第426話「手足纏う」

 第20層の補給所を出発したメルたちは、文字通り烈火の如き勢いで原生生物をなぎ倒しながら猛進していた。

 十分な量の触媒を補充したメルと〈七人の賢者〉の面々は、機術師の真髄である火力を取り戻したのだ。


「『燃え広がる大火の海原』」


 炎が坑道を呑む。

 熱波が岩壁を焼き、肉を焦がす。

 牙を剥き、果敢に飛び掛かってきた原生生物は、一瞬にして焼け焦げる。


「『混濁する激流』」


 地面に倒れた原生生物を、膨大な鉄砲水が押し流す。

 後に残ったしぶといものも、電撃や石礫によって打ち倒される。


「ひゃぁ。機術師の頂点はやっぱりすごいね」


 火と水と風と岩と雷が飛び交う戦場を見て、ラクトが驚嘆の声を漏らす。

 彼女も機術師として活動しているだけあって、メルたちの技術の高さをより直接的に実感していた。

 状況に応じたアーツの取捨選択から、詠唱の速度と正確さ、そして互いの行動を完璧に把握した上での連携。

 まるで精緻に組み合った歯車のように、〈七人の賢者〉は滑らかに動いていた。


「でも、ほとんどの原生生物がドロップ取れないくらい損傷しちゃうのは勿体ないわね」


 ラクトの隣で、暇そうにしていたエイミーが言う。

 〈七人の賢者〉の連携攻撃は凄まじく、彼女たちの仕事が無くなるほどの勢いだ。

 しかし、特にメルの猛火は原生生物の体すべてを焼き尽くすため、ドロップアイテムの回収ができない。

 運良くミオたち他の機術師によって仕留められた原生生物も、殆どは損傷が激しく、低級のドロップアイテムしか落とさなかった。


「まあ、今回は速度重視の戦法だからでしょう。メルさんたちも、普段からこういう狩りをしているわけではないと思いますよ」

「それはそうでしょうけど」


 トーカの言葉に、エイミーは曖昧に頷く。

 〈白鹿庵〉では、いつもレッジが貧乏性を発揮して、わざわざ足を止めてでも解体しアイテムを回収することが多い。

 ここまでの道中も、レッジが回収できない代わりにエイミーが集められるものは集めていたのだ。


「レッジたちはいつ頃合流できるんだろうね」


 補給所で別れた仲間のことを思い、ラクトが言う。

 彼女たちがあの場所を発って、すでに30分程度が経過している。

 5分と言っていた割には、随分と遅い。


「また何か馬鹿な事をやってるんでしょう。ああいう暴走だけは、レティでも止められないだろうし」


 少し呆れた様子でエイミーが肩を竦める。

 もうそれなりに付き合いの長い彼女たちは、またレッジが変なことを考えているのだろうと、薄々予感していた。


「一応、後方の人に伝えておきますか」

「そうだねぇ。もしボスっぽいクリーチャーが来ても、落ち着いてプレイヤーか確認してって言わないと」


 ラクトもトーカも、すでに〈カグツチ〉が原型をとどめたまま現れるとは、欠片も思っていなかった。

 せめて後方を警戒しているBBCのメンバーに、無駄弾を撃たないように忠告しておこうと、彼女たちは一団の後ろへと下がる。

 どうせ前に居ても、〈七人の賢者〉の活躍によって彼女たちにやるべき事も無かった。


「お疲れ。特に異常はない?」

「あ、〈白鹿庵〉の皆さん。こっちは暇なモンですよ。前は自動で処理されてくし、リポップ前に進んじゃうんで、後ろから襲われることもほとんど無いし」


 ラクトが気さくに声を掛けると、黒革の長靴を履いた猫型ライカンスロープの一団が耳をピクピクと揺らして答えた。

 彼らは武器も鞘に納め、退屈そうにしているようだ。


「あはは。前線は〈七人の賢者セブンス・セージ〉の独壇場だもんね。ケット・Cも暇そうにしてたよ」

「あの人はいっつも暇そうにしてますよ。ていうか、忙しくするのが嫌いなんだ」


 彼らはBBCの中でも社交的な部類らしく、ラクトとの世間話にも柔やかに応じる。

 逆にそう言った交流を好まないBBCメンバーもおり、彼らはラクトたちの訪問を遠巻きに眺めていた。


「それで、何か用事でも?」

「ええ。そろそろウチのレッジたちが戻ってくると思うんだけど」


 エイミーが本題を切り出すと、猫の青年もなるほどと頷いた。


「大丈夫ですよ。見逃したりしませんって」

「いや、そうではなくて――」


 少しズレたことを言う青年に、トーカが訂正しようと口を開く。

 しかし、彼女が言うよりも早く、激しい声が上がった。


「背後から原生生物!」

「とと。タイミング悪いな。すんません、ちょっと行ってきます」


