第437話「若き管理者」

 アマツマラの言葉に、俺たちはしばし呆然と立ち尽くした。

 発言した本人もその言葉の意味は十分に理解しているようで、やるかたなさそうに口をへの字に曲げている。

 そんな空気を切り裂いてくれたのは、我らが騎士団長アストラだった。


「ホムスビ建設に必要なリソースの削減。そのために、我々の建てた施設を、接収ですか」

『そうだな。接収だ』


 事実を確認するため、ゆっくりと言葉を区切るアストラに、アマツマラもまたしっかりと頷く。

 接収とは、つまり強制的に取り上げられると言うことだ。

 地上前衛拠点スサノオや、海洋資源採集拠点ワダツミ、そして地下資源採集拠点アマツマラ、これらプレイヤーの活動基盤として機能する都市群の建設には、大量の資源を必要とするらしい。

 シードはあくまでその起点となる種であり、芽吹いた後も継続的に金属類や機械部品など多くのアイテムを納品する必要がある。

 たしかに、それは資源の消費も甚だしく、管理者としてそこを節約したいと思うのは自然な思考だ。


「それは、何か報酬と引き換えに、ということですか?」

『いや、リソースの節約が目的である以上、管理者権限による一方的な接収である。って言ってるな』


 アマツマラの言葉に、俺たちは眉を顰める。


「管理者といえど、プレイヤー、調査開拓員の私有物を強制的に奪うのは難しいのでは?」


 ドーパーが発言する。

 たしかに管理者は、権限の観点から言えば調査開拓員よりも上位の立場にある。

 そのため、彼女たちが強弁すれば俺たちはそれに逆らえない。

 しかし同時に、俺たち調査開拓員は管理者よりも上の権限によって自由を保証されている。

 それを侵害するのは、たとえ管理者であろうと難しい。

 そのことはアマツマラもよく分かっているのだろう。


『普通は無理だ。でもホムスビは、シード02-アマツマラの特殊性から考えて特例的な措置を取っても良いと言ってる』

「特例ねぇ」


 シード02-アマツマラは確かに特殊な状況で建設が進められた。

 深い地の底ということで、シードは分割され、最寄りの拠点であるアマツマラからも遠く離れている。

 資源を節約したいという思いも、他の都市よりも切実なものなのだろう。


「ちなみに、アマツマラはどう思ってるんだ?」


 ホムスビの主張が管理者たちの総意なのか、それが気がかりだった。


『あたしはホムスビ案を却下する立場だな。調査開拓員の所有物を接収するってのは、この状況を考えても特例として認めるわけにはいかねェ。それに、あたしがわざわざ組んでやった都市建設計画は、んなもんに頼る必要がねェからな』


 俺の質問に、アマツマラは意外なほどきっぱりと答えてくれた。

 よくよく考えれば、彼女はシード02-アマツマラの建設計画である〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の立案者だ。

 彼女は俺たちからテントや施設を接収するようなプランは立てていない以上、元々の計画に沿った進行へと修正したいはずだった。


『ちなみにレッジ』


 アマツマラが俺を真っ直ぐに見て言う。


『ホムスビが調査開拓員の所有物を接収するような案を出してきた理由は分かるか』

「いや、まあ……なんとなく……」


 じっとりとした目線に、思わず顔を逸らしながら頷く。

 アストラだけでなく、ドーパーや泡花も、すべて承知している様子でこちらを見てくる。


「ウェイド――シード02-スサノオの件だろう?」


 アマツマラが頷く。

 スサノオが満を持して発表した、始めてのシード投下計画。

 俺は他のプレイヤーを巻き込んで、それを妨害した。

 その際に使った要塞テントは、最終的に都市の一部に組み込まれ、今でもウェイドの中心部で白樹を守る庭園として残っている。


「ホムスビはそれを学習しちゃったんだねぇ。前例があるから、こっちでもそうしたいと」


 納得した様子で、泡花がうんうんと首を揺らす。

 俺としては頭の痛い話だ。

 あの時のツケが、随分と長い時間を掛けて回ってきたというわけか。


『ねぇ、レッジ』


 どうしたものかと唸っていると、後ろから割烹着の裾を引かれる。

 振り返ると、強張った顔のカミルがこちらを見上げていた。


「どうした?」

『何を悩んでるのよ。管理者が接収するって言ってるんだから、すぐに渡せばいい話でしょ』

「そう簡単な問題じゃないんだよなぁ」


 カミルからしてみれば、ウェイドやアマツマラ、そして生まれたばかりのホムスビでさえも、自分より圧倒的に強い権限を持つ存在だ。

 そんな彼女たちから接収すると言われたのなら、文句を言うことなく素直に差し出すのが当然の行為なのだ。

 アマツマラから告知され、返答を渋っている俺たちの方が不自然に映るのだろう。


「アマツマラ、ウェイドと代われるか?」

『いいぜ。ちょっと待ってろ』


 アマツマラはすんなりと頷くと、すっと表情を消す。

 直後、再びスサノオの体に生気が宿り、微細な顔の動きから中身が代わったことが分かる。


「ウェイドも事情は知ってるよな」

『当然です。管理者なので』


 馬鹿にしているのか、とウェイドはむっとする。


「どっちの立場だ?」

『反対です。というより、ホムスビ案に、他の管理者は全て反対しています』

「そうなのか」


 ウェイドの答えが少し意外で、驚いてしまう。

 管理者が全員反対ならば、その時点でホムスビ案を封殺してしまうこともできたはずだ。


『管理者と調査開拓員の思考システムには大きな乖離があると、収集されたデータから予測されています。そのため、調査開拓員に直接的に影響のある本件は、一応、利害関係者にも意見を聞いておこうということになったのです』

