第435話「白き芽の萌ゆる」

 ミニシードの第一便が、真面目な運搬部隊によって届けられたことにより、いよいよ〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の第二フェーズが本格的に始動した。

 大洞窟の真ん中にある舞台には、トロッコで運ばれてきた様々な建材が続々と到着し、アマツマラもご満悦の表情である。


『よしよし。ようやくミニシードも揃ったな。それじゃあ、地下資源採集拠点シード02-アマツマラの建設を始めるぜ!』


 集まってきたプレイヤーたちを見渡して、アマツマラが拳を高く突き上げる。

 ノリの良い調査開拓員各位も、それに合わせて声を上げた。


「アマツマラの建設って、具体的にはどんなことをするんだろうな?」

「さあ。今までは、惑星イザナミの静止軌道上に停泊してる開拓司令船アマテラスから直接シードを投げてましたけど……」


 つかつかとミニシードの下へと向かうアマツマラを遠巻きに見守りながら、レティと小さな声を交わす。

 今までは落下・着地・萌芽、と分かりやすい流れだったが、今回はシードを複数に分割したミニシードを用いた建設だ。

 多少は違ってくるところもあるのだろうか。


『掘削できる手の残ってる〈カグツチ〉は、舞台中央に穴を掘れ。深さは大体3メートル程度だな。それができたら、ミニシードを10個埋める』


 アマツマラから指示が飛ぶ。

 それを受けて、人の形を保っている〈カグツチ〉の所有者が、急いで愛機のもとへと走って行った。


「本当に種みたいだな」

「そういえば、今までも地面に深く突き刺さってましたね」


 ウェイドやサカオといった、他の都市が作られた時も、シードが天から勢いよく降ってきた。

 その衝撃のまま深く地中に埋まったのだが、今回はそれができないため、人力で埋めるらしい。

 わざわざ地面に埋めねばならないあたり、確かにシードと言うわけだ。


「アマツマラ。ミニシードを埋めた後はどうするんだ? 水と栄養液なら撒けるぞ」

『その辺のお花と一緒にするんじゃねェよ。ミニシードが発動条件を満たしたことを感知したら、自動的に最初の端末が出来上がる』


 植物を育てることなら自信がある、とジョウロと濃縮栄養液タンクを掲げて言うも、アマツマラは冷めた表情でそれを一蹴する。

 どうやら初期起動に必要なエネルギーは、元々ミニシードの方に備わっているらしい。


「アマツマラちゃん、このあたりを掘ればいいカナ?」

『ああ。ミニシード10個が埋まればいいから、そんなに広く無くていいぞ』


 駐機してあった改造〈カグツチ〉の中から、数機が進み出る。

 その中には〈ダマスカス組合〉のケンタウロスの姿もあった。

 下半身は馬のソレだが、上半身は人の姿なので、地面を掘ろうと思えば掘れる。

 逆に〈プロメテウス工業〉の機関車は、そもそも四肢がもがれているので今回出番がない。


「〈カグツチ〉って、やっぱりパワフルだねぇ」

「一応、こういう土木作業のために開発されたのよ」


 ザクザクと軽快に穴を掘っていくカグツチを見て、ラクトが感嘆の声を漏らす。

 それに対して、エイミーが口元を緩めて突っ込む。

 二人の視線の先で、瞬く間に3メートルほどの深さの穴が完成する。

 底の方まで掘り進めていた細身の〈カグツチ〉がケンタウロス型に引き上げられていた。


『よし、ミニシードを10個埋めるぞ』


 アマツマラの号令で、十人のプレイヤーがミニシードを運ぶ。

 餌を運ぶ働き蟻のように、彼らは大きな卵形のそれを抱えて歩き、穴の中へと落としていく。


「なんだか、割れないか心配ですね」

「もともとはアマテラスから投下されてたんだ。この程度じゃ割れないだろうさ」


 ミニシードが投げ入れられ、すぐさま土が戻される。

 少しこんもりと膨らんだ地面を、アマツマラとプレイヤーたちが期待の目で見守る。

 緊張の混じる静寂の中、地面がもぞもぞと動き出した。


『やったか!?』


 咄嗟にアマツマラが声を上げる。

 お前それは……、とプレイヤーたちの思いが重なる。


『地下資源採集拠点シード02-アマツマラの目標地点到達を確認』

『周辺エネルギー濃度許容範囲内』

『地下資源採集拠点シード02-アマツマラを展開します』

『周囲の調査員は迅速に退避してください』


 しかし、俺たちの危惧は杞憂となり、無機質なアナウンスが鳴り響く。

 それと同時に、舞台から白色の細い金属の塔が頭を覗かせた。


「おおっ」

「ほんとに芽が出たぞ」

「新しい管理者ちゃんはどんな子かなぁ」


 プレイヤーたちが歓声を上げる中、白い塔は徐々に大きくなっていく。

 はじめは指先程度だったものが、土を落としながら急激に伸びていく。

 やがてそれは、都市の中央制御塔に並ぶ端末の一つとなって、変化を止めた。


『いよっし! まずは成功だ。よくやったぞ!』


 アマツマラが小躍りしそうなほどに喜んでいる。

 なにも、ミニシードを十個埋めればすぐに大きな都市ができあがるわけではない。

 むしろここまでが足がかり、ここからが第二フェーズの本番である。


『調査開拓員各位へ通達。地下資源採集拠点シード02-アマツマラの第一形態が完成しました。今後は〈アマツマラ深層洞窟・上層〉中央の舞台上にある端末を通じて、ミニシードの納品を行って下さい』


