第411話「顧客の求む物を」
ミニシードが規定量集まった。
これによりアマツマラへの納品依頼は受付を終了し、プレイヤーたちが以降に入手したミニシードは、全て彼らの所有物となる。
『そんなわけで、今も雪山の麓から頂上まで、イベント開始時とほとんど遜色ない賑わいを見せてるみたいですよ』
強化ガラス防護壁の向こう側から、レティが言う。
彼女たちもこのビッグウェーブに乗るしかないと、今日も今日とて山へ出掛けるつもりだったらしい。
先にログインして農園にこもっていた俺のところへ、こうして誘いに来てくれていた。
「任務が受付終了するまでの間に〈解錠〉スキルを鍛えてた人もいるんだろうな。ミニシードの開封に手間が掛かるとはいえ、そこに入ってるのはかなり高級なアイテムばっかりだし」
レティとは、顔も見れるくらいに近い位置に居る。
だが、その間が分厚い壁と堅牢な化学防護服によって隔たれているため、俺たちはTELを使って会話していた。
『むしろガチャ感覚で楽しんでるみたいですね。鍵師に開封を頼むと、ビットは必要ですがリアルマネーは使いませんし。なんならミニシード十個セットにすると割引があったりするみたいですよ』
「ミニシードって一人一つしか持てないんじゃないのか?」
『納品任務終了に伴って、ストレージの保管数量制限は撤廃されたみたいです。なので、ストレージに十個集めたら開封、っていう流れが主流になってますね』
「なるほどなぁ」
〈雪熊の霊峰〉一帯を管理しているアマツマラにしてみても、ミニシードがフィールドに散在しているのはあまり嬉しくないのだろう。
開拓司令船から投下された貴重な資源も、フィールドに放置されてしまえば、環境を害するただのゴミでしかない。
『そういうわけで、山はいわゆる
ガラス越しに、レティが怪訝な顔をする。
そんな彼女に向かって、俺は大きく胸を張って答えた。
「何って、“纏い南京”の開発に決まってるだろ」
アマツマラとウェイド、二人の管理者から直々に依頼されたのだ。
手を抜くはずがない。
しかし、そんな俺の顔をじっと見つめて、レティはウサギの耳をへにょりと曲げた。
『開発って、もう完成品はできてますよね?』
ずばりと鋭い指摘が飛んでくる。
分厚いガラス壁と防護服を貫通し、俺の胸に突き刺さる。
「それはそうだが……。顧客の予想以上のものを提供するのが良い技術者だろう?」
『顧客が本当に求めているものを、本当に求めているだけ提供するのが、良い技術者なんじゃないですか?』
そう言って、レティは俺の背後へ視線をずらす。
『とりあえず、その羽みたいにバサバサ蠢いてる植物は、お二人からの要望には無かったと思いますが』
俺の背後にある大きな植木鉢。
スサノオが愛用のジョウロで水を撒いているそこには、蔦が絡まって形を成した、巨大な翼があった。
Vの字に屹立し、蠢くそれには膨らんだラグビーボールのような赤い実がいくつもぶら下がっている。
時折それが破裂して、ジェット機のように果汁を噴出していた。
「“試作型植物戎衣・噴出瓜”だな。原生の爆裂胡瓜を品種改良したやつだ」
『あれ、戦闘中にちょっと触れちゃうだけで爆発するからびっくりするんですよねぇ。じゃ、ないですよ。なんで注文されてないもの作ってるんですか!』
レティは戦闘職らしいエピソードを呟きつつ、綺麗にノリツッコミを決めてくる。
爆裂胡瓜は上手く使えば原生生物に対する目くらましなんかに使えて、なかなか面白い植物である。
「なんでって、そりゃあ〈カグツチ〉で空を自由に飛びたいから」
『そんなふわっとした理由で羽を作らないで下さい! ていうか、飛べるんですか?』
「いや、多分飛べない。翼の強度が植物だとやっぱり足りないし、果実のジェットも出力が全然出ないからな。良くて滑空くらいが関の山だな」
だからこそ、名前から試作型の三文字が取れていないのだ。
とはいえ、正直これ以上はどうにもならない気もしている。
植物である以上、やはり強度を出すというのは難しい。
木なら強度は出せるだろうが、今度は種瓶から発芽させた時の成長が恐ろしく遅くなるし。
「だから、ジェット翼は諦めて、機関銃を作ってみた」
スサノオに合図を出して、大型プランターで育てていた別の瓜を引っ張り出してもらう。
