第418話「カグツチ出動」
諸々の準備を整えて、ゴンドラで〈アマツマラ地下坑道〉の第8層まで一気に降りる。
そこは左右が広く拡幅され、〈カグツチ〉が壁面のスタンドにずらりと並んでおり、息を呑むような壮観だった。
中央には大規格レールが敷かれ、トレーラーで牽引するような巨大トロッコが荷物を積み込まれながら、それぞれの出番を待っていた。
ゴンドラが終着点に辿り着くと、扉のロックが解放されて、乗り込んでいた人たちが一気に流れ出す。
俺たちもその動きに合わせて歩き出そうとしたとき、順路の側に見覚えのある赤髪を見つけた。
「あれ、アマツマラじゃないか」
『レッジたちも来たんだな。丁度いい』
プレイヤーの誘導と質疑応答をしていたアマツマラは、俺に気がつくと足早に駆け寄ってくる。
「〈鉄神兵団〉の取り調べは終わったのか?」
『終わってねェけど、それに取られる時間も余裕もねェよ。反省部屋で詰めてるあたしとは別のあたしが、こうやって出て来てンだ』
気怠げな表情で言うアマツマラ。
彼女たちは本体である〈クサナギ〉が生成した仮想人格なので、演算領域に余裕がある限りいくらでも自己を複製できる。
それを利用して、自分で手分けしてイベントを進めているらしい。
「なるほど、影分身……」
「ミカゲはそういうのになると敏感だな」
やはり管理者も忍者、などと覆面の下で呟くミカゲ。
彼も大概クセの強い少年だ。
『あたしのことはどうでもいいんだ。それよりも、少し頼まれてくれないか?』
「頼み事? また任務か?」
ずい、と顔を寄せてくるアマツマラに少したじろぎながら聞き返す。
すると彼女は腕を組んで低く唸った。
『特別任務にする程でもねェんだが、レッジたちに任せた方が効率がいいことなんだ』
「話だけは聞こうか」
レティたちに目配せして、少しだけ待って貰う。
アマツマラは俺を拝むように手を合わせ、早速事情を話し始めた。
『原生生物が、当初の想定よりも活発化してるんだ。さっきも“巌のプティロン”が低層に出てきてトロッコを半壊させやがった』
彼女は憎らしいと唇を尖らせる。
トロッコも少なくないリソースを投じて作り上げた特別製で、修理にはそれなりのコストが掛かる。
そうでなくとも、トロッコ一つ分だけ進行が遅れるのだ。
「護衛もついてますし、〈カグツチ〉自身も植物戎衣で戦力に加わってますよね? それでも抑えきれないほどなんですか?」
『問題は、大半の〈カグツチ〉が植物戎衣を扱い切れてないことだ。まあ、さっき出したばっかりの武器をすぐに使いこなせってのも酷な話だが』
アマツマラの言葉で納得がいく。
俺も植物戎衣の性能に関しては、製造者としてそれなりの自信を持っている。
しかし、扱うとなればまた話が別だ。
〈カグツチ〉自体の操縦にも慣れていない段階で、普段とはかなりスケール感の違う戦闘に投入してしまえば、逆に混乱しても不思議ではない。
アマツマラが〈カグツチ〉に最初から戦闘能力を付けようとしなかったのは、そのあたりの事情もあるのだろう。
『そんなわけで、レッジ。〈カグツチ〉を一機抑えてるからそれに乗ってくれ』
「俺が? いいのか?」
『そのかわり、植物戎衣を使って原生生物を迅速に排除してくれ。ついでに他の調査開拓員に植物戎衣の使い方も教えるような戦い方でな』
「また随分と無茶を言うなぁ……」
『誰のせいだと思ってンだよ!』
とはいえ、こちらとしても悪い話では無い。
俺もできることなら植物戎衣を纏った〈カグツチ〉を実戦で使ってみたいと思っていたのだ。
50機に増産されたとはいえ操縦者の倍率は高く、出遅れてしまっては、なかなか順番は回ってこないと諦めていたが、まさに僥倖である。
『とりあえず、トロッコの牽引はしなくて良い。第一目標は原生生物の排除、第二目標に植物戎衣の使い方を披露してくれればいい』
「了解。それならお安い御用だ」
アマツマラは期待を込めた目をこちらに向け、〈カグツチ〉のスタンドへと案内してくれた。
『アタシはもう乗らないわよ』
「分かってるよ。俺が乗るさ」
スタンドに直立して収まる〈カグツチ〉を見て、カミルが顔を顰める。
どうやらさっきの事がトラウマになっているらしい。
「じゃあ、レッジさんが〈カグツチ〉に。レティたちはいつも通りですね」
「一応メインはこっちだから、手出しはほどほどで頼む」
「了解ですよ」
レティたちとも簡単に打ち合わせして、俺は〈カグツチ〉へと乗り込む。
装備する植物戎衣は、“青風”と“猛槍竹”と“八つ首葛”の三つだ。
「やっぱ禍々しいですね」
「主人公機って感じは一切無いよね」
