第441話「おむすび茶漬け」

 〈機械操作〉スキルが三つに細分化されるという、衝撃の事実を知った俺は〈ホムスビ〉の観光中も思い悩んでいた。

 〈換装〉は現状、額のヘッドライトくらいしか使っていないため、切り捨てても問題ないと言えば問題ない。

 とはいえ、新しい分野ということもあり、好奇心が疼いているのも事実だ。

 逆に〈操縦〉と〈制御〉は、もともとの〈機械操作〉スキルに含まれていた二つの分野を分けたものであるため、目新しさはないものの、俺にとってはどちらも欠かすことのできないスキルだ。

 俺は工業的な街中を歩くレティたちの後ろを、うんうんと唸りながらついて行っていた。


「はぁ。――レッジさん、少し休憩しましょうか」

「え? ああ。ごめんな」


 そんな俺を見かねて、レティが気を遣ってくれる。

 せっかくの観光中に水を差して申し訳ない、と謝罪すると、彼女は何でも無いように首を振る。


「いいですよ、別に。丁度おなかも空いてきましたし、このあたりに人気の隠れ家風のお店があるんですよ」


 そう言って、レティは分厚いガイドブックのページを開いてみせる。


「人気の隠れ家って、なんか矛盾してない?」


 それを見てラクトが首を傾げた。


「ともかく、早速行ってみましょう」


 ラクトの言葉を一蹴し、レティが歩き出す。

 彼女の背中を追う俺たちは、少し歩いた路地の奥、ひっそりと小さな看板を掲げるドアの前に辿り着く。

 大きなビルの間に挟まれて、押し潰されそうになっている、金属造の建物だ。

 ドアと看板だけは暗い色合いの木製で、アンティークのランタンが吊られている。


「〈鉄茶亭〉? 何のお店でしょうか」


 トーカが看板を見上げ、そこに書かれている店名を読み上げる。

 なんとなく、和のテイストを感じさせるが、ことこの世界においてユニークショップほど信用ならないものも少ない。

 物静かな店構えに釣られて入ってみると、中では陽気なカーニバルが盛大に行われていた、なんて店もあるらしいからな。


「それは入ってみてのお楽しみ、ということで。お邪魔しまーす!」


 恐れを知らないレティが、先陣を切ってドアを開く。

 涼やかな鈴の音と共に、柔らかな調光の、木を多用した穏やかな雰囲気の店内が広がる。


『いらっしゃいませ。ようこそ、〈鉄茶亭〉へ』


 出迎えてくれた上級NPCの少女は、萌葱色の着物と濃紺の袴を着て、その上からフリルの付いたエプロンを腰に巻いていた。


「また一気に世界観が変わったわね」

「でも、よく見てみると若干のスチームパンクが混じってますよ」


 トーカが店内の一角を指さしていう。

 木の棚の上に、真鍮製のニワトリの置物があり、一定の間隔で頭を揺らしている。

 よくよく見てみれば、店員さんは着物を帯ではなくベルトで留めており。そこには歯車の根付けがぶら下がっていた。


「和風スチームパンクか。こういうのもいいな」

「レッジさん、スチームパンク好きなんですか?」

「かっこいいだろ?」


 そんな話をしながら、テーブル席へと辿り着く。

 席に座り、メニューウィンドウを開いて、そこで初めてこの店の特色が分かった。


「おにぎり、いや、おむすび茶漬けか」

「はい。具だくさんのお握りと、いろんなお出汁の組み合わせが楽しい、おむすび茶漬けの専門店です」


 ガイドブックの店紹介ページを開いて、レティはそこに指を落とした。

 まだ〈ホムスビ〉が完成して間もないというのに、よくこれだけ分厚いガイドブックを作ったものだと発行者の観光系バンドに感心しつつ、この店を選んだレティにも驚きと困惑を隠せない。