 アマツマラの声が全体アナウンスとして響き渡る。

 恐らく、これは坑道の上層や他の都市にいるプレイヤーにも聞こえているのだろう。


『それじゃァ、どんどんミニシードを突っ込んでくれ。納品ペースが早いほど、管理者もすぐに姿を現すぞ!』


 アマツマラもプレイヤーたちの御し方が分かってきたようで、新たな都市の管理者を餌として釣り上げて、彼らを鼓舞する。

 プレイヤーの方も欲望に忠実で、一気に気合いを入れていた。


「うおおお、マジか!」

「それは聞き捨てならねぇな。よし、今日中に町を完成させるぞ」

「後続のトロッコも急がせるぞ」

「〈カグツチ〉が足りないんだが? 違法改造機は今すぐプロメテウスで機関車に直せよな」

「機関車はオリジナルの形から一番離れてるんだよなぁ」


 それぞれに好き勝手なことを言いながら、彼らは一斉に動き出す。

 三々五々散っていく姿を見渡して、アマツマラも満足げに頷いた。


「ちなみに、アマツマラ。こっちのアマツマラはなんて呼べばいいんだ?」

『あん? そういや、あたしと同じ名前だもんな。とはいえ、ウェイドもサカオもキヨウも、調査開拓員が勝手に付けた名前を流用してるだけだからなァ』


 ふと気になったことを投げてみると、アマツマラは顎に指を添えて思案する。

 今のところ、全部で四つある地上前衛拠点スサノオは、それぞれを区別するため、シード01のスサノオ以外をプレイヤーが勝手に名前を付けて呼んでいる。

 今ではそれがすっかり定着しており、管理者も自他をその名前で区別しているが、別に公式の名前ではない。


『一応、始めてのちゃんとした妹だしなァ。あたしが付けてやってもいいのか?』

『あぅ。システム上は地下資源採集拠点シード02-アマツマラで管理するけど、通称を設定するのは、大丈夫、だよ』

『なるほど。じゃあ何か考えるか……』


 一人でブツブツと呟いている姿はなかなか面白いが、どうやらスサノオと相談しているらしい。

 こういった管理者の権限周りのことは、スサノオが一番詳しいのかも知れない。

 アマツマラも、自分より若い管理者としてワダツミがいるものの、同じ地下資源採集拠点の管理者として考えるなら、今回のシード02の方が直接的な妹分になる。

 そんなわけで、しばらくじっくりと考えた後、彼女はぽんと手のひらに拳を落とした。


『よし、決めた。地下資源採集拠点シード02-アマツマラの通称は“ホムスビ”にしよう。今後、調査開拓員向けには、ホムスビとして呼称する!』


 高らかに宣言する。

 アマツマラが、〈カグツチ〉を用いて作り上げた都市の管理者が、ホムスビ。

 なかなかいいんじゃないか、と俺たちもすんなりと受け入れられる。

 彼女の言葉は徐々に他のプレイヤーたちにも広がっていき、ホムスビという名前は一気に浸透していった。


「ホムスビか。さて、いったいどんな子になるのやら……」


 仮想人格とはいえ、管理者の性格はどれも違う。

 スサノオなどは、凄まじい誤解の末に、庇護欲を誘うような少し気弱な所のある女の子になった。

 少々特殊な条件で生まれることとなったホムスビが、どのような性格になるのか、俺は今から気になっていた。


「レッジさん。ぼーっとしてないで働きますよ」

「そうだね。一応、もう懲罰任務は終わったみたいだけど、イベントは終わってないし」


 レティに肩を叩かれ、思考の海から引き上げられる。

 彼女たちは、続々と到着するトロッコからミニシードを運ぶ作業を手伝うようだった。


