第432話「飛べ鉄塊」

 〈アマツマラ地下坑道〉第44層。

 無数の長い舌を持つ大ガエル、“纏繞のクアルプァ”が住まう、深いすり鉢状の巣。

 その縁に、銀鎧の軍団が整然と並んでいた。


「なんとかここまで来れましたね。後ろから他のプレイヤーが接近している様子もありませんし、深層洞窟へはトップで辿り着けそうです」


 大きな戦旗を掲げ、アイは疲労の中に喜色を滲ませて言う。

 しかし、彼女の隣、軍団の中央に立っていたアストラは、油断なく険しい表情を崩さない。


「嵐の前の静けさ、ということもある。まずはクアルプァを確実に素早く狩るぞ」

「そうですね。……行きましょう!」


 アイが旗を振る。

 それを合図に、体を休めていた戦士たちが己を鼓舞した。

 機術師が自己バフを展開し、最高火力の一撃を放つための準備を始める。

 大盾隊は前線に立ち、クアルプァからの反撃に備える。


「総員、一斉攻撃――」


 全ての準備が揃い、無数の照準が一匹のカエルへと定められる。

 満を持してアイが号令を掛けようとした、その時だった。


「待てっ!」


 突如、制止の手が挙がる。

 指示を下したのは、他でもない騎士団長アストラである。

 困惑を覚えながらも、忠実な軍団はカエルに向けた杖を下げる。

 アストラは沈黙を保ったままだ。


「あの、団長?」

「……大盾隊、後方へ」


 訝しむアイを置いて、アストラが指示を下す。

 大盾を構えていた重鎧の団員たちがどよめく。


「早くしろ! 隙間無く盾を展開。坂道を作るように隊形を組め!」


 激しい声。

 滅多なことでは声を荒げない団長の、鬼気迫る指示を受けて、団員たちは急いで配置転換を行う。

 イレギュラーな事態だが、百戦錬磨の軍団は素早く行動を終える。

 分厚く大きな盾を持った戦士たちが三列に並び、隙間無く大きな壁を作り上げる。

 緩く傾斜を付けたそれは、大きなジャンプ台のような形だった。


「何があったんですか?」

「お友達が、随分と急いでこっちに来ているようだ」


 アストラの迂遠な言い回しに首を傾げるアイ。

 彼女は少し考えた後、はっとしてフレンドリストを開く。

 そこに並んでいる名前の中から一つを選び、マップ上で現在地を確認する。


「げ、レッジさん……」


 そこに映し出された光点は、およそ人力では出せないような速度で彼女たちの居る場所へ接近していた。 アイが苦虫を噛みつぶしたような表情になった矢先、坑道の暗闇から何かの音が響いてきた。


