第429話「ぴょんぴょん作戦」
坑道の壁をガリガリと削りながら、緑の獣が疾走する。
それを追いかけるのは人身馬脚の改造〈カグツチ〉だ。
「メル、どんどん食べてくれ!」
「言われなくとも。うん、〈青鈴堂〉のいちご大福は絶品だねぇ」
「凄いカロリーだなそれ!? エネルギー量が跳ね上がったぞ!」
メルがいちごを餡と求肥で包んだ大福を食べた瞬間、〈カグツチ〉に供給されるエネルギー量が劇的に増加した。
「普通に食べると満腹度を151,515も稼げるからねぇ」
「満腹度の上限って、ゴーレムでも7,000じゃなかったか?」
「うん。だから殆ど無駄になるね」
「飽食の時代だなぁ」
そんな話をしながらも、操縦桿を握る手は一瞬たりとも止めることはない。
リミッターを解除し、セーブ機能を外し、限界を超えた全速力で坑道を駆け抜けているのだ。
もし小石に躓きでもしたら、大事故は避けられない。
「しかし、後ろもしつこいな!」
「レッジ謹製の魔改造〈カグツチ〉に付いて来れてるとは、なかなか優秀じゃない」
こちらが必死に走らせているというのに、鋼鉄の巨大な人馬はぴったりと距離を保っている。
あちらにどれほどの負荷が掛かっているのかは知らないが、そもそもついてこられているのが問題なのだ。
「攻撃してみるかい?」
「PVPはできないだろ。それに妨害行為は最悪ハラスメント認定で強制ログアウトだ」
「それもそうか。なら、レッジが頑張るしかないね」
デカいクレープを、大きく開けた口に投げ込みながらメルは言う。
他人事だなぁ。
「レッジさーん、何か手伝うことありませんか?」
コックピットの扉が叩かれ、向こうからレティの声が響く。
「いや、特にないけど」
「そうですか。うーん、暇だなぁ」
「くぅ。戦闘職はみんなやることなくていいよなぁ」
顔は見えないが、レティの今の表情が手に取るように分かる。
〈カグツチ-植物獣モード〉の背に乗った戦闘職――特に機術師や遠距離型戦士以外の面々は、本当にすることがないのだろう。
せいぜいが、振り落とされないようにしっかりと掴まっておくことくらいだ。
「ラクトたちは前方の原生生物排除を楽しそうにやってるんですけどね。レティたちの武器は届かないですし、地面に降りたら一瞬で置いてかれちゃいますし」
「そんなに暇なら、相手の馬に乗り移って挨拶でもしてこいよ」
冗談交じりにそんなことを言う。
こっちは操縦に意識を割かれて大変なのだ。
「なるほど。良い案ですね」
「……うん?」
だから、扉の向こうから返ってきた言葉に反応が遅れた。
「レティ? レティさん?」
「よし、ちょっくら行ってきます!」
「ちょ、ま」
「レッジ、前危ないよ」
「うおわっ!?」
振り向きかけた顔を、メルが両足で挟み込んで強引に前へ固定する。
危うく壁に激突しかけた機体を慌てて軌道修正し、体勢を整える。
当然、その頃には既にレティの気配など無くなっていた。
†
「では、皆さん。作戦概要は理解できましたか。質問があれば、ご自由に」
上下左右に激しく揺れる〈カグツチ〉の背の上で、レティは悠々と立っていた。
彼女の前には、剣や槍を携えた戦士たちがずらりと並んでいる。
殆どがBBCの近接戦士だが、トーカやエイミーもその中に混ざっている。
「にゃあ。作戦自体は面白いけど、もし転落したらどうやって復帰するんだい?」
ケット・Cが耳を跳ねて口を開く。
その問い掛けに、レティはきょとんと小首を傾げて答えた。
「落ちないで下さい。落ちなければ、復帰の必要はないので」
「にゃあ……。それはそうだけど」
予想を上回る返答に、さしものケット・Cもヒゲを震わせる。
「そういえば、レティも〈白鹿庵〉だったねぇ」
「はい?」
「いや、なんでもないにゃあ」
耳を揺らすレティに、ケット・Cは首を振って誤魔化す。
隣に居る存在が大きすぎるせいで目立たないが、彼女もまたトッププレイヤーの中でも異色のプレイスタイルなのだ。
「他に質問はありますか? ありませんね。何かトラブルが起きた場合は、まあ頑張って下さい。――では、ぴょんぴょん作戦、開始ですっ!」
「おうっ!」
レティが星球鎚を持った手を、勢いよく突き上げる。
それに合わせて、戦士たちも気合いを入れた。
「さて、行きましょっか」
「ですね。ミカゲ、よろしくね」
「……分かった」
初めに動き出したのはミカゲだった。
彼は〈忍術〉スキル、繰糸系テクニック分野でもかなり名の知られた存在である。
「――『投網糸』」
黒い忍者装束が揺れ動く。
彼の指先から、細い銀糸が幾本も飛び出した。
それは流星のように長い弧を描き、〈カグツチ〉の背後を追従しているケンタウロスの鼻先に絡みつく。
「じゃあ、頑張って」
「ありがとうございます。では、お先に!」
ミカゲが張った糸の上に、レティが軽々と飛び乗る。
大きく揺れるなかで、彼女は軽快に糸の上を駆け出した。
「あの上を走るのかよ……」
