第409話「管理者急襲」

 悪天候の雪山での散歩を終えて、ワダツミの別荘へと戻ると、レティたちがログインしていた。

 彼女たちは俺の姿を認めると、不思議そうな顔をして口を開いた。


「こんにちは、レッジさん。どこ行ってたんですか」

「ちょっと雪山の方に。散歩がてらな」


 そう答えると、彼女は驚いた様子で手元に開いていたウィンドウへ目を落とす。


「今、霊峰って凄く天気悪いってありますよ?」

「そうだな。全然人は居なかったな」

「それに、未確認の大型原生生物の姿も確認されたとか」

「そうなのか? そっちは心当たりないなぁ」

「レッジさん、〈白鹿庵〉で一番弱いんですから、あんまりブラブラ出歩いちゃだめですよ」

「一人でも霊峰くらいならなんとかなるさ」


 心配そうに眉を寄せるレティ。

 彼女を安心させるように、俺は笑って答える。

 実際、本職には及ばないものの戦闘スキルも備えているし、逃げ足には自信がある。

 距離を取ってテントを建てる時間さえ稼げれば、ちょっとやそっとのことでは死なないはずだ。


「でも、そろそろ霊峰を歩き回るフェーズも終わりそうだよね。ミニシードの回収率がもう90%を超えてるみたいだよ」


 イベント攻略について話す掲示板のスレッドを見ていたらしいラクトが、椅子から飛び下りながら言う。

 彼女の開いたウィンドウを覗き込むと、アマツマラの中に表示された第一フェーズの進行度のSSが貼り付けられている。

 リアルタイムで1週間の期限を設けられた、第四回イベント〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉第一フェーズは、その期限よりも数日早く当初の目標を達成できそうだった。