「じゃあ、俺はテントの方に行くよ。そっちをカミルと一緒に回してる」

「分かりました。休憩の時はそちらに向かいますね」


 俺は俺にしかできないことを、というわけで、レティたちとは別行動をとることにする。

 カミルと共に館に戻り、そこで休息を摂るプレイヤーたちを支援するのだ。

 やることと言えばキッチンで湯を沸かしてお茶を淹れるくらいのものだが、そもそも館の近くに俺がいないとテントの機能が発揮されないので仕方が無い。

 いちおう、簡易補給所も間借りする形で整備され、その機能も徐々に拡充されている。


「イベントも後半戦。頑張るか」

『レッジ! 早速だけど、コーヒーの注文が入ってるわよ。あと、他の調査開拓員が話がしたいって』


 一足先に館に入っていたカミルからそんな声が飛んでくる。

 良い機会だし、稼ぎ時を逃す手は無い。

 俺は駆け足で館の厨房へと向かうのだった。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

【速報】

シード02-アマツマラの建設始まる


◇ななしの調査隊員

お、やっと始まったか


◇ななしの調査隊員

結局カグツチレースは誰が勝ったんだ?


◇ななしの調査隊員

おっさんと賢者と猫のとこ


◇ななしの調査隊員

騎士団轢き殺したんだっけ?


◇ななしの調査隊員

殺してはねぇよ


◇ななしの調査隊員

ちょっとウォータースライダーに巻き込んだだけ


◇ななしの調査隊員

それもちょっと意味分かんないけどな?


◇ななしの調査隊員

種の運搬も順調に進んでたのか

よかった。忘れられてなかったんだね


◇ななしの調査隊員

レース組は忘れてそうだけど、真面目に頑張ってたプレイヤーもいたからね。


◇ななしの調査隊員

シード第一便はプロメテウスの汽車なんだろ?


◇ななしの調査隊員

速度じゃなくて出力重視の改造型な。

トロッコ10個くらい連結してた。


◇ななしの調査隊員

もう全部それでええんやない?


◇ななしの調査隊員

第二アマツマラの名前が決まったぞ。

ホムスビらしい。


◇ななしの調査隊員

ホムスビちゃんか


◇ななしの調査隊員

ほむほむ


◇ななしの調査隊員

ホムちゃん


◇ななしの調査隊員

可愛い子かな?

可愛い子だよな?


◇ななしの調査隊員

さて、俺も深層洞窟行ってくるかぁ


◇ななしの調査隊員

管理者が出てくる段階になって漸く重い腰をあげはじめたな


◇ななしの調査隊員

辿り着いた頃には終わってそう


◇ななしの調査隊員

流石にそれはないだろ


◇ななしの調査隊員

長い坑道を抜けたら、豪邸が建ってました


◇ななしの調査隊員

なんで?


◇ななしの調査隊員

深層洞窟ってもうそんなに開発進んでたっけ?


◇ななしの調査隊員

これ。

[謎の豪邸.img]


◇ななしの調査隊員

マジで豪邸やんけ


◇ななしの調査隊員

二階建てかぁ

なんだこれ


◇ななしの調査隊員

その隣にちょこんと見えてる白いのが第二アマツマラちゃんですか。


◇ななしの調査隊員

ホムスビの端末っすな。これでシード納品していく感じ。


◇ななしの調査隊員

町ができる前に家が建ってんの?


◇ななしの調査隊員

あれおっさんだよ


◇ななしの調査隊員

またおっさんかよ


◇ななしの調査隊員

おっさん豪邸になったの!?


