第10章【万夜の宴】

第440話「懊悩の選択肢」

 アマツマラが作戦を立案、指揮した第四回イベント〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉は、現実時間で二週間かけて進行した。

 管理者たちによる“おむすび弁当”の売り歩きもそれなりに好評で、調査開拓員の士気を含めた作業効率の向上に寄与し、それで得られた利益も全て管理者側へと納めることができた。

 俺の方も館の営業で随分と儲けさせて貰ったし、大破した〈カグツチ〉の修理費用も捻出できた。


「そんなわけで、地下資源採集拠点シード02-アマツマラ改めホムスビは無事に完成したわけだ」


 イベント終了の翌日、俺は第二フェーズの間ずっと別行動を取っていたレティたちと共に、地下洞窟に築かれた巨大な町に立っていた。

 真新しい活気に溢れた〈ホムスビ〉は、姉の管理する都市と同じく、ベースラインを中心としたコンパクトな設計になっていた。

 舞台を中心にした台形の町並みの中心に、白く輝く中央制御塔が屹立している。

 少し面白いのは、塔の先端が洞窟の天井に突き刺さり、巨大な柱のように見えるところだろうか。


「町全体が、凄く工業的な感じですよね。歯車いっぱいで、煙や水蒸気がもくもく出てて」

「こういうの、スチームパンクって言うんだっけ」


 西洋風のウェイドや、和風のキヨウとはまた一風変わった町並みだ。

 至る所に真鍮の輝きが見られ、どう働いているのかも分からない歯車がぐるぐると回っている。

 ユニークショップで働く店員たちもヴィクトリア朝の英国のような瀟洒な服装だ。


「一応、ユニークショップはあるんだな」

『あぅ。〈ホムスビ〉は〈アマツマラ〉より土地に余裕があるから。経済を活発化させるために、ユニークショップとか、ガレージ街とかも、ちゃんと整備されてるよ』


 こうやって町を歩く時、スサノオはとても優秀なガイドだ。

 管理者として許された範囲ではあるが、分かりやすく町の内情を教えてくれる。

 大規格レールをトロッコの代わりに走るヤタガラスの〈ホムスビ〉駅から伸びる通りを歩きながら、俺はふとあることに気がついた。


「なんか、おむすび屋が多いな?」

「おむすびとラーメンは、〈ホムスビ〉建設を支えた料理ということで、ここの名物になってるみたいですね」


 軒を連ねる無骨な商店の看板に、“おむすび”の四文字が躍っている。

 ホムスビやウェイドたち管理者が手作りのおむすび弁当を売り歩いた時はかなり好評だったが、それが町にすっかり定着したようだ。


「ふっ。俺のギャグも世界に認められたということか」

『そういう話じゃないでしょ』


 嬉しさに口元を緩めていると、脛に鋭い衝撃が走る。

 視線を下げれば、真新しいメイド服を着たカミルが、目を三角にしてこちらを見ていた。


「カミルだって楽しそうに売ってたじゃないか。最後の方じゃ、ウェイドと売り上げで競ってたし」

『うぐ、それは……。それとレッジのギャグは関係ないでしょ!』


 ガシガシと脛に追撃が加えられる。

 いくら鋼鉄製の機体とはいえ、痛いものは痛いのだから、勘弁して欲しい。


「いでで……。あんまり蹴るとスカートが汚れるぞ」

『ちゃんと洗濯するわよ』


 そう言う問題なのか?


『あぅ。レッジ、足、換装する?』

「換装?」


 心配そうに覗き込んできたスサノオの言葉を反芻する。

 確かに身体パーツは破損しても修理できるが、流石にカミルのキックでねじ切れるほどじゃない。


「もしかしてレッジさん、知りません?」

「知らないって事を今知ったな」


 堂々と胸を張って言うと、レティたちが一斉に肩を竦める。

 どうしたんだ、皆して。


「公式サイトはちゃんと確認したほうがいいよ。ていうか、運営からメッセージ来てるでしょ」


 ラクトに促され、メッセージボックスを確認する。

 なるほど、確かに運営から何かメッセージが来ていた。


「なになに、“新規実装システムについて”。――えっ、そんなのあったのか?」

「毎回、都市ができたり大型イベントが終わったりしたら、何かしら新規コンテンツが追加されるのが恒例でしょ」


 そういえば、そうかもしれない。

 ウェイド建造の時には、ロール、バンド、デコレーションの三つが実装されたんだったか。


『あぅ。都市が増えたら、〈クサナギ〉の数が増えるでしょ。そしたら演算能力も高まるから、調査開拓員へ割けるリソースも増えるの』

「なるほど。そういうことだったのか」


 スサノオだけではいっぱいいっぱいでも、ウェイドやキヨウ、サカオと他の中枢演算装置が協力すれば、それだけできることが増える。

 世界観的には――というと少し味気ないが――そういう理由付けになっているらしい。


「えーっと、これか。〈換装〉スキルの実装について」


 都市一つが増えるだけで、できることはかなり増えるらしい。

 微調整が加えられたものなども含めて、ずらりと羅列されたアップデート内容の中に、それらしいものを発見する。

 生産アイテムの大量追加など、俺には直接関係のないものもかなり混ざっている。


「新スキルの実装って、かなり大きいんじゃないか?」

「確かにそうですねぇ。〈白神獣の巡礼〉の後に実装された〈調教〉〈呪術〉〈霊術〉〈占術〉以来ですからね」


 今回の〈ホムスビ〉建設に伴って実装されたスキルは〈換装〉〈操縦〉〈制御〉の三つ。

 これらは〈機械操作〉スキルに内包されていたものを三つの分野に再分類し、さらに専門的にしているらしい。

 ……うん?


