第436話「増える建築物」
地下資源採集拠点シード02-アマツマラ改め、ホムスビの建設が進む中、その隣に建てられているテントの中でも大忙しだった。
大広間には元々あったものだけでなく、どこかのプレイヤーが勝手に持ち込んだテーブルセットがずらりと並び、大勢の知らない人が身を休めている。
個室は常にいっぱいで、空室になった瞬間に次の希望者が手を挙げる。
「カミル、5番テーブルに焼きそばと稲妻コーラだ」
『了解。新しい注文票、置いとくわね』
「はいよ」
俺とカミルはと言えば、イベントの第一フェーズや坑道での〈カグツチ〉レースよりも目の回るような忙しさに忙殺されていた。
「おっさん、レモンスカッシュだ!」
「おっさん、こっちのボムカレー持っていくぞ!」
とはいえ、百人を超えるような客を相手に、俺とカミルだけでは圧倒的に人手が足りない。
そんなわけで、いつの間にか、見知らぬ親切なプレイヤーが自主的に手伝いを買って出てくれていた。
俺は厨房に引きこもり、本職の料理人でもないのに軽食を作り続けている。
当然、少しでも効率を上げるため、割烹着とエプロン姿である。
「おじさん、特製こだわり豚骨ラーメンヤサイマシマシニンニクマシマシマシアブラカラメバリカタゴクブト大盛りの注文が入ってんですけど」
「それは〈ラーメン紳士協定〉の屋台に案内してくれ!」
増え続ける需要に商機を見出したのは俺だけではない。
トロッコの第二弾、第三弾と共にやってきた目聡い商業系のバンドが、館の一角に屋台を連ねることを提案してきたのだ。
俺は少しでも客が分散するならとそれを了承し、一人では広すぎる厨房も解放した。
そんなわけで、館の大広間はちょっとしたフードコートのような様相を呈していた。
「よぅ、レッジ。ずいぶん儲かってるみたいじゃないか」
「クロウリか。そっちは落ち着いたのか?」
大鍋でまとめてボムカレーを湯煎にかけていると、クロウリが厨房の商品受け渡し口に現れた。
トレードマークの黄色い安全ヘルメットを被り、いつものように甘ったるいブドウの香りの煙を吐いている。
ラクトたちと同じタイプ-フェアリーとは思えないほど、おっさん臭い青年だ。
「舞台に続くスロープも完成したしな。今はプロメテウスの機関車を超える出力の改造カグツチを考えてるところだ」
「またアマツマラが怒りそうだな」
「トロッコの運搬ペースが早くなるぶんには構わんだろ」
クロウリは煙草を咥えたまま、くつくつと笑う。
〈ダマスカス組合〉は〈プロメテウス工業〉のライバルとして、機関車を超えるものを作ろうと躍起になっているらしい。
〈カグツチ〉は精密機械の塊だし、今頃、製造班の四人組は頭を悩ませているのだろう。
それはともかく、と俺は話題を変える。
「わざわざここまで来たって事は、何か用事があるんだろう?」
忙しくしているところにやってきて、邪魔をするほど非常識な奴ではない。
何か食べたいだけなら、テーブルで注文すればいいだけだ。
そうでないなら、何か話があると考えるのが自然だった。
「管理者さんからお呼び出しだ。そっちの作業を中断して良いから来いってよ」
「アマツマラから? 分かった。行こう」
クロウリの言葉に驚きつつ、アマツマラからの招集要請なら応えない理由はないと頷く。
ボムカレーなどの提供は、厨房でラーメンの湯切りをしていたゴーレムのおっさんに頼むことにした。
「ちょっと待ってくれ。カミルを呼ばないと」
「緊急事態って程でもないし、大丈夫だ」
館の中であれば、メイドロイドのカミルは自由に動ける。
それでも俺が館を出ると、彼女もそれについてくる必要があった。
そのあたりは利便性であったり、ゲームバランスであったりの観点で調整が取られた結果なのだろう。
カミルを呼び寄せ、彼女がやってくるまでの間に軽く話を聞いておく。
「アマツマラからは、どんな用事で?」
「この館のことだ」
「館?」
クロウリがトントンと床を踏む。
もしかして、館の撤去命令でも出たのかと肝を冷やすが、彼の表情を見るにそういうわけではないようだ。
『レッジ、何かあったの?』
詳しい話を聞く前に、カミルがやってきた。
彼女は突然呼び出されて不思議そうな顔をしている。
「アマツマラから呼び出しだ。今から行くぞ」
『はぴっ!? や、やっぱりこんなでっかいの建てたらマズかったんじゃないの?』
アマツマラの名前を出した瞬間に、酷く怯えるカミル。
彼女は管理者をどんな存在だと思っているのだろうか。
ともかく、気の進まない様子のカミルを連れて、クロウリと共に館を出る。
「うん? なんだ、これは」
数時間ぶりに館の外に出た俺は、そこに広がる光景を見て首を傾げた。
舞台の中央に白い端末があり、そこにミニシードを納品するプレイヤーの列ができているのは変わりが無い。
しかし、その周囲――舞台の上に見知らぬ建築物がいくつも並んでいるのは、俺の記憶にない風景だ。
「左から、騎士団のキャンパー部隊が建てた作戦本部、ダマスカスとプロメテウスが共同で建てた大型機械工作工房、〈シルキー織布工業〉の装備開発工房、〈笛と蹄鉄〉の物資保管倉庫だな」
「いつのまに、こんなのを……」
「レッジが厨房で忙しくしてる間にな。レッジが一人でこんな立派なモン建てられるならって、最初に対抗意識燃やしたのは騎士団だぞ」
