第419話「破竹の勢い」
太い竹槍がプティロンの体へ突き刺さる。
その直前、老樹のような腕がそれを真正面から掴み、進行を阻んだ。
「なんのっ」
神速の槍でさえ遮られるのなら、それよりも多くの槍を突き込めば良い。
八つ首葛がしなり、槍を差し込む。
一度に四本、互いに角度を変えて勢いよく叩き込む。
しかし、
「か、硬いっ!」
「そもそもあの筋肉を貫けてないんじゃ、どれだけ槍を増やしても無駄だよ」
槍の一本を抱えたまま、プティロンは鋼の体で四本の追撃を迎え撃った。
如何に植物といえど、遺伝子操作によってその硬度は増している。
原種の鋼竹を遙かに超える硬さの槍を、彼はその肉体だけで完全に受けきっていた。
「レッジさん、気をつけて!」
レティの激しい声。
その直後、プティロンが攻勢に打って出た。
「ぐおっ!?」
槍を掴んだ腕を恐ろしいほどに膨張させ、持ち上げる。
両手で槍を掴んでいた〈カグツチ〉が一瞬ふわりと重量を失う。
「なんつー腕力だよ。ったく!」
八つ首葛の四本を坑道の上下に伸ばし、体を固定させる。
同時に、残りの八つ首葛を操り、プティロンの足を払うように薙ぐ。
まるで鉄筋の柱を打ったような痺れる衝撃が槍を伝って〈カグツチ〉の操縦席まで広がった。
白い歯を輝かせて悠然と立つプティロンに、思わず悪態をついた。
「『雷槍』ッ!」
プティロンが抱え込む槍に、紫電を纏わせる。
周囲を焼く一突きはさしもの偉丈夫も手を離す。
その隙をすかさず拾って追撃を叩き込む。
「『
“青風”の機動力から放たれる凶悪なエネルギー。
超重量と共に、槍をプティロンの胸に突き付ける。
「うおらぁぁっ!」
両腕で構えた槍が、プティロンの胸に刺さる。
しかし、それでも致命傷は与えられない。
プティロンは足で地面に溝を彫りながら、〈カグツチ〉の突進に真正面から抵抗している。
更に、その両腕の力を込め、もう一度槍を抱え込もうと動き出す。
「させるかっ!」
八つ首葛の槍を捨てる。
四本の蔦が真っ直ぐに伸び、プティロンの四肢に喰らい付く。
「これなら抵抗できないな?」
〈カグツチ〉は走り続ける。
両手両足を拘束され、完全に宙に浮かんだプティロンの胸元に太い竹槍の切っ先を突き付けたまま。
「おっと、そう藻掻くなよ」
空中でなおも抵抗するプティロンを、更に四本の蔦を追加して拘束する。
強靱な蔦の蛇は猛々しい咆哮も気にせず、容赦なく赤褐色の体を締め付けた。
「そろそろだな」
プティロンの背後を見て言う。
俺は槍を握る力を更に強め、口を開く。
「風牙流、四の技――」
『突撃槍』の効果はまだ切れていない。
〈カグツチ〉は風を纏い、衝撃波を広げながらプティロンと共に坑道を猛進している。
その身に宿したエネルギーは莫大で、解き放たれるのを今か今かと待ちわびている。
そこへ加えて、槍の切っ先に風を纏わせる。
一撃のために牙を研ぐ。
「――『疾風牙』!」
技の発動。
それと同時にプティロンの背が硬い壁に激突する。
坑道の曲がり角、硬い岩壁に激突したプティロンに、『突撃槍』の威力を乗せた槍が突き付けられる。
鋼の筋肉に食い込む切っ先。
そこへ間髪入れぬ追撃。
風の牙は深く食い込み、容赦なくその動脈を噛み切る。
「おらぁっ!」
強い衝撃。
岩盤が窪み、深い罅が放射状に広がる。
その中心に埋め込まれたプティロンは白目を剥き、胸元から太い竹槍を真っ直ぐに生やしていた。
「――ふう。なんとか貫けたか」
操縦席に身を沈め、胸を撫で下ろす。
十分な助走を付けた『突撃槍』の勢いと、『疾風牙』の貫通力、どちらが欠けてもあの肉体は崩せなかった。
クリスティーナの〈穿馮流〉なら、もっと上手くやれていたかも知れないが。
ともかく、出血ダメージによってプティロンのHPは猛烈な勢いで削れていく。
すでに八つ首葛の拘束を解く余力も残っていない。
