第428話「突発ダービー」

 緑の獣が坑道を駆け抜ける。

 粘性のある紫色の毒液を垂れ流し、勢いよく果汁を噴射する瓜によって推進力を得て、なだらかな傾斜を滑るように走る。

 人型がブリッジした形状であるため、ガクガクと全身が揺れて、外見は若干不気味だが、その速度は申し分ない。

 腹から飛び出した八つの蔦が坑道の左右の壁を掴み、機体を安定させているのも大きい。


「どうだ、メル。〈カグツチ-植物獣モード〉は」

「その名前のセンスの無さと、乗り心地と、外見と、コックピットの窮屈さ以外は申し分ないね。もぐもぐ」


 操縦桿を素早く動かしながら、後部座席の方へ一瞬だけ目を向ける。

 そこには、シートにすっぽりと収まって、甘いお菓子をパクパクと食べ続けているメルの姿があった。

 〈カグツチ〉については色々と不満があるようだが、自分の顔ほどの大きさの饅頭を食べている彼女は、とりあえず幸せそうだ。


「しかし、随分と忙しそうだね」

「そりゃあな。前後四本の足と、八つ首葛と、噴出瓜と、割れ毒壺と、いろいろ同時に操作しないといけない」


 この植物獣の機動力は、装備枠を拡張して取り付けた複数の植物戎衣を同時に操ることで実現されている。

 エネルギーの消費を少しでも抑えるため、また改造時間を短縮するため、オート操縦のプログラムは組んでいない。

 俺はDAFシステムの運用で慣れているが、初めて操縦桿を握った人ではここまでの速度を出せないだろう。

 そして、俺でも高速移動に専念している間は戦闘するほどの余裕は無くなる。


「まあ、戦闘なら〈七人の賢者セブンス・セージ〉もラクトも乗ってるし、テントも建ててるから大丈夫だろ」


 コックピットの大きなモニターには、〈カグツチ〉の背上から放たれる無慈悲なアーツの嵐が映し出されている。

 ラクトと合流したことにより、彼女の助けを借りて再びテントを設置したことで、〈カグツチ〉は背中に三角錐型の甲羅を乗せているような形になっていた。

 これのおかげで再びLP回復効果が発動し、また〈カグツチ〉の背が低くなったおかげでその影響範囲も広がった。

 背中に機術師を乗せた〈カグツチ-植物獣モード〉は、さながらいくつもの砲塔を備えた高機動戦車である。


「くふふ。それに、そちらのウサギ殿も張り切っているようだしね」


 モニターを眺めて、メルが肩を揺らす。

 〈カグツチ-植物獣モード〉の前には、敵を蹴散らさんと張り切る前衛組が立っている。

 機術師だがタンクが専門のフィーネや、エイミーはもちろん。

 キルカウントを稼ぎたいトーカ、そして先ほどメルにそそのかされたレティも盛大にそれぞれの得物を振り回している。


「あんなに飛ばして……。あとで倒れたりしないだろうな」

「彼女たちだってトッププレイヤーだよ。そのあたりはちゃんと考えてるでしょ。むぐむぐ」


 メルはそう言って、デカいエクレアを頬張る。

 中にみっちりと詰まったホイップクリームとチョコクリームとカスタードクリームが一気に溢れ出す。

 お願いだから、コックピットは汚さないで欲しい。


「うーん、考えてるかなぁ……」


 画面の向こう側で、レティはどったんばったんと大騒ぎを起こしている。

 星球の繋がった鎖を振り回し、動くもの全てを破壊すると言わんばかりだ。

 機術師と違ってナノマシンパウダーを次々に消費していくものではないが、それでも武器の耐久値が削れるとマルチマテリアルを使わねばならない。


「まあまあ。レティたちのおかげで進行速度自体は快調も快調なんだよね。ならいいんじゃないの?」


 メルは暢気にプリンへと手を伸ばす。

 一応、彼女の言葉も間違ってはいない。

 レティたちが張り切っているのと、〈カグツチ-植物獣モード〉の移動速度が増したことにより、俺たちはかなり高速で坑道を進んでいた。

 立ちはだかる階層主もその勢いのまま強引に突破しており、その快調さから全体の士気も高い。


「騎士団に追いつくのも、時間の問題かね」

「くふふ。アストラの驚く顔が目に見えるよ」

「悪い顔だなぁ」


 タイヤキを囓るメルを一瞥して、肩を竦める。

 確かに俺も、アストラがコレを見てどんな顔をするか興味がないと言えば嘘になる。

 しかしメルが楽しそうにしているのは、いつも一歩先を行っている騎士団に一泡吹かせたいと常日頃から思っているからなのだろう。

 彼女もトッププレイヤーの一員として、その界隈の頂点に立つアストラたちの存在は強く意識せざるを得ないようだ。


「しかし、レッジ」

「なんだ?」


 愉快に笑みを漏らしていたメルが、突然に冷静になる。

 彼女はコクピットの内部を見渡して口をへの字に曲げた。


「ここ、もう少し広くならないかい?」

「それは無理な相談だな」


 前後二つの座席のあるコクピットは、もともと一人用だったものを強引に改造した代物だ。

 更に言えば、今はそこに俺とメルだけでなく、スサノオとカミルも乗り込んでいる。

 白月は〈カグツチ〉の背に移動してもらったし、メル自身がレティよりも小さいから空間の余裕自体は多少できたのだが、そこに彼女がスイーツを詰め込んだため、結局そんなに変わりがない。


