第413話「暴走の武者」

 薄暗い部屋の中。

 喧噪が遠く壁越しに聞こえる。


『待たせたなァ! いよいよ〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の第二フェーズが始まるぞ!』


 壁に取り付けられた小さなモニターには、リングの中央に立ったアマツマラの姿がある。

 彼女は変装用のプレイヤーらしい装備から、いつもの赤いワンピースへと着替え、眩しいスポットライトを浴びて観客に向けて呼びかける。

 彼女の声に応える歓声が、波のように広がっていく。


「流石に人前で話すのは堂に入ってるな。毎週トーナメントのたびに挨拶してれば当然か?」

『知らないわよ! ていうかココどこなのよ! アタシのお昼寝の時間返してよ!!』


 隣に立つカミルに話しかけると、刺々しい声が勢いよく返ってくる。

 急遽、俺が植物戎衣の披露を担当することになったとき、アマツマラに頼んだのはワダツミの別荘にいるカミルを呼び出すことだった。


『なんでアタシが……こんな場所に……』


 歯を食いしばり、ブルブルと全身を震わせるカミル。

 突然呼び出してしまったのは申し訳ないが、こちらにも事情があるのだ。


『あぅ。スゥも、がんばるのに……』


 やる気を見せないカミルとは対照的に、スサノオはとてつもない気合いの入りようだった。

 自分一人で十分なのになぜカミルを呼び寄せた、と言わんばかりにこちらを見ている。


「しかし、スサノオと俺だけじゃあちょっと人手が足りないだろ」

『だからってアタシを呼ぶことないでしょ! その辺の下級NPCにやらせなさいよ!』


 猛るカミルを、俺はどうどうと諫める。


「そうもいかないんだな、これが。植物戎衣の扱いは特殊だから、その辺のNPCに任せられるもんじゃない。今のところ、一番扱い慣れてるのは、開発してた俺とスサノオとカミルの三人って訳だ」

