第434話「地下に豪邸を」

 地下深く、〈アマツマラ地下坑道〉の44階層を抜けた先にある巨大な天然洞窟の大舞台。

 そこで俺たちは、勤労奉仕の精神を存分に発揮していた。

 アマツマラ指揮の下、動ける〈カグツチ〉が大きな岩を退かし、地面を平らに削っていく。

 手の空いている力持ちは積み上げられた土や瓦礫を、凹んだ地面へと運んで埋めていく。


「レッジさーん、そこの鍾乳石壊すので退いて下さーい」

「行きます。 ――『一閃』ッ!」

「うおわっ!?」


 カミルと一緒に箒掛けをしていた俺の頭上で、素早い剣撃が走る。

 それは巨大な鍾乳石を一振りで切り落とし、巨大な影が降ってきた。

 慌てて飛び退く俺たちとは入れ替わりに、機械脚を着けたレティが高く跳び上がる。


「『爆砕打』ッ!」


 爆発の轟音が洞窟中に響き渡る。

 瓦礫が四散し、土煙がもうもうと巻き上がる。

 一仕事終えたレティは軽やかに着地し、爽快な顔で額を拭った。


「おま、レティ! もうちょっと安全を考えてくれよ」

「えへへ、すみません。普段はこういうことできないので、楽しくて」


 危うく潰され掛けた俺が非難の声をあげると、レティはペコリと耳を曲げて謝った。

 しかし、彼女もトーカもどこか楽しげだ。

 彼女たちも例外なく懲罰任務に従事している真っ最中なのだが、笑みを浮かべているのには訳がある。


「普段はこういうの、全部非破壊オブジェクトですからね。それを合法的に破壊できるのは、やっぱり楽しいですよ」

「そういうもんかねぇ」


 フィールドに存在する岩や木といったオブジェクトは、基本的に非破壊属性を持っている。

 〈採掘〉スキルや〈伐採〉スキルなど、採集系のスキルを使えば破壊できるものもあるが、それも戦闘系スキルでは傷一つ付かない。

 そのため、いくら殴ったり切りつけたりしても壊れないのだが、今回の懲罰任務中は、その属性がなくなっているようだ。

 地形整備の一環という名目で、戦闘職のプレイヤーは己の武器を使って地形を存分に加工していた。


「レッジ、危ないよー」


 頭上からラクトの声。

 振り向くと、背の高い大波が襲いかかってきた。


「うおわあああっ!?」

『きゃぁっ!?』

「カミル、掴まれっ」


 驚き硬直するカミルを抱きかかえ、白月と共に逃げる。

 レティとトーカはさっさと別な鍾乳石へと移動していた。

 俺たちが逃げ終わった直後、氷混じりの波が地面を一掃する。

 俺とカミルがかき集めた土も纏めて、洞窟の奥へと押しやった。


「アーツ組も張り切ってるなぁ」

『もうちょっと周りを見てやってほしいんだけど!』


 地属性アーツが岩を砕き、水属性アーツがそれを押し流す。

 最後に濡れた地面を火属性アーツが焼き乾かす。

 〈七人の賢者〉を筆頭に、機術師たちは少人数ながら大規模な土木作業をこなしていた。

 特にやることのない俺とカミルは、舞台の隅っこの方で箒を使っていたのだが、そんなものが焼け石に水となる程の破壊力だ。


『レッジ、ちょっと来い』


 ガツガツと恐ろしい規模と速度と破壊力で進む、戦闘職によるハイパー土木工事を眺めていると、現場監督のアマツマラからお声が掛かる。

 スサノオの体を借りた彼女は、どこから用意したのか、黄色いヘルメットを被ってメガホン片手にプレイヤーへ指示をして回っていた。

 カミルと白月を連れてアマツマラの下へ向かうと、彼女は整備が進む舞台上の一角を指し示して言う。


『あそこの土地に、テントを建ててくれ。簡易補給所の仮設店舗を兼ねる休憩所にする』

「なるほど。そういうことならお安い御用だ」


 仕事がなく、手持ち無沙汰な俺に気を回してくれたのだろう。

 本職の戦闘職ほどの力はなく、本職の生産職ほどの技術もない俺は、こういう専門家スペシャリストが必要な場面では驚くほど役に立たない。


「テントは小屋型の方が良いかな」

『レッジのインベントリを確認したが、アレを使ってくれ』

「げ。管理者ってのはそんなことまでできるのか」


 今が特殊な状況だからかも知れないが、アマツマラは俺の持っているアイテムまで把握しているらしい。


『あんなバカみたいなテント、今じゃないと使えないだろ』

「それもそうだけどなぁ」


