第416話「尋問は床の上で」
大アリーナのリング下に増設された昇降装置の控え室。
そこに転がるのは、栄養液が切れて植物戎衣が枯れたことにより、黒鉄の素顔を露わにした三機の〈カグツチ〉と、重々しい鎧を纏い、力なく横たわるもう一機の〈カグツチ〉。
そのうちの一機は右膝に大きな穴があき、一機は背部装甲がめちゃくちゃに拉げ焼け焦げている。
植物戎衣の開発目的の一つに、〈カグツチ〉の高額な修理費用を抑えるということがあったが、これは随分と高くつくだろう。
『で? 何か言うことはあるか?』
無残な姿を晒す〈カグツチ〉四機を背にして仁王立ちするアマツマラは、硬い床に正座するティックに向かって凍えるほど冷たい声を掛けた。
管理者の怒りを受けたティックは筋骨隆々の機体を震わせている。
「申し開きもございませぬ……」
なんとか絞り出した言葉を聞いて、アマツマラは大きくため息を吐いた。
『まったく。どっかのバカは依頼してない武器まで造りやがるし、それがあたしの知らない隠し機能に引っかかって大事なお披露目の場で発動するし。それを助けに来た奴も、あたしの知らない装備を〈カグツチ〉に着せてるし! どっから責めれば良いんだ、まったく』
「いやぁ、災難だったな」
『バカその1が言うんじゃねェよ!』
言葉の火炎放射を喰らい、静かに座り直す。
俺もまた問題児の一人として、ティックの隣に正座しているのだ。
『とりあえず、ルナティック☆ミポニテJKだったか』
「ティックとお呼び下さい。身内はみな、そう呼びます」
『じゃあティック。なんで隠し機能なんて仕込んでた』
アマツマラが事情聴取を始める。
それならせめてパイプ椅子にでも座らせて欲しいが、そう言える雰囲気ではない。
反省部屋に連行されていないだけマシと思おう。
「それはもちろん! ゆくゆくは〈カグツチ〉に乗り込んで戦うためです! 我ら〈鉄神兵団〉にとって〈カグツチ〉は日頃より絶え間なく積んでいた研鑽の賜物。それがただ土木作業、トロッコの牽引だけで役を終えて良いはずがありましょうか。いや、ない! そういうわけで〈鉄神兵団〉の技術開発部隊は、電子防御障壁内部に、いくつかのパッケージを分散させて隠蔽と偽装を施した上で、自動操縦戦闘モードを前もって仕込んでおいたのです」
突然、水を得た魚のような早口になるティック。
彼の属する〈鉄神兵団〉にとって、〈カグツチ〉を戦闘に利用しないというアマツマラの判断は承服しかねる事だったようだ。
そのため、彼女に悟られないように、機能を構成するプログラムを標準の電子防御障壁に偽装した上で細かく分割し、設計段階から巧妙に仕掛けていた。
「とはいえ、本来ならば我らの“アメノオハバリ”を装着しなければ自動操縦戦闘モードは起動しないはずでした。いやはや、まさかレッジ殿が先んじて武具を作るとは思いもしなかった」
これは一本取られた、とティックが額を叩く。
暢気な彼をアマツマラが睨み、ふとしたことに気付く。
『ティック、お前の乗ってきた〈カグツチ〉はなんだ? あの“アメノオハバリ”だってあたしの知らない装備だし……』
首を傾げ、追及するアマツマラ。
彼女に向かってティックは不敵な笑みを浮かべた。
「我々の技術力を甘く見ないで貰いたい。レッジ殿の〈カグツチ〉が暴走していると察知した時点で、アマツマラの倉庫に格納されている〈カグツチ〉を拝借して出動しました」
『はァ!? お前、〈カグツチ〉の保管庫は防御を固めてた筈だぞ!』
ティックの言葉に、アマツマラは目を丸くする。
「ふっ。――こんなこともあろうかと〈解錠〉スキルを持った鍵師を兵団のメンバーに擁していたのですよ」
『て、てめェ!』
アマツマラは空中を見る。
どうやらティックの言葉が本当か、格納庫を確認しているらしい。
そしてすぐに目をこちらに戻すと、赤髪を掻きむしって低く唸った。
どうやらリングで披露している最中の事だったため、倉庫を襲撃されて〈カグツチ〉を一機盗まれたことに気づけなかったらしい。
「警備NPCの襲撃には遭いましたが、そちらは何とか撃破できました。そのせいで駆け付けるのが遅くなりましたがな」
『警備NPCは襲撃したんじゃなくて防衛してたんだよ……! ったく、もっと警備を固めときゃ良かった』
頭痛が痛そうな顔のアマツマラ。
管理者というのは、なかなか大変な仕事である。
「でも、結果的には良かったんじゃないですか? 本番で自動操縦戦闘モードが見つかっちゃうよりは、混乱も少ないでしょうし」
そこへ、ずっと黙って事の趨勢を見守っていたレティが歩み出てくる。
思わぬ援護を無駄にしまいと、俺もティックもその言葉に深く頷く。
『前提が良く無ェんだけどな。……まあ、レティの言う事も一理あるか』
アマツマラが何度目とも分からないため息を吐く。
