第410話「突然の申し出」

 別荘の応接室。

 ソファにどっかりと腰を降ろすのは、腕を組んで俺の方を睨むアマツマラと、長い銀髪に指を絡ませるウェイドの二人。

 ピリピリとした雰囲気を隠そうともせず、お茶を持ってきたカミルがチワワのように震えている。

 俺はと言うと、二人とテーブルを挟んだ向かい側――の、床に正座していた。


「あの、せめて椅子に座りたいんだが」

「またレッジさんが何かやらかしたんでしょう? 反省の意志を見せる方が重要だと思います」


 わざわざ椅子を退かした張本人であるレティが、しれっと言う。

 俺は何にも悪いことはしていないのに、まるでお白州に上げられた罪人のようだ。

 お奉行様のように威厳たっぷりの管理者ふたりが、じろりと見下ろしてくる。


「それで、結局どういう用件なの?」


 全然話が始まらない、と若干頬を膨らせてラクトが切り出す。

 それを受けて、まず口を開いたのはアマツマラだった。


『あたしの意見箱に、ついさっき大量の質問状が届いた』

「質問状?」

『雪山で正体不明の大型原生生物らしき影を見た。端末のデータベースにも記載されておらず、未発見の新種である確率が高いがどう扱うべきか。と言った内容だな』


 まるで書面を読み上げるかのように、アマツマラが流暢に言葉を放つ。

 それを聞いた俺たちは、一様に首を傾げた。


「大型の原生生物……」

「しかも未発見ね。そこまで言うってことはSSも撮ってるだろうし、掲示板でも聞いたあとなんだろうね」

「レッジは心当たりないの?」


 エイミーがこちらへ話を向けてくる。

 俺は記憶を掘り返し、首を振って唸った。


「アマツマラから出発して、頂上付近まで行って戻ってきたが、それらしいのは見てないな。あたりは結構吹雪いてたし、視界はかなり悪かったから、見てなくても仕方ないが」


 今まで発見されてなかった、ということは相当なレアエネミーであることが予想される。

 例えば、“猛吹雪の中でしか現れない”などといった特殊なポップ条件が設定されているとか、ありそうな話だ。


「吹雪の中みたいに話の本題が見えにくいな。遭難しそうなんだが」

「は?」


 ワダツミは割と南国よりの気候のはずなんだが。

 おかしいな、ブリザードが吹いている。


「ともかく、その巨大原生生物――アマツマラのマッシーかな? とレッジがどう関係するの?」


 流石は氷機術師といったところか。

 この極寒の空気でも平然とした顔で、ラクトが話を進める。


『実際に見てもらった方がいいですね。――これが質問状に添えられていた写真です』


 ウェイドが俺たちの方へウィンドウを投げて寄越す。

 そこには、吹雪の中で荒い画質ではあったが、ぼんやりと巨大な人型が――人型? いや、これは……。


「俺じゃねーか!」

「レッジさんなんですか!?」


 思わず声を上げると、真横で写真を覗き込んでいたレティが驚いて耳をピンと立たせる。


『レッジなんだよ! だからあたしらがここに来てンだ!』


 もう我慢できない、とアマツマラが立ち上がる。

 画像に写っているのは、太い蔓が絡み合って形作られた巨大な人型で、その頭部には大きなカボチャが乗っている。

 なるほど、外から見たことがなかったから知らなかったが、これは確かに原生生物だと言われても仕方ない。


「二人ともよく俺だと分かったな。正直、俺の要素はどこにもないだろ」

『管理者には、通常マスクされているデータも閲覧する権限があります。それで画像中に写っている調査開拓員の個体番号を参照できるので』

「なるほどなぁ」


 紅茶で唇を濡らしつつ語るウェイドに、感心して頭を揺らす。

 こういうことは、俺も〈撮影〉スキルと〈鑑定〉スキルの複合テクニックを使えばできるだろうが、それを彼女たち管理者は素のままでできるらしい。


『なるほどなァ、じゃねェんだよ。この時期に無駄な業務を増やしやがって』

「無駄な業務って、特に面倒掛けた覚えはないんだが」

『悪天候の場合は、ただでさえ設備の保守業務にリソースが割かれます。そこへきて質問状の嵐、それと警備NPCの配置検討、軽い広域調査……』