「なるほど。それで、ウェイドは俺のテントを接収したことがあるわけだが、その点から考えてどう思ってるんだ?」


 ウェイドはプレイヤーの所有物を接収した例をいくつか経験している。

 俺のテントもそうだし、オノコロ高地の上下を繋ぐ飛行場は元々〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉が作った施設だ。


『あの時とは条件が違います。レッジのテントはスサノオが策定したシード投下計画を大きく逸脱させました。結果としてウェイドのシードはポイント・レイラインをギリギリ掠める位置に着地し、本来想定していたエネルギー供給量の89%しか得られませんでした。そのため、レッジのもたらした影響などを鑑み、ペナルティ的な意味合いも兼ねてのテント没収でした。――また、シードの投下を妨害されると困りますので』


 最後の言葉は恨みがましい視線と共に告げられ、俺はうっと喉を詰まらせる。

 俺だって好き好んでシードの軌道を変えようとしているわけではないのだが。


『ともかく、今回の〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉でもずいぶんと暴れ回っていたようですが、それでも計画の進行は今のところ順調です。無理に接収する理由は無いと判断します』


 それに、と彼女は付け加える。


『私が行ったのは接収ではなく、提案です。レッジのテントと同等価値のビットもしくは素材類との交換を申し出たのに、断ったのは貴方です。飛行場についても、〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉には使用料を支払い、保守点検の必要性が出た場合には特別任務として独占的に任せています』


 たしかにテントをゲーム側に渡す時、そんなことも言われた気がする。

 こっちも進行を乱した負い目があったから辞退したのだが。


「ていうか、ダマスカスもプロメテウスもそんな契約してたのかよ」

「役得ってやつだ。俺たちだって、自分で管理してればもっと莫大な利益を享受できてたはずなんだからな」

「ほっほ。運用に人員を割かなくて良いのは楽じゃがの」


 俺の知らないところで、特にトッププレイヤーと呼ばれるような人々は似たようなことを色々としているのだろう。

 ともかく、プレイヤー側の働きを管理者が受け継ぐ場合、その時には双方に何かしらの利益と負担があることが前提だ。

 しかし今回の接収は俺たちに何もない。

 それは少し理不尽だろう。


「それじゃあ、一度考えを纏めましょうか。今回の施設接収に賛成の方はいらっしゃいますか?」


 アストラが俺たちの方を向いて口を開く。

 彼の問い掛けに、俺を含めた全員が沈黙する。

 後ろでカミルがぽこぽこと腰を叩いてくるが、こればっかりは頷けない。


「では、反対の方」


 六本の手が挙がる。

 それを見たウェイドも、さもありなんと頷いた。


『では、所有者からの許諾が得られなかったということで。あとは私たちの方で話を付けておきます』

「お? そうか、なんか面倒掛けるな」

『お気になさらず。本来なら、私たちの中で解決しておくべき問題ですから』


 しれっとした顔で言うウェイド。

 しかし彼女も少し罪悪感を抱いているようで、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 その時、ウェイドの表情が消える。

 直後、目つきが少し鋭くなって、中身が変わった。


『レッジ、アストラ、タンガン=スキー、クロウリ、泡花、ドーパー。ついさっきホムスビの開発進捗が進んで、管理者のレベルⅡ発展システム群とレベルⅢ応用システム群、レベルⅣ補足システム群、レベルⅤ追加システム群の構築が完了したぜ』


 ウェイドを押し退けてやってきたアマツマラが、誇らしげに俺たちを見渡しながら言う。

 レベル云々は何も分からないが、要はホムスビの管理者としての機能が完成したということだろうか。


「つまり、どういうことだ?」


 全員の思いを代弁して、俺がアマツマラに問い掛ける。

 彼女はニッと口角を上げて笑うと、俺たちの背後にある作戦本部の扉へ視線を向けた。


『管理者用の機体も一つ用意できたし、仮想人格も生成された。――本人が直接話したいそうだ』


 彼女が言い終わった瞬間、勢いよく扉が開かれる。

 ぎょっとする俺たちが振り返る中、外から小さな影が飛び込んでくる。


『ずびばぜんでじだぁぁあああっ!』


 たんっ、と床を蹴って軽く跳び上がる。

 肩に触る程度まで伸ばされた赤髪がふわりと広がる。

 毛先から明るいオレンジ色のグラデーションがついていて、そこが姉の深紅の髪色との違いだろうか。

 黄色がかった暖色系の瞳には、うるうると涙が湛えられている。

 姉と揃いの赤いワンピースを翻し、空中でくるりと一回転。

 両膝を折り、きゅっと身を縮める。

 慣性の法則に従い床を滑る少女。

 ぴっちりと伸びた指先を揃え、額が床につきそうな程に身を畳んでいる。


「おお……」


 思わず声が漏れる。

 突然現れたのは、それほどまでに見事なジャンピング縦回転スライディング土下座だった。


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Tips

◇調査開拓員の自由

 調査開拓員は惑星イザナミ現地での自由な活動を、開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉によって保証されています。これにより多数の調査開拓員が相互に影響を与えながら、より効率的な調査開拓活動を遂行できるようになっています。

 調査開拓員各位は、自身の思考に従い、自由に活動しましょう。


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