第415話「最終兵器兎」
赤炎が迫り来る。
その胸の内側に乗り込んでいるカミルの声を聞きながら、俺は狙うべき場所を見定める。
「頭部を狙ってもダメだ。胸部を貫いたらカミルが危ない。目指すのは機械の停止ではなくて、行動の阻止。だから――」
赤炎が跳躍する。
巨大な図体を支える強靱な脚部が、唸りを上げて駆動する。
例え俺と差し違えようと、自身の四肢がもがれようと、落ちてしまえば誰にも止められない。
機械らしく、保身を欠片も考慮しない自滅の戦法だ。
だがカミルがそれに付き合わされる理由はない。
「――『雷槍』ッ!」
乾坤一擲。
竹槍が紫電を纏い放たれる。
『ひにゃあああ――』
カミルの悲鳴が響く。
槍は真っ直ぐに突き進み、やがて切っ先を緑の蔦に包まれた機体へと深く差し込む。
僅かでも衝撃を受ければ爆発する赤炎の小さな実を避けて、それは黒い鉄を抉る。
「らあっ!」
竹槍は赤炎の右膝を貫通した。
俺はそのまま、力任せに槍を振り下ろす。
空中を跳躍していた機体を強引に引っ張り、床に叩き付ける。
爆炎が立ち上がり、リングの内側が黒煙に包まれた。
「カミル、無事か?」
『アタシはなんとか……。でも、〈カグツチ〉は』
カミルの声の後ろからけたたましいアラートが聞こえる。
膝関節を破損した赤炎は、立ち上がることもできずにのたうち回っていた。
太い竹槍が貫通し、そのまま床に突き刺さっている。
これでは流石の巨人も動けないだろう。
『うおおおお!? あ、あたしの〈カグツチ〉が!』
「すまん。これしか方法が無かった」
TELを通じてアマツマラが悲鳴を上げる。
完成したばかりの〈カグツチ〉が早速、修理工場行きになってしまったのだ。
まあ、40機もスペアがあるから堪えて欲しい。
『ッ! レッジ、後ろ!』
「なにっ!?」
仰向けに倒れた赤炎から、カミルが叫ぶ。
その声に振り返ると、煙の奥から勢いよく3つの首が突き出してきた。
「スサノオ!? ティックはどうした」
『すまぬ。五つの首は切り落としたのだが、そこで駆動限界が来てしまった』
しおしおと力の無いティックの声が返ってくる。
見れば、彼の乗るアメノオハバリはリングの隅で無残に転がっていた。
『アメノオハバリはまだまだ燃費がすこぶる悪くてな。1分と少ししか動けぬ』
「欠陥兵器じゃないか!」
『ぐぬぬぅ』
そうこう言っている間にも、青風は容赦なく蛇頭を繰り出してくる。
いかに緑岩の防御力があろうと、何度も真正面から受け止め続けることはできない。
『あぅ、レッジ……』
「待ってろ! あっ」
槍を突き出そうとして、はたと気付く。
俺が手に持っていた竹槍は今、カミル機の膝に突き刺さっている。
機体を床に縫い付けているあれを引き抜けば、また赤炎が動き出してしまう。
「えーと。なんかないか、なんかないか……」
直前になって焦るが、どうしようもない。
もともとお披露目しか考えていなかったから、〈カグツチ〉には他の植物戎衣はセットしていないのだ。
『レッジ!』
『あうぅ……』
カミルとスサノオの声。
棒立ちになった俺と〈カグツチ〉に向かって、緑の大蛇が食らいつき――
「はぁぁぁぁあああああっ! だらっしゃぁぁあああいっ!」
爆音。
爆風。
そして衝撃。
轟く声と共に、赤い影が降ってきた。
それは太い棘の飛び出した巨大な星球で、緑蛇を殴り潰す。
「咬砕流! 四の技! 『蹴リ墜トス鉄脚』ッ!」
ぐるん、と彼女は空中で一回転する。
そのエネルギーを全て乗せ、多節棍のように折れ曲がっていた柄が真っ直ぐな一本へと固定される。
破壊の権化となった星球鎚が、下から突き上げてきた緑蛇を叩き潰す。
「続きィ! 三の技! 『轢キ裂ク腕』ァ!」
間髪入れず、次が繰り出される。
それは彼女の背後から迫る蛇頭をすっぱりと裂く。
瞬く間にスサノオ機が繰り出す三つの蛇頭を潰したあと、彼女は軽やかにリングの中央へと着地する。
「レティ!」
『何やってんですか、レッジさん』
呆れた目をこちらに向け、唇を尖らせるレティ。
彼女はTELを通じ、〈カグツチ〉の中に居る俺を責め立てた。
俺は焦燥し、彼女に向かって叫ぶ。
「後ろ、後ろ!」
「分かってますよ。咬砕流、一の技、『咬ミ砕キ』」
踊るようにその場で身を翻し、軽く鎚を薙ぐ。
殆どノールックで放たれた打撃によって、再び襲いかかっていた八つ首葛の一本は、ぐしゃりと緑色の汁を飛び散らせて潰される。
『これ、いつまで再生するんです?』
「栄養液が無くなるまで。結構潰されたし、そろそろ限界が来ると思うが……」
『まだまだ元気そうですよ?』
再び蔦を叩き潰しながらレティが言う。
スサノオ機は未だ健在で、八つ首葛もまだ三本の首が残っている。
――うん?