「〈カグツチ〉も結局、10機以上生産したんだな」


 第一フェーズの進行度の下に掲げられていた、〈カグツチ〉の製造進捗を見て言う。

 アマツマラ自身が言っていた、事前の製造台数は10機。

 もともとプレイヤー全員が必要とするようなものではないため、それだけあれば十分だという話だったが、既に30機以上が完成しているようだった。


「“蒼氷猪脂”以外の材料もたくさん集まったらしいですからね。倉庫を圧迫するくらいなら作れるだけ作るってことで、製造ラインを更に広げて量産したようです」


 〈カグツチ〉の事情を知っているらしいトーカが説明してくれる。

 脂はともかく、他の素材の中には量産が難しいものもあっただろうに、世の生産職というものはどこかリミッターが外れているらしい。


「〈カグツチ〉の生産ラインって、どこにあるんだ?」

「〈アマツマラ地下坑道〉の1層から5層を使って、整備したみたいですよ。なので、今の地下坑道は6層からスタートです」

「そうだったのか……」


 他の都市と比べて、僻地にあるアマツマラは遊ばせる余裕のある土地もない。

 水平方向に版図を広げられない以上、地下へとベースラインを拡張していく方針を取っているらしい。


「ただでさえ猫の額みたいな土地に、立派な闘技場やらスキー場やら整備しちゃったもんねぇ」


 半分管理下にあるとはいえ、フィールドへと都市機能を広げるアマツマラに、ラクトがしみじみと言う。

 坑道5層分をぶち抜いた生産ラインというのはなかなか好奇心をそそられる。

 アマツマラに頼んだら、工場見学とかさせて貰えるだろうか。


『あっ! やっぱり帰ってきてるじゃない。戻ったならちゃんと農園の方に来なさいよね』


 レティたちと話していると、裏口の方から声が掛かる。

 振り返れば、そこには化学防護服の上を脱いだカミルと、作業服姿のスサノオが立っていた。


「すまんすまん。今戻ってきたばっかりなんだ」


 俺の代わりに農園で作業をしてくれていた二人に低頭して、礼を言う。

 カミルはツンツンとした態度のまま、農園の方へ頭を向けた。


『ふんっ。とりあえず、花は咲いてるわよ。さっさと種にしちゃいなさいよ』

『あぅ。カミル、凄く頑張ってたよ!』

『ちょっ、あんまりそんなこと言わないで! く、ください……』


 無邪気に手を挙げるスサノオ。

 いつもの調子で反論しようとしたカミルは、彼女が自身よりも遙かに上位の存在であることを思いだし、尻すぼみに敬語をつける。

 ともかく、二人ともしっかりと仕事を完遂してくれていたようで、こちらとしてはありがたい限りだ。


「二人とも、ありがとうな。早速、種瓶にするか」


 カミルとスサノオの頭に手を伸ばし、柔らかな髪を撫でる。

 スサノオは気持ちよさそうに目を細めてくれるが、カミルは頬を赤くして逃れようとしていた。


「レッジさん、また新しい植物を開発したんですか?」


 そんな俺に向かって、背後からレティが問いを投げてくる。

 彼女たちにはまだ、“走り南京・改”もとい“纏い南京”の存在は知らせていない。

 第二フェーズの開始と同時に、満を持してお披露目しようかと考えていたのだが、丁度この場に全員集まっているし今でもいいか、と思い直す。

 しかし、レティたちの方へ体を戻し、得意げな顔で口を開こうとした、その時。


『レッジぃぃいい!』

『レッジ! あなた、また何かしでかしましたね!』


 突然、二つの声が別荘に響き渡る。

 同時に倉庫部屋の扉が弾けるように開き、そこからアマツマラとウェイドが飛び出してきた。


「うわっ!? あ、アマツマラさんとウェイドさん!? どうしたんですか」


 殴り込むようにやってきた二人を見て、レティが目を丸くする。

 そういえば彼女たちは、管理者のスペア機体が何故か別荘に置いてあることを知っているはずだが、実際に管理者が出てくるのを見るのは初めてだった。


『どーしたもこーしたもねェ!』

『なんであなたは……いつも私が居る場所でトラブルを……』


 怒りに我を忘れた猛犬のように髪を逆立てるアマツマラと、ブルブルと震えるウェイド。

 いつもとは違う二人の様子に、スサノオはきょとんとして、カミルは涙目になっている。

 特に身に覚えのない俺がきょとんとしていると、エイミーがそっと肩に手を置いてきた。


「レッジ、さっきまで霊峰にいたのよね」

「ああ。散歩してた」

「まさか、スサノオちゃんとカミルちゃんに畑の世話を押しつけてサボってたわけでもないでしょうし。何かしてたんでしょう?」

「それはまあ……そうだが」


 頷くと、周囲の目が一斉に白けたものになる。


「……とりあえず、椅子に座りましょうか」


 静かに笑みを浮かべるエイミーの、有無を言わせぬ気迫を受けて、俺は粛々とそれに従うことにした。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

そろそろ第一フェーズも終わりか


◇ななしの調査隊員

完全な作業ゲーだったから飽きたわ

はよ第二フェーズ行きたい


◇ななしの調査隊員

種探し割合たのしかったけどなぁ


◇ななしの調査隊員

フィールドワークが好きな奴はハマるだろうな

逆に戦闘が好きな奴は結構ストレスたまりそう


◇ななしの調査隊員

生産職はモクモクと部品作ってるだけだったけど、案外楽しかったぞ


◇ななしの調査隊員

生産は生産で結構な祭りだったろうに


◇ななしの調査隊員

アマツマラの倉庫は結局決壊はしなかったんだっけ


◇ななしの調査隊員

もともと10機だったカグツチの製造を30機に増やしたからね


◇ななしの調査隊員

第一フェーズだと騎士団とかセブンスセージの話はあんまり聞かなかったな


◇ななしの調査隊員

戦闘特化のところはイベントはそこそこにして、坑道潜ってたみたいだからなぁ


◇ななしの調査隊員

どうせ深層洞窟まで行かにゃならんから、少しでも力付けておこうって魂胆だろ


◇ななしの調査隊員

おっさんも結構大人しかったな


◇ななしの調査隊員

大人しかったか?


