第430話「参加者続々と」

 クロウリの言葉の直後、ケンタウロスの更に背後から、けたたましい警笛が鳴り響いた。


『ちっ。あのジジイ、もう来やがったか』


 忌々しげにクロウリは舌打ちをして、再び俺の方へ呼びかけてくる。


『もっと速度を上げろ。じゃないと、俺たち一緒に轢き殺されるぞ』


 ケンタウロスが鼻先を高く上げていななく。

 強く地面を蹴り、人身馬脚の〈カグツチ〉は一気に距離を詰めてきた。


『れれれ、レッジさん! ケンタウロスの後ろから、でっかい機関車が迫ってきてますよ!?』


 レティから切羽詰まった通信が飛んでくる。

 ケンタウロスの背に乗り移った彼女たちは、背後から迫る黒い機関車のスクリーンショットを送ってくれた。

 何で動いているのかは知らないが、この狭い坑道内でモクモクと黒煙を吹き出し、トロッコ用の高規格レールの上を走っている。

 先端には立ち向かうもの全て排除するという、強い気概を感じるバンパーガードが取り付けられている。さらに、本来なら車両のエンブレムが輝く場所には、〈カグツチ〉の頭部が申し訳程度に乗せられている。

 どうやら、アレもケンタウロスと同じ改造〈カグツチ〉らしい。


「確かにアレは危なそうだ。――最終リミッター解除。正真正銘、限界を超えた限界の、向こう側に突き抜けるぞ!」


 〈カグツチ〉に乗っているプレイヤー全員に声を掛ける。


「総員、どうにかして掴まってくれ。3秒後にはそちらの方を気にする余裕が無くなる!」


 〈カグツチ-植物獣モード〉の背に乗っていた〈七人の賢者〉とBBCの面々が、一斉に蔦へ手を伸ばす。

 彼らが自分の体を固定したのとほぼ同時に、俺もまたアクセルを強く踏み抜いた。


「〈カグツチ-植物獣モード〉、アンリミテッドブラストだ!」


 名前は今、ノリと勢いで考えた。

 噴出瓜が毒液を迸らせ、八つ首葛が飛び出す。

 向こうがレールを使うのなら、こっちも同じく利用させて貰おう。

 俺は〈カグツチ-植物獣モード〉の両手両足をレールに乗せた。

 甲高い音を立てて、金属と金属が擦り合う。

 火花が上がるが、構う余裕はない。

 〈カグツチ-植物獣モード〉は大きく加速し、一気にケンタウロスとの距離を突き放した。


『はぁっ! いいじゃねえか。こっちも負けてられねぇな。――機関部、ニトロを焼べろ。サブエンジンも全解放だ。あのクソジジイを焼き殺して飛ばすぞ!』


 ケンタウロス――クロウリの方から威勢の良い声が響く。

 それと同時に、ケンタウロスを構成する金属部品の隙間から炎が漏れ出し、人馬は大きく加速した。


「おお! ニトロって言ったかい? 火属性の気配がしたよ」


 パクパクと甘味を口に運んでいたメルが、後部モニターに映るケンタウロスを見て、目を輝かせる。

 炎を纏う姿は、彼女の琴線に触れたようだ。


『ほーほっほっ! 四本足ではそれが限界なのかのう?』


 その時、新たな人物からTELが掛かってくる。

 好好爺然としたその声のもとは、考えなくともすぐに思い当たる。

 俺が口を開くよりも早く、クロウリが声を荒げた。


『クソジジイ! 原型無くなるレベルで〈カグツチ〉を改造してんじゃねぇよ!』

『ほっほ。若い犬が吠えておるのう。貴様の悪趣味な人型を、機能美の究極である機関車へとしてやったのじゃよ。ありがたく思わんか!』

「あー。とりあえず共有回線を作るから。そっちに入ってくれ」


 わざわざ俺をハブにして喧嘩しないでほしい。

 猛烈な勢いで坑道を駆け抜ける俺たちを、〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーが乗る機関車が追いかける。


