第433話「過酷な懲罰」

 俺たちが〈アマツマラ深層洞窟・上層〉のポイント・コアに到達してから5分と掛からずに、〈ダマスカス組合〉のケンタウロスや〈プロメテウス組合〉の機関車が続々とやってきた。

 改造された〈カグツチ〉から降りたプレイヤーたちは、揃って互いの健闘をたたえ合う。

 〈大鷲の騎士団〉も順位的に言えば俺たちに首位を奪われたわけだが、唯一〈カグツチ〉なしの徒歩到達を果たしたと言うことで、それなりに満足してくれていた。

 アイには水流ぶっかけウォータースライダーの件で散々怒られたが。


「お前も、お疲れさん」


 満身創痍になった〈カグツチ〉から植物戎衣を取り外し、いじくっていたプログラムもバックアップに戻す。

 外装はともかく、ここでできる限りの原状回復を行い、今回の一番の功労者を称える。


「さて」


 コックピットから顔を出すと、ポイント・コアの舞台にはいくつもの〈カグツチ〉がずらりと並んでいる。

 面白いのは、そのどれもが元々の鎧武者のような姿から大きく変わり果てている点だ。

 今この時にここへ辿り着くためには、部品の軽量化やエンジンの出力強化など、色々な改造を施す必要があるからだろう。

 まるで巨大ロボットの博覧会だ。

 各生産バンドの職人たちも、他の〈カグツチ〉から何か技術を盗めないかと、熱心に観察している。


『あぅ。レッジ』

「スサノオか。どうした?」


 達成感の余韻に浸っていると、背後から名前を呼ばれる。

 ポイント・コアの周辺を歩き回っていたスサノオが、〈カグツチ〉の側まで戻ってきていた。


『あう。アマツマラから、話したいことがあるって』

「アマツマラから? 俺に?」

『うん。代わるね』


 そう言った直後、スサノオの体は糸が切れたように脱力する。

 俺が驚いてコックピットを飛び出した直後、彼女は目つきを鋭くして背筋を伸ばす。


「す、スサノオ……?」

『おうおう。やってくれたじゃねぇか、レッジよ』


 口調と表情が激変するスサノオに、思わず呆気にとられる。

 そんな俺の下へ、彼女はつかつかと歩み寄ってきた。


『あたしが頼んだのは、〈カグツチ〉の運用の手本を見せることと、原生生物の排除だったはずだぞ?』


 胸元に掴みかか――ろうとして、身長が足りず、腹のあたりにしがみついてくるスサノオ。

 いや、姿はスサノオだが、この口調は――


「もしかして、アマツマラか?」

『そうだよ。今も地上で忙しくしてる、管理者のアマツマラさんだよ』


 棘のある言葉で答えるアマツマラ。

 正確にはそのコピー人格だろうか。

 管理者っていうのは、体を共有することもできるのか。


「まあ、待てよ。ちゃんと依頼はこなしてるはずだぞ」


 ぷりぷりと怒っているアマツマラを抑え、俺は反論する。

 彼女から受けた依頼は、さっき言われたとおり。

 それは俺もきちんと理解している。


「他の〈カグツチ〉も、みんな使いこなせてるだろ。それに深層洞窟までの原生生物も一掃できたはずだ」

『勝手に改造することを使いこなせてるとは言わねェんだよ!』


 ずらりと並ぶカスタムカグツチを見せて言うと、アマツマラは更に怒ってしまった。

 当初の目的は達成できてるし、別にいいんじゃないのか。


『あぅ。アマツマラ、レッジはちゃんと仕事してるよ。坑道の危険レベルは下がってるはず』

『ああ? そ、それはそうだけどな……』


 突然、一人芝居を始めるアマツマラ。

 いや、よくよく見てみればスサノオが時折出てきて話しているらしい。

 随分と器用なことをするもんだ。


『当初の計画にあった〈カグツチ〉十機は今もちゃんと稼働してる。改造カグツチは全部で三十五機だけ』

『いやだから、三十五機も改造されてるのはマズいんだよ』

『あぅ。でも、三十五機の改造カグツチのおかげで、原生生物は一掃できてる』

『いや、再出現する分が……』

『少なくとも、階層主や名持ちクラスは当分出てこないか、大幅に弱体化されてる、よ』


 おお、一人で姉妹喧嘩している。

 スサノオが弁護側に付いてくれているのは頼もしい。

 さしものアマツマラも、長女には強く出られないらしい。

 心の中でスサノオを応援しながら見守っていると、再び彼女の体が震える。


『ともかく、レッジがアマツマラの依頼を拡大解釈したのは事実です。カグツチの新規増産分を加味したミニシード運搬計画の予定進行を見ると、僅かですが遅れが現れています』

