第412話「秘密の特等席」

 第四回イベント〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の第二フェーズがついに始まる。

 その告知が成されたのは、俺が植物戎衣開発に一応の区切りを付けた、丁度その時だった。


「いよいよですね。ワクワクしてきました」


 そして、第二フェーズ開始時刻の10分前。

 俺は、レティたちと共にアマツマラ地下闘技場のロビーへとやってきていた。

 レティが楽しげにピコピコと耳を揺らし、周囲の様子を眺める。

 上層、アマツマラのエントランスにはすでに多くのプレイヤーが押しかけており、闘技場のロビーも芋を洗うような混雑ぶりだ。

 当然、彼らはみな、第二フェーズの開始に乗り遅れまいとやってきたお祭り好きである。


「レッジ、植物戎衣は持ってきてるの?」

「一応な。俺たちに〈カグツチ〉が回ってくるかは運だが」


 インベントリの中身を確認しながら頷く。

 この日のために研究開発を進めていたのだから、当然忘れずに持ってきている。

 しかし、これを使うためにはまず、高倍率が予想される〈カグツチ〉の操縦権争奪戦をくぐり抜ける必要があった。


「結局50機まで増産したんだっけ? それでもまだ、プレイヤーと比べたら少ないと思うけど」


 エイミーが最近のニュースを確認しながら言う。

 彼女の言葉は正しく、アマツマラは送りつけられた膨大な素材を少しでも片付けるべく、当初10機のみの製造を予定していた〈カグツチ〉を50機にまで増やしていた。

 しかし、それでも〈カグツチ〉に乗りたいと手を挙げるプレイヤーの数を考えれば、かなり少ない。

 第二フェーズが始まる以前にも試乗はできたが、それを自由に動かせるとなると、また話が違ってくる。

 俺が開発した植物戎衣を使う機会が巡ってくるのは、かなりの幸運を必要とすることだろう。


「正式採用版の“纏い南京”はもう〈カグツチ〉全機ぶん揃ってるの?」

「いや、全然知らんな。そっちはアマツマラの担当だから、俺はノータッチだ」


 ラクトの問い掛けには、申し訳ないが答えられない。

 俺がアマツマラに提供したのは“纏い南京”の情報であり、それを〈カグツチ〉に配備するために用意するのはアマツマラの仕事だ。

 どうやら、植物プラントは地下坑道の6,7層をぶち抜いた空間に作ったらしいから、多分ある程度生産されてはいるはずだが。


「そういえば、結局スタートは坑道の8層からなんですね。随分と距離が短くなったような」

「安全が確保されているので殆ど無視できますが、一応距離自体は変わってませんよ」


 レティが事前に公開されているルートを確認して言う。

 地下坑道の1から5層が〈カグツチ〉の製造ライン、6と7層が“纏い南京”の栽培プラントとして整備され、利用されている。

 そのため、スタートは実質的に8層からであり、その分だけ原生生物からの襲撃などを気にしなくてもよくなった。

 レール自体はゴンドラの下から始まっているので、距離そのものは短縮されていないが、それでも途中までは安全が確保されているのはありがたい。

 そんなことを話し合っていると、時間がやってくる。


『現時刻より、〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉は第二フェーズへと移行します』

『作戦遂行責任者、地下資源採集拠点シード01-アマツマラ中枢演算装置〈クサナギ〉より、第二フェーズで用いる、特殊大型機械装備〈カグツチ〉および汎用型植物戎衣“纏い南京”、大型運搬用トロッコ並びに大規格レールの使用について説明がなされます』

『調査開拓員各位は〈アマツマラ地下闘技場〉大アリーナ、もしくは各自の八咫鏡にて説明を受けて下さい』


 朗々とアマツマラの声が響き渡る。


「レッジさん」

「行こうか」


 どうやら、新装備のお披露目はアマツマラで一番広い、地下闘技場の大アリーナで行われるらしい。

 早速大移動を始めるプレイヤーの流れに乗り遅れまいと、俺たちも慌てて立ち上がって駆け出していく。 アリーナの座席は無限に拡張されるが、それでもなるべく良い席を取っておきたい。


