第421話「七人の賢者」

 地下坑道第16層。

 俺たちは、ブラックアーミーアントが地面を覆う、地獄のような坑道を進んでいた。


「あはははっ! どんどん蹴散らすよ!」


 銀鱗の魚の群れが空中を泳ぎ、無差別に蹂躙していく。

 『空泳ぐ銀スカイシルバー・鱗の群魚チェイスフィッシュ』で蟻を轢きながら、ラクトが無邪気に笑う。


「LP使い放題だからって調子に乗ってますね」

「触媒は有限なんだから、考えて使って欲しいんだけど」


 ラクトが討ち漏らした蟻を各個撃破しながら、レティたちが言葉を零す。

 この階層のような大群を相手にする場面では彼女たちよりラクトのアーツの方が輝く。

 テントのおかげでLPにほぼ制限が無くなったこともあり、俺たちは快調に進んでいた。


「エンム戦はレティたちに任せて貰いますからね!」

「分かってるよ。そんなに何回も言わなくて良いから」


 鎚を掲げて叫ぶレティに、ラクトは少々うんざりした様子で頷く。

 ラクトが大物を全て一掃してしまうため、レティは随分と鬱憤が溜まっているらしい。

 彼女はラクトのアーツの猛攻から抜け出した黒蟻を、力一杯叩いて吹き飛ばす。


『止まって』


 パーティが順調に進んでいると、突然ミカゲから声が掛かる。

 驚いた俺は〈カグツチ〉の足を止め、レティたちもその周囲に固まった。


「どうした?」

『ん、プレイヤー』


 ミカゲの報告に、思わず声を漏らす。

 平時ならともかく、イベント中の16層は随分と危険性が高くなっている。

 こんな所まで潜って来れているのは、かなりの手練れだろう。


「知ってる顔か?」

『うん。えっと――』


 ミカゲが遭遇したプレイヤーの名前を挙げるよりも早く、坑道の奥から業火が吹き荒れた。


「うわわっ!?」


 レティたちが驚く目の前で、ブラックアーミーアントが一掃される。

 ラクトの『空泳ぐ銀鱗の群魚』よりも遙かに広範囲を、一瞬にして焼き尽くした。

 後に残る蟻の死体は、どれも炭化して解体すらできそうにない。

 これほど高火力のアーツを使えるプレイヤーは、そう多くない。


「メル――〈七人の賢者セブンス・セージ〉か」

「くふふ。忘れられていないようで、安心したよ」


 闇の中から現れたのは、鮮やかな赤髪の少女。

 その髪色と容赦の無い破壊的なアーツを繰る姿から、“炎髪”の二つ名で呼ばれる、火属性アーツのトッププレイヤー、メルだ。


「ふぅむ。見掛けない顔……というよりは、少し面白い顔が見えるね」


 メルは俺の背後に体を隠すカミルとスサノオの方を見て、薄く笑う。


「社会見学みたいなもんだよ」

「くふふ。まあ、そういうことにしておこう。今更、レッジが何をやらかしていても、驚かないしね」

「まるで人がいつも何かやらかしてるように言うんじゃないよ」


 眉を寄せて反論すると、彼女は「違うのか?」と挑戦的な視線を返してくる。


「お久しぶりですね、〈白鹿庵〉の皆さんも」


 目を細くして会釈するのは、“流転”のミオ。

 後ろから顔を覗かせる他のメンバーも“風塵”“雷迅”“大壁”“慈母”と、それぞれに各種アーツ分野で名を馳せる、正真正銘のガチ勢だ。


「おお! 〈七人の賢者セブンス・セージ〉も来てたんですね」


 同じ機術師として彼女らを敬愛しているラクトが、〈カグツチ〉から飛び下りて駆け寄る。


「うむ。そのロボットの説明会も参加せずにスタートダッシュを決めてたよ」

「そうだったのか。残念だなぁ、俺の格好いい姿が見れたのに」

「ワシらが〈カグツチ〉に乗り込んだところで、何もできないからね。それよりもまずは坑道の踏破が先だ」


 大仰な動きで嘆く俺を冷めた目で見て、メルは言い切る。

 彼女たちにとってイベントの進行は二の次で、最優先すべきは強化された原生生物が跳梁跋扈する坑道を誰よりも早く進むことなのだろう。


「とはいえ、それがなかなか難しいんだよねぇ」


 機術師らしからぬ、ホットパンツとタンクトップというラフな服装で、両手にグローブを嵌めた褐色の少女が笑う。

 硬そうなオレンジ色の髪の上から伸びた虎のような耳が、彼女の表情に合わせてピコピコと揺れ動いた。

 活発そうな空気を纏う彼女は“雷迅”のライム。

 雷属性の〈攻性アーツ〉を扱う近接型機術師……だったはずだ。


「機術師はLPも触媒も沢山消費するからね。機動力があるわけでもないから、もう騎士団にもBBCにも追い抜かれちゃったよ」

「なるほど。フェアリーの方も多いですし、荷物の運搬もなかなか難しそうですもんね」


 レティの指摘に、彼女たちは一斉に頷く。

