第425話「足手まとい」
簡易補給所は第20層の奥、“赤脚のカリヤ”の巣を出た先にあった。
坑道の側面を掘り広げて作った空間に、沢山のコンテナが積み上げられており、ショップ店員NPCが数人と、俺たちよりも先に辿り着いたプレイヤーが10人ほどいる。
「少し休憩ですね。物資を補充して腹ごしらえもしましょうか」
「やったー! って、わたしたちは殆ど何にもしてないんだけど」
コンテナに囲まれた広場の中心には、椅子とテーブルが幾つか揃えられている。
レティたちは早速そのうちの一つを確保し、歩き疲れた足を休めた。
メルたち機術師はようやく触媒のナノマシンパウダーを補充できたからか、安心した様子だ。
「〈カグツチ〉の姿が見えないな」
仮設の売店で売っていたホットドッグを囓りながら、広場を見渡す。
俺が乗ってきた〈カグツチ〉が広場の隅で駐機姿勢をとっている以外には、他の機体の姿は見つからない。
ここで休んでいるプレイヤーたちは、みんな徒歩でやってきたらしい。
「本来、〈カグツチ〉はトロッコを牽引する役目がありますからね。今の段階でここまでやって来ている方は、攻略メインの戦闘職でしょうし」
「なるほど」
「トロッコがここまで到達したら、補給所の品揃えとか値段も良くなるんじゃないかな。今だとランクⅤナノマシンパウダーが一つ40ビットもするんだよ」
財布が一気に寂しくなった、とラクトが悲しみに暮れる。
どうやら地上から供給するのにコストがかかるからか、商品の値段が倍近く跳ね上がっているらしい。
「メルたち、十分な量は補充できてるのかね」
「あまりワシらを見くびらないでもらいたいな」
「うわっ!?」
スキル構成上、彼女たちの触媒消費量は物凄いことになっているだろう。
そう思って言葉を零すと、いつの間にか背後に立っていたメルが口を開いた。
「これでも一応、トッププレイヤーと呼ばれてるんだ。資金はそれなりにあるよ」
「そうだったのか。機術師は資金繰りが大変なイメージがあったんだが」
機術師は金が掛かる。
アーツを撃つだけでもナノマシンパウダーを必ず消費するし、アーツチップも強力なものはそれなりに高い。
ステータスも重要だから、装備にも手を抜けない。
何をするにも金が掛かるため、初心者には機術師をおすすめしないと明言しているプレイヤーもいるくらいだ。
「そりゃあまあ、駆け出しの頃はそれなりに苦労したよ。でも、どこかのレッジみたいに節操なく手を出してるわけでもないからね。装備の更新とレアチップの競売以外だと、本当に触媒を買うくらいでしかお金を使わないから、今は収入の方が圧倒的に上回ってる」
どうだすごいだろう、と言わんばかりにメルは胸を張る。
そんな彼女を、〈七人の賢者〉の仲間たちが呆れた顔で見ていた。
「メルってば格好付けちゃって。自分でお金持ってるとすぐにスイーツに使っちゃうから、エプロンが全部管理してるくせに」
「ライム! 余計なことは言わなくて良い!」
仲間に背後から撃たれ、メルは顔を真っ赤にする。
トッププレイヤーといえど、常に気を張っている必要は無い。
甘い物が好きなら、自由に食べて良いと思うのだが。
「この子、この前なんか私たちに黙ってえぷろんどれすに行ってたんですよ」
「おおっ! えぷろんどれすですか。いいですよね、あのお店」
ミオの暴露話を聞いて、レティが嬉しそうに耳を立てる。
同志を見つけたような顔をしているが、彼女のようにあの店のバカげたメニューを頼むようなプレイヤーがそうそう居るはずもない。
「“えぷろんどれす完全武装ぱふぇ”はとても美味しかったよ」
「あれ美味しいですよね!」
バカげたプレイヤーがいた。
その時のことを思い出しているのか、至福の表情を浮かべるメルに、俺も呆れた目を送る。
「メルがあんなの頼むから、その日の稼ぎが全部、消えちゃった」
悲しそうな顔でヒューラが言う。
「マジかよ。アレ、そんなに高いのか……」
物理的にも高いパフェだったが、金銭的にも高かったらしい。
基本的に自分で食べる分は自分で支払う方式をとっているため、レティがいくら使っているのか知らなかったが、彼女も随分と食に情熱とビットをかけているようだ。
「メルさん、今度一緒にグルメ旅行しませんか? サカオとか良いお店がいっぱいあるんですよ」
「いいねぇ。是非、誘ってよ」
ニコニコと楽しげに笑みを浮かべて話し合う二人。
この分だと、ただの道場破りになりそうだが。
「フェアリーの体のどこに、あの質量が入るんだか」
「あれは物理じゃなくて、気合いとかそういう問題だよ」
メルの小さな体を見て言葉を漏らすと、隣にやってきたラクトが答える。
実際の体に入るわけではないから、確かにその通りではある。
如何に自分の満腹中枢を狂わせられるかが、VRで大食いをする時の素質だと聞いたこともある。
「やあやあ。こっちは物資の補充も終わったよー」