カミルとスサノオが足場に乗って、農園の一角に整備された試射場の的に瓜の先を向けて、衝撃を与える。
途端に、ダダダダダッと強烈な勢いで種が射出される。
それらは狙いの精度こそ甘いものの、鋼鉄製の的を無残な姿に変えるほどの威力を持っていた。
全弾を撃ち尽くして萎れた瓜を背後に、カミルとスサノオが誇らしげに胸を張ってレティの方を見る。
『なんで瓜で攻撃してんですか……』
どこか疲れた声でレティが言う。
何故と言われても、作ろうとしたら作れたから、以上の理由がない。
爆裂胡瓜の外皮を硬くして、種の射出に指向性を持たせることで簡易的な銃砲を作ることができたのだ。
これは機関銃のように細かな種を乱射するタイプだが、種の数を減らし、肥大化させた大砲タイプや、飛距離を伸ばした狙撃銃タイプなども、目下開発中である。
「“植物戎衣・ガトリングメロン”。なかなかいい感じだろう?」
『ガトリングさんも色々不本意でしょうね……』
もっと驚いてくれるかと思ったのだが、レティの反応はいまいちだ。
やはり彼女も戦闘職としてこの瓜の問題点について察知しているらしい。
俺は彼女の優れた慧眼に感心しつつ、種明かしをする。
「お察しの通り、試射場の的は打ち抜けるが、ダメージログを見る限りでは思ったより威力が出てない。だから、運用にはおそらく〈銃術〉スキルが必要だな」
『へぇ。そうだったんですか』
気付いていたならそう言ってくれていいのに、レティはとぼけたふりをしている。
ともかく、〈銃術〉スキルが適用できるかどうかを検証するため、あとでルナを呼ぶつもりだ。
『そもそも銃器を栽培しないで下さいよね……。そういえば、さっきから言ってる“しょくぶつじゅうい”ってなんですか?』
「“植物戎衣”は、その名の通り植物の戦闘服だ。〈カグツチ〉に後付けする装備群のシリーズ名だな」
『シリーズ名って……。アマツマラさんもウェイドさんもシリーズ展開されるとは思っていないでしょうに』
確かに、アマツマラから出された特別任務【植物外装開発要請】はすでにひと段落している。
彼女には、“纏い南京”を更に改良したものを提供している。
現在、アマツマラでは【特殊植物生育プラント開発計画】という任務が発令されていて、量産体制を整えている真っ最中らしい。
しかし、本当にそれだけでいいのだろうか。
特大機装〈カグツチ〉には、戦闘能力が無い。
あの調査開拓用機械人形を遙かに凌駕する出力を持つ鋼鉄の鎧武者が、ただトロッコを運ぶ任だけに従事していても、いいのだろうか。
いや、良いわけがない。
そういうわけで、俺は心からの親切心であの〈カグツチ〉に戦闘能力を付与するための“植物戎衣”シリーズを開発しているのだ。
決して、個人の趣味とかそういう理由ではない。
現に俺に与えられた任務はまだ効力を発揮しているし、技術開発援助として栽培に必要なアイテムの販売価格が割り引かれている。
「正直、“纏い南京”に関してももうちょっと改良の余地はあると思ってるんだよ。それに、銃器だけじゃなく近接武器も種瓶で作ってみたいし。実は全然時間が足りない」
今もスサノオとカミルにかなり手伝って貰っている。
それでも、試作含めて十個以上のプロジェクトを平行しているため、手も時間も足りないのだ。
更に言えば、農園も若干手狭に感じてきた。
『栽培に関しては、レティたちはなにも手伝えませんからね?』
「分かってる。こっちで何とかするさ」
目を三角形にして言うレティに、肩を竦めて答える。
“植物戎衣”の開発は、〈栽培〉スキルを持っていればできるというものでもない。
品種改良には〈機械操作〉のプログラミングテクニックが意外と活用できるし、種瓶は〈罠〉スキルも関わってくる。
〈収獲〉スキルが無ければ安全に種を取り出せないものも多いし、何より〈家事〉スキルによってステータスを補強したカミルが居なければ回らない。
「レティたちはアマツマラの方に行って、イベントの進捗を進めてほしい。そっちも重要だからな」
アマツマラでイベントが進行しないと、せっかく開発した“植物戎衣”のお披露目も遠のく。
ミニシードは既に集まっているが、それを運搬するためのトロッコや、レールの用意ができていない。
