第438話「ホムスビ」

 しくしくと嗚咽が部屋の中に染み渡る。

 騎士団の作戦本部に集まった俺たちは、部屋の中央で床の上に正座する少女を囲み、どうしたものかと困り果てていた。


「あの、アマツマラ」

『なんだ?』

「この子がホムスビか?」

『おう』


 スサノオの機体を借りたアマツマラが、しっかりと頷く。

 先ほど外から飛び込んできて、華麗なジャンピング縦回転スライディング土下座を決めた少女本人も、こくんと頷いた。

 つまり、今俺たちに囲まれて泣いているこの少女が、絶賛建築中の新たな拠点――地下資源査収拠点シード02-アマツマラの管理者、ということで間違いないらしい。


「とりあえず、椅子に座りませんか。落ち着いてからで良いので、お話をしましょう」


 六人の中で一番社交的なアストラが、身を屈めてホムスビに話しかける。

 できるだけ驚かせないように、というアストラの心配りがよく分かるが、話しかけられたホムスビはこっちが驚くほど大きく肩を跳ね上げた。


『ごめんなさいっ! す、スクラップにはしないで欲しいっす!』


 ガンッ、と硬い音が響く。

 見ればホムスビが上半身を倒し、勢いよく床に額を付けていた。


「いや、しないから。とりあえず、落ち着いて」


 アストラも驚いた様子で遠慮がちに彼女の背中をさする。


「なんでこんな卑屈なんだ……」

『お前が言うのかよ』


 アマツマラに呆れた目を向けられるが、こっちには覚えがない。

 むしろ、ウェイドたちの薬が効きすぎたのではないだろうか。


「アマツマラさん、ちょっと手伝って貰って良いですか。この子、梃子でも動かなくて」

『ちっ。仕方ねェな……。――ほら、ホムスビ。言うこと聞かないとレッジが来るぞ』

『ひえっ!?』


 アマツマラがホムスビの耳元で何事か囁く。

 呪文の効果は覿面で、赤髪を跳ね上げて彼女は立ち上がった。

 管理者として、というよりは姉として、アマツマラはホムスビの扱い方を良く心得ているようだ。


「じゃあ、自己紹介から始めましょうか」


 とりあえずホムスビも話せる状態になったと判断し、アストラが話を切り出す。

 彼はいつもの爽やかスマイルを浮かべて、ホムスビに語りかけた。


「俺はアストラ。この建物の所有者です」

『ほむ、ホムスビっす。ここ、この度は――』


 あたふたとするホムスビ。

 めちゃくちゃ怯えているが、本当に管理者たちはなんて言ったんだ……。


「〈ダマスカス組合〉のクロウリだ」

「〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーじゃ。そっちの小さいのと一緒に、工房を構えておる」