「しっかし、どいつもこいつも〈カグツチ〉を改造しやがって。もうちょっとアマツマラに敬意を持ったらどうなんだ」

『一番最初に改造してるレッジが言うんじゃねぇよ!』

『儂らはまだ機械的な改造じゃが、お主のは植物まで使っておるしの。そもそもなんじゃ、その悪魔が取り憑いたような体勢は』


 ぼそりと呟くと、何故か俺の方に矛先が向けられる。

 俺は現地で最良の手段を選択し続けた結果なのでセーフだと思う。


『そうじゃ。レッジは知らないだろうから教えておいてやろう』


 タンガンが突然、冷静さを取り戻して言う。

 若干の肩すかしを覚えながら、彼の言葉の続きを待つ。


『〈カグツチ〉を改造しておるのは、何もクロウリと儂らだけではないぞ』

「ええ……。他にも居るのか」


 呆れて操縦桿を握る力が緩みそうになる。

 その瞬間、タンガンの機関車の吐き出す黒煙の中から、新たな機体が飛び出してきた。


「ひぃーーはっはーー! 流星の如く現れる! 彗星の如く去って行く! 俺こそが最速の貴公子、ラッシュ様だぜぇえええい!」


 現れたのは、極端に装甲をそぎ落とした痩躯の〈カグツチ〉だった。

 機体は輝く銀色に塗装しなおされ、背部には巨大なブラスターを四機も取り付けている。

 足先は細く尖っており、先端は鋭いブレード状になっている。


「ラッシュって、なんか聞いたことあるような……」


 大音量のスピーカーから流れた言葉に覚えがあるような気がして首を傾げる。

 その間にも、高速の〈カグツチ〉はまるでスピードスケートのように地面を切りつけながら、瞬く間にこちらに近づいてくる。


「おお。確かにあれは速いな」

『でも、あれじゃあトロッコを牽くだけの力は出せねえだろうな』

『本末転倒じゃのう。それに、あの形状では――』


 突如現れた闖入者を冷静に観察する職人たち。

 タンガンが言い終わらないうちに、ラッシュの機体は小さな路傍の石に躓いた。


「ぐわっ!? うぎゃっとばっんげっ!?」


 乗りに乗った勢いのまま、激しく地面に激突するラッシュ機。

 ブラスターも制御を失い、壁や天井にぶつかりながら後方へと消えていく。


『姿勢制御装置が甘かったな』

『それ以前に、機体が脆すぎる。あの右足は完全に破損しておるじゃろうな』


 どうやらラッシュ機は速度を重視するあまり、耐久性や安定性を欠いていたらしい。

 多少整備されているとはいえ、まだまだ不整地の多い坑道では、運用も難しいだろう。


『レッジさん、レッジさん』

「レティか。どうした?」


 改造カグツチによるデッドヒートを繰り広げていると、レティからTELが入る。

 たたん、たたん、とリズムを刻む環境音から察するに、彼女はケンタウロスの背から更に機関車へと飛び移っているらしい。


『機関車の後方に、いろんな〈カグツチ〉がいます。どれも原型をとどめてない、改造〈カグツチ〉ですねぇ』

「みんなよくやるよな。いや、むしろそれだけ拡張性の高い〈カグツチ〉の方を褒めるべきか?」

『ともかく、中にはかなり速そうな機体もあります。急がないと、追い越されるかも知れませんよ?』


 レティの言葉には危機感が滲んでいる。

 彼女がそう言うのなら、かなり危ない状況なのだろう。

 こと勝負事において、彼女の直感は馬鹿にならない。


「なるほど。分かった。……レティ、こっちに戻ってきてくれるか?」

『はえ? それは大丈夫ですけど』


 俺の呼びかけに、レティは疑問を浮かべる。


「レティが欲しいんだ」

『は、はひぇっ!?』


 スピーカーの向こうから、悲鳴のような声がする。


「だ、大丈夫か? 落ちたりしてないか?」

『お、落ちてません。いや、落ちてるかもですけど。いや、何でもないです。こほん』