「ティック! なんで五本の首を断ち切った?」
『ぬ、ぬぅ? なぜと言われても、襲われたからとしか言いようがないが……』
「違う。どうやって、断ち切った!? なんで再生していない?」
ティックが断ち切った八つ首葛の五本の首が再生していないことに気がついた俺は、リングの隅で転がっている彼に尋ねる。
彼は驚きつつも、思い当たることを口にした。
『恐らく、剣の効果だろう。これは超高熱刃、つまり焼き切ったのだろうな』
「なるほど……。そういうことか」
恐らく、ティックが焼き切った八つ首葛の首の断面は“火傷”の状態異常が発生している。
それを修復するのに手一杯で、部位の再生にまで至れていないのだろう。
「レティ、機械鎚は持ってるか?」
『一応持ってますよ。ヘッドのスペアまではないですが』
一縷の望みを抱いて尋ねると、彼女は困惑しつつも頷いた。
さすが、用意が良い。
それならばと俺は小さくほくそ笑む。
「それで八つ首葛の根元を叩いてくれ。そこを焼き潰せば、それで終わるはずだ」
『わ、分かりました。任せて下さい!』
レティが持つハンマーが、姿を変える。
複雑な機構を備えたハンマーヘッドの、巨大な金槌。
久々に見る機械鎚は、以前よりも更にチューンナップされているようだった。
「行きますよっ!」
強く地面を蹴り、レティが跳躍する。
それを狙って、3頭の蛇が牙を剥く。
「『旋回打』!」
彼女は逆に、それらを利用する。
縦に回転しながら鎚を振るい、蛇頭を叩いてさらに高く跳び上がる。
「ふぅ! ではっ」
スサノオ機の頭上を取り、レティが楽しげに笑う。
彼女はそのまま思い切り鎚を振り上げ、一点に照準を合わせた。
スサノオ機の背部、八つの蛇が根を伸ばす根幹。
行く手を阻もうと首を突き出す三つの蔦を避けながら、彼女は一気に懐へと潜り込む。
「久しぶりですね。――『
ゴン、と強い衝撃がスサノオ機の胸を貫く。
爆炎が蔦を焼き、爆風が灰燼を吹き飛ばす。
即座に形状を再生させようと動き出すが、焼き焦げた傷は栄養だけを消費する。
「よし!」
軽い音と共に、再び床へと飛び下りたレティ。
彼女の背後で、急速に栄養液を飲み乾した〈カグツチ〉がゆっくりと倒れた。
「……」
『……』
『あぅぅ』
沈黙がアリーナを支配する。
スサノオが目を回し、〈カグツチ〉の操縦席で唸っていた。
リングの内側には急速に枯れながら燃え上がる植物の断片が散乱し、灰色の煙がもうもうと立ち上っている。
『さ、さァ! これが新兵器〈カグツチ〉の力だ! えと、至近距離で爆破されない限り動き続けるこのタフネス! 無限の拡張性! 新しい力で、領域拡張プロトコルは更に前進するぞ!』
慌ててマイクを握りしめたアマツマラが声を上げる。
発汗機能は無いはずだが、だらだらと脂汗を流しているような気がした。
彼女が泣きそうになるほどの沈黙、そして――
「うぉぉぉおおおおお!」
「なんだあれ!? なんだあれ!?」
「格好いいじゃないか、この野郎!」
割れんばかりの歓声が吹き上がる。
予想外の反応に、アマツマラはだらりと腕を下げて呆然としていた。
「すげぇデモンストレーションだったぜ」
「まるでマジのガチ戦闘みたいだったな」
「はっはっは。管理者主催の説明会だぞ? そんなわけないさ」
口々に言うオーディエンス。
その言葉を聞いて、アマツマラは非常に渋い表情を浮かべていた。
「アマツマラ、舞台を下げてくれ」
『わ、分かった』
アマツマラに声を掛け、〈カグツチ〉四機ごと俺たちは舞台下に身を隠す。
「カミル、スサノオ、大丈夫か?」
俺は操縦席から飛び出し、カミルの下へと向かう。
エネルギーを使い切り、機能を停止させた〈カグツチ〉を開くと、操縦席には泣き腫らした顔のカミルが蹲っていた。
『レッジぃ……。アンタ、アンタねぇ!』
「本当にすまなかったな」
カミルはよろよろと立ち上がり、俺の腰にひしと抱きつく。
彼女は顔を押しつけ、ぽかぽかと殴る。
それを甘んじて受けながら、その赤い髪をゆっくりと撫でる。
「レッジさん、スサノオちゃんも無事ですよ」
『あぅ。平気だったよ』
そうしていると、レティがスサノオを連れてやってきた。
彼女も目立つ怪我は無さそうで、ひとまず胸を撫で下ろす。
「ぬぉぉ。此度は申し訳ないことをした」
アメノオハバリの操縦席から転がるように飛び出してきたティックが、そのまま綺麗なスライディング土下座を決める。
「今回の問題は、我らが秘密裏に仕込んだ機能によるもの。申し開きのしようも無く……」
「なんとか無事に……とは言わないが、収まったわけだし、俺は大丈夫だ。――アマツマラはどう言うか知らないが」
ティックの後ろに立つアマツマラを見ながら言う。
どうにか説明会を終えた彼女は、俺たちを見て妙に気迫のある笑みを浮かべていた。
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Tips
◇猛槍竹
植物戎衣。〈カグツチ〉での運用を想定した、巨大な竹。切っ先が鋭く尖っており、非常に頑丈。槍として使用する。
栄養液の供給がある限り、折れても再生することができる。
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