「〈シルキー織布工業〉の泡花。あーちゃんでいいよ!」

「〈笛と蹄鉄〉のドーパーです。以後お見知りおきを」


 アストラに続き、他の面々も順に名乗っていく。

 それに続いて、俺も一歩前に出てホムスビと対面した。


「〈白鹿庵〉のレッジ――」

『ぴぎゃぁっ!?』


 名乗った瞬間、何かが弾けた。

 驚いて前を見ると、ホムスビが一瞬で壁まで下がって背中をぴったりと張り付けていた。


「ええ……」

『すみません、スクラップだけは勘弁してください。まだ防衛設備もできていないんです。生まれて30分の新生児なんです。ごめんなさい、すみません』


 光を失った目をしてブツブツと謝罪の言葉を紡ぐホムスビ。


「おい、アマツマラ」

『なんだ?』

「ホムスビに何を吹き込んだんだよ」


 初対面の女の子にここまで怯えられると、流石のおっさんメンタルにもダメージが入る。

 アマツマラに事情を問い詰めると、彼女はにへらと笑って言った。


『何って、レッジの機嫌を損なったら、中央制御塔の七階まで警備NPCを薙ぎ倒しながら乗り込んできて、本体まるごとスクラップにされるぞって』

「しねぇよ! ていうか、したことないだろ!」


 人を破壊神か何かだと思ってるのか。

 俺はただの一般おじさんプレイヤーだぞ。


『でも、ウェイドの時はやりかけてたろ』

「警備NPCを破壊していったのはレティだよ!」

『ウェイドの本体はレッジがトドメを刺そうとしてたじゃないか』

「いや……それは……脅しというか……本気じゃなかったというか……」


 そういえばそんなこともしていたなぁ。

 第三回イベントの時のことだ。

 土蜘蛛の糸を巻き付けるため制御塔を借りる申請をしに、ウェイドの中枢演算装置のところまで行った。

 あの時に出てくる警備NPCを払いのけてくれたのはレティだが、俺もウェイドに武器を突き付けた。

 そんな事実を思い出し、そういえばそうだったと頭を抱える。


『ほら、嘘は言ってないだろ』

「脅しが効き過ぎだ。まともに話もできないじゃないか」


 あの時は必要に迫られ、やむにやまれぬ事情があったから、警備NPCの高圧電流警棒をウェイドに突き付けたのだ。

 ウェイドと話をするために差し出した警棒のせいで、今はホムスビとの対話ができなくなっている。


「ほら、ホムスビ。俺を見てくれ。武装なんて何もない、一般ピープルだ」

『うぅ。そんなこといって、実はハンマーでも隠し持ってるんじゃないっすか?』

「持ってねえよ。俺は槍使いだ」

『く、串刺し!?』

「しねぇよ!」


 いかん、本当に話が進まない。

 どうしたものかと唸っていると、背後から小さなため息が聞こえた。


『後先考えずにやらかすからこうなるのよ、全く』

「カミル……」


 ぐうの音も出ないほどの正論である。

 カミルは肩を竦めると、床を踏みならしてホムスビの前まで出ていった。


『初めまして、ホムスビ。あたしはレッジのメイドロイド、FF型NPC-253、個体名カミルです』

『う、カミル……? ああ、データベースにあるっすね。大丈夫っすか? 調査開拓員から不当な扱いを受けている場合、人工知能保全課か治安維持課に通報すれば――』

『お心遣いありがとうございます。ですが、今までも、これからも、それらのお世話にはならないです。ホムスビは大きな誤解をなさっているようですが、レッジは極悪非道な調査開拓員ではありません』


 普段とは違う、丁寧な口調。

 本当に職業適性検査試験で赤点を貰うほどの協調性しかないのだろうか、と疑ってしまうほど、彼女は堂々と管理者に語りかけている。


『たしかに、思考回路に若干のエラーがあるような可能性も拭いきれないところではありますが、独創的な発想で領域拡張プロトコルにも大きく寄与しているはずです。

 日常でも、あたしのようなメイドロイドとも親身に関わってくれており、暴力を振るわれたことは一度もありません。それどころか――溶鉱炉に飛び込もうとしたあたしを、身を挺して助けてくれました』


