第423話「狂人たちの共演」
ケット・Cがリーダーを務める〈
しかしケット・Cからしてマイペースな性格で、1パーティ以上の人数が集まる事の方が稀、という奇異な特徴を持つが故に、チームプレイや連携といった言葉は少々縁遠いものになっていた。
「ああっ! その百足は私の獲物だったろ!」
「こういうのは早い者勝ちだぜヒャッハー!」
テントを乗せ、両肩にフェアリーの少女を乗せた〈カグツチ〉の眼前では、猫同士が言い争う場面が幾度となく繰り返されていた。
鞭が飛び、剣が振られ、同士討ちの概念が存在していれば、一瞬で自滅しそうな空気である。
「止めなくて良いのか?」
俺はテントの上に腰掛け、文字通り高見の見物を決め込んでいるリーダーに声を掛ける。
すると彼は髭を指先で揺らし、暢気に笑った。
「なんで僕が止める必要があるのかにゃぁ。フィールドでの争いは、当人同士しか責任を持たないんだよ。僕、別にあの子たちとパーティ組んでるわけでもないし」
「なんだかねぇ」
ぷらぷらと揺れるケット・Cの黒い革のブーツが、カメラの視界に映りこむ。
言い争いながらも襲いかかる原生生物を倒し続けているBBCのメンバーたちも、彼と同じブーツを履いている。
たしか、物自体はさほど高価でも強力でもない普通のブーツだったはずだ。
それに、BBCオリジナルのデフォルメされた猫の焼き印が施されている。
「BBCって、そのブーツ以外に繋がりはないのか?」
「これ以外? そうだにゃぁ。猫が好きとか」
「そりゃそうだろうけどさ」
ハクオウが坑道を駆ける。
原生生物の波が突き飛ばされ、できた道に他のBBCメンバーが殺到していた。
何だかんだ言いながら、一応連携は取れているのか?
「BBCができた最初の理由って、騎士団とか他のバンドからの勧誘がウザかったメンバーが、アリバイを作りたかったからなんだよにゃぁ」
「ほんとに最初から名前だけのバンドだったんだな……」
「ま、案外そういうバンドを求めてた人が多かったってことだにゃぁ。バンドの加入理由にBBCのメンバーと遊びたいって言う人は基本的に弾いてるし」
BBCに入りたい人ほど加入が難しいというのは、なんとも不思議な話だ。
しかしそんな条件を課していてもこれだけの人数がいるというのも、またおもしろい。
「でも、BBC同士で固定パーティ組んでる奴もいるんだろう?」
前の方へ視線を向け、そこに鎧を着込んだ女性と機術師らしい男性のBBCメンバーを見つける。
二人は、他のメンバーとは違って互いに声を掛け合い、協力して原生生物を撃破していた。
「にゃぁ、そういうのもいるだろうね。一応、週に一度、参加を強制しない、緩い集会も開いているし。気の合う仲間がたまたまBBCで見つかっただけならオーケーだにゃぁ」
「緩いなぁ」
「ガチガチに固めて良いことなんてないからにゃぁ」
団長を中心に、団員の一人一人までが高度に連携し、全体として大きな生物のように動く、〈大鷲の騎士団〉とは対照的な性格のバンドである。
「BBCの中じゃぁ、僕は仲間思いな方だよ。加入以来一度も、誰とも顔を合わせてないメンバーとか、そもそも初日以外ログインしてないメンバーとかいるし」
「それはBBCに入ってる意味あるのか?」
「外の掲示板なんかで話してたりするしにゃぁ。BBCに入ってる理由は人それぞれなんだにゃぁ」
そういってケット・Cは大きく口を開いて欠伸をする。
イベントの最前線であるというのに、暢気なものだ。
「レッジさーん、そろそろ階層主の巣ですよー」
足下から、レティが振り返って叫ぶ。
俺も〈カグツチ〉を歩かせているだけで、他の仲間が道を開いてくれるため、現在地を確認するのを忘れていた。
いつの間にか、もう20層の最奥にまで来ていたらしい。
「20層の階層主は何だったかね」
「“赤脚のカリヤ”だよ。錆鉄百足の親玉」
wikiを開くまでもなく、〈カグツチ〉の肩に座ったラクトが答えてくれる。
そういえばそんな名前の原生生物もいた気がするな。
「にゃぁ。それじゃ、少しくらいは働いておこうかにゃぁ」
おもむろにケット・Cが立ち上がる。
彼は腰に佩いた双剣に手を伸ばす。
道中、ずっと兜の上でサボっていた彼も、ようやくやる気を出したらしい。
地上から向けられる、BBCメンバーからの刺々しい視線に耐えきれなくなった、という説も有力だが。
「抜け駆けは許さないよ。ワシも混ぜて貰おうか」
そこへ、メルが口を挟む。
「メルは触媒あるのか?」
「いよいよ少なくなってきたから、ミオとミノリからも根こそぎ奪ってきた。百足の一匹くらいなら戦えるよ」
見れば、〈カグツチ〉の足下では青髪と緑髪のフェアリーがリーダーに向かってブーイングを投げている。
本当に仲は良いんだろうか。
「チームプレイは苦手なんだけどにゃぁ……」
「どうせそれぞれが好き勝手に動くだけだよ。そうだ、せっかくならレッジも戦わないかい?」
「ええっ、俺か?」
メルの突然な誘いに驚く。