『あぅ。スゥたち、邪魔?』

「スサノオ……。シード01の管理者だっけ? また随分と可愛い子を連れてるねえ」


 メルと目を合わせてたじろぐスサノオ。

 メルは彼女の顔をまじまじと見て、口元を緩めた。


「ブログでこの子のこと紹介してたっけ?」

「いや、しっかりとはしてないな。あんまり大々的に広めて、街中を歩きづらくなるのも嫌だし」

「なるほど。それも良い選択だと思うよ」


 そう言ってメルは、スサノオに手を差しのばす。

 一瞬驚いた様子だったスサノオもそれに応じ、二人は握手をした。


「挨拶が遅れたね。ワシはメルだ。これは友好のしるしに」


 彼女は大きなカップケーキを手渡す。

 受け取ったスサノオは、何度かメルとカップケーキの間で視線を往復させ、ゆっくりと齧り付いた。


『あぅ。美味しい』

「そうだろう? 君の町にある〈ハニーハイロゥ〉のケーキだよ」


 メルの言葉にスサノオがぴくりと耳を動かした。

 管理者に、その町の店で売っているものを渡すとは、メルもなかなか粋なことをする。

 ていうか、ここに積み上げられたお菓子の店を全部覚えてるのか。


『あぅ。知らなかった。美味しいね』

「ふふん。ワシのお眼鏡に適うお菓子は、そう多くはないのだよ」


 感激した様子のスサノオに、メルは得意げになって芝居がかった口調で言う。

 それを見て、スサノオは更に綻ぶ。


『ねえ、レッジ』

「どうした?」


 遠慮がちに袖を引っ張る手。

 振り返ると、カミルが近くにやってきていた。


「なんだ、君もカップケーキが食べたいのかい? もちろんいいよ!」

『そうじゃないわよ! いや、く、くれるっていうなら貰ってあげなくもないけど。そうじゃなくて、アタシが邪魔なら外に出ててもいいのよ?』


 ちゃっかりとメルからカップケーキを受け取りつつ、カミルが言う。

 どうやらコックピット内が狭くなっている原因であるのは自分だと考えたらしい。


「そうは言っても、カミルは俺の側から離れられないだろ。外に出て、もし〈カグツチ〉から落ちでもしたら大変だ」

『うぐ。それはそうだけど』


 それに、カミルもスサノオも非戦闘員だ。

 流れ弾が飛んでくる可能性もある外にいるよりも、コックピットの中にいた方が安全だろう。


「すまないね。ワシが変なことを言ったばかりに」


 カミルに向かってメルが話しかける。


「しかしまあ、あんまり気にしないでよ。両手に花なら、これだけ密着していても嬉しいくらいだからね」

『う、それはそれで恥ずかしいんだけど』


 ニコニコと笑みを浮かべて顔を近づけるメルに、カミルが僅かに表情を歪める。

 メルって優秀で大人びた機術師だと思っていたんだが、最近その仮面の下が見え隠れしてきているようだ。

 お菓子を餌に、カミルを自分のところに呼び寄せようとしている。


『レッジ、後方に異変』


 その時、TELを通じてミカゲから急報が入る。

 後方の警戒に当たっていた彼の言葉はレティたちにも伝わり、一時的に動きが止まる。


「何があった」

『大きい足音。推定、レッジの〈カグツチ〉よりも重いもの。それが高速で近づいてきてる』

「〈カグツチ-植物獣モード〉よりも重いものが?」

『うん。〈カグツチ〉よりも重い。なんとなく……馬っぽい?』


 疑問を混じらせながらミカゲが言う。

 一団に僅かなどよめきが広がった。


「ネームドにも馬型の原生生物は居ないはずです」