「この高圧的な言葉遣いは、ウェイドだな」


 アマツマラに代わってすらすらと弁を立てる人格。

 これについてはすぐに見当が付いた。


『また暴走したようですね、レッジ。人工知能保全課の許可が降りれば、即刻デリートするのですが』

『あぅ。管理者にそんな権限は、ないよ』

『スサノオは少し黙っていて下さい』

『あぅぅ。スゥの体なのに』


 仮想人格と機体の獲得においては誰よりも早かったからか、ウェイドは長姉を強引に押し退ける。

 彼女は再びこちらへ歩み寄ってくると、スサノオの顔でまっすぐにこちらを見上げた。


『レッジ、およびアマツマラの制止要請を無視した調査開拓員各位にはペナルティを与えます』

「ええっ!? お、俺だけじゃないのか?」


 ウェイドの宣言に、俺は驚く。

 ついでに、周囲でこっそり聞き耳を立てていたレティたちも驚いていた。


『連帯責任です。とはいえ、全員を収容できるほどの人工知能矯正室はありませんから、現地での労役を課し、それをもって罰則と見なします』


 高らかにウェイドが宣言する。

 姿かたちはスサノオのものだからが、彼女を見たプレイヤーたちの多くが混乱の表情を浮かべている。


「それで、罰則っていうのは?」


 ひとまず、そこを聞かねばならない。

 あまりにあんまりな内容なら、スサノオが姉の威厳を見せてくれるだろう。

 とりあえずそう信じておく。

 内心、不安を募らせながら、ウェイドの言葉を待つ。


『改造した〈カグツチ〉の原状回復。復元不可能な場合は、修理に必要な費用を、その〈カグツチ〉の搭乗者に負担してもらいます』

「なるほど。ちなみに俺たちの〈カグツチ〉は――」

『見たところ、関節部にかなり負担が掛かっていたようですね。パーツの換装が必要でしょう』

「まじかぁ……」


 あちこちで悲鳴があがる。

 その殆どが、原型など無視した強引な改造を施し、元々のパーツすら削っているようなところだ。

 そういえば、道中で盛大に転けていた高速型の〈カグツチ〉はいくらほどになるのだろうか。

 まあ、それは最悪の場合でも、金を出せば何とかなる。


「それで。どうせ、他にもあるんだろう?」


 ウェイドは現地で、と言っていた。

 つまり、この後には楽しい労働が待っているはずだ。


『当然です。ここにいる改造〈カグツチ〉搭乗者には、ポイント・コアの整備を命じます』


 その言葉に、周囲にどよめきが広がる。

 彼らを代弁して、俺がウェイドに尋ねる。


「ポイント・コアの整備っていうのは、具体的にはどういうことだ」

『この一帯の地面を均し、ミニシードの受け入れ体勢を整えるのです。周囲の原生生物を殲滅し、安全を確保し、簡易補給所が設置できる程度まで整備してもらいます』


 つまりは土木作業か。

 この場にいる〈カグツチ〉はどれも、ミニシードの一つも運んできていない。

 だが、他の〈カグツチ〉がミニシードを満載させたトロッコを引っ張って、今もこちらを目指している。

 当初の計画からは外れるが、その遅れを取り戻すためにも受け入れ地点の準備を整えるのが目的なのだろう。


『幸い、暇な〈カグツチ〉がいくつもあるようですし。それに土木作業が可能な調査開拓員も多数確認できています』


 周囲を見渡しながらウェイドが言う。

 土木作業が可能な調査開拓員というのは、生産バンド所属の職人たちのことだろう。

