第443話「可能性の光」

 中央制御塔のストレージで戦闘用のアイテムを用意した俺たちは、〈ホムスビ〉の町を飛び出して〈アマツマラ深層洞窟・上層〉へと繰り出した。


「それで、結局なにをしでかすつもりなんですか?」


 星球鎚を肩に担ぎ、前方を歩いていたレティが振り返る。

 彼女だけでなく、ラクトやエイミーたちも興味があるようでこちらを見る。


「しでかすとは失礼な」

「自分の胸に手を当てて考えて下さい。ほら、さっさと白状してくださいよ」


 俺の抗弁を軽く一蹴し、彼女は急かす。

 何を言っても躱されることは、すでに十分に分かっている。

 俺はしかたない、とため息をつき、傍らに立っていたカミルの肩に手を置いた。


「カミルが戦えるか、試してみる」

「はあ?」


 言った途端、レティたちは珍妙なものを見るような目をこちらに向ける。

 当のカミルでさえも、赤い瞳を丸くしてこちらを見上げていた。


「ちょっとちょっと。流石にそれは無理でしょ」

「そうですよ。確かに、レッジさんのテクニックでカミルをフィールドに連れ出すことはできるようになりましたが」


 トーカがカミルの方を見る。

 彼女は新しいメイド服から、イベント中に着ていた“戦闘用侍女服バトル・メイドドレス”へと着替えている。

 ここへ繰り出す準備の中で、俺がカミルに指示をしたためだ。

 元々は危険なフィールドで彼女の安全を確保するため、少しでも防御力を上げるための措置だったが、今回はその性能の全てを発揮してくれることを期待している。


『バカレッジ! アンタ、何を考えてるのよ。アタシはただのメイドロイドよ。アンタ達みたいに戦えるわけがないでしょ』


 カミルは俺の腰に掴みかかり、激しく声を上げる。

 レティたちもそれに賛同して視線を険しくした。


「まあ、待て。落ち着け」


 ぐるるる、と獰猛な虎のように威圧してくるカミルの頭をぽんぽんと叩く。

 俺は彼女に確認を取るため、話しかけた。


「カミルは職業適性検査試験を受けたんだよな」

『……そうよ。それがなにか?』


 嫌なことを思い出したと言いたげに、彼女は表情を歪める。

 確かに、彼女にとっては良い思い出とは言えないだろう。

 生まれたばかりの高級NPCがその後の生き方を決めるために行われる、選別のためのテスト――職業適性検査試験。

 彼女はそれのほぼ全ての項目で優秀な成績を残し、だがたった一項目が壊滅的に悪い成績だったため、進路が定められず、〈ウェイド〉の中央制御塔の中に幽閉されていた。


「たしかに、カミルは“協調性”の項目がゼロ点だった。それは今までの生活の中からでもよく分かぎゃっ!?」

『フンッ。失礼ね』


 ジンジンと痛む脛を抑えつつ、犯人に抗議の目を送る。

 カミルは腕を組み、拗ねた様子でそっぽを向いた。


「レッジさんが悪いですね」

「何も本人の真横で言うことないでしょ」


 女性陣からもブーイングが届けられ、俺も反省する。

 流石に無神経すぎたか。


「と、とにかく。裏を返せば、カミルは協調性以外は完璧の、パーフェクトな存在だということだ」

『ふ、ふーん。まあ、間違っては無いわね』


 カミルはまだこちらに視線を戻してくれない。

 しかし、その頬が少し赤くなっているのは分かった。

 彼女がパーフェクトであることは、普段の家事のことや、俺の農場を手伝ってくれた時のことを思えば疑う余地はない。


「そこでだ、カミル。職業適性検査試験の項目を教えてくれないか」

『基本技能、自己管理、戦闘、清掃、極限行動、知能強度、情報処理、協調性の八項目よ。それがどうしたの?』

「そう。“戦闘”の項目があるんだよ」


 胡乱な顔でテスト内容を挙げるカミルに、俺は手を叩いて答える。

 高級NPCの職業を振り分けるテストには、“戦闘”という項目があるのだ。


「おかしいと思わないか? NPCは基本的に安全な町の中で生活する存在だ。プレイヤーのように、戦闘を行うことが想定されているのは何故だ?」


 耳を傾ける仲間たちに問い掛ける。

 しかし、間髪入れずにレティから反論が飛んできた。


「警備NPCになるためじゃないんですか? 対エネミーじゃなくて、対プレイヤーですよ。どこかには大事な大事な管理者の中核である中枢演算装置〈クサナギ〉をぶっ壊そうとする輩もいると聞きますし」