 少し引っかかるところもあったが、カミルの口から紡がれた言葉に、俺に対する悪意や憎しみのようなものは感じられない。

 普段あれほど言われているだけに少し意外だったが、同時に嬉しくもある。


『ですので、あたしの主人を誤解しないでいただきたい。管理者として、理性のある対話をお願いします』

『……え、あ、わ、分かりましたっす』


 強い視線を向けられ、呆然としていたホムスビははっと正気に戻る。

 彼女がこくこくと頷くと、カミルは満足した様子でこちらの方へ戻ってきた。

 すれ違いざま、カミルは俺の方を見る。

 ――メイド服、もう一着くらい買ってやるか。


「では、改めて本題に入りましょうか」


 再びアストラが切り出す。

 本当に、彼がいなければこの話し合いはどうなっていたことだろう。


「ホムスビも落ち着いたか」

『だ、大丈夫っす。ご迷惑おかけしましたっす』


 恐る恐る声を掛けると、まだ少し緊張気味だが、ホムスビも頷く。

 俺たちは椅子を並べ、そこに腰を落ち着ける。

 アマツマラも同席し、ようやく本題に入ることができた。


「まず、俺たちの総意として、施設の接収には応じられません」


 アストラがそう言うと、ホムスビも分かっていると頷く。


『その、接収の提案はわたしがまだ幼かったと言うか、未熟だった時の、考え無しな提案でして。今はその、色々と無茶なことも分かってるっす』

「とりあえず安心した。俺たちも工房も、それなりの出費で造ってるからな。〈カグツチ〉の改造のために高価な大型設備も色々並べてる」


 すでにホムスビ自身にその考えが無いことを知って、クロウリが安堵する。

 生産職にとって道具や設備は財産であり、無ければ話にならないものだ。

 それを一方的に奪われるのは、承知しかねるのだろう。


「俺も、あのテントはネヴァとの合作だからなぁ。それ抜きでも、結構な金が掛かってる。たとえ俺が許しても、仲間が許さないだろうな」


 まあ、レティたちには館の総額は恐ろしくて伝えられていないわけだが。

 前提として、フィールドに建物を築くと言うこと自体がかなりコストの掛かる行為であり、泡花やドーパーも相応の身銭を切っている筈だ。

 ウェイドも言っていたが、以前のテントとは前提となる条件が違う。


「そもそも、リソースの節約をしなければならないほど、今回の建設計画はシビアなものなのですか?」


 ドーパーが尋ねる。


『いえ、計画は順調に進んでるっす。ただ、その……』


 ホムスビが言い淀む。

 ちらちらと明るいオレンジ色の瞳が俺を見る。


「別に取って食うわけじゃないんだ。言ってくれ」

『その……破損した〈カグツチ〉の修理に金属類や機械部品類が消費されてて、ちょっと在庫が危なくて』


 なるほど。


『やっぱりレッジのせいじゃねぇか』

「いや、俺……なのか?」


 アマツマラの鋭い言葉に思わず反論する。

 たしかに最初に〈カグツチ〉を改造したのは俺かも知れないが、生産バンド勢だってがっつり改造している。


「ダマスカスもプロメテウスも、ぜったい俺が改造するよりも早くパーツとか作ってたろ」

「知らねぇなぁ」

「いやぁ、ワシはレッジの所の改造カグツチに感銘を受けてのぅ」


 こ、こいつら……!

 ケンタウロスも機関車も、俺の〈カグツチ-植物獣モード〉の情報が広まるよりも早く開発に着手されていなければ、俺たちに追いつくことすらできなかったはずだ。

 白々しく口笛など吹いているクロウリたちを睨むと、すっと視線を逸らされる。


『誰が発端だとかは、この際どうでもいい。金属と機械類の在庫が目減りしてんのは事実だからな』

「ぐ。それに関しては、申し訳ない……」


 俺たちが乗ってきた〈カグツチ〉は、まだ修理には出していない。

 そのため都市建設のリソースには関与していないだろうが、他のカグツチが修理を受けているのは事実だ。

 もともと10機の予定だったものを50機まで増やしたのも、リソースを圧迫する要因の一つなのだろう。


『今のところは問題は無いっす。でも、今後の建設を考えると、厳しいのも事実っす。だから節約できるところは節約したかったなーって……』


 ちらちらとこちらを伺うホムスビ。

 しかし、そう言われても、あのテントを渡すわけにはいかない。


「ねえねえ、一ついいかな?」


 その時、泡花が元気よく手を挙げる。

 水色のスモックの裾を揺らして、彼女はハキハキとした声で話し出した。


「アマツマラって地下資源採集拠点なんでしょ? で、少なくなってるのは金属素材と、機械部品素材なんでしょ? だったら、現地で集めればいいんじゃないの?」


 彼女の主張に、俺はなるほどと手に拳を落とす。

 そういえばホムスビの正式名称は、地下資源採集拠点シード02-アマツマラだ。

 金属類が足りないのなら、その場で集めれば良い。

 とても良い妙案だと思った。

 しかし、ホムスビの表情は曇ったままだ。


『そのぅ、それも少し難しくって』

「なんでだ?」


 つんつんと人差し指を突き合わせるホムスビ。


『都市建設に必要な資源を製造するための設備が無いっす。鉱石を採取しても、それを使える形に加工することができないっす。それに、まだ〈アマツマラ深層洞窟・上層〉のマッピングも完了していないので、未知の危険も多くて、採掘活動もハイペースでは……』


