第442話「忙しい検証班」

 〈鉄茶亭〉で休憩を摂った俺たちは、いよいよ〈ホムスビ〉の中心地――ベースラインへと足を向けた。

 そこにあるのは、各都市で共通の施設群であり、〈ホムスビ〉特有の何かがあるわけではない。

 向かう理由はただ一つ、アップデートセンターで〈機械操作〉スキルを任意のスキルへと変換してもらうためだ。

 とはいえ何か特殊な任務をこなす必要があるというわけでもなく、ただカウンターで三つのスキルの中から一つを選べば、すぐに終わる。

 そのはずだったのだが、


「なんか、ずいぶんと人だかりができてるな」


 〈ホムスビ〉の中心、ベースラインを形成する施設がずらりと立ち並ぶ、広い通りだ。

 その一角に、大きな黒山ができている。

 わいのわいのと騒がしい声を発する集団が渦巻いているのは、どうやら目的地であるアップデートセンターの真正面のようだ。


「むぅ。邪魔ですね」

「なんの集まりだろう。〈機械操作〉スキルを三つに分割したことに対する抗議とかかな」

「それなら運営に直接メールなりなんなりでやってほしいわねぇ」


 なおも賑やかに声を上げつづける集団を、レティたちは遠巻きに眺める。

 俺もアップデートセンターへ辿り着ける道を探して見渡していたら、ふと見知った顔が集団の中に混ざっていることに気がついた。

 黒いロングコートを着て、小さなサングラスを掛けた、茶褐色の肌の偉丈夫と、その足下に寄り添う黒いゴスロリドレスを纏った金髪の少女だ。


「おーい、レングス、ひまわり」


 TELを使うほどの距離でもない。

 その場で二人に向かって名前を呼ぶと、彼らも俺たちの存在に気がついて、集団の中から抜け出してやって来た。


「おう、レッジ。今回のイベントでもやらかしたらしいな」


 歩み寄って開口一番、レングスはそんなことを俺に向かって言い放つ。

 真っ白な歯がニカッと輝き、マフィアかギャングの親玉のような凶悪な人相だ。


「別になにもやらかしてねぇよ。それより、このお祭り騒ぎはなんだ?」


 レングスの追及をさらりと受け流しつつ、人だかりの原因について尋ねる。

 それに答えてくれたのは、巨漢の隣に立つことで余計に小柄に見えるひまわりだった。


「新スキルの情報交換会なのですよ。〈機械操作〉スキルが〈換装〉〈操縦〉〈制御〉の三スキルに分割されたので、それぞれの情報を集めるために、wiki編集者が集まっているのです」


 彼女の説明を聞いて、腑に落ちる。

 よくよく見てみれば、通りの真ん中で小さな猫型の機獣がぐるぐると動いていて、メモ帳とペンを持ったプレイヤーがそれを熱心に観察している。

 かと思えば、機獣のプログラムコードを弄っている人に向かって、色々と質問を投げているwiki編集者の姿もある。

 新規コンテンツあることころに、wiki編集者あり。

 そんなわけで、こんな往来のど真ん中で検証作業を行っていたらしい。


「〈機械操作〉スキルが三つに分かれただけでしょ? 何か調べて新しい情報とか出てくるの?」


 検証と記録を繰り返す一団を眺めて、ラクトが言う。

 三つのスキルのうち、少なくとも二つは既存のスキル体系が枝分かれしただけのものだ。

 レベル80までのテクニックは全て判明しているはずだし、彼女の言い分も分からなくはない。

 しかし、その問い掛けに対して、レングスとひまわりは揃って頷いた。


「ゲームバランスの調整だろうな。〈機械操作〉スキルのレベル80水準のテクニックが、レベル60から70程度くらいでも使えるようになってる」

「代わりに、レベル80には新しいテクニックが実装されているんじゃないかと推測も立てられてるのですよ」

「へぇ。そんな感じになってるのか」


 二人から齎された情報は、俺にとっては嬉しいものだ。

 少なくとも、〈機械操作〉スキルレベル80相当のことをするために〈操縦〉と〈制御〉の二つで合計160も取らなくて済む。

 まあ、新しく追加されたテクニックとやらも気になるし、どうせレベル80にはするだろうが。


「レッジもここに来たって事は、そういうことだろ。どのスキルに変換するつもりなんだ?」

「俺はとりあえず〈操縦〉だな。〈制御〉もまた上げ直すつもりだが」

「レティは〈操縦〉スキル一択ですね。しもふりと機械鎚は、それがないとお話になりませんので」


 レングスに向かってそう答え、俺たちはその流れでアップデートセンターへと入る。

 建物に入ってしまえば通りの喧噪も遠ざかり、カウンターで落ち着いて〈機械操作〉スキルを〈操縦〉スキルに変換することができた。

 スキルウィンドウから〈機械操作〉の項目が消え、かわりに〈操縦〉スキルがレベル80で現れる。

 施設の外で待つエイミーたちの元へ戻り、改めてスキルを確認した。


「〈制御〉分野のテクニックも、習得したままなんだな」

「発動可能条件が揃ってないから、使えないけどな。スキルをカートリッジに詰めた時も、テクニックは残ったままだろ」


 レングスの言葉に、なるほどと頷く。

 〈採掘〉や〈伐採〉のスキルをカートリッジに移した時も、それらのテクニックである『採掘』『伐採』はテクニックウィンドウに名前が残ったままだった。

 カートリッジを使って習得したテクニックだけでなく、例えば〈風牙流〉のテクニックも、例え〈槍術〉スキルや〈解体〉スキルを忘れてたとしても、灰色の文字になるだけで消えはしないらしい。


