第407話「雪山の怪異」

 吹雪の舞う雪山。

 曇天が陽光を遮り、暴風がうねる。

 この地に棲む原生生物たちでさえ、深い巣穴の奥へ引きこもる悪天候。

 そんな中、隊列を組んで進む一団があった。


「全体、止まれ。バフの更新、LPの回復、および被害状況の報告。外周の大盾は守りを固めろ。隙間を無くせ」


 隊の中央に立つ男が朗々と叫ぶ。

 五月蠅く鳴り続ける風音にも負けない、良く通る声を聞いた隊員たちは、一斉に緊張した空気を弛緩させた。


「さみぃぃぃ! これもう“極寒”だろ!」

「スキン貼ってると多少は暖かいのかね」


 身の丈ほどもある大盾を周囲に並べ、簡易的な壁として風と雪を阻む。

 その中で口々に声を上げるのは、総じて鈍色の機体のタイプ-ゴーレムたちだった。

 彼らは皆、多くのプレイヤーが使っているスキンを用いておらず、機械らしい金属部品が剥き出しになっている。


「貴様、我ら〈ゴーレム教団〉の鉄の掟を忘れたか」


 寒さに震えながら言葉を零す隊員を、隊長がギロリと睨む。


「忘れてませんよ! タイプ-ゴーレムを愛せよ。機体美を愛せよ。そして愛を広めよ! 俺だって、伊達に教団第一戦闘隊員じゃありません」


 雪を払って立ち上がり、ゴーレムの男ははっきりと断言する。

 それを聞いて、周囲に座る他の隊員たちも深く頷いていた。

 バンド〈ゴーレム教団〉は、そのメンバーの全員がタイプ-ゴーレム、それもスキンを貼らないスケルトンのプレイヤーで構成された、見た目に大きなインパクトのある集団である。

 彼らはバンド活動の第一番目に、“スケルトンのタイプ-ゴーレム機体を他のプレイヤーに布教する”という目標を掲げており、今回のミニシード回収行軍もその一環だった。


「しかし、やっぱり無謀なんじゃないですか? 今日は近年稀に見るレベルの悪天候って言われてますよ」

「入植が始まって以来の積雪量とか」

「今世紀最大の雪嵐!」

「驚きの白さ!」

「天地創世!」


 如何に大盾で周囲を囲んでいようと、どこぞのテントのように屋根があるわけではない。

 風雪はもろに直撃し、防寒具に加えてホットドリンク類を使用しなければ、一瞬で炉心まで凍り付くだろう。


「どこのワインだ、それは! そもそも我々が入植してから一世紀どころか一年も経っていないだろう!」


 ぶーぶーと文句を上げる隊員たちを、隊長が一喝する。

 無論、彼も同じスケルトンのタイプ-ゴーレムである。

 この骨に凍みるような寒さはよくよく分かっている。


「だが、この悪天候が良いのだ。他の軟弱なフェアリーやヒューマノイドや獣どもがアマツマラに引きこもっているからこそ、我々のように屈強なタイプ-ゴーレムの力を見せつけることができる。ゴーレムのタフネスに掛かればこの程度、粉雪同然よ!」


