第417話「彼女にお洋服を」

 闘技場のエントランスに戻ってくると、レティたちが休憩エリアでテーブルを囲んでいるのを見つけた。

 てっきりもう坑道に潜っているものだと思っていた俺は、少々驚きながら、スサノオの手を引いてそのテーブルへと向かう。


「すまん、待っててくれたのか」


 広いテーブルの上には、もはや見慣れたホットスナックの山が積み上がっている。

 その向こう側から顔を覗かせ、レティは耳を動かした。


「おかえりなさい。案外早かったですね」

「〈鉄神兵団〉の方に余罪が芋づる式に見つかってな。あっちの研究開発班にも事情聴取するって話で、俺は解放された」

「ええ……。何やらかしたんですか、あの人たち」

「敵にしがみついて自爆する機能とか、最寄りのツクヨミを撃墜してメテオとして敵に降らせる機能とか、複数の〈カグツチ〉の合体機能とか」


 俺が覚えている範囲で指折り数えながら並べていくと、トーカやラクトたちまで渋い顔になる。


「まさかレッジ以外にも、そんなことする人がいたなんて……」

「変わった人も居たものですねぇ」


 何故だか纏めて貶された気がする。

 ともかく硬い床の上で痺れた足を戻そうと、椅子を一つ借りて腰を降ろす。

 そこで初めて、スナックの影に隠れてカミルが座っていることに気がついた。


「あれ、なんでカミルがいるんだ? ワダツミに戻ったはずじゃ」


 困惑して言うと、彼女はスナックの山からポテトを一つ引き抜いてこちらを見る。


『バックアップセンターまで遠すぎて帰れないのよ。まったく、勝手に呼び出しておいて無責任なんだから』

「そういえばそうだったか、忘れてた」


 『メイドロイド招集』で呼び出したカミルは、俺の側を離れられない。

 その制約のせいでこの休憩エリア以上の場所に行けず、こうして帰りを待っていたようだ。

 レティたちが坑道に潜っていないのも、流石にカミルを一人で置いていくわけにも行かないと思ったからだろう。


「ま、レッジさんが居ないといつもの調子も出なかったでしょうし、レティは別に良かったですよ」

「わたしも、わたしも。もうレッジのテントが無いと生きていけないよー」


 さらりと気恥ずかしいことを言うレティ。

 ラクトもナゲットを摘まみながら頷く。

 俺も〈白鹿庵〉の一員として認められているのかと、少し目頭が熱くなる。


「せっかくだし、カミルも一緒に坑道潜らない?」


 ジュースの入った紙コップを握り、エイミーが言う。

 彼女の唐突な提案に、カミルはぎょっとして眉を引き上げた。


『嫌よ。今日はまだお掃除もできてないし』

「別に今すぐ掃除しないと別荘が木っ端微塵に壊れるわけでもないだろうに」

『でも、特殊開拓指令の真っ最中にアタシみたいな足手まといが行ったって……』

「第二フェーズは護衛がメインですし、別に関係ありませんよ。カミルが坑道に興味無いっていうなら、無理強いはしませんが」

『そ、そうは言ってないでしょ!』


 引き下がろうとするレティを、カミルが反射的に引き留める。

 彼女がはっと気がついた時にはもう遅い。

 俺たちは知らず、口元に笑みを浮かべていた。


「雪山の件で色々考えてるんだろうが、気にしなくて良いんだぞ。カミルが外を見たくて、俺たちにそれが手伝えるのなら、それ以外に何もないだろ」

『うぅ……。わ、分かったわよ。アタシのせいで全滅しても知らないからね!』


 諭すように言うと、カミルも吹っ切れた。

 彼女は勢いよく立ち上がると、鋭い視線と共に指をこちらに突き付けた。


『しっかり守りなさいよ!』

「はいはい。仰せの通りに」


 カミルの赤髪にぽんと手を置く。

 彼女は唇を噛んで何事か唸っていたが、すぐにまだ見ぬ坑道の方へと興味を向けていった。

 やはり彼女も、知らない場所への好奇心が強いらしい。


「じゃ、ちゃちゃっと片付けて出掛けましょうか」


 そう言って、レティが食べる速度を早める。

 瞬く間に、テーブルの上を占有していたスナックが消え去り、後には満足げに唇を舐めるレティと、それを戦慄の眼差しで見る俺たちだけが残された。


「相変わらず、物理法則に真っ向から喧嘩売ってる食べっぷりだな」

「食べ物が無駄にならないのは良いんだけどねぇ」


 ラクトと共にぼやきつつ、俺たちも立ち上がる。


「しもふりも連れていきますか?」

「流石にそんなスペースは無いんじゃない? トロッコに物資も積めるらしいし、お留守番してもらいましょ」


 ベースラインで準備を整え、リュックの中にアンプルやテントセットを詰め込む。

 俺たち以外にも坑道へ潜ろうと意気込むプレイヤーたちが多く、どこのショップも繁盛している。

 軍需を見込んだ商人たちも、色々なところに露店を出していた。


「カミル、防具って装備できるか?」