「一度抜いたスキルも、もう一度鍛え直せば、すぐに使えるってこった。それよりもレッジ、何か面白いテクニックは覚えてないか?」


 パラパラと手帳のページを捲りながら、レングスが顔を近づける。

 それだけで威圧感があり、思わず後ろに下がるが、向こうは気にする様子もなかった。


「面白いテクニックったって。別に何もないぞ」


 テクニックウィンドウを見せて言うと、彼はあからさまに落胆した様子で肩を落とす。


「なんだ。レッジの事だから、誰も知らねぇようなレアテクをいつの間にか習得してるかと思ったんだがな」

「生憎、そんなのはないな」

「ポピュラーなテクニックだけで、あれだけ暴れ回ってるというのも恐ろしい話ではあるのですよ」


 俺とレングスの会話に、ひまわりが突っ込みを入れてくる。

 wiki編集者の二人には申し訳ないが、俺は別にレアなテクニックを集めることに魅力を感じているわけではない。

 そういうスキルは確かに強力なのだろうが、使い所も限られるという話も聞く。


「最近の覚醒系テクニックは……『メイドロイド招集』かな」


 隣に立つカミルの方を見て言う。

 彼女を家から連れ出すために使っている『メイドロイド招集』というテクニックは、テクニックカートリッジとして売られているものではない。

 スサノオから教えて貰って、習得したものだ。


「そういえば、そんなのもあったな。あれも情報が出回った時には大変だった」


 レングスが視線を少し上に向けて、しみじみと言葉を零す。


「〈家事〉スキルレベルと招集可能なメイドロイドの数の相関、メイドロイドの行動能力、戦闘能力の測定。テクニックが使えるのかどうか。武器や防具は装着できるのかどうか。イベントの真っ最中でしたし、検証はかなり難航したのですよ……」


 ひまわりも遠い目をする。

 どうやら、俺の知らないところでwiki編集者たちの尽力があったらしい。


「結果はどうだったんだ?」


 興味本位で尋ねてみると、二人からじっとりとした視線が向けられる。

 首を傾げる俺に苦笑交じりの声を掛けたのはトーカだった。


「お二人、というよりwiki編集者の皆さんの仕事ぶりは、wikiを確認すればいいのでは?」

「なるほど。それもそうか」

「しっかりしてくれよ」


 レングスに強く背中を叩かれながら、早速wikiを開く。

 〈家事〉スキルのページも、俺が習得した当初と比べればかなり情報量が増えている。


「んー。まあ、大体は予想通りだな」

「予想を確定させるのが、俺たちの仕事だ。まあ、レッジは〈家事〉スキルの第一発見者でもあるしな。何か情報に齟齬でも見つかったら、いつでも教えてくれ」

「あんまり期待しないでくれよ。こっちはただの一般エンジョイ勢なんだからな」


 そう言うと、レングスとひまわりが揃って肩を竦める。

 何故そんなに納得の行かなさそうな顔をするのか。

 振り返るとレティたちも二人と同じような目をこちらに向けていた。


「……まあ、多少は変わってるかも知れないが」


 無言の圧力に耐えきれず、すっと目をそらして言う。


「その程度でも自覚が出てきただけマシですね。アストラさんにでも聞かれて、ぶっ飛ばされても知りませんよ」

「ええ……」


 アストラは優しいから、そんなことはしないはずだ。

 というか、彼は今のところ深層洞窟の攻略に没頭しているから、俺に構う暇などないだろう。

 そこまで考えて、ふとあることを思い出す。

 ずっと前から頭の片隅に少しだけひっかかっていたことだ。

 丁度いい機会だし、確かめてみるのも悪くない。


「よし、ちょっと出掛けるか」

「ええっ!? ちょ、レッジさん? どこ行くんですか?」


 突然歩き出した俺に、レティたちが驚きながら付いてくる。

 レングスとひまわりの二人組は、引き続きその場に残るようだ。


「レングス、もしかしたら近いうちに連絡するかもしれない」

「おう。いつでも待ってるぜ」


 巌のような男に言葉を残し、俺は歩き出す。

 まずは色々と、買い物から始める必要があった。


「レッジさん。結局、何を企んでるんですか?」

「さっき見たwikiのページで気になるところがあってな。その検証だ」


 そう答えると、レティはきょとんとして首を傾げ、俺の隣を歩くカミルの方へと視線を下げた。


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Tips

偵察用機械猫スパイ・キャット

 隠密行動に優れた小型の猫型機械獣。危険地帯へ侵入し、密かに情報の収集を行うことを目的に設計されている。

 猫のように静音性に優れた動きで、機敏に行動することが可能。ある程度の高所からの落下にも対応できる。柔軟性もあるため、僅かな隙間を抜けることもできる。

 また、可愛い。


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