 現場監督の指示に従って、平らになった舞台でテントを組み立てる。

 彼女のご要望に合わせて、建材を最大数使った大型の小屋だ。

 設営には鬼のような時間が掛かるが、そう急ぐような場面でもない。

 建材がゆっくりと組み上がっていく様子を、カミルと一緒に眺める。


「そういえば、カミルはこういうテントで家事ができたりするのか?」


 組み立て完了を待ちながら、ふと気になって尋ねる。

 今はこうしてフィールドまでついてきてくれているが、本来の彼女は都市にあるバンドのガレージを守ってくれるメイドさんだ。

 広い目で見れば、テントだって家みたいなものだし、どうだろうか。


『テントで家事を? 考えたこともなかったわね』


 俺の質問に、カミルはきょとんとして首を傾げる。

 たしかに、メイドロイドとしての活動の中でテントを扱う場面は皆無だろうし、そういう発想が無くとも不思議ではない。


「その辺どうなんだ? アマツマラ」


 近くで“何秒間巨岩を空中に浮かせられるか選手権”をしていた風属性機術師たちに、怒号を飛ばしていたアマツマラへ、問いを投げてみる。

 管理者ならばそのあたりも詳しいだろうと思ったのだが、彼女はうんざりとした顔でメガホンで肩を叩いた。


『なんでもかんでもあたしに聞くんじゃねェよ。知ってても教えられねェこともあるんだからな』


 しかし、そう前置きして、彼女は更に続けた。


『別にできるぞ。まァ、テントの持ち主がメイドロイドを使役できるだけの〈家事〉スキルを持ってることが条件だが』

「おお、できるのか。ちなみにスキルレベルは、具体的にはいくつくらい必要なんだ?」

『それは自分で調べるんだな』


 なんだかんだ言いつつ、やはり親切な管理者である。

 彼女たちがプレイヤーに教えられる情報には結構な制限があるようで、大抵の場合、詳しいところはぼかされてしまう。

 その上で、これだけ情報を得られたら万々歳だろう。


「なら、カミル。テントが完成したら家事を手伝ってくれ」

『アンタはアタシの主人なんだから、頼まなくても命令すればいいのよ』


 つっけんどんな言葉を返すカミルだが、その横顔は少し嬉しそうだ。

 やはり、メイドロイドとしてはフィールドを出歩くより家の掃除をする方が楽しかったりするのだろうか。


「主人とは聞き捨てなりませんねぇ」

「うわっ!? レティ、驚かせないでくれよ」


 突然耳元で囁かれ、肩を跳ね上げる。

 慌てて振り向くと、土にまみれたレティたち〈白鹿庵〉のメンバーが揃っていた。


「どうしたんだ、全員揃って」

「粗方の地形整備が終わったので、次の指示を貰いに来ました」


 レティたちの背後を見てみれば、確かに大きな舞台が滑らかになっている。

 力と数に物を言わせて、瞬く間に舞台の整地を終えてしまったようだ。


『舞台の縁を削って、スロープを作る。元々は舞台下にトロッコを駐める予定だったけど、この際だ。上まで持ってきた方が効率がいいからな』

「了解です!」


 新たな指示を貰ったレティたちが、再び工事現場へ出掛けていく。


『一応、懲罰のはずなんだがなァ』

「あんまりそういうことは思って無さそうだな。むしろ早くにゴールした特典の、ボーナスタイムとか考えてそうだ」


 早速、地面を砕き始めるレティたち。

 それを見て、アマツマラはなんとも言えないような表情になる。

 その時、舞台を囲む急な傾斜を勢いよく登って、鋼鉄の戦馬車チャリオットの一団が現れた。


「全隊、停止。損耗を確認して、休憩を取れ」


 良く通る声で団員たちに指示を下すのは、大振りな両手剣を背負った金髪碧眼の好青年。

 言うまでもなく、〈大鷲の騎士団〉のアストラである。


「よ、アストラ。そっちも順調そうだな」

「そうですね。未確認の原生生物が多く生息しているので、情報集めに忙殺されてますよ」


 ニルマの戦馬車チャリオットから飛び下りたアストラに声を掛ける。

 彼らはアマツマラから懲罰任務を受けていないため、自主的に舞台周辺、深層洞窟内に生息する原生生物の調査を行っていた。

 彼らは攻略を最優先するバンドではあるが、同時に検証や調査も当然のように行っているため、こうして集めた原生生物の情報も、報告書として自身のホームページで公開するのだろう。