『メイドロイドの管理ウィンドウから渡して貰えれば装備できるわ。武器は、天叢雲剣を持ってないから無理だけど』

「防具がいけるならいい。これを着といた方がいいだろ?」


 ウィンドウにアイテムをドロップし、カミルに渡す。

 早速着替えた彼女は、驚いた様子で自分を見下ろした。


『これ……』

「“戦闘用侍女服バトル・メイドドレス”って言うらしい。いわゆる、コスプレ防具の類だが、いつものメイド服よりは防御力上がるしいいだろ」


 彼女に着せたのは、濃茶の落ち着いた色合いをしたロングスカートのメイド服だ。

 白いエプロンとフリルが可愛らしいが、スカートの側面には深いスリットが入っていて、戦闘時の激しい動きにも対応できるようになっている。

 流石に金属鎧などには敵わないが、カミルが普段着にしているメイド服よりは防御力もある。


『アンタ、まさか新しいメイド服って……』

「流石にこれはノーカンだ。新しいのは追々、カミルの要望を聞きつつ作って貰うさ」

『ふん。――ならいいわ、ありがと』


 そうは言いつつ、カミルはこのメイド服も気に入らないわけではないらしい。

 スカートを摘まみ上げ、ゆらゆらと体を揺らして笑みを浮かべている。


『あぅぅ。レッジ、スゥも……』


 それを見たスサノオが、くいくいとブラストフィン装備のヒレを引っ張ってくる。


「スサノオも欲しいのか? でも管理者って機体自体がめちゃくちゃ頑丈なんじゃ――」

『むぅぅ』

「あの、農園で着てた作業着は――」

『むぅぅ』

「……そうだなぁ」


 正直、彼女が着ているワンピースより上等な防具などNPC製でもPC製でも無いはずなんだが。

 俺はしばらく悩みながら周囲を見渡し、ふと市場の一角に看板を出している露店に目を留めた。


「らっしゃい! って、うお、お、おっさん!? ウチに何の用だい?」

「そこのモグラの着ぐるみ、確か坑道の原生生物から狙われにくくなる効果とかあったよな?」


 店頭に並べられたマネキンが着ている装備を指さしていう。

 随分と可愛らしくデフォルメされているが、長い爪とヒゲが縫い付けられた、柔らかい布製の防具だ。

 裁縫師らしい男性は一度頷き、マネキンを持ってきた。


「おうよ! この“黒爪モグラの着ぐるみ”はヘイトが向きにくくなるぜ」


 誇らしげに男性が着ぐるみを叩く。


「よし、スサノオ。これなんてどう――」

『スゥ、お姉さんなんだけど!』

「そ、そっかあ……」


 視線を下げると、ふくれ面のスサノオと目が合う。

 どうやらお気に召さなかったらしい。


「レッジさーん、お待たせしました。って、何やってんですか?」


 そこへタイミング良くレティたちが戻ってくる。

 カミルに“戦闘用侍女服”を買い与えたところから簡単に説明すると、彼女たちは俺に向かって悲しい目を向けてきた。


「レッジ……」

「な、なんだよ」


 雨に打たれる捨てられた猫を見るような目を向けるラクトに、戸惑いを隠せない。


「お兄さん、隠密系の装備で、可愛い服ってありませんか?」

「そうだな。なら“影縫い蜘蛛のドレス”なんかがいいんじゃないか?」


 俺を置いてレティが裁縫師へと注文を出す。

 彼もそれに応え、すぐに新たなマネキンを持ってきた。

 それが着ているのは、胸元に蜘蛛の巣のようなアレンジが施された、黒いドレスだった。


「どうです?」

『あぅ。格好いいし、かわいい!』

「なら決まりですね。レッジさん、お会計です」

「お、俺が払うのか」

「当然じゃ無いですか。コレはレッジさんからスサノオちゃんへのプレゼントでしょう?」


 何を言っているんだと言わんばかりの目を向けられ、俺は素直に会計を済ませる。

 スサノオは早速受け取ったドレスに着替え、目をキラキラとさせてその場で回っていた。

 黒い髪や黒い瞳と統一感があって、白い肌が良く映えている。

 似合っていないと言えば、嘘になるのだが――


「いつもの黒いワンピースとそう変わらなぎゃっ」

「ほんと、そういう所よレッジ」


 ぼそりと呟いた言葉を言い終わらないうちに足を踏まれる。

 何をするんだとエイミーの方を向くと、彼女は呆れた顔で俺を見た。


「それじゃ、準備も整いましたし出発しましょうか」

「だねー。行こう行こう」


 そんな俺を余所に、レティたちはゴンドラの方へ足を向ける。

 ひとしきり新たな装いを堪能したカミルとスサノオもそれに付いていく。

 俺は足下で眠そうに欠伸を漏らす白月の額を撫で、ため息を吐く。


「お前だけだな、何も言わず付いてきてくれるのは」


 白い相棒にそう話しかけると、彼は腹が減ったと頭突きで訴えてきた。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

はじまりましたね第二フェーズ


◇ななしの調査隊員

荷物運びの時間だァ!