「レティだって共犯じゃないか……」


 それにあの時は本気で壊そうとしたわけじゃない。

 ちょっと脅せば話を聞いてくれるかと思っただけだ。

 ちらりとスサノオの方を見て、中身がウェイドに変わっていないか確認する。

 スサノオは大人しく黙ったまま、白月の白い毛並みを撫でている。

 あの可愛らしい笑みは、たしかにスサノオのものだろう。

 ――少し話がそれた。


「こほん。ともかく、警備NPCの線は薄い。レティも警備NPCの姿は見たことあるだろう?」


 そう言うと、彼女は左上を向いて記憶を掘り返す。

 警備NPCは中枢演算装置などの都市のコアや、ベースラインの中でも重要な施設を防衛するためのものだ。

 普段、普通にプレイしているぶんには、その姿を見ることさえ稀な存在だが、彼女は過去に二回ほど見たことがある。

 第二回イベント後半と、第三回イベントの開催前のことだ。


「……大きな、蜘蛛型のロボットですね。中枢演算装置のある部屋に来たのも、エイミーよりも更に大型の機体でした」

「そうだ。カミルみたいに、プレイヤーと同じモデルを使っているわけじゃない」


 警備NPCは戦闘に特化した機体だ。

 機動力と隠密性がある蜘蛛型と、破壊力があり、いざというときは盾となる大型ロボットなのだ。

 カミルやミモレはタイプ-フェアリーの女性型、つまりは調査開拓員であるラクトと同じ機体を使っている。


「警備NPCは機体からして特別な存在だ。適性検査を受ける段階で、その進路はない」


 では、なぜ適性検査に“戦闘”の項目があるのか。

 逆説的な話になるが、戦闘ができるから、“戦闘”項目があるのだ。


「NPCは――少なくとも高級NPCは潜在的に戦闘ができるようになっている。なのに、俺たちは未だにNPCがエネミーを倒しているところを見たことがない」

「そうだねぇ。傭兵NPCなんかがいるかもって探してる人もいるけど、見つかったって話も聞かないし」


 そういえば、俺がウェイドたちと共に坑道へ挑んでいた時も、彼女たちを未発見の傭兵NPCではないかと疑う声があったらしい。

 しかし、管理者は明確に戦闘能力が無いということが、他ならぬ彼女たちの口から告げられている。


「適性検査では戦闘能力が試されるのに、それを活かしているNPCがいない。無意味なテストをすることもないだろうから、これはつまり――NPC


 調査開拓員がこの地で活動を始めて、すでに数ヶ月が経過しているにも関わらず、この世界には多くの謎が残されている。

 多くの解読者が情報資源管理保管庫に引きこもり、wiki編集者たちが日夜さまざまなことを記録している。

 それでも、未だに日の目を見ていない隠し要素は数え切れないほどあると、多くの者が確信している。


「でも、レッジさん」


 力説する俺に、トーカが恐る恐る手を挙げる。


「カミルは私たちとは違います。スキルもありませんし、戦闘に使うための天叢雲剣も持っていません」


 正論だった。

 カミルは俺たち調査開拓員とは、ハードは同じでもソフトが違う。

 三種の神器のうち、八咫鏡と天叢雲剣も持っていない。


「じゃあ、まずは天叢雲剣についてだな。こっちは簡単だ」


 俺はインベントリから武器を取り出して、地面に並べていく。

 カミルのサイズに合わせた、片手剣、ハンマー、ナックルグローブ、槍だ。


「レッジ、これは?」


 エイミーが地面に置かれた武器を見て、首を傾げる。


「武器のオリジナルだ。露店で買った」


 それらは、〈ホムスビ〉の市場マーケットにいた武器職人から買いそろえたものだ。

 俺たち調査開拓員プレイヤーは、天叢雲剣に武器の形状を記録することで、それを変形させて武器として使っている。

 要は、高性能な粘土を使っているようなものだ。