『おーい、レッジ』


 そんな俺たちへ、人混みの中から声が掛けられる。

 驚いて振り向くと、普段の赤いワンピースから軽装戦士のような鎧へと装いを変えたアマツマラが手招きしていた。


「あ、アマ――」

『シーッ! とりあえずこっちに来い』


 思わず名前を呼びそうになった俺の口に手を伸ばし、アマツマラは言う。

 彼女は俺の腕を掴んで引っ張ると、そのまま闘技場のバックヤードへ続くドアの奥へと歩く。


「あの、アマツマラさん?」


 突然現れたアマツマラに困惑しながら、レティが彼女の名前を呼ぶ。

 本来ならプレイヤーが立ち入れない場所までやってきて、アマツマラはようやくこちらを振り返って口を開いた。


『なんでアリーナの方に行ってンだよ』


 何故かむくれた顔で、彼女は言う。

 その言葉に首を傾げて事情を伺う。


『特等席を用意してるから、バックヤードまで来いって言ったろ』

「いや、全然知らないんだが」


 全く覚えのない話に、更に疑問が膨らむ。

 それにはアマツマラも予想外だった様子で、途端におろおろとして言う。


『メッセージ送っただろ。え、送れてないのか?』


 不安そうにする彼女の言葉を受けて、メールボックスを開く。

 すると、そこにはアマツマラからのメッセージがきちんと届いていた。


「ごめん、見てなかったわ」

『見とけよ!』


 第二フェーズの開始に浮き足だって、通知が目に入っていなかった。

 本当に申し訳ない、と髪を逆立てるアマツマラに平身低頭して謝る。


「でも、TEL一番確実だったんだが……」

『レッジが全然起動しないうちに、こっちも仕事で手一杯になったんだ』


 どうやら俺がログインしていなかったから、あちらもTELができなかったらしい。

 なかなか噛み合わないものである。


『ともかく、捕まって良かった。こっちに来い』


 嘆息し、アマツマラは気を取り直す。

 彼女は細い廊下を進み、薄い鉄板の階段を登る。

 最低限の照明だけで薄暗く、壁越しにプレイヤーたちの騒がしい声が遠く聞こえる空間は、奇妙な緊張感に満ちていた。


『ほら、ココだ』


 階段を上りきり、俺たちは重厚な鉄扉の前に辿り着く。

 アマツマラがその取っ手に手を掛けると、いくつもの電子的なロックが解除され、ゆっくりと開く。


「おお……っ!」


 扉の奥に広がる部屋を見て、レティが思わず声を上げる。

 前面の壁を大きく占めるガラス窓。

 そこから見下ろすのは、喧噪の響き渡るリング。


「ここは、アリーナの……」

『ああ。普段は管理者専用の部屋だ』


 ラクトの言葉に、アマツマラは頷く。

 そこは、闘争を愛するアマツマラがプレイヤー同士のぶつかり合いを見るために用意した、一番の特等席だ。

 アリーナを見下ろす高い位置にある部屋で、窓ガラスはマジックミラーになっているため、向こうから見られることもない。


「いいのか、こんな席を用意してもらって」


 思わず尋ねると、アマツマラは呆れた顔で言う。


『安全上の措置だよ。レッジは今回の目玉である“纏い南京”の開発者だ。発表された時に、あんな客席のど真ん中に居てみろ』

「なるほど……。それは確かに面倒くさいことになりそうだ」


 アマツマラの言葉の続きを想像して、口をへの字に曲げる。

 〈カグツチ〉が発表された時は、アマツマラからのアナウンスのみで、プレイヤーは各地でそれを聞いていた。

 しかし今回は、大勢が一箇所に集まってのお披露目だ。


『じゃあ、そういう訳だから。ゆっくり見てってくれ』


 アマツマラ自身はステージに登る必要があるからか、部屋から出ていこうとする。

 そんな彼女の背中を見て、俺ははっと思いついた。


「アマツマラ。ついでだからコレも渡しとくよ」

『なんだ、これ?』

「追加の植物戎衣だ。ガトリングメロン、キャノンメロン、スナイプメロンの三銃士。あとは隠れ葉衣と、八つ首葛と、割れ毒壺。近接武器は――」

『待て待て待て待て!』


 この日のために開発した植物戎衣たちだ。

 せっかくだからこれらも一緒に紹介してもらおうと並べていくと、アマツマラは焦った様子で制止の手を伸ばしてきた。


「な、なんだよ……」

『なんだよじゃねェよ! むしろこっちが聞きてェよ! あたしが頼んだのは〈カグツチ〉を防護するための外装だぞ!』

「ああ。そっちも幾つか改良版を持ってきてるぞ。こっちが耐物理重装型の“纏い南京・緑岩”、これが速度補助型の“纏い南京・青風”――」

『そういう意味じゃねェ!』


 アマツマラが叫ぶ。

 どっと疲れた様子で目をうつろにして、俺を見る。


『あたしが頼んだのは、もう納品されてンだ。なんでこんなにシリーズができてンだよ』

「趣味です」

『趣味でこんなの作るんじゃねェよ』


 アマツマラはがっくりと膝から崩れ落ちる。

 サプライズになればいいかと思っていたが、少し驚かせすぎただろうか。


『――レッジ。やっぱりアンタは来い』

「え?」


 俯いたまま、アマツマラが言う。

 その言葉に思わず耳を疑い、聞き直す。

 すると彼女は怪しく目を光らせてこちらを睨み上げた。


『こうなりゃレッジも道連れだ! ていうか、今出された新装備の紹介なんか、アタシにできるわけがないだろ! 製造者責任だ。自分で装備して自分で実演して来い!』

「ええええっ!?」


 突然の無茶ぶりである。

 そんな馬鹿な話があるかと反論するが、彼女は頑として譲らない。


「まあ、こうなっても仕方ないんじゃない?」

「今のところ、そのシリーズを一番使いこなしてるのはレッジさんですもんね」


 助けを求めようにも、レティたちまでアマツマラ側に立っている。

 俺は苦し紛れに言葉を絞り出す。


「で、でも一人でデモンストレーションってのもできないんじゃ……」

『あぅ。それなら、スゥも行くよ!』


 背後から撃たれた。


「いや、管理者が直々にっていうのは……」

『もともとあたしが出る予定だったんだ。別に問題は無ェだろ』


 冷たいアマツマラの言葉。

 スサノオは逆に乗り気である。

 ぎゅっと両手を握りしめて気合いを見せる彼女を見ては、何も言えない。


「それなら……一つだけ、要望がある」

『言ってみろ』


 柔らかい絨毯の上に膝をついた俺は、剣呑な顔で見下ろすアマツマラに、一つだけ頼み事を伝えた。


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Tips

◇アマツマラ地下闘技場大アリーナ

 アマツマラ地下闘技場に存在する中で、最大サイズを誇るアリーナ。柵で囲われた正方形のリングでは、アマツマラ公式トーナメントの本戦など、手に汗握る熾烈な闘争が繰り広げられる。

 観客席は無制限空間拡張システムにより定員がなく、各所に設置された大型ホロモニターによって中継され、どこでも臨場感溢れる試合を観戦できる。

 観客席の最上部には、マジックミラー越しにリングを見下ろす特別観賞席が設置されている。


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