 呪詛のように呟くウェイド。

 彼女も今は臨時とはいえ〈雪熊の霊峰〉の管理を任されている。

 どうやら、俺が知らないだけで随分と色々やらせてしまったらしい。


「……レッジさん」


 そこへ、耳元で名前を囁かれる。

 肩を跳ね上げて振り返ると、レティが微笑みを浮かべて立っていた。


「れ、レティさん?」

「なんですか、これ。レティ、知らないんですけど」


 画像に写る“纏い南京”を指さしながら彼女は問い詰める。


「さっき言おうとしたんだよ」

「では、説明をお願いします」


 エイミーたちの視線も集まる中、俺は管理者たちにも向けて、新たに開発した“纏い南京”について説明した。

 この植物性パワードスーツを開発する発端に〈カグツチ〉の存在があったことを伝えると、アマツマラはがっくりと机に手を置いて項垂れた。


『お、おまえは……。そもそも〈カグツチ〉は任務規模で大量の調査開拓員が協力して作り上げてる、めちゃめちゃ高度な技術の塊なんだぞ。それを、それを個人でなァ……』

「いやぁ。〈カグツチ〉を越える出力ってのはなかなか難しいぞ。種瓶一個あたりのコストも馬鹿にならんし」

『コストとかそう言う話ではないんですよ』


 腕を組んで“纏い南京”の課題点を並べていくと、ウェイドたちがどんどんと表情を曇らせていく。

 そうした中、エイミーが控えめに手を挙げた。


「話の腰を折ってごめんなさいね。そもそも、アマツマラちゃんとウェイドちゃんは、レッジに何をさせたいの? あの趣味の悪いジャックオランタンの開発中止?」


 さらりと酷いことを言われたが、それに反論するよりも先にウェイドたちが首を振って答えた。


『いえ、そんなつもりはありません。独断専行だろうが現場に混乱をもたらしていようが、面倒くさい業務を増やされようが、レッジの働きはとても目覚ましいものですから』


 褒められているのか、貶されているのか、どちらなのだろう。

 ともかく、仕事自体は認められているようなので、喜んでおくことにする。

 ウェイドの言葉のあと、アマツマラがじっとこちらを見つめて口を開いた。


『レッジには、あの植物についての情報、および技術を提供してもらいたい』


 彼女のしっかりとした言葉を聞いて、混乱が頭の中に湧き上がる。


「それはつまり、〈カグツチ〉みたいに“纏い南京”もそっちで量産したいってことか?」


 その問い掛けに、彼女は頷く。


『ああ。正確に言やァ、〈カグツチ〉を更に強化したい、ってところだな。ワダツミの情報資源管理保管庫には、アレの情報も格納されてた。それを見た限りだと、〈カグツチ〉の機体に纏わせることもできるだろ?』


 アマツマラの言葉にはっとする。

 たしかに、“纏い南京”はその性質上、別にプレイヤーの機体に直接装着する必要はない。

 多少大きさが変わるが、〈カグツチ〉に着せることもできないわけではないだろう。

 しかし、同時に新たな疑問も生まれてくる。


「〈カグツチ〉はすでに完成形としてできてるはずだ。そこに“纏い南京”を追加する意味はあるのか?」

『〈カグツチ〉の弱点は破損に弱いことだ。当然、それなりに防御は固めてるけどな。それでも、強い衝撃を受ければ壊れる。で、壊れたら直すのにコストが掛かる』


 なるほど。

 〈カグツチ〉は生産業界最大手の〈ダマスカス組合〉と、機装界隈で最先端を走る〈鉄神兵団〉が共同で開発した技術を基にしている。

 使われている部品は、歯車やネジ、潤滑油に至るまで、どれも専門の職人が時間を掛けなければ作り出せない高級品だ。

 更に組み立てるのにも、わざわざ管理者が広大なスペースを捻出して、専門の生産ラインを整備する必要があるほどに、手間が掛かり専門性も高い。

 そんな頭のてっぺんから爪先まで、みっちりと手間と技術とコストが詰まった〈カグツチ〉は、当然、破損時の修復コストもめちゃくちゃに高い。

 そこで、我らが“纏い南京”の出番と言うわけだ。


「“纏い南京”を防具にするんだな。植物だから展開も楽だし、再生力が高いから多少の傷ならすぐ治る。〈カグツチ〉側に特殊な設計の変更も必要ないし、外付けだから拡張性も高い」