「もうすぐテントが完成するんだ。良かったら、中で休んでくれ」

「助かります」


 丁度、騎士団の帰還から間を置かず小屋が完成する。

 最大規模のテントは、もはや木造の館と言っても過言ではないほどの大きさだ。

 二階建てで、キッチン、食堂、大広間、更には20部屋程度の個室まで完備されている。

 もともと、どうせこんな大きさの小屋など建てることなどないだろうと言うことで、製作者のネヴァと一緒に悪乗りした結果の大豪邸だ。


「すっげぇ。翼の砦ウィングフォートみてぇだ」

「もうこれがシード02のアマツマラでいいんじゃないか?」


 地面に座り込んで休息を摂っていた団員たちから、そんな声が聞こえてくる。

 かの〈大鷲の騎士団〉の本拠地である翼の砦ウィングフォートは、俺も以前お邪魔したことがあるが、なかなか荘厳な建物だった。

 アレに匹敵するレベルだと、他でもない騎士団から評されるのは、テントの持ち主としても鼻が高い。

 今度、ネヴァにも伝えてやろう。


『ねぇ、レッジ』

「どうした?」

『ほんとにこれ、テントなの? ワダツミの別荘どころか、ウェイドの白鹿庵よりも立派な気がするんだけど』

「一応、分類はテントだ。ちゃんとLP回復効果も、猛獣系原生生物に対する威嚇効果もあるぞ」


 立派な木造の館を見上げて、カミルが怪訝な顔をする。

 彼女の言わんとしていることも分からなくはないが、システム様の分類ではテントなので、正しくテントなのだ。


「さ、入ってくれ。軽食とドリンク程度で良ければ出せるからな」


 激戦を終えて疲弊している団員たちを、館の中へ招待する。

 彼らが驚きと喜びの表情で入っていくのを見ると、こちらも嬉しくなってくるな。


「これが噂のおっさんズテント……」

「福利厚生が手厚いのも有名だよな」

「ここに暮らしてぇ」

「このテント、いったいいくらするんだよ」


 戦闘職の団員が続々と入っていくなか、支援職のキャンパーらしい団員が青い顔をしている。

 分かる人には分かるのだが、このテントは密かに何度かアップデートを重ねている。

 現在使っている建材の要となるのは、〈奇竜の霧森〉でごく稀に入手できる“鉄鋼杉の板材”という高レアリティな素材だ。

 他にも、主に木材系の希少な素材が存分に使われており、レティに値段でも知られた日には――


「レッジさん。レティたちもちょっと休憩していいですか?」

「うおわっ!?」

「ええ……。なんでそんなに驚くんですか」


 ざっくりと舞台の縁を削ったレティたちが戻ってくる。

 俺は動揺を隠しながら、彼女たちも館へと招き入れた。


『レッジ』


 高鳴る心臓を落ち着かせていると、アマツマラに名前を呼ばれる。


『そろそろ、ちゃんとミニシードを運んでる〈カグツチ〉の第一便が到着する。そこのトロッコに乗ってる資材を使って、このテントを簡易補給所にするが、いいな』

「もちろん。自由に使ってくれ」


 善良かつ献身的な一般プレイヤーである俺が、アマツマラに逆らうはずがない。

 それが今回のイベントで公共の利益となるのなら、尚更だ。

 そんなわけで、アマツマラの要請を承った。


「おおおっ! なんかもうすげぇ整備されてねぇか!?」

「でっかい建物まで建ってるじゃないか!」


 アマツマラの言葉からさほど経たず、崖下からそんな声がやってくる。

 舞台の上から見下ろせば、機関車型に改造された〈カグツチ〉が、沢山のトロッコを連結させてレールの上を走ってくる。

 やはり改造された〈カグツチ〉だが、あれは速度よりも出力を重視したトロッコ牽引用の機体らしい。


『はぁ。ようやく第二フェーズも始まったなァ』


 レールの終点で停車する列車を見て、アマツマラが疲れたような声を漏らす。

 彼女は気を取り直すと、声を張り上げて、整備作業中の〈カグツチ〉へトロッコを崖上まで運ぶように指示を飛ばした。


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Tips

◇テント拡張用建材ver.6

 特定のテントセットと併用することで、テントの規模と設備を拡充する、拡張ユニット。使用する個数を上下させることで、状況に合わせた規模のテントを建てることができる。

 建材の数が多いほど、テントは高機能かつ大規模になるが、建設に掛かる時間とLPも増大する。


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