俺は彼のHPが全て無くなり、命の灯火が消えたのを確認して、〈カグツチ〉から降りた。
「レッジさん! お疲れ様です」
「おお、倒したねぇ」
坑道の奥からレティたちが駆けてくる。
彼女たちは坑道の壁に突き刺さっているプティロンを見ると、口を開けて驚いた。
「すごい破壊力ですね。流石というか、何というか」
「プティロンの防御力も大概だったけどな」
「私の剣なら切れましたよ、きっと!」
トーカが〈カグツチ〉に対抗意識を燃やして言う。
彼女の言葉もあながち間違っていないとは思うが、ロボット相手にライバル意識を持つのはどうなんだ。
「とりあえずプティロンが倒せる実力は示せて良かった。この後はレティたちとも協力しながら進んでいこう」
「分かりました。レティも強化されたエネミーと戦ってみたいですからね」
ひとまず植物戎衣の威力を見せつけることはできた。
ならば、今後は栄養液の節約の為にも、レティたちと連携を取りつつ坑道を進む方がいいだろう。
レティも星球鎚を担いでうずうずとしているしな。
「よし、じゃあプティロン解体して進むか」
「おー!」
俺は身削ぎのナイフを取り出して、プティロンに敬意を示しながら突き刺す。
そうしてその素材を全て回収し、俺たちはまた坑道の奥へと進み出した。
†
〈アマツマラ地下坑道〉第16層。
そこは、蠢く蟲によって地面と床が覆われた地獄と化していた。
「大盾隊、前へ。再突撃に備えて現在地を維持」
顎を打ち鳴らして威嚇するブラックアーミーアントの大軍を、重装の大盾使いが一列に並んで阻む。
鉄壁の守りが人ほどの体躯を持つ巨大な蟻の猛攻を阻み、後方に下がった仲間を守る。
「音楽隊、防御演奏」
「了解。――『耐え忍ぶ岩亀の悲曲』」
フェアリーの少女が指揮棒を振る。
軍団の後方に整列していた団員たちが、それぞれの楽器を構える。
弦楽器が旋律を奏で、打楽器が韻律を刻む。
重く響く重低音が、一列に並んで防御を固める重装戦士たちを、更に堅牢なものにした。
「機術隊、範囲殲滅と状態異常を中心に。敵の動きを鈍らせろ」
大盾の背後から、無数の機術が燦めく。
氷の槍が、炎の鏃が、風の刃が吹き乱れ、猛進する蟻の浸蝕を鈍らせる。
毒沼が広がり、痺れる風が吹き抜け、灼熱が黒い甲殻を焦がす。
実弾と矢も混じり、それは面の暴力となって群れを押し止める。
「団長、突撃隊のリチャージ完了しました」
「分かった。アイ、まずはよろしく」
「了解です」
青い戦旗が翻る。
暗い坑内で輝く銀の鷹の下に、歴戦の強者たちが集う。
「総員、耳を塞げっ!」
その声で彼らは一斉に蹲る。
手の空いている者は必死に耳を閉じ、大盾を構えた重装戦士たちは若干絶望感の滲む表情で気合いを入れる。
「
不可視の波が広がった。
小さな少女の喉から生み出された爆音は、坑内に反響するたびに勢いを増していく。
それは重く響く鐘の音だった。
邪悪なものを祓うように、透き通った爆音が、ブラックアーミーアントの群れを薙いでいく。
「音楽隊、突撃演奏。突撃隊、進めッ!」
叫びながら、身振りで命令を下す。
聴覚の麻痺した団員たちも迅速に反応し、長槍を構える。
彼らの先頭に立つのは、体に沿ったラバースーツを着て、濃緑のケープを纏った長髪の女性。
彼女は特別に長い槍を構え、いつでも走り出せるように足を地面に食い込ませていた。
「盛大に奏でますよ。『勇ましき騎兵の軍歌』」
高らかにラッパが鳴らされる。
シンバルが盛大に打ち付けられ、角笛が広く響き渡る。
魂を揺さぶるようなメロディが流れ、突撃隊は激しく気炎を上げる。
彼らの前に立つ長槍の女が声高に叫ぶ。
「穿馮流、一の蹄――『地駆け草薙ぐ赤き駿馬』」
猛々しい馬の嘶き。
彼女は重装の大盾を飛び越えて、戦場へと躍り出る。
彼女に続く突撃隊の長槍も、大音量の圧迫で麻痺した蟻を蹴散らし活路を開く。
