第408話「纏い南京」
散歩を兼ねて、新装備の実地試験をしていたら、恐ろしい姿をした集団と遭遇した。
向こうは真っ赤な布地――というよりは殆ど紐といって良いほどの、V字型の水着を着て、こちらに武器を向けている。
全員がタイプ-ゴーレムで、しかもスケルトンである。
「た、隊長、なんですかこのエネミーは!?」
「分からん。しかし油断するな」
「デバフのターゲットに設定できません! まさか、エネミーではないんですか!?」
「そんな馬鹿な……」
轟々と風を掻き鳴らして吹き付ける雪の中、ゴーレムのプレイヤーたちが何か言葉を交わす。
何やら焦っている様子で、上長らしい男性に話しかけているようだ。
「た、隊長……。こいつ、おそらくプレイヤーです!」
「そんなまさか!」
集団が一斉にざわめく。
この状態では周囲の音が拾いにくいというのは、今後の改善点として考える必要があるな。
風雨の影響は殆ど受けないとはいえ、視覚と聴覚が大幅に制限されるのは、単純に動きにくい。
などと考えていると、いつの間にか上長ゴーレムがこちらへ歩み寄ってきた。
立派な斧を構え、で俺を見上げる。
「一つ聞いても良いか! あなたはプレイヤーで合っているか?」
張り上げられた声は吹雪の中でも良く通り、俺の耳にもすんなりと届く。
「もちろん。プレイヤーだぞ」
こちらも叫ぶようにして答える。
周囲の環境音もそうだが、今の状態では外にも声が届きにくいのだ。
幸い、俺の言葉は彼らに届いたようで、上長ゴーレムたちは安堵した様子で胸を撫で下ろす。
「俺の名はアレクセイ。〈ゴーレム教団〉第一戦闘隊の隊長だ」
上長が再び口を開き、自身の名を伝えてくる。
なるほど、上長は本当に上長だったらしい。
「俺の名前はレッジだ。小さいが、〈白鹿庵〉というバンドの――」
「レッジ!?」
「は、〈白鹿庵〉!?」
俺が言い終わるよりも早く、アレクセイ以下〈ゴーレム教団〉の面々がどよめく。
どうしたのかと首を傾げていると、困惑した様子でアレクセイが口を開いた。
「す、すまない。まさかあのレッジとこんな所で出会うとは……。というより、なんでそのような格好なんだ?」
その言葉を聞いて、なるほどと拳をうつ。
今の俺の外見を見ても、プレイヤーだとは思われないだろう。
「すまないな。今、脱ぐよ」
「脱ぐ?」
ゴーレムたちが一斉に首を傾げる。
彼らの目の前で、俺は“走り南京・改”への栄養液の供給を停止する。
すぐさま全身を覆っていた太い蔓が萎れ、頭部のカボチャがごろりと落ちる。
「うおおお……」
「ひえっ」
屈強なゴーレムたちが後ずさる。
栄養を失ったカボチャは一瞬で枯れ、吹雪の中へ消えていく。
後に残ったのは、ラフな服装の俺だけである。
「ほ、ほんとにレッジだ……」
「なんでカボチャの化け物の中にいたんだ?」
大盾の向こう側からゴーレムが顔を覗かせる。
彼らの前に立つアレクセイも、唖然とした表情を浮かべてこちらを見ていた。
スケルトンの表情は変化がなさ過ぎて、視線を向けられるだけで妙な迫力がある。
俺は緊張した空気を壊そうと、笑みを浮かべて言葉を放つ。
「南京の中に軟禁されてたって訳だ。ははは」
……よし。
「とりあえず、雨風を凌げる場所を作ろうか」
霊峰の寒さ、特に今日の吹雪は身に凍みる。
凍ってしまったかのように固まる人々の前に、テントを設営する。
建材を三つほど使って、〈ゴーレム教団〉の面々も入れる程度の広さを確保した。
「さ、入ってくれ」
「いいのか?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。時間があるなら、だけども」
「いや、ありがたい。外の寒さはゴーレムの機体であろうと身に堪える」
深々としたお辞儀をして、アレクセイは背後の部下たちに声を掛ける。
「レッジさんが小屋を貸してくださるそうだ。みな、感謝して入れ」
「ひゃっほう!」
「これが噂のおじさんのテントか!」
「一回、中に入ってみたかったのよね!」
半分雪に埋まり掛けていた隊員たちが飛び出して、小屋のドアへと駆けてゆく。
それを見たアレクセイが呆れた顔をして、俺に向かって謝罪した。
「すまない。普段ならもっと礼儀正しいのだが……」
「いや、別にいいよ。俺も敬語忘れてたし」
「そのままで頼む。敬語は背中がむず痒くなってしまってな」
そう言って笑むアレクセイと連れだって、俺も小屋の中に入る。
「うおおお! 暖炉だ、暖炉があるぞ!」
「なんでテントなのにソファがあるの!?」
「ロフトだぁ!」
小屋の中では、ゴーレム隊員たちが賑やかに声を上げている。
アレクセイが恐縮しているが、これくらい思い切り喜んで貰えた方が小屋を提供した甲斐があるというものだ。
「ココア、コーヒー、緑茶。他にも色々あるから、好きなの選んでくれ」
キッチンカウンターに立ち、お湯を沸かす。
「俺たち今はお金持ってないんですけど」
「福利厚生の一環で常備してるものだから、タダでいいよ」
「て、手厚い……!」