 何かを取り繕うように咳払いをするレティ。

 背後に座るメルが、太ももで万力のように俺の頭を挟んできた。


「い、痛いんだが……」

「何でもないよ。ワシも揺れるから何かにしがみつく必要があってね」


 彼女はシートにしっかり固定されているはずだが、まあ本人がそういうならそうなのだろう。


「ともかく、レティ。できるだけすぐ来てくれ」

『わ、分かりました! 光の速度で向かいますっ!』


 その言葉の直後、通信が切れる。


『ぐおっ!? なんじゃ、今の衝撃は!』

『がっ!? 何かがケンタウロスの背を強く叩いたぞっ!』


 タンガン、クロウリから声が上がる。

 どうやら、レティが勢いよく二人の〈カグツチ〉を蹴って跳んでいるらしい。


「うおわっ!?」


 すぐに俺たちの〈カグツチ-植物獣モード〉も強い衝撃を受ける。

 後ろへひっくり返りそうになる機体を無理矢理抑えていると、頭上のハッチが開いてレティが飛び込んできた。


「お待たせしました! レッジさん!」

「おかえり。じゃあ、早速だが、メルと一緒に後部座席に座ってくれ」

「……はい?」


 俺の指示に、レティはぽかんとする。

 聞き逃したのかと思って、もう一度言うと、彼女はすっと目のハイライトを消した。


「え、なんで怒ってるんだ?」

「いえ……別に……」

「くふふ。レティ、一緒にお菓子を食べて、〈カグツチ〉にエネルギー供給しようじゃないか。現実でのやけ食いは悪だが、少なくとも仮想現実内なら悪ではないよ」

「……そうですね」


 楽しげに笑うメルを抱き上げ、レティは後部座席に滑り込む。

 身長が高めなライカンスロープのレティが、フェアリーのメルを抱きかかえると、二人の色が似ているのもあって、仲睦まじい姉妹のようだ。


「メル一人だけじゃあ、エネルギーの供給が足りないからな。レティもよろしく頼む」

「はい。わかりました」


 凄く冷静な声でレティが頷く。

 この白熱したレースの中で、これほど冷静沈着なのは素直に尊敬できるな。


「うわあああん! いただきます!」


 そんな事を思った直後、ダムが決壊したかのように、レティは勢いよく周囲に積み上げられたお菓子を掴む。

 猛然と勢いよく口に運ぶ様子は、まさしく人間火力発電所だ。

 メルとレティ、二人のエンジンを積んだことにより、〈カグツチ-植物獣モード〉に供給されるエネルギーも多くなる。


『あぅ。レッジ、スゥも手伝う?』

「そうだな。無理のない範囲で頼めるか」


 隣に座っていたスサノオが袖を引いて言う。

 今は少しでもエネルギーが欲しいし、彼女も手伝ってくれるというのなら、ありがたい。


『し、仕方ないわね。一着を横取りされるのも癪だし、アタシも手伝ってあげるわよ』


 カミルもそれに追随してくれる。

 そんなわけで、〈カグツチ-植物獣モード〉は二つのメインエンジンと二つのサブエンジンを持つことになった。


「じゃあ、クロウリ、タンガン。お先に失礼」


 二人にそう言って、俺は〈カグツチ-植物獣モード〉の出力を更に上げる。

 人馬と機関車を突き放し、俺たちは坑道を更に奥へと進んだ。


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Tips

◇青蛇の目玉

 恐怖菓子の店〈ウィッチパーティー〉で販売されているゼリー。無色透明なゼリーの内側に、青いゼリーが封じられた二層構造。見た目は眼球そのもので生々しいが、甘いソーダ味。コーラ味の赤蛇の目玉など、シリーズも展開されている。


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