 建設途中のホムスビには、鉱石を精錬して金属にする設備が無い。

 その上、そもそも鉱石を集める体勢が整っていない。

 リソースを節約したい理由として、彼女はその二つを挙げた。

 それを聞いた俺たちは、互いに顔を見合わせ、同時に頷く。


「施設の接収は応じられねぇ。でも、一時的に貸すのはできる。金属の精錬と、機械部品の製造はウチの工房で任せてくれ」

「洞窟の調査は騎士団が現在も行っています。必要なら、採鉱団の護衛も行いますよ」

「資源の管理はぜひ〈笛と蹄鉄〉にお任せを」

「あーちゃんの所が頑丈な防具と大きいリュックを作れば、効率は上がるよね」


 矢継ぎ早に提案するトッププレイヤーたち。

 彼らの言葉に、ホムスビはぽかんと口を開く。


「調査開拓員の後方支援は、俺に任せてくれ。――俺たちだって開拓活動を妨害したいわけじゃないからな。上手く使ってくれるなら、文句は言わない」

『うぅ。あ、ありがとうございます。レッジさんって、悪い人じゃなかったんっすね』

「最初からそう言ってるじゃないか……」


 涙ぐむホムスビの言葉に呆れる。

 いったい、俺は管理者たちからどんな風に見られてるんだ。


「採掘についても、こっちの施設が充実してきてるし、そろそろ採掘師たちが到着するだろ。そうしたら、供給量も増えるから、余裕も出てくるはず――」


 ホムスビを安心させるため、そう言った丁度その時だった。

 大きな衝撃が、洞窟の舞台全体を揺らす。


「な、なんだ!?」

『はわわわっ!? レッジさんの襲撃っすか!?』

「落ち着け、俺はここにいるだろ。外で何かあったみたいだ」


 ホムスビと共に、作戦本部の外に出る。


「なっ――」


 舞台の中央を見た俺たち。

 そこには、巨大な鋼鉄の人型が立っていた。


「ウォォォォオオン! これこそが我が威光! 〈鉄神兵団〉の全ての技術を集約させた、前代未聞の超電磁兵器! ドリルアームが岩盤を割り、超電磁ブレードが山を割くッ! 鋼鉄巨神〈カグツチ〉、“アメノオハバリ”エディション、パーフェクトタイプであるッ!」


 大音量のスピーカーから鳴り響く、堂々とした声。


「あの声……ティックか!?」


 大地を踏みしめる足は太く、左腕は肘から先が鋭いドリルになっており、右手には青白く輝く直剣が握られている。

 背後に背負うのは青い炎を吹き出すジェットブラスター。

 全身を覆うのは青と銀のカラーリングの鎧兜だ。

 オリジナルの二倍はあろうかという大きな機体は、よくよく見れば〈カグツチ〉二つ分の部品が使われている。


「良かったな、ホムスビ。採掘に関しては問題無さそうだ」

『ひええ、他の所に問題が大ありっすよ!』


 ガシャンガシャンと盛大な金属音を奏で、様々なポーズを取る鋼鉄巨神〈カグツチ〉“アメノオハバリ”エディション-パーフェクトタイプ。

 それを見たホムスビが再び目元に滴を浮かべる。


『あ、あたしの〈カグツチ〉が……ッ!』


 どさり、と背後で何かが落ちる音。

 振り向けば、愕然とした表情で、アマツマラが膝から崩れ落ちていた。


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Tips

◇鋼鉄巨神〈カグツチ〉“アメノオハバリ”エディション-パーフェクトタイプ

 〈鉄神兵団〉が技術の粋を集結して作り上げた、巨大機装。通常の特大機装〈カグツチ〉を二機使用し、更に大量の金属類を使用して追加兵装“アメノオハバリVer.2”を纏っている。

 左腕の肘から先はアタッチメントの取り替えが可能になっており、チェーンソウ、ドリル、パイルバンカー、レーザーカノンなどに換装できる。右手は汎用性を重視した手となっており、超電磁ブレードなどの超大型武装を装備できる。背部には高出力のブルーブラストエンジンジェットブースターが搭載され、短時間の飛行が可能。

 追加兵装“アメノオハバリVer.2”は、機体の耐久性の向上を目的としており、青鉄鋼と白鉄鋼を主原料とした特殊合金製。ナノマシン粒子によるアーツ攻撃にも一定の耐性を確保し、衝撃緩衝ナノマシンジェルを内包した多層装甲によって物理的な衝撃はほぼ完全に吸収できる。万一破損した場合でも、軽度の亀裂程度であれば自己修復ナノマシンによって回復が可能。

 コックピット内の居住性も配慮されており、簡易保管庫なども搭載された広々空間。最大三人までが収容可能で、長期間の滞在にも対応している。

 その他、詳細な仕様については完全ガイドマニュアル増補改訂版改を参照のこと。


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