◇ななしの調査隊員

おっさんのテント。

中は解放されてて、騎士団とかの調査隊の休憩所になってる。あとは簡易補給所も整備されてるから、管理者からの要請で建てたんじゃないの?


◇ななしの調査隊員

なるほど。

いや、頼まれてほいほい建てられても困る規模なんだが。


◇ななしの調査隊員

これをテントって言い張るのは流石に無理があるだろ


◇ななしの調査隊員

大工バンドが泣いてそう


◇ななしの調査隊員

騎士団のキャンパーが泡吹いて倒れてた


◇ななしの調査隊員

ホムスビちゃんも泣きそう


◇ななしの調査隊員

そら満を持して登場したら既にデカい建物建ってたら泣くよ


◇ななしの調査隊員

アマツマラ姉妹は苦労人属性でもつけられてんの?


◇ななしの調査隊員

よくよく考えればおっさん被害者の会に姉妹揃って入ってるのか


◇ななしの調査隊員

まだホムスビちゃんが被害者になったって決まってはないだろ!!


◇ななしの調査隊員

おっさんの館、すげえ快適なんだけど

コーヒーとか紅茶とかソフトドリンクが地上とそう変わらない値段で飲める

ボムカレーも食べられる。

持ち込みもアリだし、部屋が空いてれば個室で休める。


◇ななしの調査隊員

ホテルじゃん。


◇ななしの調査隊員

実際ホテルだよこれ


◇ななしの調査隊員

名前がおっさんの館っていうのが嫌すぎるくらいだな。欠点は。


◇ななしの調査隊員

ボムカレーのインフェルノなんとかって何これ?

聞いたことないんだが


◇ななしの調査隊員

ちょっと前に売り出されてた期間限定品だな。

赤はめちゃくちゃ辛い。青は冷製で美味しい。黄はめちゃくちゃ甘い。緑はめちゃくちゃケミカル。レインボーはその全てって感じ。


◇ななしの調査隊員

ええ・・・

青以外売れ残りそう


◇ななしの調査隊員

実際、青以外はワゴンセールしてたよ。

在庫システムってこういう時リアルで面白いよな。


◇ななしの調査隊員

おっさんの館、青も含めて各種がメニューに載ってるんだが?


◇ななしの調査隊員

おっさんも物好きだからなぁ

どうせ目新しかったからめちゃくちゃ買い込んでたんだろ。


◇ななしの調査隊員

パイプラインが強化されたら簡易補給所の値段も下がってくるのかね


◇ななしの調査隊員

実際20層の補給所は若干安くなってきてるよ


◇ななしの調査隊員

原生生物の強さも落ち着いてきた感じかな

やっぱりプレイヤーが深層洞窟に到着した数とかで弱体化していくっぽい。


◇ななしの調査隊員

カグツチレースにも公共の利益はあったんやなって


◇ななしの調査隊員

ミニシード納品したけど、一個で1%も進まねえな


◇ななしの調査隊員

そりゃそうでしょ。

これイベントぞ


◇ななしの調査隊員

数日は掛かりそうかな。

おっさんも人間だし、おっさんがログアウトしたらおっさんの館も消えるのかね。


◇ななしの調査隊員

管理者がなんとかかんとかして維持してくれるんじゃないの?


◇ななしの調査隊員

おっさんの館、従業員のメイドちゃんが可愛いんだが


◇ななしの調査隊員

おっさんとこのメイドさんだっけ?

ちょっと前にメイドロイドを外出させる方法がみつかったんだよな


◇ななしの調査隊員

おっさんログアウトしてもいいけど、メイドちゃん残って欲しい


◇ななしの調査隊員

残念だがおっさんとメイドちゃんはセットだ


◇ななしの調査隊員

ラッシュがアマツマラに戻ってきたぞー


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

◇ボムカレー(インフェルノレッドドラゴン)

 “旨さ爆発!ボムカレー!”のキャッチコピーでおなじみの簡単お手軽レトルトカレー。期間限定販売のドラゴンシリーズの一つ。マグマのように赤いカレーは複数の香辛料を合わせ、非常にスパイシーかつ刺激的な味わいに。

 〈料理〉スキル1でも調理可能。三時間に渡って攻撃力と移動速度が少し上昇するバフが付与される他、一時的に寒冷地への強い耐性を得る。


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