第420話「兜の武者」

 レティが走る。

 星球が唸り、狭い坑内の壁をガリガリと削りながら、前方に並ぶロックワームを纏めて砕く。


「ハッハー! どんなもんです! 〈カグツチ〉の力を借りずとも、レティが道を開いて差し上げますよっ!」

「――『一閃』ッ!」


 爆風の中から現れたツインヘッド・クリスタルワームを、トーカの“冷刀・雪”が切り伏せる。

 二本の頭を同時に落とし、シャラリと音を奏でながら鞘に刀を納める。


「油断しないで。ネームドはともかく、ノーマルエネミーはいつもより湧きが早いですよ」

「も、もちろん分かってましたよ。トーカのことを信頼していただけです!」


 ぎこちなく言うレティに、トーカが肩を竦める。

 そんな彼女たちを飛び越えて、鋭く尖った氷の雨が原生生物の群れへと降り注いだ。


「『氷刃のアイスエッジ驟雨・スコール』」

「ほら、二人とも先に進むわよ」


 氷の雨の中、エイミーの打撃が炸裂する。

 彼女はロックワームを三頭纏めて吹き飛ばし、レティたちを前に促す。


「ぐぬぬ、やっぱりラクトの範囲攻撃はずるいですね」


 普段とは比較にならないほどの密度と間隔で現れる原生生物の大群を、レティたちは軽快に薙ぎ倒していく。


「うーん、本当に俺が空気だ」


 順調に坑道を進むレティたちを見下ろして、俺は操縦桿に肘をつく。

 仲間が優秀すぎて、やることがない。


『いいんじゃないの? 〈カグツチ〉の本分はトロッコの牽引なんだし』

「そのトロッコを、今は持ってないからなぁ」


 〈カグツチ〉の足下を歩くカミルに答える。

 たしかに彼女の言う通りではあるのだが、アマツマラからは原生生物の殲滅を命じられ、特例的にトロッコの運搬が免除されている。

 しかし、その原生生物の殲滅もレティたちが見つけた側から狩っていくため、完全にやることが無くなってしまった。


『あぅ。レッジ、格好いいよ?』

「格好いいだけじゃなんともならんのさ」


 黒いドレスを纏い、戦闘に巻き込まれないようにしているスサノオが慰めてくれるが、ただのオブジェでは意味がないのだ。


「レッジ、テント出してくれない?」

「こっちもLP回復したいわね」


 眼前で繰り広げられる圧倒的な殺戮劇を眺めていると、ラクトたちからそんな声が掛けられる。


「ここらで小休止するか。ちょっと待ってろよ」


 俺は〈カグツチ〉を駐機姿勢にして、胸部の操縦席から飛び下りる。

 レティに預かってもらっていたテントを組み立てれば、すぐに安全な休憩スペースの完成だ。


「はいよ」

「どうもどうも」


 “鱗雲”の中へ、レティたちが駆け込んでいく。

 俺は見張り役も兼ねて、テントの外壁にもたれ掛かってインスタントコーヒーで一服決めることとする。


「――平和だなぁ」


 “鱗雲”にパッケージされた機関銃が、襲いかかってきたクリスタルワームを撃退する。

 叫び声を上げて仰け反るワームの影から、岩喰い蛙が飛び掛かる。

 それは即座に射出されたシルバーストリングが絡み取り、そのまま闇の奥へと押し飛ばした。

 周囲はうんざりするほどの地獄だが、領域の中に入れば当面の安全は確保できる。

 〈野営〉スキルと〈罠〉スキルは随分とシナジーが高いのだから、もう少し流行ってもいいんじゃないかと思ってしまう。


「レッジさん、少し良いですか?」


 怪獣大戦争のミニチュアのような状況をぼんやりと眺めていると、テントの中からレティがひょっこりと顔を出した。


「どうした?」

「物資が心許なくて。もともと、トロッコに積まれた物資を目当てにしてたんですけど、それも無くなっちゃったので、どうしようかと」

「そういえばそうだったか。うーん、一旦帰ってもいいけどな」


 俺たちの現在地は地下坑道第13層。

 五層も下り、その間にリポップに時間の掛かるネームドも何体か撃破している。

 後に続くトロッコ隊に対しても、多少の貢献はできているはずだ。


「ええっ、もう帰るんですか?」

「まだ遊び足りないんだけどなぁ」


 そこへトーカとラクトも現れる。

 彼女たちの顔には、不満の色がはっきりとでていた。


「そう言われても、物資がないことには難しいです。レッジさんが〈カグツチ〉に乗っていると、テントも展開できませんし」


 レティが二人を諫めて言う。

 確かに、〈カグツチ〉に乗り込んでいる間はテントを展開できず、LPの回復もできない。

 それによって、ラクトやエイミーたちLP消費の大きいメンバーがアンプルを多く消耗する結果になっているわけだ。


「テントが展開できれば、まだ先に進めるのか?」

「もちろん。触媒はまだまだたっぷり持ってきてるからね」

「私も、マルチマテリアルは沢山持ってきていますよ」


 俺の問い掛けに、二人は自信ありげに胸を張って頷く。

 やはり、〈白鹿庵〉の弱点は燃費の悪さに集約されるようだ。


「触媒とマテリアルがあっても、LP回復手段が無いとダメなんですよ。ここから先はエネミーも更に強くなりますし、アクセサリーや自然回復だけじゃやっていけませんよ。ね、レッジさん」