◇ななしの調査隊員

カグツチ応募倍率高すぎてわろ


◇ななしの調査隊員

50機だったのが48機になってないか?


◇ななしの調査隊員

デモンストレーションで壊れたの、あれマジで壊れてんのか


◇ななしの調査隊員

おっさんやっちまいましたなぁ


◇ななしの調査隊員

なあ、ベースラインにある倉庫にでっけぇ穴が開いてんだが


◇ななしの調査隊員

まじかよ


◇ななしの調査隊員

原生生物の襲撃?


◇ななしの調査隊員

そんな感じじゃ無いな

整備NPCが修理してた


◇ななしの調査隊員

あいつらもなかなか可愛いよな

都市メンテしてる作業中の見掛けたらつい見ちゃう


◇ななしの調査隊員

人型、てかフェアリーの女の子とかだったら可愛かったんだけどな


◇ななしの調査隊員

なんでや多足ロボ可愛いやろ


◇ななしの調査隊員

おっさんがきた


◇ななしの調査隊員

大河ドラマか?


◇ななしの調査隊員

いや、うちの店におっさんが来た

子連れで


◇ななしの調査隊員

そういや最近のおっさん子連れだったな


◇ななしの調査隊員

なんで誰も驚かないんだよ


◇ななしの調査隊員

おっさんだもんな


◇ななしの調査隊員

何買ってったの?


◇ななしの調査隊員

ドレス


◇ななしの調査隊員

おっさんが!?


◇ななしの調査隊員

別におっさんがドレス着るわけじゃないだろうよ


◇ななしの調査隊員

おっさんなら着かねないから驚いてんだよ


◇ななしの調査隊員

花嫁衣装着たガチムチゴーレム戦闘集団の例もあるしな


◇ななしの調査隊員

あれはもう一種のホラーだよ


◇ななしの調査隊員

普通に考えて子供用だろ


◇ななしの調査隊員

うん。子供用。

おっさんは最初、モグラの着ぐるみ選んでたけど却下されてた


◇ななしの調査隊員

あの趣味の悪いやつか?


◇ななしの調査隊員

妙に目が生々しいやつか


◇ななしの調査隊員

性能はいいんだよ。性能は。

なんでガチの生爪を縫い付けてるのかはよく分からんが。


◇ななしの調査隊員

見かねた赤ウサさんが来てドレス買ってくれた


◇ななしの調査隊員

夫婦じゃん


◇ななしの調査隊員

制裁じゃん


◇ななしの調査隊員

正妻


◇ななしの調査隊員

制裁でも赤ウサちゃんの場合さほどまちがっ


◇ななしの調査隊員

南無


◇ななしの調査隊員

結局その子供って誰なんだい?


◇ななしの調査隊員

スサノオって呼んでたよ


◇ななしの調査隊員

スサノオ?


◇ななしの調査隊員

スサノオ?


◇ななしの調査隊員

ふーん、雄々しいじゃん


◇ななしの調査隊員

スサノオってあのスサノオ?


◇ななしの調査隊員

管理者かぁ


◇ななしの調査隊員

だからなんで誰も驚いてないんだよ


◇ななしの調査隊員

正直そういう噂はあったし、おっさんならやりかねないなって


◇ななしの調査隊員

ブログでも明記はされてなかったけど普通に映ってた師なぁ


◇ななしの調査隊員

まあ、本人が何も言わんってことはわざわざ言うことでもないでしょってことで


◇ななしの調査隊員

ここまで聞いといてなんだけど、あんまり個人の売買情報とかださんほうがいいよ


◇ななしの調査隊員

ほんとに今更だが、それはそう


◇ななしの調査隊員

なあ、トロッコが半壊したんだが


◇ななしの調査隊員

プティロンが突っ込んできた


◇ななしの調査隊員

なんて?


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

戦闘用侍女服バトル・メイドドレス

 激しい戦闘を想定して作られたメイド服。見た目は古き良き正統派メイド服だが、素材に高靱性強化繊維を用いており、一定の衝撃を吸収する。

 機敏な立ち回りを阻害しないように、スカートの側面にはスリットが入っている。

 主人を守るのはメイドのたしなみ。スカートの下に隠した銃を引き抜いて、箒に仕込んだ剣を構えて、一陣の風と共に敵を排除する。楚々とした風貌に油断する事なかれ、その衣装を纏うのは従順なる番犬なのだから。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る