
扱いに慣れてくれば、より自分に合ったものへと進めるだけの奥行きもある。
「扱いやすさで言ったら〈格闘〉スキルよね。少し威力は低いけど、そこは手数の多さでカバーできるわ。頭を狙えば昏倒させられるのもハンマーと同じだし、何より狭い場所でも自由に動けるわよ」
そう言ったのはエイミーである。
彼女が両腕にはめている盾拳は、取り回しとは対極にあるような武器だが、本来の〈格闘〉スキルはその機動力に魅力がある。
テクニックの消費LPは他の武器種と比べて遙かに少なく、クールタイムが短いため、連打ができる。
そういった点では、LPの節約にも柔軟に対応できることだろう。
「〈格闘〉スキルは威力が低すぎます。高防御力の敵には、かえって時間がかかりますよ」
「〈杖術〉スキルは燃費が悪すぎるのよ。カミルは私たちと違って、死んじゃったら終わりなのよ」
「そこで〈剣術〉スキルですよ。全てにおいてバランスが良く、初心者にもおすすめです!」
それぞれがそれぞれの武器を片手ににらみ合う。
三つ巴の争いの予感に、囲まれたカミルが泣きそうな顔でこちらを見る。
「さあ、カミル。どれにしますか? ハンマーですよね? 破壊力ですよね?」
「剣こそが至高です。刀があればなんだって切れますよ! スパスパですよ!」
「敵を殴り飛ばした時の快感は何にも代えがたいわよ!」
『は、はぴぃ……』
涙目のカミル。
彼女を囲む、三人の戦士。
『アタシ、槍にするわ!』
「えええっ!? ハンマーじゃないんですか?」
「どうしてですか!? 剣は格好いいですよ!」
「原生生物を殴る生々しい感覚があるのは〈格闘〉だけなのに……」
三人から逃げるようにやって来たカミルが、俺の腰にしがみつく。
そんな彼女に、レティたちは信じられないと目を見開いてわなわなと震えていた。
「自分の武器を押しつけようとするからだよ……」
愚かなものを見た、とラクトが肩を竦める。
俺は地面に残っていた槍を手に取り、カミルの方を向く。
「本当に槍でいいのか?」
『ええ。〈槍術〉のテクニックも、手数で押すタイプなんでしょ? それに、他の武器と比べて間合いも広いし』
カミルは〈槍術〉スキルの特徴を良く把握しているようで、槍をぎゅっと握りしめて言う。
レティたちが考え直すように諭しているが、彼女の意志は固いようだった。
「なら、最初は槍から始めて見るか」
何も今決めたものに拘る必要は無い。
もし向いていないと思うのなら、別のものを試せば良い。
幸い、こちらには武器の専門家が沢山いるからな。
「レッジ、一ついいかな?」
「はいラクト」
無事に武器が決まったところで、ラクトが手を挙げる。
「カミルの初陣に、ここはちょっと厳しすぎない? 一応、攻略の最前線だよ?」
彼女は周囲の洞窟を見渡して言う。
たしかに、〈アマツマラ深層洞窟・上層〉は危険なフィールドだ。
今はまだ何の力も無いカミルにとっては、特にその脅威は大きくなる。
「〈始まりの草原〉とかでやった方が、安全だと思うんだけど」
「なるほど。一理あるな」
ラクトの言うとおりだった。
当然、俺のテントやミカゲの拘束によって安全措置は講じるつもりだったが、もしもの事があってはいけない。
「すまん。一度、〈スサノオ〉に行くか」
『あぅ!』
場所を変更することに決めると、大人しくしていたスサノオが元気よく手を挙げる。
〈始まりの草原〉は彼女のお膝元だ。
「カミルもそれでいいか?」
『そ、そうね。お掃除だってまずは簡単なことから始めるべきだし』
槍を握りしめ、緊張の面持ちをしていたカミルが、ぎこちなく頷く。
俺たちは〈ホムスビ〉に戻り、そこからヤタガラスに乗って、〈スサノオ〉へと出発した。
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Tips
◇〈旋回輪打〉
〈杖術〉スキルレベル60のテクニック。
ハンマーを掲げたまま勢いよく回転し、強い攻撃を連続で打ち込む。勢いが付けば付くほど威力が増し、堅い甲殻をも破壊できるようになる。
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