第二フェーズに移行するまでに、レティたちには坑道での戦闘に備えておいて欲しかった。
『それは、レティたちもそっちの方が適任でしょうけど』
しかし、レティの返答は歯切れの悪いものだった。
どうやら俺を置いて自分たちだけフィールドに出掛けるのが心苦しいらしい。
「あんまり思い詰めなくて良い。適材適所って言葉もあるしな。家のことは俺に任せて、レティたちはしっかり稼いできてくれ」
『家庭!? ――なるほど、分かりました。レッジさんのことは、レティがしっかりかっちり養いますからね!』
「うん。……うん?」
若干ニュアンスが違った気がするが、まあやる気を出してくれたのなら良かった。
『では、早速行ってきますね。美味しいごはんの用意をお願いします!』
「お、おう。そっちの戦果も期待してるぞ」
唐突にやる気を出すレティ。
彼女はウサギのように飛び跳ねて別荘の中へと入っていく。
『また、変なこと言ったわねぇ』
すぐに完全武装したレティが、エイミーやラクトたちを引き連れて飛び出していく。
その後ろ姿を見送りながら、呆れた声でカミルが言った。
「ええ……。俺、なんかやったか?」
『あぅ。自覚がないのも、こまりもの』
何故かスサノオにまでやれやれと言いたげな視線を向けられる。
特に理由の思い当たらない俺は、ともかくアマツマラへのお披露目に向けて万全の体制を整えるのが先決だと思い直す。
そうして、カミルとスサノオの二人を連れて、再び“植物戎衣”の開発へと戻った。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
種うめぇええええ!!!
◇ななしの調査隊員
換金効率が良すぎるな
◇ななしの調査隊員
換金はもったいなさ過ぎるだろ。溜めとけよ。
◇ななしの調査隊員
生産職じゃないからなぁ。使う宛てもないし市場の委託販売に突っ込んでるわ
◇ななしの調査隊員
俺生産者、ありがたい
◇ななしの調査隊員
ウィンウィンならいんじゃない
◇ななしの調査隊員
ウィィィィン
◇ななしの調査隊員
ウィィィンと言えば早くカグツチ乗りたいんだが?
◇ななしの調査隊員
現状、乗っても意味がないからなぁ
◇ななしの調査隊員
アレに乗って霊峰のボスとかしばきたいわ
◇ななしの調査隊員
戦闘能力は搭載されていません
◇ななしの調査隊員
あれで殴れば普通に痛いだろ。なんでダメ判定でないんだよ。
◇ななしの調査隊員
むしろ普通に壊されるし、修理費がエグいから止めとけよ(一敗
◇ななしの調査隊員
武器は搭載していない平和的な重機だからな。
要は汎用性を高くしたショベルカーよ。
◇ななしの調査隊員
ショベルカーにしてはかっこ良すぎるだろ。
◇ななしの調査隊員
なあ、種集めも良いけどトロッコ製造とレール敷設計画も進めてくれねぇか
イベントが進まねんだわ
◇ななしの調査隊員
種が美味すぎるのが悪い
◇ななしの調査隊員
パクパクですわー
◇ななしの調査隊員
みんなハムスターになっちまって・・・
◇ななしの調査隊員
ライカンスロープ、ハムスターモデル
◇ななしの調査隊員
モルモットにしてやろうか
◇ななしの調査隊員
正直、戦闘職は吐露個性造もレール敷設もできないだろ?
◇ななしの調査隊員
トロッコはともかく、レールは護衛任務があるぞ
◇ななしの調査隊員
そんなのあったのか。しらんかった。
◇ななしの調査隊員
任務ページの最上部にあるだろうがよ。
◇ななしの調査隊員
レール敷設してるプレイヤーを坑道の原生生物から守る感じか。こっちはこっちで楽しそう、なのかな。
◇ななしの調査隊員
職人側との相性次第かな。普通に喧嘩してるとこもあるみたいだし。
◇ななしの調査隊員
ひょえ、こわ・・・
◇ななしの調査隊員
対人関係はオンゲの華だろ
◇ななしの調査隊員
個人的には突然追加された植物プラントの任務が気になる
◇ななしの調査隊員
雪山だと野菜も育たないからだろ
◇ななしの調査隊員
なんで機械なのに食物が必要になるんですかねぇ
◇ななしの調査隊員
Tips的には純粋なエネルギーを生産するよりも効率が良いから。八尺瓊勾玉のエネルギー変換効率が良いから、普通に料理つくって食べるのが楽らしい。
◇ななしの調査隊員
ただの野菜畑でこんなレア部品使う?