そこへケット・CとBBCの一団がやってくる。
武器と防具を修繕し、アンプルや応急修理用マルチマテリアルを買いそろえ、腹ごしらえも終えたようだ。
「うむ。じゃあ出発しようか」
「え、もう出るのか?」
のんびりとコーヒーを飲みつつ、ホットドッグを食べていた俺は驚いて目を開く。
まだ補給所に着いて10分も経っていない。
周りもさぞ驚いているかと思ったが、レティたち含め俺以外の全員が粛々と立ち上がっている。
「先頭がまだ見えないからね。ここでのんびりしてる暇はないんだよ」
慌ててホットドッグを口に詰め込む俺を見て、メルが言う。
「先頭って……」
「もちろん。〈大鷲の騎士団〉だよ」
赤い瞳にメラメラと炎を浮かべ、メルは言う。
そういえば、彼女たちは誰よりも速くこのイベント下の坑道を攻略しようとしているのだ。
補給所には既に姿も見えない騎士団の後を追うため、ここで足踏みするわけにはいかない。
「ただでさえ、今回の騎士団はクリスティーナを中心に突破力を高めて、ニルマの指揮で
「それじゃあ、追いつくのは絶望的じゃないか?」
機械軍馬が牽引する戦馬車と徒歩では、圧倒的にスピードが違いすぎる。
「そうでもないさ。騎士団は現れた原生生物を倒しながら進んでいるけど、ワシらはその後を進める。騎士団に近づけば近づくほど、ワシらの戦闘負担は減るわけだ」
「なるほど。だから、少しでも早く……」
「うむ。距離が空くほど、ワシらには不利になるからね」
メルの目は真剣だ。
彼女だけではない、もちろん〈七人の賢者〉も、ケット・CやBBCの面々も、先頭を走る騎士団へ喰らい付こうとしている。
「……メル、ケット・C。5分だけ時間をくれ」
そんな彼女たちの思いを、今更ながらに実感した。
彼女たちについていくのなら、足手まといになってはいけない。
「5分か。少し長いね」
「そうだにゃあ。5分もあれば、騎士団はかなり進むと思うし」
難色を示す二人。
ならばと俺は提案を変える。
「それなら、俺はここに残るから先に行っててくれ」
「ええっ!? レッジさん、別れるんですか?」
俺の言葉に、レティたちが驚く。
彼女たちも出発の準備を進めていただけに、ショックだったらしい。
「レティたちはメルと一緒に行ってくれ。俺だけがここに残る」
「いったい、何をするつもりなの」
俺の顔を伺って、エイミーが言う。
彼女は、嫌な予感がするわ、と頬に手を添えた。
「俺たちの進行速度は遅い。ネックになってるのは、〈カグツチ〉だ」
コンテナの隣に膝をついた〈カグツチ〉を見る。
図体が大きいだけに、歩幅も相応に大きいが、歩くとなると結構遅い。
戦闘時はともかく、燃費を考えるとあまり速度が出せないのだ。
「だから、ちょっと弄ろうかと思ってな」
「ええ……」
『またアマツマラに怒られるわよ、アンタ』
レティがぽかんと口を開け、カミルまで腰に手を当てて眉を顰める。
「大丈夫。ちゃんと原型は残すさ」
「その言葉が一番不安ですね」
ともかく、メルたちの足手まといにならないようにするためには、〈カグツチ〉の移動速度をどうにかしないといけない。
幸い、補給所は〈取引〉スキルがあれば有料だがストレージにもアクセスできる。
「カミルは俺の側に居ないといけないよな」
『あぅ。スゥも、一緒にいる!』
スサノオが手を挙げて主張する。
「そ、それならレティも――」
「レティたちはメルと一緒に出発してくれ。戦力はいくらあっても足りないくらいだろう?」
「レッジさんはどうするんですか」
「んー、まあ、なんとかなるんじゃないか?」
最悪テントに引きこもれば命は無事だ。
そう考えて言うも、レティは不満げに頬を膨らませる。
「レティも残ります。レッジさん一人じゃ、カミルとスサノオちゃんは守れないでしょう」
「うぐ……」
なかなか耳の痛い指摘だ。
「なら、レティとレッジは後で合流だね。ワシらは先に進むよ」
「ああ。すぐに追いつくさ」
メルの呼び声で、ケット・Cたちも一緒になって坑道を歩き出す。
俺とレティはそれを見送り、早速〈カグツチ〉の方へと向き直った。
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Tips
◇臨時物資補給所
〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉第二フェーズでは、坑道内において物資の不足が予想される。そのため、第20層後方に簡易的な臨時の補給所を設置した。
補給所ではナノマシンパウダー各種、応急修理用マルチマテリアル、アンプルなどの必要物資の他、軽食などの精神的ケアを目的とした嗜好品も販売する。また〈取引〉スキルレベル40以上の調査開拓員に限り、300ビットで個人ストレージにアクセスできる。
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