◇ななしの調査隊員

おとな・・・し?


◇ななしの調査隊員

スキー場作る原因つくって、アマツマラの倉庫一杯にする原因つくって、おとなしい?


◇ななしの調査隊員

霊峰のエネミーにくわしい奴おろ?


◇ななしの調査隊員

でもここ数日はおっさん大人しいと思うぞ


◇ななしの調査隊員

どした


◇ななしの調査隊員

おちつけ


◇ななしの調査隊員

雪山歩いてたら変な一団を見つけたんだが


◇ななしの調査隊員

纏めて詳しく話せ


◇ななしの調査隊員

この天気のなか出歩いてたのか?

大丈夫だった?


◇ななしの調査隊員

雪山の頂上でキャンプ張って過ごしてたら天気悪くなってきたから、下山しようと思ったんだ。真っ赤なスリングショットタイプの水着を来たスケルトンのゴーレム集団が居たからちょっと距離を取って様子を伺ってたんだけど、でけぇカボチャの化け物みたいなやつが山の奥から出てきてさ。


◇ななしの調査隊員

どこから突っ込んだら良いんですか?


◇ななしの調査隊員

雪山でキャンプとかなかなかのチャレンジャーだな。

キャンプも専用のにしないと断熱とか大変だったろうに。


◇ななしの調査隊員

え、そこ?


◇ななしの調査隊員

スケルトンの方はたぶん教団だろ。

ゴーレムの屈強さを証明するため云々みたいなこと言ってアマツマラ出発してたし


◇ななしの調査隊員

なんで雪山で水着着てるんですかね・・・


◇ななしの調査隊員

ビキニアーマー愛好会との共同開発品だったはず


◇ななしの調査隊員

なるほど


◇ななしの調査隊員

何がなるほどなんだよ・・・


◇ななしの調査隊員

そこまではいいんだ。

雪山にカボチャの化け物っていたっけ?ていうか、そもそも植物型の生物ってなんかいるっけ?


◇ななしの調査隊員

前に坑道で爆走するカボチャの化け物見たって話も聞いたことあるな


◇ななしの調査隊員

あの辺一帯の植物がなんか進化してんのか?


◇ななしの調査隊員

おっさんが何か凄いやつ作ってなかったっけ


◇ななしの調査隊員

いくらおっさんでも原生生物は作れんだろ


◇ななしの調査隊員

しかしカボチャの化け物は聞いたことないなぁ

写真ないの?


◇ななしの調査隊員

吹雪が酷いから不鮮明だけど

[カボチャの化け物(こわい).img]


◇ななしの調査隊員

こわい


◇ななしの調査隊員

イエティの親戚かなにか?


◇ななしの調査隊員

カグツチレベルにデカくて草なんだ


◇ななしの調査隊員

草だろうよ


◇ななしの調査隊員

草か?


◇ななしの調査隊員

こんなん見たことねぇなぁ


◇ななしの調査隊員

管理者に聞いてみたら?

アマツマラちゃんかウェイドちゃんなら何か知ってるかもよ


◇ななしの調査隊員

なるほど、頭良いな

ちょっと意見箱に質問状送ってみるか


◇ななしの調査隊員

俺も知りたいし送ろっかな


◇ななしの調査隊員

俺も俺も


◇ななしの調査隊員

じゃあおれもー


◇ななしの調査隊員

・・・一人が質問状送ればいいのでは?


◇ななしの調査隊員

かしこい


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Tips

◇アマツマラ地下特殊大型機械装備生産ライン

 地下資源採集拠点シード01-アマツマラの地下、〈アマツマラ地下坑道〉の第1層から第5層までの空間を拡張し、整備した大規模な工業生産ライン。1日あたり3機の〈カグツチ〉を製造できるだけの能力を保有する。

 管理者のスケジュールに余裕があれば見学(要事前予約)も可能。


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