第427話「おいしい話」
〈カグツチ-植物獣モード〉の操縦席から顔を出すと、無数の視線が周囲から集まった。
BBCが後方警戒を担当していたようで、ずらりと並んでいる人影の殆どが三角形のネコ耳を付けている。
「にゃあ。ずいぶんと遅い到着だったねぇ」
その中から一人、いつもと変わらぬ微笑を浮かべたケット・Cが歩み出る。
彼は〈カグツチ-植物獣モード〉の足下までやってくると、背中にいる俺を見上げる。
「ちょっと構造的に無理したせいで、駆動系のプログラムに時間が掛かったんだ。植物戎衣も予定より多く乗せることになったしな」
「にゃるほど。それで、そんな奇妙なデザインに」
〈カグツチ-植物獣モード〉は、元々人型だった〈カグツチ〉がブリッジ姿勢をとった状態で四足歩行している。
更に背中――植物獣モードの時は腹側から伸びる“八つ首葛”が補助足として機能し、体側に取り付けた“噴出瓜”によってジェット機のような推進力を得ている。
両手足にある“割れ毒壺”から流れ出た毒液を潤滑剤とすることで、ある程度なだらかな地形なら文字通り滑るように移動することが可能だ。
「レッジ! また、やらかしたね」
ケット・Cに向かって〈カグツチ・植物獣モード〉の装備を説明していると、前方から見知った顔がやってくる。
眉間に皺を寄せ、肩を怒らして歩くラクトたちだ。
「ああ、ラクト。他の皆も。遅くなったな」
「遅くなったな、じゃないよ! 何やってんの!?」
「何って、ただちょっとだけ〈カグツチ〉を改造しただけだが」
俺がやったのは、〈カグツチ〉の姿勢制御プログラムを書き換えて、出力系と駆動系を少し弄って、植物戎衣の装備上限を解除して、全体的なエネルギー配分を調整したくらいのことだ。
ちなみに、その過程で〈鉄神兵団〉が仕込んでいた“
「改造っていうより、魔改造ね。アマツマラがまた泣くわよ」
「そうだ。レティは何してるのさ」
思い出したようにラクトがレティの名前を呼ぶ。
「レティならここにいるぞ」
俺は足下に視線を向ける。
コックピットの中も無理矢理拡張して、ギリギリ二人が座れる複座式にしていた。
「ら、ラクトぉ~! た、助けて下さいぃ~」
コックピットからレティの声が聞こえる。
その言葉にぎょっとしたラクトが、〈カグツチ-植物獣モード〉の脚を登って、コックピットの所までやってきた。
「レティ!?」
「あぅぅ」
そこにいたのは、両足と腰をがっちりとシートに固定され、もぐもぐとハンバーガーを食べながら泣いているレティだった。
彼女のシートの周りには、ペーパーラップに包まれたハンバーガーと紙カップに入ったコーラが山のように積み上げられている。
更に拡張したとはいえかなり狭い空間に、カミルとスサノオと白月まで詰まっているのだから、なかなか異様な光景だ。
「ええ……。何やってんの、レティ」
「ぐすっ。〈カグツチ〉へのエネルギー供給です」
レティの言葉に、説明しろとラクトが俺の方へ視線を向ける。
俺はどこから話したものかと考えつつ、レティがコクピットに拘束されている理由を語った。
「まず、〈カグツチ〉に乗ってると腹が減る」
「は?」
ブリザードのような視線に晒される。
流石は氷機術師だ。
「落ち着け。ちゃんと最初から話してるだけだ」
「……続けて」
半信半疑といった様子だが、こちらが話さないことには何も進まない。
周囲のBBCメンバーたちも耳を傾ける中、俺は再び口を開いた。
「〈カグツチ〉に乗ってると腹が減る。これは、〈カグツチ〉の稼働エネルギーに、搭乗者の八尺瓊勾玉で生産されるLPが使われるからだ」
「なるほど。それでレッジは補給所でごはん食べてたの」
「ま、そういうことだ」
ラクトは俺が補給所でホットドッグを食べていたのを覚えていたようで、ひとまず納得がいったと頷いた。
「そんで、この〈カグツチ-植物獣モード〉は色々無茶をしてる」
「なんとなく分かるよ。体勢とか、体中の葉っぱとか」
「あとは純粋に出力の自動セーブ機能を取っ払って、元々の120%くらいの速度を出せるようにしてる。だから、まあ、ハチャメチャにエネルギーを喰うわけだ」
そこまで話せば、ラクトや他の面々も分かってきたようだ。
「つまり、増加したエネルギー消費量を賄うために、レティにごはん食べさせてたってこと?」
「そういうことだ。俺は操縦に集中する必要があるしな。ハンバーガーとコーラは、俺のストレージにあった食べ物の中で一番カロリー効率が良かったから選んだだけだけど」
「か、可哀想に……」
確かになかなか酷い光景ではある。
俺もこの方式に決めるまで色々と葛藤した。
「でも、コックピットの形式とかはレティとも相談した上だぞ」
「ふーん? ……ふーーん」
ラクトが首を傾げ、コックピット内部を見る。
操縦を担当する俺の座席が前方で、レティが座るエネルギー供給者用の座席が後方少し上、と言う位置関係だ。