 猫型ライカンスロープのライム、ゴーレムのエプロンを除く、七人中五人がタイプ-フェアリーの少女だ。

 見た目には可愛らしいが、彼女たちは非力だ。

 更に言えば戦士職ならばBBを腕力に振るため、副次的に所持重量も増えるが、頭部に配分する必要がある機術師ではそれも難しい。

 メルも緋色のローブの上からリュックサックを背負っているが、それでもタイプ-ゴーレムの戦士職には遠く及ばないだろう。


「ひとまず、20層のボスを倒すところまで行けたらいいんだけどね」


 ひらひらとした緑色のローブを着た少女が言う。

 こちらも機術師というよりは、むしろアリエスと似た方向の、踊り子のような装いだ。

 彼女は、えーっと。


「三日月団子さんです。風属性の」

「助かる」


 そっと耳打ちしてくれるレティがありがたい。


「20層がとりあえずのゴールになってるのか?」


 三日月団子に向かって尋ねる。

 すると、何故か彼女たち〈七人の賢者〉だけでなく、〈白鹿庵〉からも呆れたような視線を送られた。


「えっと?」

「もしかして、レッジさん知らないんですか?」

「レッジは説明会に参加していた筈じゃなかったっけ。20層に中間点があるんだよ。そこまで行けば、触媒が補充できる」


 困惑する俺に、メルが丁寧に教えてくれる。

 どうやら危険度が上がった代わりに、イベント中は坑道の第20層に簡易のショップが出ているらしい。

 説明会でアマツマラが言っていたらしいが、生憎〈カグツチ〉の準備に気を取られて聞いていなかった。


「ということは後4層ね。行けそうなの?」


 エイミーが尋ねると、メルは曖昧な顔で肩を竦める。


「頑張って節約してギリギリといったところだね。少し体勢が崩れたりしたらちょっと怪しい」

「じゃあなんでさっき、蟻を焼き払って登場したんだ?」

「そっちの方が格好良いだろう?」


 むふん、と胸を張って言うメル。

 そんなリーダーを、背後の仲間が呆れた目で見ていた。


「メルさんも若干、レッジに似てる所あるよね」

「そうかぁ?」


 ラクトの漏らした言葉に俺は首を傾げる。

 俺はそんな、後先考えないようなことは……しないと思う。

 しないんじゃ無いかな。


「そういうことなら、〈七人の賢者セブンス・セージ〉の皆さんも一緒に行きますか?」


 トーカが一歩前に踏み出し、そう提案する。


「目的地は皆同じだし、いいんじゃないか? こうして出会ったのも何かの縁だし、わざわざ別れて出発する理由もない」


 俺が言うと、レティたちも頷いてくれる。

 それを見たメルたちは、ぱっと目を輝かせた。


「本当か? それはとても助かるよ」

「もちろん。レティたちとしても、メルさんたちが加わってくれると心強いですから」

「くふふ。持つべきものは頼れる友人だね」


 腕を組み、うんうんと頷くメル。

 彼女の背後では、エプロンたちがこちらに向かって頭を下げていた。


「話、おわった?」

「ああ。ワシらは〈白鹿庵〉と同行することになったよ」

「もう出発?」

「うむ。すぐに出る」


 メルの言葉で、俺たちをぐるりと取り囲んでいた壁が霧散する。

 落ち着いて話ができるように、周囲の原生生物を遠ざけ、堅固な壁で守ってくれていたのは、〈七人の賢者〉の一人、“大壁”のヒューラだ。

 スサノオに似た黒髪の少女は、消えた壁の向こうから襲いかかってきた黒蟻を、瞬時に展開した障壁で殴り飛ばす。


「エイミーに似てるな」

「そりゃあそうよ。私があの戦い方を参考にしてるんだから」


 小さな体からは想像できないほどの破壊力で敵を次々に殴り飛ばしていくヒューラは、一応〈七人の賢者〉のメインタンクだ。

 〈防御アーツ〉を巧みに使いこなすあの技術を、エイミーも多分に参考にしているらしい。


「では、進もうか」


 可愛い姿をして、強大な力を内包しているのはヒューラだけではない。

 堂々と胸を張って立つメルが、手に持った杖を振る。


「まずは景気よく。――『焼き焦がす蹂躙の火炎』」


 業火が坑道を駆け抜ける。

 オレンジ色の揺らめきを頬に映しながら、メルは得意げに振り向いた。


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Tips

◇『焼き焦がす蹂躙の火炎』

 四つのアーツチップを用いる上級アーツ。

 高熱の炎を広範囲に広げ、周辺一帯の敵を一掃する。

 純粋な火力による攻撃は、それ故に凄まじい暴力性を持ち、容易く群れを殲滅する。


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