『まァ、そういうこったな』


 俺が彼女たちの目的を予想して伝えると、アマツマラは満足げに頷いてソファにもたれ掛かった。


「技術提供に関しては、好きにしてくれ。そもそも俺たち調査開拓員は、管理者に使われる立場だからな」

『そこの権限関係をちゃんと理解してていつもの行動なのも、少し引っかかりますが……。とりあえず、許諾してくれた事には感謝します』


 微妙に眉を顰めながら、ウェイドが頭を傾ける。

 俺としては、この世界――というよりは領域拡張プロトコルに寄与できるのなら、むしろ喜ばしいことなのだから、請われなくても納品したいくらいなのだが。


『それじゃあ、カボチャの生産は管理者側に引き継ぐことになるんですか?』


 そこへ、カミルがおずおずと口を開く。

 彼女とスサノオには農園の管理を手伝って貰っていた。

 もし“纏い南京”の生産がアマツマラ側に委譲されるのならば、こちらの農園は暇になる。

 しかし、そんな彼女の予想に反して、アマツマラは首を振った。


『たしかに〈カグツチ〉へ配備するための装備植物はこっちで量産体制を整える。でも、研究開発は別だ』

「つまり?」


 俺も意外に思って首を傾げる。

 それを見て、アマツマラはにやりと笑った。


『こっちから色々要望を投げるから、そっちで作れそうなモンは作ってくれ』


 彼女の言葉にぴくりと体が反応する。


「それはつまり、管理者がスポンサーになってくれるってことか?」

『まァ、そうなるか。レッジの技術を再現するのはできても、発想まではトレースできねェからな。そっちで作った試作品を、こっちで検討して、実用化できそうなら実用化する。

 それに、スサノオもそっちの方が楽しそうだしな』


 ちらり、と部屋の隅に立つ姉の方を見るアマツマラ。

 確かに農園で花を愛でている時のスサノオは、俺から見ても笑顔が多い。

 アマツマラも彼女なりに、姉のことを慮っているらしかった。


『そういうわけですので、今後もある程度の常識と節度を持った上で開発を続けて下されば』

「おいおい。独創的な発想には常識を捨てる必要があるんだぞ」

『それは農園の中だけにしてください! というか、ワダツミは自分の管理区域で暴走してるのなら止めなければならないのに、何をしてるんですか……』


 またも呪詛のように言葉をつぶやき始めるウェイド。

 それを見て、アマツマラが苦笑いを浮かべて頬を掻いた。


『ともかく、今後ともよろしく頼む。細かい要望についてはまた、すぐ後に纏めて送るから確認してくれ』

「分かった。これからは、改めてよろしくな」


 アマツマラと共に立ち上がり、テーブルを挟んで握手を交わす。

 管理者がスポンサーについてくれるというのは、まさに青天の霹靂だ。

 しかしこれならば、普段よりも更に自由に栽培活動ができるだろう。

 俺は日頃から温め続けていたアイディアの種を思い返し、堪らず口元を緩めた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇技術提供要請

 中枢演算装置〈クサナギ〉および〈タカマガハラ〉が、調査開拓員による自発的かつ独創的なアイディアの具現化、およびそれが領域拡張プロトコルの進行に対して有効であると判断した場合、アイディアの発案者である調査開拓員に向けて、技術提供要請を送る場合があります。

 提供の承諾を得た技術は、その後、中枢演算装置〈クサナギ〉の最適化処理を経た上で、様々な領域拡張プロトコル遂行計画群に適用されます。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る