 〈カグツチ〉も元々は土木作業用に開発された特大機装だから、むしろそちらの方が本領と言える。


『アマツマラの名前で懲罰任務【ポイント・コア整備計画】を発令します。この場にいる〈大鷲の騎士団〉以外に所属している、もしくは無所属の調査開拓員は、強制的にそれを受注、従事してください』

「ちなみに、報酬は……」

『管理者からの心象が良くなります』


 それは実質的に無報酬なのでは。

 そう言おうとしたが、冷たい目に止められる。


「アマツマラちゃんからの好感度アップ?」

「つまり、デートに誘えたりできるようになるってことか?」

「マジかよ。それは聞き捨てならねぇぞ」

「俺、頑張るよ! こんな洞窟真っ平らにしてやるよ!」

「ウェイドちゃんか、まな板ちゃんくらい真っ平らにしてやるぜ!」

「ばっかオメー、そこにフィーネちゃんいるんだから黙ってろ!」


 突然、周囲からそんな声が湧き上がる。

 ウェイドも予想外だったのか、驚きの目でまわりを見渡す。


『レッジ、調査開拓員たちはどうして喜んでいるのです?』

「俺に聞かれても……。まあ、なんだ、激励の言葉でも掛けてやれば、もっとよく働いてくれるかもな」


 少し怯えた様子でこちらへ寄ってくるウェイド。

 予測していない事態に直面すると、エラーを出してしまうのだろうか。

 俺が軽くアドバイスしてやると、彼女は困惑しながらも頷いた。


『ちょ、調査開拓員各位の、優秀な働きを期待しています、よ』


 彼女の声に、賑やかだった群衆が一斉に硬直する。

 広い洞窟の中、静寂の広がるポイント・コアの舞台の真ん中で、ウェイドが泣きそうな顔でこちらを振り返る。

 直後、


「うぉぉぉおおお!」

「やるぞやるぞ! 俺はやるぞ!」

「そうかやるのか!」

「やるならやらねば!」


 プレイヤーたちが大声を上げて湧き上がる。

 主に男性プレイヤーのテンションの上がりっぷりが凄まじいが、女性プレイヤーにも口元を手で覆って膝から崩れ落ちている者がいる。


『わ、分かりません。調査開拓員の行動が一切予測できません!』

「まあ、こんなとこまで来てる奴らだからなぁ。ネジの一本や二本、抜けてても仕方ないさ」


 ウェイドはたまらず俺の背中へ隠れる。

 彼女もまだまだプレイヤーの事が分かっていないようだ。


『ネジが抜けてる筆頭が言うんじゃねェよ。ったく』

「お、アマツマラか」


 ウェイドはついにスサノオの体からも逃げ出したらしく、再びアマツマラが現れる。

 彼女は呆れ顔で俺を見て、軽い身のこなしで〈カグツチ〉の上に登った。


『現時点より懲罰任務【ポイント・コア整備計画】を発令する! 現場監督として、アタシが指揮を執るから、サボるんじゃねぇぞ!』


 中身が代わり、アマツマラが全員に呼びかける。

 それによってプレイヤーたちが再び沸いたのは、言うまでもない。


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Tips

◇懲罰任務

 重大な規約違反などを犯した調査開拓員に、各管理者の責任で発令される任務。指定された調査開拓員は受注が強制され、達成までいくつかの行動が制限される。

 基本的には、人工知能矯正室での処罰が不可能と判断された場合に発令される。


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