全員に温かい飲み物が行き渡ったところで、俺はソファに座って、アレクセイたちと対面する。
スキンを貼っていない、スケルトンのプレイヤーは割合珍しい。
彼らが食事を摂るところをしっかりと見たことはなかったが、そこまでスキン付きのプレイヤーと変わっているわけではないようだ。
「それで、何の話だったか」
「レッジさんが、着ていた? カボチャの装備について、教えて貰ってもいいだろうか」
コーヒーカップをテーブルに置き、アレクセイが控えめに言う。
「もちろん、まだ秘密にしたいことならそれで構わない。我々も今日見たことは一切口外しないことを約束しよう」
「いや、別にいいぞ。隠すことでもないし、今日か明日あたりにはブログの記事にする予定だったし」
俺がそう答えると、アレクセイはあからさまに肩の力を弛緩させた。
彼の背後には他の隊員たちも集まっており、誰もが興味津々といった様子を隠していない。
そんな姿に思わず苦笑しながら、俺は懐から種瓶を取り出して見せた。
「これは?」
「種瓶だ。“走り南京・改”の種だな」
「はしり……?」
怪訝な顔をするアレクセイ。
彼は、俺が種瓶や“走り南京”について簡単に説明すると、目を見開いて驚いた。
「なんと、あの噂は本当だったのか」
「どんな噂が流れてるんだ……」
テーブルに置いた種瓶を、まじまじと見つめるアレクセイ。
世間での俺の評価について少し不安を覚えるが、今は流しておくことにする。
「その“走り南京”を品種改良したのがこの“走り南京・改”。――正式名称にしようと思っているのは“纏い南京”だ」
「“纏い南京”」
俺の言葉を反芻するアレクセイに頷く。
「“走り南京”を自分の体に纏わせることで、その怪力を使うことができるようになる。その上で防御力も上がって、攻撃を受けて損傷しても、栄養剤さえ注入してやればすぐに再生する」
続けてそう説明すると、アレクセイ以下〈ゴーレム教団〉の隊員たちが愕然として種瓶に視線を向けた。
「なんという……。酷環境下での行動能力も先ほど目の当たりにしたし、まさにこれは……」
「ああ。〈カグツチ〉を自己流でアレンジしたんだ」
“纏い南京”を思いつく素ととなったのは、現在フルスロットルで製造が行われている、特殊大型機械装備〈カグツチ〉である。
全身を高度な技術と鋼鉄で構成する、最先端の全身機装。
それを、俺は〈栽培〉スキルを使って再現してみた。
「なぜそのようなものを?」
〈カグツチ〉の現物も、イベントが第二フェーズへ移行すれば誰でも乗り込むことができる。
そのため、アレクセイは何故こんなものを作ったのかと問い掛けてきた。
「趣味だな」
単純明快な答えを告げると、俺の予想に反して彼らは奇妙なものを見るような目をこちらに向けてきた。
「確かに、〈カグツチ〉と比べれば出力も耐久力も敵わない。それでも、男なら一度は巨大ロボを作りたい。そうだろう?」
「そ、そうかなぁ?」
俺の問い掛けに、アレクセイは困惑したようだ。
「しかし、俺には〈鍛冶〉スキルも〈機械製作〉スキルもない。金属のロボットが作れない。だから、植物でロボットもどきを作った」
「……分からなくなってきたぞ」
極めて論理的な帰結である。
しかし、アレクセイはチカチカと赤いカメラアイを点滅させていた。
スケルトンは表情がわかりにくいが、それでも困惑がこちらへ伝わってくる。
「とはいえ、“纏い南京”はまだ未完成だ。蔓の強度を上げればもっと丈夫になるし、出力も上げられるだろう。どうにかしてテントも載せられるようにしたいし、動きももっと早くしたい」
「あれが完成形じゃないのか」
「今回は、歩行能力の検証のために出掛けてただけだ。まだまだ、改良の余地はたくさんあるぞ」
難しいだろうが、目標は〈カグツチ〉と遜色ないレベルに仕上げることだ。
機械外装ならぬ植物外装といったところだろうか。
「遅くともイベントの第二フェーズまでには、一通り仕上げるつもりだからな。もし覚えてたら、その時にでも改めて見てくれ」
「忘れようと思っても忘れられんさ……」
第二フェーズの開始、つまり“纏い南京”の出番まではまだ多少の時間がある。
その間に少しでも“纏い南京”の完成度を高めようと、今もワダツミの農園ではカミルとスサノオが植物の世話をしてくれているはずだった。
「アレクセイたちもイベントの為に山を登ってたんだろう? お互い、頑張ろうな」
「…………そうだな」
俺が激励の言葉を投げると、アレクセイは頷く。
その顔には表情筋がないにもかかわらず、何故か疲れたような色が浮かんでいた。
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Tips
◇赤熱の大戦斧
内部に発熱装置を備えた大型の戦斧。重量に任せた斬撃と共に、高熱で敵を焼く。非常に重く、扱うにはかなりの腕力を必要とする。
通常攻撃時、火属性のダメージが加算される。
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