「何の音でしょう? 水……?」

「分からない。だが、守りはしっかり固めておけ。死にはしないが、最悪、クアルプァの巣に落とされるぞ」


 アストラの言葉も、謎の音が大きくなるにつれて現実味を増していく。

 大盾を構えた団員たちは全身に力を込め、竜のブレスだろうと受け止める覚悟を決める。

 その時、アストラへTELの着信が入った。


「――こんにちは、レッジさん。こちらがすることは?」

『とりあえず耐えてくれ! 本当に申し訳ない!』


 ごう、と水音が大きくなる。

 騎士団の面々が睨む、暗闇の奥から大地のうねる揺れがやってくる。


「総員、対ショック体勢!」

「『ロックガード』『アイアンアンカー』『ガーディアンズウォール』ッ!」

「音楽隊、防御演奏!」

「――『耐え忍ぶ岩亀の悲曲』」


 重苦しい調べが奏でられる。

 全身を硬化させた重装部隊は、更に堅固な守りを得る。

 そうして万全の準備を整えた彼らが最初に感じたのは、冷たい風だった。


「さむ……くない。これは、アーツか?」


 純粋な冷気ではなく、細かな氷の破片が混ざった風だ。

 直後、彼らの目の前に広がる坑道の全てが凍り付いた。


「はっ――?」


 驚きの声を上げる間もなく、激流が彼らを襲う。

 重装兵は盾を地面に突き刺して、その背後に並んでいた機術師や軽装兵は、彼らに掴まる。

 激流が迫り来る中、アストラだけがただ一人、己の足で直立していた。


「――ぅぉぉぉおおおおおっ!?」


 激流の奥から声が響く。

 それは、〈大鷲の騎士団〉の中では知らない者が居ないほど、聞き覚えのある声だ。

 凍り付いた坑道の地面を荒波が押し寄せる。

 その上に乗って現れたのは、ブリッジした緑色の怪物だ。


「あ、あれ、もしかして〈カグツチ〉か?」

「そんな馬鹿な……」

「異端過ぎる!」


 変わり果てた人型ロボットに愕然とする騎士団。

 彼らを冷たい水が容赦なく飲み込んだ。


「飛べぇええっ!」


 自暴自棄な言葉と共に、〈カグツチ〉は大盾隊が作り上げたジャンプ台を滑る。

 勢いのままに空中へと踊り出し、大きな弧を描いてクアルプァの巣を飛び越えた。


「団長! 先を越されましたよ!?」

「仕方が無い。あれは流石に止められないさ」


 悲鳴を上げるアイを、アストラは悟りを開いた顔で抑える。

 呆然とする騎士団に見送られながら、謎の改造〈カグツチ〉は坑道の奥へと消えていった。





「レッジさん! レッジさん!? 騎士団を追い越しましたよ!」

「あんまり話しかけないでくれ。姿勢制御に精一杯なんだ」


 コックピットの中で、レティが名前を呼ぶ。

 アストラたち騎士団の頭上を飛び越えた俺たちは、そのまま坑道の最後の道を滑り降りていた。

 ここまで来れば、原生生物の数もぐんと減る。

 しかし、代わりに道は細くなり、複雑怪奇に折れ曲がる。

 〈カグツチ-植物獣モード〉が横転すれば、ここまでの道程が全て無駄になる。

 俺は乗りに乗った勢いを制御するため、全神経を集中させて機体を操作していた。

 グラグラと揺れる機体の上で、ラクトとミオは今もアーツを継続させている。

 おかげで栄養液はまだ十分に残っている。


「スサノオ!」

『あぅ?』

「これってどこに辿り着ければゴールなんだ?」

『あぅ。ポイント・コアだよ』


 ポイント・コア。

 この山を貫く、強力なエネルギーの流れ。

 地上にあるシード01-アマツマラも、その力を汲み上げて運用しているはずだ。


「アマツマラの中央制御塔の座標がこのあたり……。なら、大体この辺か」


 深層洞窟の地図を開き、大体のポイントを予測する。

 その間にも〈カグツチ〉はひた走り、着実にゴールへ近づいていく。


『レッジ!』


 その時、ラクトから声がかかる。


「どうした?」

『もうすぐ触媒が無くなっちゃう。これ以上はアーツが維持できないよ』

「なんだって!?」


 考えてみれば、不思議ではない。

 二人がかりとはいえ、広範囲に渡って影響を及ぼすアーツを、長時間発動し続けたのだ。

 当然、その間に消費する触媒の量も膨大なものになる。


「あともう少しなのに……」

「レッジさん!」


 落胆しかけた俺の肩をレティが掴む。


「諦めないで下さい。レティが何とかします」

「何とかって……」

「では!」


 そう言ってレティはコックピットを飛び出していく。

 彼女の膝から転がり落ちたメルが、変な声を上げて、ハンバーガーの山に頭から突っ込んだ。


「レティ、ゴール地点が見えたぞ」


 坑道の最後の直線。

 その奥に広がる大きな洞窟に、一段高くなった場所がある。

 地表にあるアマツマラと座標を照らし合わせれば、恐らくあそこがポイント・コアだろう。

 しかし、高さがあるのが厄介だ。

 このまま進んでも、壁に激突して阻まれてしまう。


『アーツ切れるよ!』


 ラクトの声と共に、氷と水が消失する。

 ガリガリと削れる地面の上で機体の足と蔦を動かして、何とか速度を保ちながら体勢を立て直す。


「レティ! 何をする気だ!?」


 姿を消したレティに向かって呼びかける。


『この〈カグツチ〉を、ぶっ飛ばします』

「はっ?」


 後方を映すモニターに、レティの赤い髪が映りこんでいた。

 彼女は高速移動する〈カグツチ-植物獣モード〉から、ふわりと飛び下りる。


「レティ!?」

『――咬砕流、二の技』


 空中でくるりと身を翻し、彼女は機体の後方を見据える。

 星球鎚を振り上げ、勢いよく機体へ向けて打ち込んだ。


――『骨砕ク顎』


 凄まじい衝撃が〈カグツチ〉の後方から広がった。

 爆発を伴う強大な打撃が、機体を打ち上げたのだ。


「っ! 植物戎衣、全力全開だ!」


 ふわりと浮き上がる鋼鉄の塊。

 それを包む、緑の衣が広く展開された。

 体の各所に実っていた大きな瓜が、一斉に毒液を噴出する。

 タンクに残った栄養液の全てを使い、瞬間的に勢いを増加させる。

 その力をもって、〈カグツチ-植物獣モード〉は空を飛んだ。


「と、飛んだァ!?」


 〈カグツチ-植物獣モード〉の背にしがみついていた仲間たちも、広い洞窟の中へと飛び出した事に驚いている。

 毒液の噴射で距離を伸ばし、その勢いで洞窟の奥にある舞台へと手を伸ばす。


「うぉぉぉおおおっ! ――あっ、これ、止まら」


 天地がひっくり返る。

 縦横無尽に衝撃が広がり、俺たちは〈カグツチ〉の機体ごと転がるようにして舞台に着地した。

 勢いはなかなか殺しきれず、舞台の奥にある洞窟の壁に強く激突して、ようやく動きが止まる。


「ぐ、ぐあ……。なんとか辿り着いたか」


 着地――もしくは墜落――の衝撃で、〈カグツチ〉も搭乗員も傷だらけだ。

 ひとまず、この機体は修理にかなりの手間と時間が掛かるだろう。

 それでも、俺たちは辿り着いた。


「くふふ。やり遂げたね」


 逆さまになったコックピットで、メルが笑う。

 その声は徐々に外へと広がり、やがて万雷の拍手が、洞窟の中に響き渡った。


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Tips

◇『耐え忍ぶ岩亀の悲曲』

 〈演奏〉スキルレベル50のテクニック。重く悲しい悲曲を奏で、仲間の防御力を上昇させる。

 奏者が多いほど効果量も増加し、演奏が継続する限り効果も継続する。


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