今回の目的地は、その騎士団の作戦本部らしい。
クロウリはそちらへ向かって歩きながら、事情を説明してくれた。
「ウチとプロメテウスの工房は、〈カグツチ〉の改造と修理を請け負ってる。大規模な作業ならしっかりした設備が必要になるからな。シルキーのところは、洞窟で見つかった新素材の研究をして、歩荷のところの倉庫は新素材の一時的な保管庫だ」
「なるほど。町ができる前にしっかりした建物を、自分たちで作ったって訳か」
「〈ホムスビ〉は最寄りの都市の〈アマツマラ〉からも行き来が面倒だからな。ここで腰を据えられるのなら、それに越したことはねぇ」
俺の館に対抗して、というのは建前なのだろう。
騎士団も本部を建てた方が情報の整理や指揮がしやすく、他の施設も大きな作業をする際には箱があった方がやりやすい。
そんなわけで、俺が建物の中に引きこもっている間に〈ホムスビ〉建設予定地には、既に町のようなものができはじめていた。
「今回、招集が掛かってんのは建物の持ち主だ。それだけで、なんとなく用件は分かるだろ」
そう言ってクロウリは騎士団の作戦本部へと入る。
いちおう、こちらもキャンプテントらしいが、館と同じように建材を併用した大規模建築になっている。
木造二階建てで、入り口の大きな扉をくぐるとすぐにブリーフィングルームが現れた。
板敷きの床に椅子が並び、奥の壁に大きなホワイトボードが掛けられている。
「おっと、主役が来ましたね」
部屋に入ると、真っ先に爽やかな笑みを浮かべた青年が振り返る。
「言い過ぎだよ。しかし、随分立派なテントだな」
周囲を見渡すと、アストラ以外にも数人のプレイヤーが椅子に座っている。
〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーは知っているが、幼稚園のスモックを着たフェアリーの少女や、羊飼いの持つような杖を携えたゴーレムの青年には覚えがない。
「こんにちは。はじめましてかな。私は〈シルキー織布工業〉のあーちゃんだよ」
水色スモックの女の子が、そう言って手を伸ばしてくる。
握手を交わしながら、フレンドカードを受け取り、彼女の名前が泡花であることが判明した。
「〈白鹿庵〉のレッジです。えっと、泡花さん?」
「あははっ。あーちゃんでいいよー」
バンバンと腰を叩かれる。
うん、こういうノリでいいなら、それに合わせよう。
「先日は我が〈笛と蹄鉄〉をご利用頂き、ありがとうございました。リーダーのドーパーと申します」
「あの時はお世話になりました」
礼儀正しいゴーレムの青年とも、フレンドカードを交換する。
彼は、以前に荷物運びを依頼した歩荷系バンドのリーダーだった。
『よし、全員揃ったみてェだな』
そうしてお互いに挨拶を済ませた直後、部屋の奥から声が響く。
振り返れば、アストラたちの影に隠れて、スサノオが立っていた。
恐らく、彼女の中身はアマツマラだろう。
「話の本題は聞いてないんだ。早速、説明してもらえると助かるんだが」
『そのつもりだ。まァ、そう難しいことじゃねェ。ついさっき、ホムスビのレベルⅠ基幹システム群の構築が完了した』
アマツマラの言葉に首を傾げる。
プレイヤーたちがミニシードを納品したことにより、ホムスビの機能が拡充されたのだろう、ということは分かる。
しかし、それが俺たちの招集とどう繋がるのかが分からない。
「その、レベルⅠ基幹システムっていうのは?」
『赤ん坊の状態ってところかな。流石に仮想人格を構成するほどじゃねェが、自分の周囲環境を把握して、都市建設計画の草案を組み立てるくらいのことは始められるようになった』
「ふむふむ。それで?」
話の先を促すと、アマツマラは頭の痛そうな顔をして言う。
『目覚めたホムスビは、周囲を確認する。そんで、まっさらなはずの場所に、立派な建物が既に建ってることに気がついた』
俺のテントや、騎士団の作戦本部、各種生産ギルドの工房や、倉庫。
たしかに、かなり立派な建物だろう。
そこまで聞いて、俺の脳裏に悪い予想が浮かんでくる。
「もしかして、やる気を無くしちゃったのか?」
恐る恐る口にすると、アマツマラはむっとして首を横に振る。
『管理者ナメんな。その程度でへこたれる訳がねェだろ』
「そうか。なら安心だ」
『問題はそこじゃねェ。ホムスビは共有ネットワークを通じて、あたしたちに相談を持ちかけてきた』
アマツマラはそこで一度、言葉を区切る。
俺たちの顔を見渡し、再び口を開いた。
『資源リソースの節約のため、調査開拓員の個人的所有建築物の接収を行いたい。とのことだ』
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Tips
◇特製こだわり豚骨ラーメンヤサイマシマシニンニクマシマシマシアブラカラメバリカタゴクブト大盛り
ラーメン専門料理系バンド〈ラーメン紳士協定〉が独自開発した豚骨ラーメン。麺は小麦の栽培からこだわり、スープは10日間じっくりと時間を掛けて抽出している。簡単なコールによって、好みにカスタムすることもでき、万人におすすめできる一皿になっている。
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