「僕らも続くよ! 『
鋼鉄の
手綱を引く少年の声で、六頭の機械軍馬が一斉に走り出す。
それと同時に、重装戦士も大盾を背中に戻し、歩き出す。
「ふぅ。喉がヒリヒリします」
「すまないな。こういう場所だとアイの
「分かってますよ。でも、少し急ぎすぎじゃないですか? 後続とは5層分くらい突き放していますし、少しのんびりしてもいいと思いますけど」
副団長の提言に、金髪の青年は爽やかに笑う。
「確かに、BBCも〈
「眠らない兎は亀より遙かに速い。でも、息切れしては本末転倒では?」
「アイ、俺たちの背後にいるのは亀じゃないよ」
首を傾げる少女に向かって、騎士団長は笑う。
しかし、その瞳は数秒前とは大きく色を変えて、真剣なものになっていた。
「俺たちを追っているのは、猟犬よりも恐ろしい――首狩りの兎だよ」
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
原生生物死ぬほど強化されてて笑えない
◇ななしの調査隊員
なんで黒爪モグラに苦戦してんですかね
◇ななしの調査隊員
これもしかしてカグツチで戦うの前提の難易度になってたりする?
◇ななしの調査隊員
トロッコ壊れましたァ!
◇ななしの調査隊員
10層すらいけないんだが!!
◇ななしの調査隊員
阿鼻叫喚で草
◇ななしの調査隊員
市場組は暢気でいいよなぁ
野次馬チャンネル見て笑ってるだけだもんなぁ
◇ななしの調査隊員
お前らがトロッコボコスカ粉砕しまくるから物資供給追いついてねぇんだよ反省しやがれ
◇ななしの調査隊員
生産広場は地獄ぞ
◇ななしの調査隊員
シード足りなくなりそう
◇ななしの調査隊員
アンプルめちゃくちゃ高騰してて笑いが止まらん
◇ななしの調査隊員
カグツチで殴り殺せばええやん
◇ななしの調査隊員
できるもんならやってみろって
普通にキモいくらい難しいから
◇ななしの調査隊員
おっさんが教えてくれてるだろ
◇ななしの調査隊員
プティロンを触手プレイしながら持ち上げてそのまま壁に串刺しにする奴、参考になるわけないだろ!
◇ななしの調査隊員
てかカグツチでも流派技使えるんだな
なんか使えないもんだと思ってた
◇ななしの調査隊員
おっさん、なんか確証あって使ってたのかな
◇ななしの調査隊員
てかBBCとか七人の賢者とかはカグツチ使わずに攻略してんだろ?
お前らほんと情けねえよな
◇ななしの調査隊員
こいつ一回坑道に置き去りにしたろか
◇ななしの調査隊員
規格外と比較されても困るんですが
◇ななしの調査隊員
結局いま一番奥まで行ってるのってどこ?
◇ななしの調査隊員
騎士団じゃない?
説明会にも参加せずに坑道出発してたみたいだし
◇ななしの調査隊員
馬のお姉さんが居るし、結構強引に進めるんだろうな
◇ななしの調査隊員
ダマスカス組合が無限に物資補給してくれるのめちゃくちゃ助かるな
流石大手だわ
◇ななしの調査隊員
そういえば鉄神兵団どこいった?
◇ななしの調査隊員
ぜんぜん見ないな
どうしたんだろ
◇ななしの調査隊員
勘の良いガキは
◇ななしの調査隊員
どっかで遊んでるんじゃ無い?
◇ななしの調査隊員
ゲームのイベント中に遊ぶな
◇ななしの調査隊員
ゲームは遊びじゃないんですか
◇ななしの調査隊員
プロメテウスとかはカグツチ改造しようとしてるらしいぞ
◇ななしの調査隊員
まじかよ・・・
_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/
Tips
◇『
静寂の夜に響く鐘の音。闇を払い、星を落とし、聖者の来訪を告げる。家に籠もっていても、深い眠りに就いていても、その打音はどこまでも響き渡る。
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