「えっ。じゃあ〈機械操作〉スキルって……」

「無くなりましたよ」

「えええっ!?」


 あっさりと頷くレティに、驚きの声を抑えきれない。

 〈機械操作〉は、機獣の使役やドローンの操縦、プログラミングなど、様々な分野で使われる多機能なスキルだ。

 レティの機械鎚も、俺のDAFやテントの防衛機構も、運用には〈機械操作〉が必須になっているのだ。


「どっどっど、どうすれば……」

「もともと〈機械操作〉スキルを持ってる人は、アップデートセンターで〈換装〉〈操縦〉〈制御〉いずれかを同じレベルまで上げて貰えるらしいよ。当然、一回だけだけどね」


 ラクトの説明を聞きながら、公式メッセージの説明も読み進める。

 これはなかなかに重大なことだ。

 どうして見落としてしまっていたのか、今朝の自分を殴りたい。


「レティは〈操縦〉スキルに切り替えるつもりです。しもふりの使役とハンマーの扱いには、それ一つで十分ですので」


 なるほど。

 〈操縦〉スキルはある意味で、〈機械操作〉の真髄のみを抽出したものらしい。

 機械の操作全般を司り、その範囲には機獣の使役から機械設備の利用までが収まっている。

 俺の場合はテントの防衛設備やDAFシステムなどの運用に、このスキルが必要になるだろう。


「ぐ、でも〈操縦〉スキルじゃプログラミングができないのか」

「そっちは〈制御〉スキルの領分ですねぇ」


 レティは気軽に言ってくれるが、俺にとっては死活問題だ。

 DAFもテントの防衛設備も、ネヴァが開発したハードに、俺が直接プログラムを書きこんでいる。

 そのおかげで半分自動化できており、俺一人でも運用することができているのだ。

 プログラミングができないと、俺はこの先装備を開発できない。


「〈操縦〉も〈制御〉も、取らざるを得ないな……」

「レッジさんは何だかんだ言って、〈機械操作〉スキルもよく使ってましたからね」


 トーカが苦笑いして言う。

 刀一本、あとは行動系スキルだけで攻略最前線に立ち続けている彼女にとって、今回のアップデート内容はあまり縁の無い話なのだろう。

 こちらとしては、死活問題である。


「となると、〈換装〉スキルを取る余裕は無いな」


 せっかくスサノオが進めてくれた手前気が重いが、こればっかりは仕方が無い。

 スキル合計1,050の壁は、何人たりとも越えられないのだ。


「ちなみに、〈換装〉スキルってどんな物なんだ?」

「〈機械操作〉スキルからの派生ですが、内容的にはほとんど新規コンテンツですね。機械人形そのものを改造するスキル、とのことです」

「……なるほど?」


 レティの説明に、疑問符が浮かび上がる。

 つまりどういうことだってばよ。


「スケルトン勢からずっとあった要望みたいだね。防具を装着しなくても、機体自身を強化する。頑丈な外骨格とか、銃砲を内蔵した腕とか」

「要はサイボーグ化できるってことか」


 もともと機械の体なのだから、サイボーグも何もないわけだが。

 身体パーツに色々な機能を付与できるというのは、かなり面白そうだ。


「そういえば、レッジがおでこに着けてる“拡張モジュール-ヘッドライト”。それも普通の装飾品枠から換装パーツ枠に移るらしいわよ」


 エイミーが思い出したように、俺の額を見て言う。

 視界の確保のため、ネヴァに作って貰ったヘッドライトは、八尺瓊勾玉からLPを供給されて発光する。

 なるほど、よく考えればサイボーグだ。


「マジかよ。どうすりゃいいんだ」


 つまり、今の俺は〈換装〉〈操縦〉〈制御〉の三つ全てを利用していることになる。

 スキルのレベル合計制限から考えて、三つともレベル80にするのはできない。


「ぐぬぬ……。どれも魅力的だな」

「ちなみに僕は、〈換装〉を伸ばしてみるつもり」


 運営メッセージを眺めて唸っていると、ミカゲが横から囁いてくる。

 少し意外に思って眉を上げると、彼は覆面の下で笑みを浮かべた。


「サイボーグ忍者。……かっこいい」

「なるほどなぁ」


 たしかに、身体パーツを高機能な物に変えれば、より忍者的な機動ができるかもしれない。

 もはや忍者というよりニンジャかもしれないが。


「ま、いつでもスキルを上げ下げできるのがこのゲームの魅力だからね。どうにかこうにかスキルレベルを工面して、試してみるのもいいんじゃない?」

「気軽に言ってくれるなぁ」


 日頃からの〈機械操作〉スキルへの依存度が高いこともあり、今回のアップデートは悩ましい。

 ラクトはそう言うが、こっちは色々と無節操に手を出しすぎてカツカツなのだ。


「うーむむ……」


 結局、俺はその後の〈ホムスビ〉観光を、半分上の空で過ごすことになるのだった。


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Tips

◇〈換装〉スキル

 〈機械操作〉スキルから派生、特化したスキル。機械人形自身を改造し、より高度な能力を得る。

 ジェットスラスターで空を飛び、アイアンパンチで敵を打ち倒す。ハイパーアイは全てを見通し、スーパーキックは岩をも砕く。更なる機械の力を身につけて、調査開拓員は大きな躍進を遂げるだろう。

 換装パーツによっては装備品に制限がかかる場合がある。


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