「格好いいだろ、カボチャ頭!」
足下で好き放題に言うレティたちに反論しつつ、歩き出す。
「スサノオとカミルの護衛は頼んだぞ」
「任せて下さい。レッジさんこそ、すぐにドック送りなんてならないで下さいよ」
そんな軽口を言い合いながら、俺たちはトロッコのレールに従って坑道の奥へと足を踏み入れた。
背後を見れば、見物がてらやってきたプレイヤーたちが少し距離を開けて付いてきている。
少しむず痒いが、彼らに植物戎衣を使った実戦を見せつけるのも、今回の目的の一つなので我慢しよう。
『レッジ、ブラックネイルモール、三体』
「はいよ」
偵察のミカゲから報告があがる。
俺は猛槍竹を構え、カグツチのヘッドライトを点灯させた。
薄暗がりから現れたのは、体格の良い赤褐色のモグラが三体。
黒光りする長い爪を掲げ、こちらに向かって威嚇している。
「よし、行くぞっ」
先手必勝。
見敵必殺。
太い槍を真っ直ぐに、まずは真ん中の個体へ向けて勢いよく突き出す。
「『雷槍』ッ!」
アリクイのように大きく腕を広げていたモグラの胸を、槍が貫く。
急所に大きな風穴が開き、HPが大きく削れる。
だが、向こうもそれでは終わらない。
「ととっ!?」
自分の胸を貫く槍を掴み、ぐいと力強く引いた。
重量において圧倒的な有利があるはずの〈カグツチ〉が、油断すれば倒れそうになるほどの膂力だ。
「こいつらも強化されてんのか」
“八つ首葛”を足のように使って踏ん張りながらも、驚きを隠せない。
どうやら通常の地下坑道と思っていると、痛い目を見ることになりそうだ。
「『旋回槍』ッ!」
穂先にモグラを刺したまま、槍を大きく回転させる。
通常でも広範囲に渡って攻撃できる便利な技だが、〈カグツチ〉のサイズになるとまさに一掃という言葉が似合う範囲殲滅技となる。
左右に立つモグラも巻き込み、そのまま坑道の壁に叩き付けた。
「『千枚通し』」
“青風”の機動力と“八つ首葛”の制動力によって、三体のモグラが一列に並ぶように回り込む。
彼らが起き上がるよりも早く、槍を勢いよく突き込む。
三体仲良く串刺しにしたところで、彼らのHPも削り切れた。
「よし、勝てたな」
多少の抵抗は許してしまったが、所詮はブラックネイルモール三体だけ。
瞬く間に撃破することができた。
ほんの準備運動程度だが、やはり〈カグツチ〉の圧倒的出力から放たれる破壊力は爽快だ。
「よし、どんどん行くぞ」
初陣で完勝し、気を良くした俺は竹槍を担いで更に奥へと進む。
その後ろをプレイヤーたちもぞろぞろと付いてきて、さながら大名行列のようだ。
『レッジ、気をつけて』
そんな空気に釘を刺すように、ミカゲから声が掛かる。
彼の声には僅かに緊張感が増している。
「何かいたか?」
『早速、本命。――プティロンが来た』
先行していたミカゲが、素早く〈カグツチ〉の背後まで戻ってきた。
緊張感は瞬く間に伝播し、坑道内は静まりかえる。
「随分と早い登場じゃないか」
暗がりの中から現れたのは、筋骨隆々の猛者。
二つ名の通り、巌のような体躯を見せつける、異形のブラックネイルモール。
「レッジさん……」
「とりあえず、俺に任せてくれ」
トーカが鯉口を切って前に出る。
彼女にとっては因縁の相手だが、まずは俺に任せて貰いたい。
プティロンの方も、俺――緑を纏った〈カグツチ〉に向けて赤い眼光を放っている。
「低層なのに、随分と鍛え上げてますね」
「30層くらいの絞り具合じゃない? ストイックだねぇ」
レティとラクトも油断なく臨戦態勢を整えながら言う。
プティロンは階層を深く進むほどに体を鍛え上げて立ちはだかる。
しかし、今の彼は、まだ10層にも到達していないというのに、その筋肉を大きく肥大させていた。
艶のあるチョコレートのような肌を見せつけるように、フロントダブルバイセップスを決めるプティロン。
彼の胸はエアーズロックのように膨れ上がり、グランドキャニオンのような谷が出来上がっている。
「いざ、尋常に――」
竹槍を構え、こちらも覚悟を決める。
それに合わせるようにあちらもサイドチェストへとポーズを変えた。
一発触発の空気の中、沈黙がその場を支配する。
「――参るッ!」
張り詰めた糸を断ち切るように、〈カグツチ〉が大きな一歩を踏み出す。
加速をアシストする“青風”により、万鈞の機体は一瞬でトップスピードへと至る。
「『雷槍』ッ!」
超加速のエネルギーの全てを乗せて、紫電を纏い放たれる竹の槍。
真っ直ぐに、その板金のような胸板を貫かんと、その切っ先が、鋭く尖って――
「ぐっ!?」
