第422話「猫たちの集会」

 メルたち〈七人の賢者セブンス・セージ〉を仲間に加えた俺たちは、張り切って地下坑道の第20層を目指して進んでいた。

 全員が機術師である〈七人の賢者〉は、異色のパーティではあるが、それぞれの技量とお互いの連携力が極めて高く、純粋に強い。

 メルの圧倒的な火力で出てくる蟻を全て焼き尽くし、ミオの水流が押し流す。

 強力なネームドエネミーには単体火力の高いライムやミノリがあたり、敵からの攻撃はヒューラがことごとく受け止めていく。

 それでも防ぎきれない攻撃も、瞬時にエプロンが癒やしてしまう。

 全員が湯水のようにLPを消費する点を除けば、非常にバランスの良いパーティだった。


「ひとまず敵はワシに任せなさい! くふふふっ!」


 地下坑道第18層。

 メルが胸を張り、緋色のローブを翻す。

 横に払われた手の動きに従って、坑道の奥から現れた影縫い蜘蛛シャドウ・タランチュラの一団が燃え滓に早変わりした。


「むぅ。納得いきません……」


 高らかに笑うメルを、レティが頬を膨らませて見上げていた。


「何が納得いかないんだ?」

「メルさんが〈カグツチ〉の上に登ってることですよ。レティも登ったことないのに!」


 レティはブンブンと鎚を振り、その勢いで鉄錆百足をひとまとめに吹き飛ばす。

 そんな彼女を、メルは〈カグツチ〉の肩の上から見下ろした。


「くふふ。そちらのラクトだって肩に乗っているじゃないか。遠距離から攻撃できて、LPを大量に消費するワシら機術師は、ここに陣取るのが一番合理的なんだよ」

「それは、そうですけども」


 メルの挑発的な言葉に、レティが唇を噛む。

 別に機術師だから〈カグツチ〉の肩に登らなければならない理由はないし、実際にメル以外の〈七人の賢者〉のメンバーは〈カグツチ〉の足下に陣取っている。

 タンクを務めるヒューラなどは、LPを回復し次第、最前線であるエイミーの隣まで出ているくらいだ。


「レティもメルも、そんなに自分で歩きたくないかね」

「多分そういうことじゃないと思うよ……」


 操縦席でぼやく俺に、ラクトが微妙な表情で答える。

 他にどういう理由があるのかと尋ね返すと、曖昧な言葉ではぐらかされた。


「ていうかメル、景気よくアーツを使ってるが、触媒は残ってるのか?」


 ドッカンバッカンと敵が現れるたびに大爆発を起こしているメルに尋ねる。

 彼女たちと行動を共にした理由の一つは、彼女たちが持つ触媒の量が少なくなってきたからだったはずだ。

 それに対してメルはすんと澄ました顔で頷く。


「エプロンもヒューラも〈白鹿庵〉のおかげで仕事が減ったからね。彼女たちが持っていた触媒を分捕っ――譲って貰った」

「ちゃんと仲良いんだろうな?」


 メルの言葉に若干の不安を覚えつつ、話を続ける。


「触媒が切れる前には言ってくれよ。レティたちもすぐに動けるように気をつけてはいるだろうが」

「分かってるよ。ワシらも伊達にトッププレイヤーと言われている訳ではないからね」


 そう言ってメルは手を軽く振る。

 業火の龍が飛び出し、坑道の天井から飛び下りてきた刃翼蝙蝠ブレードバットの群れを一掃した。


「実際、エプロンはレッジのテントのおかげでかなり仕事が減った。ヒューラも、タンク業の半分以上をエイミーが肩代わりしてくれている。ライムや三日月は手数型だから、触媒の消費量が多い。だから、ワシやミオやミノリに触媒を再配分する方が良いと判断しただけだよ」