 それのおかげで破損しても応急修理用マルチマテリアルなんかですぐに修理できるし、武器自身に火属性やら水属性やらの“属性”というものを付与することができる。


「それって、ちゃんと武器になるんです?」


 懐疑的な目を向けてくるレティ。

 それに対して、俺は自信を持って頷いた。


「できるさ。実際、俺たちだって天叢雲剣じゃない罠やら投擲物で、エネミーにダメージを与えてるだろ」


 なにも、天叢雲剣に特殊な能力が備わっていて、それが無ければ原生生物に傷を付けられない、というわけではない。

 俺が使っている罠や種瓶、ミカゲのクナイや撒き菱、更に言えばルナのような銃士ガンナーの弾丸や、ラクトが短弓につがえる矢――。

 一回限りの消耗品として使用するものは、大抵が素材そのままのオリジナルだ。


「マルチマテリアルで修理はできないし、壊れればそこで終わりだ。でも、近接武器のオリジナルだって、しっかり使えるはずだろ」


 俺たちが天叢雲剣を使っているのは、その武器の修復が容易で、持ち運びに適しており、複数の武器を瞬時に切り替えることができるからだ。

 逆に言えば、それらの欠点に目を瞑れば、オリジナルの素材を使用した武器でも、十全に使える。

 そして、天叢雲剣でなければ、カミルであっても通常の掃除道具のように問題なく扱えるはずだ。


「なるほど。分かりました。ですが、スキルの問題はどうするんですか?」

「そうだねぇ。武器があってもスキルレベルがゼロの段階じゃ、〈始まりの草原〉のグラスイーターにだって結構苦労するよ?」


 残る一つの問題。

 当然、俺もそれを忘れていた訳ではない。


「――俺はカミルから〈家事〉を教えて貰った」


 その答えに、ラクトたちがきょとんとする。

 たしかにカミルには〈歩行〉スキルのような、調査開拓員が持つスキルを使えない。

 それは以前の雪山行軍で知っている。

 しかし、俺は彼女から〈家事〉スキルを教えて貰った。


「つまりだな。調査開拓員プレイヤーには調査開拓員専用のスキルセットがあって、NPCにはNPC専用のスキルセットがあるんじゃないか?」


 俺は地面に、槍の石突きを使って二つの円を描く。

 端の方がすこし重なり合った、いわゆるベン図というものだ。


「この円がプレイヤーのスキル領域。こっちがNPCのスキル領域。で、この重なってる部分にあるのが〈家事〉やら〈陶芸〉やらの“NPCから教えて貰うことで解放される”スキル領域。

 この領域に、NPCが戦闘を行うためのスキルがあるんじゃないかと、そう思ってるわけだ」


 A∩Bのエリアをトントンと指し示して言う。

 そこへ、他ならぬカミルが言葉を挟んできた。


『分からないわね。少なくとも、アタシの中には戦闘系のスキルは無いわよ』


 それはそうだろう。

 もし、すでにカミルが戦闘スキルを保持しているのならば、俺が頭を悩ませる必要も無い。


「だから、俺たちが教える」

『……はぁ?』


 カミルが眉をあげる。

 レティたちも豆鉄砲を撃たれたような顔で、俺を見る。

 俺は再び、足下に描いた図の中央を指し示す。


「“NPCから教えて貰うことで解放される”スキルがあるなら、“プレイヤーから教えることで解放できる”スキルが、NPCにもあるんじゃないか?」


 そう言って、周囲を見渡す。

 その頃にはレティたちの目にも、真剣な光が覗いていた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇〈陶芸〉スキル

 土を捏ね、陶器を作るスキル。土の声を聞き、食器や壺、インテリアなど、様々な形状へと変えることで命を吹き込む。

 とある偏屈な食器店の店主から、その基礎を教えて貰うことで、習得することができる。


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