「〈歩行〉スキル80あっても、あれは無理だろ」
「忍者よりも忍者してねぇか?」
曲芸じみたレティの走りを見て、〈カグツチ〉の背に座っていたプレイヤーたちがざわつく。
命綱も固定具もなく、少しでも足を滑らせたら高速移動している2メートル以上の高さから地面に激突してしまう。
そんな恐怖を欠片も感じさせず、レティは跳ねるように糸の上を渡っていった。
「……僕もあれくらいできる」
「ミカゲも忍者に関してはプライド高いわねぇ」
オーディエンスの言葉を耳聡く拾ったミカゲの、覆面の下のくぐもった声を聞いて、エイミーが呆れたように笑う。
「さて、じゃあ私も行きましょうか」
レティが走っている背中を見て、エイミーが盾拳をガチンと打ち合わせる。
「エイミーは、ちょっと重そう……」
「なんですって?」
「なんでも、ない」
「別にミカゲの負担にはならないわよ。見てなさい」
失言したミカゲをむっと睨みながら、エイミーは走り出す。
「『
エイミーが〈防御アーツ〉を発動させる。
ミカゲが張った糸の隣に、小さな六角形の障壁が、水平に生成された。
彼女はその上に飛び乗り、次々と同じ障壁を空中に浮かべていく。
「あっちはあっちで凄いことしてんな」
「よく割れないなぁ。ゴーレムの体重って――」
「おいやめろよ」
「弾力属性を付けてるから、衝撃をそのまま跳躍力に転化しているようですね。柔軟な応用力は優秀な機術師の条件です。彼女は物理タンク職のようですが、機術タンク職としてもかなり高い技術を持っているのでしょう」
「こいつ〈防御アーツ〉の話になると早口になるよな」
レティとエイミーが渡り始め、他の面々もそれに続こうと動き出す。
転落の可能性をケット・Cが危惧していたが、ここに揃っているのは、総じて手練れのプレイヤーである。
更に、ぴょんぴょん作戦に参加しているのは腕に覚えがある軽装戦士が主だった。
「こうしてみてると、完全に海賊とかそういう類だよな」
「ケンタウロスが略奪されてるようにしか見えねぇ」
「トロイの木馬的な?」
「それは逆じゃなかったか」
動きに自信のない重装戦士たちは、〈カグツチ〉の背に掴まりながら、続々と乗り移っている仲間の姿を眺めていた。
糸を伝い、障壁を足場に、中にはプレイヤーがプレイヤーをぶん投げて、わらわらと馬の背に飛んでいく様は、船を略奪しようと襲いかかる賊のそれだった。
†
レティたちが、後ろのケンタウロスに乗り込み始めたようだ。
背後のことは視界の関係であまりよく分からないが、どうやらミカゲの糸を伝っているらしい。
俺ができることと言えば、少しでも揺れを抑えながら走るくらいのものだ。
操縦桿を握り直し、坑道の奥を睨む。
背上の機術師たちが嵐のように攻撃を放ってくれているおかげで、俺はただ走らせることに集中すればいい。
『もしもーし。レッジ、聞いてるか?』
その集中力を削ぐTELが、突然かかってくる。
通話を許可した瞬間、スピーカーから聞き覚えのある青年の声が届く。
「どうした、クロウリ」
声の主の名前を呼ぶ。
クロウリ――〈カグツチ〉の技術開発を行った大手生産バンドのリーダーは、はっきりとした声で言った。
『〈カグツチ〉の速度をもっと上げろ。後ろがつっかえてんだ』
「あのケンタウロス、〈ダマスカス組合〉のかよ!?」
まさか本家本元が改造したとは思わなかった。
驚く俺に、クロウリは少し得意げな声色になる。
『いいだろう? 速度特化型だ。そっちの〈カグツチ〉も、なんか面白ぇことになってるな。あとで見せてくれ』
「そりゃいいが、これ以上速度を上げろってのは」
『そうそう。後ろがつっかえてんだ』
また煙草を咥えているのか、口に隙間の空いたような声が返ってくる。
ちらりと後方カメラのモニターを見るも、映っているのは高速で追ってくるケンタウロスだけだ。
「クロウリの後ろにも何かいるのか?」
『今はまだいねぇよ。でも、もうすぐやってくるはずだ』
含みのある言葉に眉を寄せる。
こちらも、あちらも、ちょっとやそっとの足では追いつけないほどの速度で走っている。
それに喰らい付いてくるようなものなど、何があるのだろうか。
「……もしかして」
思索ののち、一つ思い当たる。
それに対して、クロウリは煙草の煙を吐き出して答えた。
『〈プロメテウス工業〉の、高速列車型〈カグツチ〉が出発したそうだ』
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Tips
◇甘味処〈青鈴堂〉
地上前衛拠点シード03-スサノオの商業地区に所在する、和菓子専門店。豆から拘った質の高い餡や、新鮮な果物を使った色鮮やかな菓子が多く揃えられている。
店内にはイートインスペースもあり、隣には姉妹店のスイーツショップ〈ブルーベル〉がある。
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