第414話「秘密兵器」
カミル機の放った剣が、目の前で風を裂く。
弾けるような音を聞きながら、俺は勢いよく機体を後方に傾けた。
「だ、っらぁ!」
操縦桿のロックが外れ、画面を占有していた“自動操縦”の文字が消える。
唸る八つ首葛を避けながら、足を伸ばしてスサノオ機を転倒させる。
『レッジ!?』
「〈カグツチ〉の電子防御障壁を破って操縦権を奪取した! とりあえず俺は自由に動けるようになったから、多少手荒だが二人とも押さえつけるぞ!」
ギリギリだったが、間に合った。
〈機械操作〉スキルのプログラミングによって〈カグツチ〉に搭載されていた防御プログラムを破り、俺は自動操縦モードよりも上流の地点で権限を取り戻した。
それによって、こちらの拘束は解かれた。
あとは二人の乗る〈カグツチ〉を無力化するだけだ。
「それがっ、難しいんだけどなっ!」
迫るしばき柳の鋭い刃を間一髪のところで避ける。
機械的な正確無比で一切の慈悲の無い攻撃だ。
ぼうっとしていれば、こちらが負けてしまう。
『レッジ、レッジ! そっちは大丈夫なのか?』
TELを通じてアマツマラから声が掛かる。
視界の下隅に映る彼女は、熱く実況の声を上げながら、内心でこちらを心配してくれていた。
「とりあえず、俺はな。カミルとスサノオの機体は自動操縦が解除できないから、俺がそのまま押し倒す」
『分かった。こっちはこっちで何とか立ち回るから、よろしく頼む』
「了解」
全く、〈鉄神兵団〉にも困ったものだ。
〈カグツチ〉はあくまで平和的な利用のための重機であるというのに、ここまで高性能な自動戦闘モードを搭載するとは。
しかもその隠し機能が発動した場所も悪かった。
ここはアマツマラ地下闘技場大アリーナ。
安全圏である都市部に於いて数少ない例外、フレンドリーファイアが許される領域である。
「そーれっ!」
防戦一方では埒が開かない。
俺は竹槍を掴み、カミル機へ向かって突き付ける。
幸い、ルナとの共同検証によって〈カグツチ〉が装備した植物戎衣にも搭乗者の武器スキルが影響することが判明している。
俺の持つ槍は、ちゃんと強い。
『はぴっ!?』
「ぐお、あれを避けるかっ」
カミルの悲鳴と共に、“赤炎”を纏った機体はすらりと槍の切っ先を避ける。
『ごめんなさい!』
「カミルが謝ることじゃないだろ」
『で、でもぉ』
操縦席に座っているカミルは、顔こそ見えないが泣いているのが分かってしまう。
無理矢理ここに連れてきたのは俺だし、彼女に怖い思いをさせているのは申し訳がなかった。
操縦席全面に広がる大きなモニターには、機体のほぼ全方位が表示されている。
そこへ向けられた槍というものは、それが例え植物のものであっても尋常でない恐怖を産むだろう。
『ッ! レッジ、後ろっ』
その恐怖の中、健気にもカミルが声を上げる。
「くそっ」
前へ倒れ込むように跳躍し、カミル機を抱きかかえながら床を滑る。
俺の背中を削ぐように、八つの大蛇の首が薙ぎ払った。
ぼんやりとしている暇はない。
カミル機を抱きかかえたまま横に転がると、直後にアリーナの床を硬い種が貫いた。
『あぅぅ……』
対処しなければならないのはカミル機だけではない。
“青風”を纏い、“八つ首葛”を従え、“スナイプメロン”の照準をこちらに定めたスサノオ機も居るのだ。
『レッジ、離れて!』
「そうだった――」
無意識的にカミル機も庇ってしまったが、完全な判断ミスだった。
彼女の機体――“赤炎”が全身に実らせている小さなカボチャが次々に爆発する。
同時に“割れ毒壺”が垂れ流す猛毒液が吹き飛び、全身に付着した。
『レッジ!』
「大丈夫。緑岩は丈夫だからな」
悲鳴を上げるカミルに、敢えて余裕を持って答える。
その間にもスサノオ機は持ち前の機動力を存分に活かし、俺の正面まで回り込んできた。
次は外さないと、細長い胡瓜がこちらに向けられている。
「っ――」
“スナイプメロン”の弾数は三。
植物戎衣なので、通常の銃砲のようにリロードすることはできない、使い捨てだ。
しかし、だからこそ、その威力は折り紙付き。
通常、長距離からの狙撃を想定している銃の攻撃をこの距離で受けたなら、如何に重装の“緑岩”であろうと破損は免れない。
『あぅ。レッジ、避けて』
悲痛なスサノオの声に反して、彼女の機体は躊躇うことなく弾丸を射出する。
風に溝を刻みながら、それは高速で回転しながらこちらへ向かう。
『レッジ!』
カミルの声。
視線を横に向ければ、彼女の機体が“しばき柳”を横に薙いでいた。
伸縮性に優れ、柔軟な刀身を持つ、鞭のような挙動のレイピアは、俺の体を包みこむように絡みつく。
カミル機とスサノオ機が互いの最善手を撃ったことにより、それは奇しくも俺を窮地に追い込む連携となった。
緩慢になる時間の中で、できることを探す。
「――ぬぅぅぅん!」
雄叫びが、アリーナに響き渡った。