とにかく小さな空間に無理矢理押し込むため、レティの足の間に俺の頭が嵌まるような形になっている。
「ふーーーーん」
「な、なんですか、ラクト」
「いや、別に」
何故かラクトの機嫌が悪くなる。
彼女もコックピットに座ってみたいのだろうか。
「確かにラクトの方が小さいし、エネルギー効率的に言えば最適解か……?」
「ちょ、レッジさん!? ら、ラクトはあんまり沢山食べられませんし、やっぱりレティが適任だと思いますよ!」
「それもそうなんだよなぁ」
この〈カグツチ-植物獣モード〉の機動力は、健啖家というのもおこがましいほどの大食いができるレティのエネルギー供給があって初めて成立する。
彼女以外の、普通の胃袋しか持っていない人では、途中でそれ以上食べられなくなって〈カグツチ〉も動けなくなってしまう。
コックピットを拡張する代わりに、高性能なエンジンでも積めればいいのだが、俺にそこまでの技術もスキルもない。
まあ、深層洞窟に辿り着くまでの一時的な改造ということで許して貰いたい。
「まあ、そういうわけで色々改造してたら遅くなった。ただここからはちゃんと足手まといにならずについていけると思うから、そこは任せてくれ」
当初5分の予定だった改造時間を30分まで引き延ばしたことで、大幅に機動力は上がっている。
ハンバーガーとコーラの在庫もまだまだあるし、レティの胃袋もまだ余裕だろう。
今後はメルたちの破壊的な侵攻にもついていけるし、なんなら前に出て露払い的な仕事もできるはずだ。
「ふぅん。なかなか面白いことになってるね」
噂をすればなんとやら。
後方での騒ぎを聞きつけたのか、メルたちが〈カグツチ-植物獣モード〉の前までやってくる。
彼女は蔓に覆われた〈カグツチ〉の足をするすると登ると、コックピットから上半身を出す俺と同じ目線で立った。
「やあ、メル。待たせたな」
「本当にね。5分って話はどこにいったんだか」
置いていって正解だったよ、とメルは皮肉たっぷりに肩を上げる。
そして彼女はコクピット内をじっくりと舐めるように見渡して、レティが座る後部座席に視線を定めた。
「あ、あの、メルさん?」
無言で自分の方を見てくるメルに、レティが居心地悪そうに身を捩る。
安全のためとは言え拘束具を着けられたまま、周囲にジャンクフードを積んでいる光景は、冷静に見られると結構恥ずかしいようだ。
「うん。ワシが代わろう」
「はいっ!?」
「はぁっ!?」
唐突なメルの発言。
レティだけでなく、ラクトも目を丸くして驚いた。
もちろん、俺も例外ではない。
メルはこの集団の中でも随一の範囲殲滅力を持つ、進行の要だ。
そんな彼女を、〈カグツチ〉のエネルギー源として占有するのは馬鹿らしい。
「いっぱい食べられたらいいんでしょ。それならワシも自信がある。それに、レティよりも体が小さいからレッジも快適だよね」
「ちょ、ちょま、メルさん!? そんな」
「ハンバーガーはちょっと自信ないけど、カロリーの高さで言えばこっちの方がいいでしょ」
そう言ってメルはインベントリからアイテムを取り出す。
コクピット内にドサドサと落とされたのは、プリンやアイス、チョコレート、菓子パン、カステラ、饅頭、などなど。
見ているだけで胃もたれしそうな砂糖の山だった。
「前線で原生生物を焼くのにもちょっと飽きてきたからね。ここらでバトンタッチと行こうじゃないの。――それとも、〈白鹿庵〉にはこのあたりの階層でもちょっと辛いかな?」
トドメに挑戦的な言葉を投げれば、レティは一瞬で目の色を変える。
ぎゅっと拳を握りしめ、真っ直ぐにメルを睨み上げて啖呵を切った。
「いいでしょう。レティたちが深層洞窟までご案内差し上げますよ! メルさんはそこで指くわえて見てて下さい!」
「レティ、ほんとに良いのか?」
「もちろんです! ぎゃふんと言わせてやるんですから!」
シートから立ち上がり、コックピットから勢いよく飛び出すレティ。
彼女は既に臨戦態勢に入っているようで、もはや聞く耳も持たないだろう。
「くふふ。そういうわけだ。よろしくね、レッジ」
「……はぁ。まあ、いいか」
するりとコックピットへと入ってくるメル。
彼女は幼い顔立ちには似つかわしくない、厄介な笑みを浮かべていた。
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Tips
◇三種のチーズのチリペッパービーフ四枚重ねベーコンエッグハンバーガー
三種のチーズと、チリペッパーソースの100%ボーンオックスビーフパティ四枚、分厚いベーコンとトローリ半熟卵を乗せた、ビッグボリュームなハンバーガー。
食べ応えたっぷり、カロリーたっぷりのジャンクな一品。ネジの錆も落ちそうな程の脂を、刺激的なコーラで洗い流そう。
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