しかし、よくよく考えてみると今後もこのまま進むなら、戦いの場は限られる。
ずっと操縦席に籠もっていても肩が凝るし、何よりせっかくついてきているカミルやスサノオに格好いいところを見せてやりたい。
「よし、そういうことなら」
「くふふ。決まりだね」
〈白鹿庵〉〈
第20層の階層主“赤脚のカリヤ”は、三つのバンドのリーダーが引き受ける。
「ええっ!? レッジさんがメルさんとケット・Cさんと戦うんですか? レティも……」
「すまないな、レティ。あのボス、三人用なんだ」
「そんな話聞いたことないですよ!」
「まあまあ。レッジもたまには動きたいでしょうし、やらせてあげたら」
エイミーに諫められ、レティはしぶしぶ引き下がる。
エイミーには今度何かお礼をしなければ。
「じゃあレッジ、準備はいいかい?」
第20層の最奥、大きく開いた洞窟の入り口に、ケット・Cとメルが立つ。
〈カグツチ〉から降りた俺も、急いで二人の隣に並んだ。
『レッジ、ほんとに大丈夫なの?』
背後から心配する声が掛けられる。
振り返ると、カミルとスサノオが白月の隣に立っていた。
「大丈夫だよ。そこでゆっくり見ててくれ」
『あぅ。スゥ、待ってる』
スサノオがしっかりと頷く。
それを見て、カミルも覚悟を決めたようだった。
「レッジ、そろそろ行くよ」
「はいはい」
メルに呼ばれる。
背後に大勢の仲間を残し、俺たち三人は、一斉に洞窟の中へと飛び込んだ。
「『闇払う炎の大輪』」
初めに仕掛けたのはメル。
彼女が紡いだ
それは水平に回転しながら飛び出し、広い洞窟を隅々まで照らす。
「うひぃ」
オレンジ色の光に照らされたのは、自然に形成されたゴツゴツとした岩肌。
それを覆い尽くして蠢く、無数の百足。
鉄錆のような赤褐色の甲殻を互いに摺り合わせ、ジャリジャリと音を立てている。
「中央、奥。基本位置だ」
「にゃぁ」
そして、洞窟の奥。
光を反射して、赤い眼が煌々と輝いている。
大きく体を持ち上げるのは、通常種を遙かに超える巨大な体を持つ、老齢の鉄錆百足だ。
無数に並ぶ足は赤く、大きな顎が重い音を響かせる。
“赤脚のカリヤ”は、巣に立ち入った三人を見て、怒りの咆哮を上げた。
「レッジは雑魚の処理をお願い」
「ええっ。俺もデカいのと戦いたいんだが……」
「戦える時に、戦える敵と戦うのが一番だ――にゃぁ!」
力強く岩を蹴り、ケット・Cが駆け出す。
「盗爪流、第三技、『衣裂き』」
三枚刃の特殊な形状をした双剣が引き抜かれ、一瞬にして六つの斬撃がカリヤを襲う。
余韻も何もない、唐突な開戦の狼煙に、向こうも一瞬驚きの色を目に浮かべていた。
「あのやろ、抜け駆けしやがったっ!」
「にゃははっ! 早い者勝ちだよー」
四方八方から襲いかかる鉄錆百足を、目にも止まらぬ神速の斬撃で吹き飛ばしながら、猫が笑う。
「――『焼き尽くし、悉くを滅ぼす、無限の煉獄』」
直後、彼諸共洞窟の全てを炎の大波が飲み込んだ。
虫を焼き、カリヤの体に纏わり付く。
「にゃぁぁああああっ!? なーにを巻き込んでるんだい!? ヒゲが焦げるところだったよ!」
ギリギリの瞬間に高く跳躍し、洞窟の天井から垂れ下がる鍾乳洞に掴まったケット・Cが抗議の声を上げる。
「くふふ。安心しなよ。同士討ちは
それを聞いたメルはどこ吹く風で、盛大にうねる炎を大きく回す。
「風牙流、一の技、『群狼』」
風が吹く。
地面で焦げ付く百足の骸を薙ぎ払い、炎の海を割って、カリヤまで至る道を作り上げる。
「早い者勝ちって言ったな。なら、俺がアイツにトドメを刺してやる!」
「にゃぁ!? レッジまで卑怯だよ!」
「抜け駆けした奴に言われる筋合いはない!」
炎龍が空を駆ける。
斬撃が炎を切り裂き、百足の足をそぎ落とす。
槍が百足を貫き、毒血が吹き出すのも構わず持ち上げる。
「うわぁ……」
「レティ、あの戦いに参加しなくて正解でした」
「なんであの三人、あの中で生きてるんだ?」
「ケット・Cの斬撃、どう考えてもおっさん巻き込んでるだろ。なんで直前で避けてんだよ」
「メルの攻撃、ケット・Cさんの邪魔にしかなっていないのでは?」
オーディエンスが何か騒いでいる。
だが、それを気にする余裕はない。
獲るか、獲られるか。
俺たち三人は、互いに競い合って大百足の首を狙っていた。
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Tips
◇『焼き尽くし、悉くを滅ぼす、無限の煉獄』
四つのレアアーツチップからなる上級アーツ。
広範囲に渡って広がる炎が、その範囲内に存在する全ての原生生物を倒すまで燃え盛る。超高火力の炎によってあらゆるものは焼き尽くされ、後には灰と炭しか残らない。
発動中、LPを急速に消費し、ランクⅤナノマシンパウダーを1秒ごとに3つ消費する。
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