 仲間から報告に耳を立て、青年は後頭部に手を当ててラクトたちに謝る。


「あ、ちょ――」


 焦るラクトが手を伸ばすも、優秀なBBCの青年は機敏な動きで後方へと飛び出していく。

 彼だけではない。

 他のBBCメンバーも歴戦の猛者として、瞬く間に表情を変えて報告の挙がった場所へと急行している。


「ねえ、ラクト」

「いやまだ分かんないから。ほんとにネームドとかが襲ってきてるかも知れないから」


 半分諦めたような顔で言うエイミーを、ラクトが焦りを浮かべて遮る。


「敵の外見は?」

「四足歩行。全身を青い甲殻で覆っています。ひぃっ!? き、キモっ!?」


 後方から声が上がる。


「なんだアイツ!? 初めて見るエネミーだぞ!」

「一人じゃキツそうだな。ガウス、レストア、スマッシュ、行くぞ――エクストリームアタックだ!」

「うわぁ!? 対象の腹から触手が!」

「前衛は警戒しろ! 後衛は火力を集中させるんだ!」

「ひ、く、来るな! うわぁぁあああっ!」

「このっこのっ! なんで、どうして効かないんだ!?」

「そもそもHPゲージが表示されない! どうなってんだ!」


 入り乱れる悲鳴。

 後方からの戦闘音が、だんだんと近づいてくる。

 それが鮮明になるにつれて、ラクトたちの表情も曇っていく。


「どうします?」

「どうせいくら撃っても、フレンドリーファイアにはならないしねぇ」

「とりあえず、レティはなにしてるのよ」


 薄暗い坑道の奥に、エフェクトの煌めきが走る。

 その中に浮かび上がったのは、青い甲殻を全身に纏わせた、凶悪なクリーチャーだった。


「絶対に本隊には触れさせないぞ」

「ここで足止めしろ!」


 BBCのメンバーたちが雨のように斬撃と銃弾を振らせるも、その四本足の獣じみたクリーチャーは悠然と立っている。

 当然である。


「クソッ! ケット・Cさん呼んでこい!」

「俺、坑道攻略したら故郷の幼なじみと結婚するんだ……」


 それはよく見ると、まるで人型の何かがブリッジ姿勢をとったかのような、歪な体つきをしていた。

 全身は濃い緑色で覆われ、下腹部からは蠢く触手が伸び、どす黒い紫色の粘液を滴らせている。

 それは足下にやってくるBBC部隊を踏み潰さないように、よたよたと不安定になりながら歩いていた。


「にゃぁ。また、面倒なことになってるねぇ」

「あ、ケット・C。来てくれたんだね」

「ワンチャン、ほんとにネームドかも知れなかったしねぇ。あ、僕はネコチャンだよ」


 仲間からの迅速な通報により現れたケット・Cは、落胆を隠すことなく言った。

 彼が付け加えた一言を、ラクトたちは涼しい顔で流す。


「とにかく、無駄なリソースの消費は良くないよね。そもそも、タゲロック系の技が使えない時点で、察せないといけないよ。――全員、止まれ」


 ケット・Cの言葉が坑内に響く。

 その瞬間、果敢に飛び掛かっていたBBCメンバーたちが体を硬直させた。


「にゃぁ。まずは冷静に相手を見ないとね。敵か味方か、ちゃんと判別してから、爪を出した方が良いよ」


 ゆっくりと歩きながら、ケット・Cが言う。

 彼は仲間たちの視線が集まる中、毒液を流しながら佇む大きなクリーチャーの前に出る。


「ほら、レッジも。もうちょい平和的に登場できたんじゃない?」


 その言葉に、周囲へざわめきが広がる。

 彼らが信じられないとクリーチャーへと目を向ける。


「――いや、すまん。こんなに歓迎されるとは思わなくてな」


 クリーチャーの背中が勢いよく開く。

 全身を覆っていた蔦が千切れ、青い甲殻が外れた。

 そこからひょっこりと顔を現したのは、ラクトたちの予想通り、暢気な笑みを浮かべるレッジだった。


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Tips

◇死体の状態

 原生生物を仕留め、皮や肉などを獲る際には、死体の状態が重要になります。刺し傷などが多くなるほど、皮の品質は下がり、限度を超えると入手自体が不可能になります。

 良質な原生生物素材を得るためには、より少ない傷によって短時間で仕留めることが重要になります。

 また〈狩人〉系のロールに就いていれば、獲物の状態をより詳細に把握し、上手く仕留めることも可能でしょう。


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