黒緑鉄鋼の自己修復ナノマシンジェル封入多層装甲版とか、普通に現行の耐物理耐久最高峰部品だろ
◇ななしの調査隊員
そんな重い部品要求されるのかよ
◇ななしの調査隊員
核シェルターかな?
◇ななしの調査隊員
今なら護衛任務クッソ楽だぞ
◇ななしの調査隊員
まじで?
プロテインとか定期的に襲ってきて普通につらかったんだが
◇ななしの調査隊員
白鹿庵の皆さんが超スピードで坑道往復して軒並み虐殺しまくってる
◇ななしの調査隊員
なんて?
◇ななしの調査隊員
白鹿庵の皆さんが超スピードで坑道往復して軒並み虐殺しまくってる
◇ななしの調査隊員
コピペしろって話じゃねーよ
◇ななしの調査隊員
白鹿庵が原生生物片っ端から片付けてるから、正直護衛の仕事ないよ。
職人のおっちゃんと駄弁ってるだけで終わる。
◇ななしの調査隊員
ええ・・・
◇ななしの調査隊員
たぶん第二フェーズに向けた戦闘力増強してるんだろな
◇ななしの調査隊員
修行パートが過激すぎる
◇ななしの調査隊員
おっさんなにやってんだ
◇ななしの調査隊員
昨日かおとといくらいに雪山で歩いてた怪物もおっさんって噂があるよな
◇ななしの調査隊員
なんでもかんでもおっさんにするんじゃねーよ。
あの人も一応ふつうのプレイヤーだぞ。
◇ななしの調査隊員
一応な
◇ななしの調査隊員
考察すれだと結構疑われてるけどな
◇ななしの調査隊員
あれ、おっさん折らんぞ?
◇ななしの調査隊員
おっさん折らないで
◇ななしの調査隊員
いや、坑道でモグラども轢き殺してる白鹿庵見掛けたんだけど、赤ウサちゃんとかいつものメンバー揃ってんのに、おっさんおらんかった。
かわりにデケぇケルベロスが居てすれ違うのがめちゃめちゃ怖かったけど。
◇ななしの調査隊員
おっさんおらんの?
どこいったの?
◇ななしの調査隊員
そのケルベロスおっさんだったりしない?
◇ななしの調査隊員
おっさんが居ても不安だけど、居なくても不安だな・・・
◇ななしの調査隊員
あのケルベロス坑道で乗り回せるサイズじゃねぇって!
◇ななしの調査隊員
おれは大人しく種ポリポリしてます・・・
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Tips
◇【地下坑道大型レール敷設計画】
種別【建設】
推奨能力【〈鍛冶〉〈木工〉〈機械製作〉スキルのいずれかのレベル30以上】
達成条件:指定区域内の大型レール敷設
詳細説明:
本任務は〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉第二フェーズに向けた関連任務です。
地下資源採集拠点シード01-アマツマラ地下、〈アマツマラ地下坑道〉第6層から第44層および新たに発見された〈アマツマラ深層洞窟・上層〉までに、大規格レールを敷設します。
これによって開拓司令船アマテラスより投下され、調査開拓員各位によって収集されたミニシードを、平行して製造されている大型運搬用トロッコに積載して、当該地点まで移送することが計画されています。
レール敷設対象フィールドには多くの危険な原生生物が生息しており、頻繁な襲撃が予想されています。本任務と同時に発令されている【地下坑道大型レール敷設護衛計画】を受注した、調査開拓員との綿密な協力を推奨します。
達成報酬:
(1)標準敷設区画1単位につき、15,000ビット。
(2)標準敷設区画1単位につき、白鉄鉱もしくは黒鉄鉱10個
備考:
単独でのレール敷設は非常に困難であると予想されます。地下資源採集拠点シード01-アマツマラ中枢演算装置〈クサナギ〉は、3~6人程度での任務遂行を推奨します。
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