「でもレッジはもうここにいるよ? 他に何かあるの?」

「にゃあ。とりあえず全員、警戒しよう。その目で確かめるのが一番だね」


 ケット・Cの言葉で、全員が武器を構える。

 沈黙が広がり、坑道の後方から小刻みな足音が響いた。


「確かに、何か来てるみたいだな」

「レッジ。いつでも走れるようにしておいた方がいいね。他の皆も」


 メルが共有回線で指示を下す。

 彼女は既に何かを確信しているようだった。

 俺はその指示に従い、操縦桿を握る。


「来るぞ!」


 後衛のBBCメンバーの一人が叫ぶ。

 次の瞬間、薄暗がりから大きな影が現れた。


「ひぃゃっっはぁぁあああああっ! どけどけどけぇぇえい!」


 ガンガンと盾と剣を打ち鳴らす大きな人影。

 それは鋼鉄の肌を見せ、胸を張っている。


「なっ!?」

「ああいうのはおっさんだけにしとけって!」

「どこのバカだよ!」


 驚愕の声が至る所から噴出する。

 それもそのはず、現れた鉄の巨人の下半身は、四本足の馬のソレ――


「ケンタウロス!?」

「レッジ、走れっ!」


 メルの声で〈カグツチ〉が走り出す。

 同時に、地面に立っていたレティたちも身を翻した。


「まぁぁぁてぇぇぇぇい! オレたちが先だぁぁあああっ!」


 スピーカーから響く大音量。

 その声に従おうとする者など、当然皆無だ。


「おい、なんだアレは!」

「恐らく、〈カグツチ〉を改造した代物だろうね」

「そんな!? なんて非道なことを……」

「レッジがそれを言うといろんな奴に殴られると思うよ」


 ちらりと後方モニタを見る。

 そこには四本の脚で勇猛に駆ける鉄のケンタウロスが、確実に俺たちを捉えていた。


「レッジ、あいつらに抜かされる訳にはいかないよ」

「分かってる。騎士団にすら追いついていないのに、させるわけにはいかないだろ」


 どこのバンドか知らないが、随分と威勢が良い。

 その長い鼻っ柱、俺の〈カグツチ-植物獣モード〉がたたき折ってやろう。


「全員、〈カグツチ-植物獣モード〉に乗るかしがみつけ。全速力を出すぞ!」


 スピーカーを通じて叫ぶ。

 流石は粒ぞろいの集団だ。

 彼らは一斉に〈カグツチ-植物獣モード〉へと飛び移った。


「メル、いっぱい食べてくれよ」

「任せなさい!」


 メルが大きな口を開けて、細い丸太ほどの羊羹を突っ込む。

 まるで竈に投げ入れられた薪のようだ。

 そして、〈カグツチ-植物獣モード〉はそれをエネルギーに力を増す。


「追いつけるもんなら、追いついてみやがれッ!」


 四本の脚と八本の蔦を使い、更に速度を増す。

 それを見て黒いケンタウロスも脚に力を込める。

 地下深い坑道で、〈カグツチ〉と〈カグツチ〉のレースが始まった。


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Tips

◇スイーツショップ〈ハニーハイロゥ〉

 地上前衛拠点シード01-スサノオの商業地区に看板を掲げる、小さな洋菓子店。蜂蜜に拘った、優しい甘さのスイーツを数多く揃え、その品質の高さからファンも多い。

 一日限定82個のスペシャルハニーカップケーキは、開店3時間前から長蛇の列ができるほどの人気商品。

 店主はまだ見ぬ新たな蜂蜜を探して、調査開拓員の協力を求めているようだ。


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