『詐欺よ! こんなのメイドロイドの業務じゃないわ! アタシ、〈カグツチ〉なんて乗ったことないわよ!』


 出しなさいよ、とカミルは部屋の扉を勢いよく叩く。

 しかしそこはしっかりとアマツマラが管理者権限によってロックしている。

 逃げ場など無いのだ。


「俺だって〈カグツチ〉に乗るのは初めてだよ。ほら、アマツマラの説明が終わる前に準備するぞ」

『うぇぇん!』


 涙目になるカミルの手を引っ張って、部屋の真ん中に戻す。


「はぁ。これが終わったらボーナスだしてやるからさ。頼まれてくれないか?」


 権限的には俺が上だから、強く命令すればカミルは従うしかない。

 しかしそれではこちらが心苦しい。

 どうにかこうにか取引を成立させるため、俺はそう提案した。


「なんでも好きなもん買ってやるぞ」

『ぐすっ。……ほんと?』

「ほんとほんと。おじさん嘘つかない」


 珍しく年相応な幼さを見せるカミルは、その言葉になんとか泣き止んでくれた。

 そうして彼女はしばらく考えた後に小さく唇を動かした。


『……新しいメイド服が欲しいわ』


 彼女の要望を聞いて、俺は思わず瞬きする。

 随分と安い願いだ。

 正直、カミルの部屋を別荘に増設しろとか言われるかと思ったのだが。


「そんなのでいいのか?」

『ええ。ちゃんと、調査開拓員製のオーダーメイドよ。既製品は許さないんだから』

「それくらいならお安い御用だ。コレが終わったらネヴァに頼んでやるよ」


 なるほど、NPC視点だと調査開拓員――つまりプレイヤーが製作したアイテムというのはかなりの高級品にあたるのだろう。

 プレイヤーが開いた露店にNPCがやってくることは殆ど無いし、購入することは更に稀だ。

 しかし、それくらいの話なら別にいつでも言ってくれれば経費としていくらでも買ってやるのに。

 妙に律儀というか、流石は我が家の優秀なメイドさんというか。


「じゃあ、そういうことで。準備しようか」

『仕方ないわね。メイド服の為なら、頑張れるわ』

『あぅ! スゥも、がんばる!』


 カミルも何とか頷いてくれたことで、準備が進められる。

 俺たちは、部屋の中央に置かれた大きな台座の上に立つ三機の〈カグツチ〉へと乗り込んだ。


「おお、これが〈カグツチ〉か」

『あぅ。用意ができたら、真ん中のボタンを押して』


 俺も〈カグツチ〉に乗るのは初めてだ。

 説明書をインストールしているスサノオのガイドに従って、鉄の鎧武者を起動させる。


『搭乗者確認』

『各種安全機構、正常作動』

『〈カグツチ〉起動シマス』


 合成音声のアナウンスが鳴り響く。

 搭乗席に俺を乗せ、カグツチの胸部装甲が閉じられる。

 一瞬の暗闇のあと、全周囲モニターが点灯し、視界が大きく開ける。

 暗視スコープ機能が作動しているため、さっきよりも部屋の中が鮮明に映った。


『レフトサブモニターの下側に、植物戎衣のスロットがあるから、それを使うの』

「はいはい。これだな」


 スサノオの言葉に従い、一通りの動作を学ぶ。


『こ、これよね? この緑のボタンよね?』


 近距離無線通話回線を通じてスピーカーから漏れ出す声を聞くに、カミルもなんとか操作はできそうだ。


「とりあえず、直立して手を振るくらいでいいらしいから。そこまで気負わなくていいぞ」

『わ、分かってるわよ。ちゃんとできるわ!』


 管理者を除けば、カミルが初めての〈カグツチ〉を操縦するNPCになるのだろうか。

 それでも、ひとまず彼女の乗る機体も台座の上で立ち上がる。


『さァ! それじゃ、最後にお待ちかねの〈カグツチ〉の出番だ! つっても、もう皆はあの機体を飽きるほど見てるだろ。なんてったって、初めの5倍、50機も作ってっからな!』


 モニターの中でアマツマラが叫ぶ。

 どこか自棄気味なのは、俺の気のせいだろうか。


『そんな訳で今から見せるのは特別編! 〈白鹿庵〉のレッジから技術を受け取って作り上げた、〈カグツチ〉のための新装備! 植物戎衣“纏い南京”を着てのお披露目だァ!』


 彼女がパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、三機の〈カグツチ〉が乗った台座が動き出す。


「さぁ、行こうか」


 アマツマラがリングの隅に下がる。

 それと同時に、床が大きく開き、台座がせり上がる。

 今回の〈カグツチ〉お披露目のため、わざわざこんな仕掛けを作ったらしい。

 得意げな顔のアマツマラと視線が合い、すぐに見下ろすほどこちらが高くなる。

 スポットライトの輝きを受け、暗視スコープ機能がオフになる。

 驟雨の如き歓声の中、俺たちを載せた台座は上がりきる。


「――『戎衣纏装』、“纏い南京・緑岩”“隠れ葉衣”“猛槍竹”」


 舞台の真ん中に立ち、直前に習得したテクニックを発動させる。

 〈カグツチ〉に内蔵されていた種瓶が割れ、太い根が瞬く間に生長する。

 それは刹那の間に黒い鋼の機体を包み込み、緑の巨人へと変貌する。

 硬い、濃緑のカボチャが頭部を保護し、背中はマントのように分厚い木の葉が包み込む。

 手に持つのは、真っ直ぐに伸びた竹の槍だ。


『あぅ。『戎衣纏装』“纏い南京・青風”“八つ首葛”“スナイプメロン”』


 隣でスサノオも戎衣を纏う。

 彼女の“纏い南京”は先鋭的な形状でスマートなシルエットをしていた。

 防御力を重視し、外皮の硬さと分厚さを追求した“緑岩”とは異なり、攻撃と風を受け流し、素早く行動することを基本思想に据えたスピードタイプである。

 更にその背中から伸びるのは、八本の蔦。

 それぞれが無数の細い蔦が絡まり縒りあった太い蔦は、大蛇のように蠢いている。

 あれは“八つ首葛”。

 増設可能な手として、“蛇頭葛”を基に開発した植物戎衣だが、作業用としてだけでなく、半自動防衛機構としても動作する。

 そして、スサノオの〈カグツチ〉が小脇に抱えているのは、真っ直ぐに伸びた胡瓜のような植物戎衣“スナイプメロン”。

 ガトリングメロンとは異なり、一撃の貫通力と有効射程距離に重点を置いた、狙撃銃型のガンメロンである。


『じゅ、『戎衣纏装』! “纏い南京・赤炎”“割れ毒壺”“しばき柳”』


 少し遅れて、カミルも戎衣を展開する。

 “赤炎”は攻撃偏重の“纏い南京”であり、“鱗雲”の衝撃反応型攻性装甲を応用している。

 両腕と両足に触れると爆発を起こす小さなカボチャを実らせているのだ。

 更に、背中に生い茂る葉の下に吊り下がっているのは、ボコボコと毒液を零すウツボカズラ。

 これによって、彼女の機体に触れる原生生物は全て猛毒に侵されることになる。

 カミル機の持つ武器型戎衣、“しばき柳”は、鋭い鞭のような形状の、武器カテゴリで言えば刀剣、レイピア系統に当たる。

 先端部では音速を超える速さに迫る斬撃で、植物ながら岩をも切り裂く。


『さ、さァ全ての〈カグツチ〉が出揃った! これが〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の最終兵器だァ!』