そうして再び顔を上げた時、彼女は何かが吹っ切れたような顔をしていた。
『よし。レッジ、それとティック』
「はいっ」
「なんだ?」
俺たちを睥睨し、アマツマラはどっしりと腰に手をやる。
『二人とも、今後も“植物戎衣”と“アメノオハバリ”の開発を続けてくれ』
彼女の口から飛び出した言葉に、俺とティックは揃って目を見開く。
そして二人で顔を合わせ、再び彼女を見上げる。
そんな俺たちを見て、アマツマラはむっと眉を寄せた。
『なんだァ? 不満か?』
「い、いや、そんな滅相もない! むしろ、開発中止が言い渡されるものと思っておったので……」
ブンブンと首を振るティック。
彼は口元に堪えきれない喜びを滲ませている。
『何言ってンだ。“アメノオハバリ”も“植物戎衣”も、重要な技術だ。それをむざむざ捨てる理由も無ぇだろうよ』
「でも、元々〈カグツチ〉は戦闘には投入しない予定だったんだろ?」
『当面は、戦闘に使わないってだけの話だよ。特殊大型機械装備の技術そのものが未成熟な段階で、高度な運動機能を要する戦闘行為なんかできる訳無ェだろ。まずは簡単な土木工事とかでの運用の中でノウハウを蓄積して、技術が高まったら戦闘も視野に向けた運動能力開発をするつもりだった』
「そ、そうだったのか……」
当たり前だろ、と言いたげなアマツマラに愕然とする。
考えてみれば彼女にしても、強力な戦力として領域拡張プロトコルを強力に牽引できる可能性を秘めた〈カグツチ〉を、ただの炭鉱夫として腐らせる理由はない。
『レッジもティックも性急なんだよ。物事には順序と段階ってモンがあるだろ』
「ぐぅ、そうだったのか……」
アマツマラにビシリと言葉を叩き付けられ、ティックが唸る。
『ともかく、今回の件で〈カグツチ〉の拡張性が証明されたのは僥倖だったな。これからはレッジに発令していた開発任務を通常任務に格下げして、他の調査開拓員も受注できるようにする。市場の原理を導入して、競争の中で技術が磨かれるように仕向けると同時に、幅広い状況に対応できる多様な装備の開発を行うことにするぞ』
そう言ってアマツマラはすぐに何かを操作する。
恐らく、今この段階から新たな任務が発令されたのだろう。
『そういう訳だから、二人にも期待してるからな』
「お任せ下され! 我が〈鉄神兵団〉はまだまだ多くの隠し機能を仕込んでおるのです。それを活かす更なる“アメノオハバリ”を――」
『まだ隠してるモンがあるのかよ! それは今すぐ洗いざらい吐けっ!』
得意げに立ち上がって言うティックを、再びアマツマラが叱る。
そうして、その場はすぐに〈カグツチ〉に仕込まれた隠し機能を吐かせる尋問場へと変わった。
「えーっと、俺はもうお暇してもいいか? 第二フェーズも始まったことだし……」
『どうせレッジも、まだ出してねェ“植物戎衣”を隠してンだろ。ティックの後で聞くから、まだここにいろ』
「はい……」
険しい表情のアマツマラに言われては、それに従う他ない。
俺はティックの尋問が終わるまで、粛々と待つことになった。
「じゃ、レッジさん。レティたちは先に行ってきますね」
「ええっ!? 待っててくれないのか?」
すくっと立ち上がるレティに驚いて縋る。
そんな俺を見て彼女は片眉を上げた。
「スタートダッシュが肝要な第二フェーズの開始で、ここまで待っただけありがたいと思って下さいよ。レティたちだってイベントに参加したいです」
「そ、そんな……」
『アタシも別荘に戻るわよ。お掃除しなくちゃいけないし』
「カミルまで!?」
レティがカミルの手を引いて部屋のドアをくぐり抜ける。
俺は二人の背中に手を伸ばすが、それが届くことはなかった。
『あぅ。レッジ、スゥは居るよ?』
「そうだなぁ。ありがとうなぁ」
歩み寄ってきてくれたスサノオの頭をポンポンと撫でる。
彼女はくすぐったそうに笑みを浮かべ、正座した俺の膝の上に腰を降ろした。
『オラ、全部吐け!』
「ではまずはベースライン襲撃用のコマンドから」
『なんつーもんを開発してンだテメェ!』
目の前で繰り広げられる激しい尋問を眺めながら、俺はただ無為に過ぎていく時間の中を、ぼんやりと遠い目をして過ごすのだった。
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Tips
◇しばき柳
植物戎衣。〈カグツチ〉での運用を想定した、柳の枝。非常にしなやかかつ強靱で、外皮は硬い。鞭のようにしなるが、剣として使用する。軽く振るだけでも先端部は音速を越え、鋭い斬撃が放たれる。
栄養液の供給がある限り、折れても再生することができる。
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