「レティ、どこにもチャレンジメニューとか、大盛りのカスタムとか、そういったものが見つからないんだが」


 そう、穴が空くほどウィンドウを探しても、どこにも大食いメニューが載っていないのだ。

 しかも、どの商品も美味しそうで、穏当な表現で言うところの冒険心豊かなものがない。


「レティ、大丈夫? 体調悪かったりしない?」

「本調子でないようなら、ログアウトして休んでも良いと思いますよ」


 緊急事態に直面し、ラクトとトーカも真剣な表情でレティの体調を案じる。


「皆さん、なんかレティのこと誤解してませんか?」


 そんな俺たちをじろりと睨み、レティはぷっくりと頬を膨らせる。

 普段の味覚再現機能の性能限界をテストするような料理ばかり注文している姿を見れば、誰だって彼女の身を案じるだろうに。


「レティだって、たまにはこういう安心できるものが食べたくなります」

「たまに、なんだな……」


 俺は食事はいつでも安心できるものが食べたいが。

 ともかく、レティは特に体調が悪いとか、そういうわけではないらしい。


「シャケとイクラのおむすびとタイ出汁のお茶漬けとか、岩のりの山葵佃煮と山菜出汁のお茶漬けとか、おすすめみたいですよ」

「ほんとに真っ当な商品しかないんだねぇ」


 レティがガイドブック片手におすすめメニューを教えてくれる。

 ラクトは改めてメニューウィンドウを一望して、ほうとため息をついた。


「地下洞窟の町なのに、シャケとイクラなんて食べられるんだな」

『あぅ。〈ワダツミ〉から毎日、新鮮な海産物が全ての町に届けられてる。ヤタガラスの物流網は、優秀なんだよ』


 意外に思って口から零れた言葉に、隣に座っていたスサノオが反応する。

 各都市を結ぶ高速装甲列車ヤタガラスは、プレイヤーだけを運んでいるわけではないらしい。

 〈ホムスビ〉も、建設時にトロッコが走っていた高規格レールをヤタガラスの路線と接続したため、かなり行き来が楽になった。

 この店のメニューに使われている新鮮な食品も、その恩恵に与っているということだろう。


「そういえば、〈ホムスビ〉の近くで採れる食材って、どんなのがあるんだ?」

「基本的には動物性のものみたいですね。蝙蝠の肉とか、ワームの肉とか、蜥蜴の肉とか」

「なるほど……。まあ、仕方ないと言うしかないか」


 〈ホムスビ〉周辺は鉱石資源こそ豊富だが、美味しい食材となると少し厳しいところがあるようだ。

 それも土地柄と思えば、納得はできる。

 ラーメンやおむすびが名物料理になったのは、このあたりで採れる食材に名物たり得るものが無かったという事実の裏返しなのかもしれない。


「あ、キノコとかは一応このあたりでも採れるみたいですよ。ツキヨヒカリタケの月見茶漬けなんてあるみたいです」

「じゃ、俺はそれにするかな」


 メニューを眺めながら、それぞれに好きな物を頼む。

 スサノオとカミルは、それぞれ明太子おむすび茶漬けと山菜佃煮山椒おむすび茶漬けを頼み、白月には三つ葉を単品で注文した。

 なんというか、カミルの味覚が随分と渋い。


「これがツキヨヒカリタケの月見茶漬け……」


 注文してすぐに商品が届くのは、仮想現実の楽なところだ。

 テーブルにやってきたのは、手作り感のある歪な形の茶碗。

 そこに海苔の巻かれた大きめのおむすびが収まっている。

 一緒にやってきた急須の中に出汁があり、それを注いで食べるらしい。


「じゃあ、早速」


 急須を傾け、出汁を注ぐ。

 キノコ出汁らしく、山の香りがふわりと漂う。

 それと共におむすびがほろりと崩れ、中から淡い黄色のキノコが現れた。


「なるほど。ツキヨヒカリタケっていうのはこれか」


 海苔の間から覗く、黄色く丸い傘。

 確かに月見茶漬けだ。

 見た目には面白いが、問題なのは味である。

 木の匙を使って掬い取り、口に運ぶ。


「おお……。美味しいな……」


 キノコの滋味が口腔に溢れる。

 溶けるようにほぐれていく米の中から現れる、ツキヨヒカリタケの弾力のある食感。

 肉厚な傘を噛むと、少し甘みを感じる濃厚な汁がじゅわりと流れ出す。


「味覚エンジン、優秀だったんだなぁ」


 いつもは辛さの限界とか甘さの限界とか、そういった方面で酷使されている印象しかない味覚エンジンだが、こんなに繊細な味もきちんと表現できるらしい。

 この食体験を、夢化処理で曖昧にされてしまうのは、凄く勿体ないと思ってしまった。


「ガイドブックに載るのも納得だねぇ」

「鮮度も抜群ですね。イクラがパチパチです」