現れたのは、黒鉄の鎧武者。
それは大盾を構え、至近距離から放たれた“スナイプメロン”の弾丸を阻んだ。
「なんだ!?」
突如リング内に現れた闖入者に驚きの声を上げる。
それは〈カグツチ〉だが、〈カグツチ〉ではなかった。
素体に物々しい装甲の具足を纏い、手には大盾と肉厚な大剣を握っている。
まるで中世の騎士道物語に出てくるような、それでいて隠しきれない凶暴性をにじみ出す、巨大な鉄の戦士だ。
『お困りのようだな、レッジ殿』
「そ、その声は――」
突如コールされ、TELを繋ぐ。
そこから響いたのは聞き覚えのある重く響く声だった。
『〈鉄神兵団〉が戦闘部隊長、ルナティック☆ミポニテJK、見参であるッ!』
盾を床に立て、剣を掲げて、威風堂々と彼は言う。
彼こそは〈カグツチ〉共同開発者の片割れ、〈鉄神兵団〉のティックだった。
「ティック!? どうしてここに……」
『何やら様子がおかしかったのでな。隠しコマンドの戦闘用自動操縦モードが起動したと判断し、助太刀にはせ参じた』
「なんで分かったんだ。ともかく助かった!」
『ぬははっ! これでも我らはコヤツの親だから――なっ!』
豪快に笑いながら、ティックは勢いよくスサノオ機へと突進する。
肩を守る装甲はそのまま破城鎚へと転化され、青風の薄い装甲を易々と貫く。
『ぬははっ! やはり脆い。やはり弱い! 武者の装備は鉄で無ければならぬわっ』
リングにのし掛かって倒れるスサノオ機を見下ろし、ティックが吠える。
「その機体の装備、まさか……」
『もちろんっ! 我ら〈鉄神兵団〉も来たる日に向けて〈カグツチ〉用の戦闘装備を開発していたのだ! 特殊大型機械装備〈カグツチ〉専用の、戦闘能力拡張特殊大型機械装備――“アメノオハバリ”であるっ!』
ティック機が掲げた大剣を振り下ろす。
黒々としたそれはスサノオ機へと迫り、腕を断とうと刃を向ける。
「ティック、まずい避けろっ!」
『なぬっ!?』
しかし、その破壊の一撃は届くことがなかった。
ゼロ距離で放たれた“スナイプメロン”の弾丸が、大剣を弾いてティック機から吹き飛ばす。
よろめくティック機の脇をすり抜けて、スサノオ機は体勢を立て直す。
『ぬぅ。なかなかやるではないか』
悠然と立つスサノオ機を見て、ティックは唸る。
彼の衝突によって砕かれた“青風”の装甲は、すでにその大半が再生していた。
植物戎衣の利点の一つ、栄養液が供給される限り、その装甲は傷を受けてもすぐさま癒える。
「しかしあっちの残弾はゼロだ」
『なるほどっ!』
アリーナの床に深々と突き刺さった大剣を引き抜き、ティック機はスサノオ機へと構えを向ける。
スサノオ機は空になった“スナイプメロン”を床に投棄し、背部に根付いた“八つ首葛”の頭を上げる。
彼の背後を守るように、俺はカミル機へと機体を向けた
「残弾はゼロだが、あっちには“八つ首葛”がある。――頼めるか?」
『なんの! 今こそ我らが〈鉄神兵団〉の技術力を見せつける時、そちらこそ死ぬでないぞ』
『こ、殺さないわよっ!』
ティックの軽口を真に受けたカミルが悲鳴を上げる。
『では行くぞ八岐大蛇ッ! 我輩がスサノオとして貴様を征伐してやろう!』
『あぅぅ……』
意気揚々と動き出すティック。
彼の口上に微妙な反応をするスサノオを乗せて、彼女の機体もそれに応じる。
「カミル、こっちも行くぞ」
『アタシは行きたくないわよぉぉおお!』
カミルの絶叫と共に“赤風”が動き出す。
大きく膨らんだカボチャが揺れ、すぐにでも爆発起こそうと身構えている。
彼女の機体に触れること、ただそれだけでもこちらはダメージを受ける。
「持ってるのが長槍で良かったな」
リーチで秀でる槍を構え、俺は小さく息を吐き出す。
戦闘を長引かせている余裕はない。
何よりも、彼女のためにもそれはできない。
狙うは一点。
それだけであの牙城を崩す。
俺は神経を研ぎ澄まし、大股で迫り来る機体を睨み付けた。
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Tips
◇アメノオハバリ
とある技術者集団が開発した、特殊大型機械装備〈カグツチ〉専用の戦闘能力拡張特殊大型機械装備。
本来、戦闘能力を持たない〈カグツチ〉に戦闘力を付与し、敵対する原生生物などの排除において強力な武器として使用できるようにする。
全身を包むのは耐物理特化の黒鉄鋼に少量の緑鉄鋼を配合した、超硬度合金装甲。
衝撃吸収自己修復ナノマシンジェルを内部に充填した多重装甲大盾と、超高熱刃の大剣も合わせて装備され、単独でも驚くほどの耐久性と破壊力を発揮する。
難点としては、消費するエネルギーに対して、搭載されたエネルギーバッテリースロットが小さく、連続稼働時間が非常に短いことが挙げられる。
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