 アマツマラの声で、プレイヤーたちの熱気は最高潮に達する。

 俺たちはそれらに応えるように、各々武器を掲げて手を振った。

 いざ人前に出るとなかなか誇らしい。

 俺は周囲の興奮を真っ向から受け止めて、気分を高揚させていた。


『れ、レッジ、レッジ!』


 その時、近距離無線通話回線からカミルの焦った声が届く。

 僅かに機体を傾けてそちらを見るが、外からは特に変わった様子もない。


「どうした?」

『変なとこ押しちゃって、自動操縦オートパイロットモードになっちゃった』

「なんだ、それならスサノオが解除方法を――」


 言い掛けたその時、カミル機が手に持った“しばき柳”を振り上げる。

 赤炎の虚ろな目が、こちらを真っ直ぐに向いている。


『そんな場合じゃないのよ! お、自動操縦オートパイロットモードで、アンタとスサノオが迎撃目標になってるのよ!』


 泣きそうになったカミルの悲鳴に、驚き目を開く。

 自動操縦モードはあくまで歩行の補助などに使用される機能のはずだ。

 もともと戦闘能力を持たない〈カグツチ〉が、その状態で何かに危害を加えることはない。

 更に言うなら、標的にされている俺もまた、味方である〈カグツチ〉なのだ。


「ど、どういうことだスサノオ!?」

『あぅ、検索中……。当該項目発見。あぅぅ』


 スサノオが唸る。

 説明書の片隅に、何かあったらしい。


『〈鉄神兵団〉が仕込んだ隠し機能イースターエッグ。標的を発見して、何らかの武装をしていた場合、自動でそれを殲滅する』

「な、なんだってー!?」


 そう言っている間に、俺の乗る〈カグツチ〉もカミルを標的と認定する。

 スサノオの機体も、俺を敵と判断したようだ。


『な、な、なんでアタシがレッジを攻撃しなきゃならないのよー!』

『あぅ……。たぶん、植物戎衣のせい。これで外見が〈カグツチ〉の素体と大幅に乖離したから、原生生物だと認識されてる』


 スサノオ機が、スナイプメロンの銃口をこちらに向ける。

 カミル機が高く掲げたしばき柳がブンブンと振り回され、細長いブレードが甲高い音を立てる。


「解除方法は!」

『あぅ。わかんない……』


 力の無いスサノオの声。

 それに反して、彼女の機体は敵意を剥き出しにして俺に迫る。


『お、おーい? レッジ? スサノオ? カミル? デモンストレーションは予定にないぞ?』


 足下でアマツマラが怪訝な顔をして見上げているが、こちらはそれどころではない。


『ぴえええん!』

「うおっ!?」


 鋭い音と共に斬撃が飛来する。

 大きく機体が傾いて、それを避ける。

 ついにカミル機がしばき柳を振り下ろしたのだ。

 自動操縦対自動操縦のリングバトルが始まってしまった。


『うぉわっ!? ちょ、レッジ気をつけろ!』

「すまんアマツマラ、トラブルだ。なんとか凌いでくれ」

『はぁぁあああああっ!?』


 TELを使ってアマツマラに伝える。

 彼女は平然とした顔のまま、TELでのみ絶叫するという器用なことをやってのけた。


『で、ではここで植物戎衣を装着した〈カグツチ〉の能力を見てもらおう! 丁度ここは闘志ぶつかるリングの中、三つ巴の激戦だァ!』


 苦し紛れにそう叫び、アマツマラはリングの外へ飛び下りる。

 それを皮切りにして、スサノオ機とカミル機はそれぞれに俺へと攻め寄った。


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Tips

◇昇降装置

 アマツマラ地下闘技場大アリーナの床に設置された昇降装置。舞台下に控え室を増設し、そこから華々しく登場することができる。

 きたるお披露目会に向けて、管理者が工夫を凝らして設計した力作。最大100トンの重量にも耐え、10段階の可変速機能つき。床の穴を瞬時に開くことも可能で、ものまね選手権もできる。


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