 ラクトはミョウガと夏野菜の冷やし茶漬けを、トーカはシャケとイクラの親子茶漬けを、それぞれ口にして破顔する。

 エイミーとミカゲも、それぞれのおむすび茶漬けに舌鼓を打っていた。

 ちなみに、エイミーは岩のりの山葵佃煮と山菜出汁のお茶漬け、ミカゲは唐揚げとエビフライの爆弾おむすびとチキンスープだった。

 ミカゲのは、男の子の夢の体現みたいだな。


「カミルも美味いか?」

『もぐもぐ。……そうね、これは隠し味に何が使われてるんだろ。そこが分かればウチでも再現できるかしら』


 ふと軽い気持ちでカミルの方を見ると、物凄く真剣な表情で咀嚼していた。

 その鋭い目つきは腕利きの料理人のそれである。


「……白月も、美味そうに食べてるな」


 テーブルの側にいる白月も、茶碗に盛られた三つ葉をガツガツと食べている。

 彼は別に草食性というわけではないようだが、この食べっぷりを見るに、味はお眼鏡に適ったらしい。

 明太子の乗ったおむすびを食べているスサノオも、小さな手を動かして、満足そうだ。


「それで、レッジさん」


 炙りカルビの焼き肉茶漬けという、随分とヘヴィな物を食べていたレティが、茶碗を飲み乾して一息つく。

 そうして、彼女は改めてこちらへ視線を向けた。


「〈換装〉と〈操縦〉と〈制御〉、スキル構成はどうするんですか?」

「ああ、そういえば……」


 彼女が気を回してくれた原因を思い出し、思考を再開させる。

 恐らく、彼女はこの後〈ホムスビ〉のベースラインにあるアップデートセンターに立ち寄る予定でいるのだろう。

 そこで、彼女の場合は〈機械操作〉スキルを〈操縦〉スキルへと変換させるわけだ。


「レッジって、またスキルがカツカツになってるの?」

「いや、今は多少余裕がある。合計値は今のところ――837だな」

「普通にカツカツだよね、それ……。まあ、レッジにしては余裕がある方か」


 ラクトが木匙を揺らして言う。

 以前、レティに相談して整理したから、まだ余裕がある。

 しかし、それもスキルレベルの上限が80までで、それ以上の拡張法が見つかっていない現時点での話だ。

 第4回イベントが無事に終了した今、そろそろレベル90、更には100までの上限拡張手段が見つかる可能性が高まっている。

 メインに据えている〈野営〉スキル等は当然レベル上限まで鍛えることは確定しているわけで、そうなると今の余裕もすぐになくなる。


「とりあえず、アップデートセンターでは〈操縦〉に変換してもらうかな」


 恐らく、直近で必要に迫られるのはそのスキルだろう。

 プログラムに関連する〈制御〉スキルは、言ってしまえばネヴァとの装備開発の際に出番があるくらいだ。

 しかし、〈操縦〉スキルはテントの運用にも関わってくるし、どうやら〈カグツチ〉の操作もこのスキルが必要らしい。


「〈換装〉スキルは、やっぱり諦めるんですか?」

「そこなんだよなぁ」


 トーカの言葉が胸に突き刺さる。

 スキル構成を考えれば、諦めるのが妥当なのだ。

 しかし、諦めきれない魅力がそこに詰まっている。


「ま、〈換装〉スキルに関しては今すぐに必要ってモンでもないからな。坑道も整備が進んで、ヘッドライトが無くても明るくなったし」

「そうですね。じゃあ、一件落着と言うことで――」


 多少強引に自分を納得させる。

 そんな俺に頷いて、レティはメニューウィンドウを開いた。


「前菜も終わりましたし、次を頼みますか」

「は?」

「大盛り系が無いなら、品数で攻める。別に、一人一品とは決まってませんからね」


 そう言ってポチポチとメニューウィンドウを指で突いていくレティ。

 数分後、広いテーブルには、それを覆い隠すほどのお茶漬けの群れが現れた。


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Tips

◇〈鉄茶亭〉

 地下資源採集拠点シード-02アマツマラの商業区、路地裏にひっそりと店を構える、隠れ家風の飲食店。シード-02アマツマラの名物であるおむすびを出汁やスープで楽しむ、おむすび茶漬けの専門店。

 各地から仕入れた新鮮な食材を使い、多種多様なおむすびの具材と、丁寧に取られた出汁の組み合わせを楽しむことができる。

 店内は和と蒸気工業の融合した個性と調和の成り立つ、静かな空間が形成されており、ゆったりと食事を楽しむことができる。


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