「なるほど。ちゃんと考えてるんだな」

「ワシ、レッジたちよりもずっと強いんだからね? 分かってるかい?」


 思わず言葉を漏らすと、メルが憮然とした顔をカグツチの顔にあるカメラアイに寄せてきた。

 操縦席のモニタいっぱいに、彼女の顔が大きく映る。

 タイプ-フェアリーのプレイヤーは外見が幼いから、知らない間に引っ張られてしまう。

 気をつけなければ。


「ラクトも大人なんだよなぁ」

「な、なに、突然……」


 知らず言葉を零し、ラクトに困惑される。


「いや、ちっちゃいからさ。ついつい、子供相手にしてる気持ちになっちまうなって思って」

「わたしはもう良い大人だよ。ビールだって飲めるもん」

「そっかぁ」

「ほんとに信じてる?」


 懐疑的な目を向けてくるラクトに、何度も頷く。

 とりあえず彼女は社会人だったはずだし、レティやトーカたちよりはいくつか上だろう。

 リアルの事はあんまり聞かないから俺の推察になるが、自分に一番年齢が近いのはエイミーのはずだ。

 年齢が分かるタイプの話題も結構通じるし、恐らく――


「レッジ? 何か言った?」

「何でもない!」


 遙か前方でエネミーを殴り飛ばしていたエイミーが、クリスタルワームの首を締め上げながらこちらを振り向く。

 薄い笑みに背筋を凍らせ、慌ててブンブンと首を振った。

 MMOでリアルの事を詮索するのは野暮である。


『みんな、止まって』


 その時、先行していたミカゲから声が掛かる。

 俺は彼の声色に覚えがあった。


「もしかして……」

『うん。また、プレイヤー』


 その言葉に俺たちは顔を見合わせる。

 メルたちも肩を竦め、坑道の奥から戻ってくるミカゲを待った。

 案の定、しばらくして坑道からは複数の足音が近付いてくる。

 そうして闇から姿が現れないうちに、ライムが耳をピクリと動かした。



「にゃぁ。こんなところで出会うとは、奇遇だね!」「ケット・C! それに、子子子とハクオウも」


 現れたのは、陽気な声の猫型ライカンスロープ。

 黒く丈の長い革のブーツを履き、ツバ広の帽子を目深に被っている。

 短いマントを翻し、腰に双剣を佩いた彼は、〈黒長靴猫BBC〉のリーダーだった。


「ヤァ。〈白鹿庵〉と〈七人の賢者セブンス・セージ〉とは珍しい取り合わせだね」


 ケット・Cの側には、同じく猫型ライカンスロープの女性が立っている。

 カウガール風の装いをした彼女は、神秘的な存在感を放つ大きな白馬、ハクオウの手綱を握っていた。

 彼女だけではない。

 ケット・Cの背後には、三角形の耳をピンと立てた猫型ライカンスロープの集団がずらりと並んでいる。

 彼らは服装こそ千差万別だが、唯一足下だけは、黒い革の長靴で揃えられていた。


「自由人の集まりであるBBCがこれだけ勢揃いしている方が、ワシとしては驚きだけどね」


 メルが眼を細め、猫の集団を見下ろして言う。

 それを聞いたケット・Cは髭を震わせて笑った。


「にゃぁ。別に僕が号令掛けて集めたわけじゃないよ。全員、ソロで潜ってたら偶然出会っただけさ」

「相変わらず面倒くさい習性をしてるねぇ」


 メルが呆れた様子で肩を竦める。

 BBCは猫型ライカンスロープ限定のバンドで、個々がトッププレイヤーとして高い技量を持つことで有名だ。

 しかし、猫らしい自由な気風を持つおかげでBBC同士でも集まって行動を共にすることは珍しかった。

 今回、偶然出会ったというケット・Cの言葉もあながち間違いではないのだろう。


「それで、レッジたちはどうして一緒に行動してるんだい?」


 興味深げに髭を撫でて尋ねるケット・Cに、俺は簡単に事情を説明する。

 すると彼は青い目を大きく開いて、ニコニコと笑みを浮かべた。


「なるほど! そういう事なら僕たちも隊列に加わっていいかい?」

「俺は構わないが、BBCのメンバーはいいのか?」

「たまには大人数と足並みを揃えることもして置いた方がいいからにゃー。それに、きっとレッジたちと一緒に行く方がおもしろいことになりそうだ」


 〈カグツチ〉の方を真っ直ぐに見上げて言うケット・C。

 彼の背後の仲間たちも、自由気ままなリーダーに呆れながらも、それに頷いていた。


「ここまで来ているBBCの皆さんなら、戦力的にも十分以上でしょうしね。レティは歓迎しますよ」

「ワシらも別にいいぞ。触媒が無くなった後に代わりに戦ってくれる人員が居るのは、喜ばしいことだからね」


 レティたち、メルたちもあっさりとBBCの加入を認める。


「にゃぁ。じゃあ決まりだね。ゴールまでよろしく頼むよ」


 ケット・Cは嬉しそうに髭を震わせ、早速〈カグツチ〉の頭の上、兜の上まで駆け上った。


「あの、ケット・C? なにやってるんだ?」

「何って、僕はか弱い軽装戦士だからにゃー。こうして守って貰おうかと」

「攻撃なんていくらでも躱せるトッププレイヤーが何言ってんだよ!」

「にゃはははっ!」


 テントの上でブラブラと足を揺らし、軽快に笑うケット・C。

 単身でヴァーリテインの討伐も果たしたゴリゴリの実力者のくせして、何がか弱い軽装戦士だ。

 〈カグツチ〉で何とか掴んで引きずり下ろそうとするが、どうにもすばしっこくて掴まらない。

 しばらく格闘していると、どこからか投げ縄が飛び出してきて、瞬く間にケット・Cの身柄を拘束した。


「すんませんね、ウチのリーダーが。ほら、キリキリ働くよ!」

「にゃぁああ……」


 投げ縄の主、カウガールの子子子がテンガロンハットを浮かせて頭を下げる。

 彼女は簀巻きにしたリーダーを、無慈悲に前線へと引きずり出した。


「うーん、自由だ……」

「自由、なのかなぁ」


 その光景を見て、ラクトが不思議そうに首を傾げていた。


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Tips

◇『燃え盛る龍の顎』

 三つのアーツチップからなる上級アーツ。

 超高温の炎で構成された龍を生み出し、その顎で立ちはだかる全てを咬み砕く。

 発動中、LPを急速に消費していく。


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