まるで鋼鉄と鋼鉄が打ち合ったような激しい音が、坑道内に反響する。
衝撃波によって坑道内の土がもうもうと舞い上がり、視界を一時的に覆い隠す。
天井に整備された空調システムがそれを洗い流した時、そこには悠然と立つプティロンの姿があった。
「さ、サイドトライセップス!?」
「絞りに絞った腹斜筋が、竹槍の切っ先を受け止めたんだっ!」
「まるで鬼の洗濯板――。敵ながらよくあそこまで仕上げたものです」
レティたちが口々に驚嘆の声を上げる。
白い歯を輝かせるプティロンの脇腹に、竹槍は突き込まれていた。
しかし、彼の強靱な筋繊維はその一撃を阻み、今もなお余裕の表情だ。
「槍の貫通力で抜けないか。まあいい、ここまでは想定してるさ」
しかし、俺とてこれで決められるなどと甘い考えは抱いていない。
「――『戎衣纏装』、“猛槍竹”」
〈カグツチ〉の背後から伸びる“八つ首葛”が首をもたげる。
蛇のように大きく口を開くそこに、太い竹槍を咥えた。
「や、槍が八本!?」
「元のを合わせて九本か。ずいぶんと賑やかだね」
足下でざわつく声がする。
“八つ首葛”はそれ単体でも十分な破壊力を持つ。
しかし、その真骨頂は腕の拡張にある。
槍が一本で足りないのなら、もっと増やせばいいじゃないか。
「これならどうだ?」
九本の槍を構え、筋肉モグラと対峙する。
余裕の笑みを浮かべていた彼も、野生の顔を覗かせる。
その先に言葉はいらない。
大勢が見守る中、俺たちは同時に駆け出した。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
おっさんがカグツチ乗って出発するぞ
◇ななしの調査隊員
マジか
見に行こ
◇ななしの調査隊員
植物戎衣の扱いが難しすぎるんじゃ
◇ななしの調査隊員
スケールが全然違うから、感覚が合わないんだよな
ミニチュア相手に戦ってる気分になる
◇ななしの調査隊員
なんか原生生物超強化されてない?
普通にいたいんだが
◇ななしの調査隊員
結構硬くなってるし、速くなってるし、痛くなってるな
低層でも結構苦戦するわ
◇ななしの調査隊員
プティロンにカグツチの腕もがれたんだが?
◇ななしの調査隊員
なむなむ
◇ななしの調査隊員
おっさんが完全武装ですね
見物人がめっちゃ付いてきてる
◇ななしの調査隊員
白鹿庵先頭にしとけば戦闘回避してトロッコはこべそうだな
◇ななしの調査隊員
お前ら、もっと自分で戦おうとおもわんのか
◇ななしの調査隊員
俺はいいよ
◇ななしの調査隊員
おれも別に・・・
◇ななしの調査隊員
おっさんの戦い方見れば参考になるかもな
◇ななしの調査隊員
初っぱなから黒爪三体か
◇ななしの調査隊員
うお、槍受け止めやがった
◇ななしの調査隊員
強くなってんな
◇ななしの調査隊員
がんばれー
◇ななしの調査隊員
野次馬が生放送してんな。ありがたい。
◇ななしの調査隊員
なんだあの機動力!?
◇ななしの調査隊員
うしろの蔦使ってめちゃくちゃな機動したな今
◇ななしの調査隊員
あの蔦って自動操縦じゃないのか
◇ななしの調査隊員
完全に手動操作してる感じだな
いや、こわ
◇ななしの調査隊員
まあDAFの件もあるし、おっさんならまあ
◇ななしの調査隊員
参考になりましたか?
◇ななしの調査隊員
いきなりプロテイン出てきたぞ
◇ななしの調査隊員
ええ・・・
◇ななしの調査隊員
まだ8層ですよ!?
◇ななしの調査隊員
これおっさんいけんのか?
◇ななしの調査隊員
おっさん、槍が9本に増えた
◇ななしの調査隊員
????
◇ななしの調査隊員
阿修羅かよ
◇ななしの調査隊員
違う宗教ですよ!?
◇ななしの調査隊員
え、もしかして8本の槍も全部手動操作?
◇ななしの調査隊員
脳焦げ付きそう
◇ななしの調査隊員
プティロンもよくあの初撃を受け止めたな
◇ななしの調査隊員
さあ、どっちが勝つか
◇ななしの調査隊員
カグツチ壊れたらまたアマツマラちゃんが泣くぞ!
_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/
Tips
◇八つ首葛
“蛇頭葛”を〈カグツチ〉で運用する目的で発展させた植物戎衣。〈カグツチ〉背部で発芽させることにより、八つの巨大な蔦を伸ばす。首の一本一本は強靱な蔦の複合体であり、非常に力が強い。周囲に対する自動的な攻撃の他、腕の延長線として手動で操作することも可能。
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