「んー……」


 先に進みたいとごねるラクトとトーカを、レティが諫める。

 久しぶりに彼女が〈白鹿庵〉のサブリーダーであることを思い出しながら、俺はしばらく検討を続ける。


「レッジさん。……レッジさん? なんか考えてます?」

「おっ? レッジがまた何かやってくれるのかな」


 レティが怪訝な顔で、ラクトとトーカが期待に満ちた目で、共に俺の方を見る。

 俺は中でエイミーたちが寛いでいる“鱗雲”と、その後ろで膝をつき駐機姿勢をとる〈カグツチ〉を交互に見る。


「できても最小構成だな。……ラクト、LP回復速度はかなり落ちるが、それでもいいか?」

「“鱗雲”なら最低速度でも中級アンプル以上の回復量はあるはずだし、大丈夫だよ」

「ついでに範囲もかなり狭まる」

「ぴったりくっつけばいいだけでしょ?」


 任せて、と胸を叩くラクト。


「あの、レッジさん……」

「多分なんとかなる。とりあえず、やってみよう」

「あっはい」


 恐る恐る口を開いたレティにそういうと、彼女は仏頂面になって頷いた。

 無事にサブリーダーの許可も下りたことだし、早速やってみよう。


「エイミー、守りを任せていいか」

「もちろん。……何するの?」

「ちょっと色々」

「レッジの言う色々ほど怖いものは無いわねぇ」


 そう言いつつもエイミーはすぐさま盾拳を装備する。

 レティたちにも備えて貰い、スサノオとカミルの護衛を任せる。


「じゃ、行くぞ」

「はいっ」


 テントを撤収する。

 領域が解除され、舌なめずりする原生生物たちが一斉に襲いかかってくる。


『はぴっ!?』


 頭上から大きな影を落とすロックワームに、カミルが悲鳴を上げた。

 彼女の前に立ったエイミーが、その鉄拳をワームの頭に叩き込む。


「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型――」

「咬砕流、二の技――」


 トーカとレティが前に出る。

 二人は足並みを揃え、一気に得物を解き放つ。


「『百合舞わし』ッ!」

「『骨砕ク顎』ッ!」


 神速の刃が群れを断ち切り、巨星の鎚が押し潰す。

 景気よくLPを消費しながら、二人は動くもの全てを排除していく。


「『影縫い』『絡め糸』『呪縛縄』」


 それでも抑えきれず、猛攻を掻い潜ってやってきた原生生物もいる。

 しかし、それらは全て影を射止められ、四肢を拘束され、呪いの炎で焼け焦げる。

 敵の侵入を阻む妨害において、複数の対象を同時に相手することのできるミカゲは強力だった。


「さて、じゃあやるかな。――『野営地設置』」


 一度回収したテントを、再び設置する。

 今度は最小構成、一番サイズの小さい一人用テントの大きさで、各種罠も取り付けない。

 サイズが小さいだけあってすぐにテントは完成し、それを確認した俺は急いで〈カグツチ〉に乗り込んだ。


「ラクト、頼む」

「はいはーい。『氷の柱アイスピラー』」


 ラクトのアーツで、テントの下から氷の柱が伸びる。

 それは“鱗雲”を乗せたままぐいぐいと伸び、やがて〈カグツチ〉の頭と同じ高さになる。


「よしよし、じゃあ慎重に……」


 カボチャ頭を近づけ、八つ首葛を慎重に操作する。

 円錐形のテントを蔦で掴み、そのまま横にスライドさせる。


「よっと」

「いけた!」


 ラクトの歓声。

 八つ首葛の二本を使い、テントを頭に固定する。


「うわぁ、いけるもんなんですね……」


 〈カグツチ〉を見上げて、レティが言う。


「レティ、スクショ撮って送ってくれ」


 操縦席からは〈カグツチ〉の外観は見えないため、レティに写真を送って貰う。

 植物戎衣“纏い南京・青風”を纏う〈カグツチ〉の、カボチャの頭部に乗せられたテント。

 それは、武者の兜のように、しっかりと収まっていた。


「おお、兜を被っとる」

「は?」


 なんでもないです。


「こほん。どうだ、LP回復はできてるか?」

「結構範囲は狭くなってるけど、問題ないね。良い感じ!」


 操縦席から尋ねると、足下にやってきたラクトがぐっと親指を立てる。


「テントって普通動かせないものの筈なのに……」

「“水鏡”とか“鉄車”とか使ってるのに今更だろ。システム的に可能なら合法なんだよ」


 複雑な顔をするレティだが、彼女もちゃっかりとLPを回復させている。

 ともかく、これで物資の問題には目処がついた。


「レッジ、ちょっと手のひらを上向きにして地面に置いてくれない?」


 いざ進もうとした時、ラクトが言う。

 要望通り、〈カグツチ〉の手を地面に着けると、その上に彼女は飛び乗った。


「どうせ機術師は動かないしね。肩に乗せてよ」

「なるほど。そっちの方が高さの有利も取れるし、いいかもな」


 あまり激しい動きはできなくなるが、ラクトがアーツをぶっ放す方が殲滅力は高くなる。

 右肩に腰を下ろし、ぷらぷらと足を揺らす彼女は、普段とは違う高い視点で楽しげに笑っていた。


「う、羨ましい」

「流石に私たちが肩に登るわけにはいきませんよ」


 何か呟いたレティに、トーカが呆れている。

 話しながらも原生生物を吹き飛ばしているのは、流石と言うしかない。


「じゃあ、改めて出発するか」

「うん。レッツ、ゴー!」


 意気揚々と拳を突き上げるラクトの合図で、兜を被った〈カグツチ〉が歩き出す。

 それに随伴して、レティたちも坑道の奥へと進み始めた。


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Tips

◇インスタントコーヒー

 元々は行動中の軍人のために開発された嗜好飲料。香りや味は多少落ちるが、料理初心者でも、お湯さえあれば簡単に作ることができるお手軽な飲み物。キャンプのお供としても。

 10分間、LP回復速度が僅かに上昇。状態異常“睡眠”に対して僅かな耐性を得る。


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