 タイプ-ゴーレムの魅力を説くべく活動している〈ゴーレム教団〉。

 彼らの本日の活動は、他のプレイヤーが尻込みするような悪天候の霊峰を登り、ミニシードを集めることだった。

 これによってタイプ-ゴーレムの長所である頑丈さを証明し、世に新たなタイプ-ゴーレムを生みだそうとしているのだ。


「でも、隊長。この吹雪だと種を探すどころの話じゃないんじゃないですかぁ?」


 タイプ-ゴーレムの女性隊員が吹き付ける雪に辟易としながら言う。

 周囲は視界を白く染める猛吹雪。

 光も乏しく、10メートル先も定かではない。

 しかし、そんな状況を突き付けられてなお、隊長は不敵に笑う。

 ――と言っても、スキンを貼っていないため表情はすこぶるわかりにくいが。


「甘いな。これだからタイプ-ゴーレムは脳筋と言われるのだ」

「隊長だって、ていうかここに居るの全員タイプ-ゴーレムですよ!」


 突然、身内から自身すら巻き込んだ罵倒を飛ばされ、隊員たちが蜂の巣を突いたような騒ぎに沸く。


「まあ待て。だが、我々タイプ-ゴーレムにも知性はある。今回はそれを証明するのだ」


 そう言って、隊長はインベントリからアイテムを取り出す。

 彼が掲げたものは、シリーズの装備一式を一つに纏めて梱包した、装備袋というもの。

 外見からは、それが何か判別できない。


「なんすか、それ?」

「機体面積が30%以上隠れる装備は、教団の鉄の掟で禁止されてますよ?」


 隊長が得意げに取り出したそれを見て、一斉に怪訝な顔をする隊員たち。

 隊長は、馬鹿にするな、と言いたげに眉を寄せ、装備袋を開封した。


「見ろ! これこそが〈ゴーレム教団〉生産隊が〈ビキニアーマー愛好会〉と共同研究し、開発した汗と涙とオイルの結晶である!」


 装備袋から取り出されたのは、細長い紐。

 否、強靱な合成繊維によって繋がれた、装甲板。

 否、僅かに胸と股間だけを隠す、猫の額ほどの面積しかない装甲を持つ、ビキニアーマーだった。


「た、隊長!?」

「何やってるんですか隊長!」

「早まらないで下さい!」

「うおおおお! 俺はやるぞ、俺はやるぞぉおおお!」


 何かに気がついた隊員たちが、一斉に制止の手を伸ばす。

 それを振り切って、隊長は装備ウィンドウを操作する。

 屈強なタイプ-ゴーレムの男性が、まばゆい光に包まれた。


「装着!」


 どこぞのモグラのようにポーズを決めるゴーレム隊長。

 人工筋繊維が膨張し、頭部の赤いカメラアイがキラリと光る。


「おえええ」

「や、やりやがった……」

「止まれよ隊長……」

「アンタは俺の夢を壊した」


 ゴーレムの2メートルに迫る逞しい機体を包むのは、真っ赤な光沢を帯びた紐だ。

 鋭いV字型のそれは、隊長の股間と胸を申し訳程度に隠す小さな装甲と繋がっている。

 いわゆるスリング型の水着にも似た、ビキニアーマーである。


「これぞ、〈ゴーレム教団〉用に開発された、タイプ-ゴーレムの機体美を損なわぬように極限まで布面積を削った、感覚拡張高感度センサー搭載、ビキニアーマー型機装――“パーフェクトボディ[Type-InvisibleEye]”である!」


 隊長がビキニアーマーに内蔵された機構を展開する。

 胸当ての装甲がパカリと丸く展開し、クルクルと回転を始める。


「フン、見える、見えるわ。吹雪など邪魔にもならん! 俺には周囲の地形が手に取るように分かるぞ!」


 胸で二つの小さな花のようなアンテナを回しながら、隊長が高らかに笑う。

 彼は、ビキニアーマーに搭載された二つの高性能なアンテナとセンサーにより、ゴーレム機体の能力を超えた広範囲に渡って、詳細な地形を知覚することができていた。


「ビジュアルが最悪すぎる……」

「せめて女性隊員に渡してやれよ……ッ!」

「なんでこんな隊長について行ってるんだろ」


 周囲の絶望に満ちた視線にも気付かず、隊長は周囲の地形の把握を続ける。


「素晴らしいではないか。この小さな布面積の中に、これほど高度なセンサーをいくつも搭載するとは。変態技術とはまさにこのことだな」

「変態が何か言ってるよ……」


 新兵器の、予想以上の働きにご満悦の隊長とは対照的に、隊員たちの士気はだだ下がりである。

 今まで苦労させられていた猛吹雪も、身内の恥を他のプレイヤーたちから隠してくれていると考えれば、感謝すら覚えてしまう。


「さて……。よし、大盾にはこれを」

「はい?」


 ひとしきり新装備を堪能した後、すっと真顔になった隊長がインベントリから新たな装備袋を取り出す。

 分厚く重い大盾を支えていた隊員たちが、頭に疑問符を浮かべながら、その装備袋を見た。


「“パーフェクトボディ”にはいくつか種類がある。センサーを搭載した[Type-InvisibleEye]は隊長である俺が着る。大盾は反エネルギーフィールド展開装置を内蔵した防御型の[Type-IronChest]だ」

「え゛っ」


 ずい、と差し出された装備袋を見て、大盾の隊員が流れもしない冷や汗を感じる。


「この先は更に過酷になる。装備を固めねば、いかに屈強なタイプ-ゴーレムであろうと苦しいぞ」

「…………ソッスネ」


 隊員は、ここまでの道程と、この先の環境を考える。

 そうして、どうせ身内しかいないのだ、という諦観と共に、死人のような顔で装備袋を受け取った。


「ほら、装備してみろ」

「…………ハイ」


 言われるまま、装備する隊員。

 真っ赤な布地のスリング型水着である。

 隊長のものと違うのは、胸と股間を守る装甲が、青色である点だけだ。


「大盾は全員、これを回せ」

「あっはい」


 他の大盾隊員も他人事ではない。

 回されてくる装備袋を、憮然とした顔で受け取っていく。


「ぷふっ。すごい格好だな」

「ああはなりたくないねぇ」


 大盾を持たず、主にアタッカーとして活動する戦闘班の他の隊員たちは、揃いのスリング水着アーマーを纏った大盾班に思わず吹き出す。

 大盾を担ぐ巌のようなゴーレムたちがプルプルと震えているのは、厳寒の風のせいではないだろう。


「何言ってるんだ。お前たちのぶんもあるぞ」

「えっ」


 クスクスと肩を震わせていた隊員たちに向かって、隊長がきょとんとした顔で言う。

 思いも寄らぬ言葉に、彼らは一様に豆鉄砲を撃たれた鳩のようになった。


「軽装戦士は[Type-RapidLeg]だ。積雪地帯や岩場でも動きやすくなる〈歩行〉スキルの代用装備だな。聞いて驚け、ビキ愛が開発したばかりのジェットパック・ビキニアーマーの磁場形成装置を一部流用している最先端だ。

 重装戦士は[Type-HeavyArm]を渡す。攻撃力を底上げして、殺気立っている原生生物を短期決戦で倒せ」

「えっ」

「ほら、どんどん回していくぞ」

「えっ」


 隊長が自身のインベントリから、次々と装備袋を出していく。

 最大所持重量が大きいのは、タイプ-ゴーレム機体の特筆すべき長所の一つである。


「……まじかぁ」

「笑ってごめんな」

「現実でもこんなきわどい水着着たことないんだけど」


 数分後、そこには赤、青、緑、黄と色とりどりの装甲の、スリング水着アーマーを着たタイプ-ゴーレムの集団がいた。

 装備によって全体の戦力は大幅に底上げされているが、士気は反比例するように下がっている。


「こんな姿、他のプレイヤーに見られたら、もうお婿に行けないっ」

「この吹雪の中で出歩いてる奴なんておらんやろ」

「それだけが唯一の救いだな……」


 吹雪は轟々と横薙ぎに流れていく。

 大盾隊の壁も殆ど意味をなさないほどの天候は、彼ら〈ゴーレム教団〉以外のプレイヤーを、安全なアマツマラの中へと押し止めている。


「むっ? 総員、戦闘準備!」


 隊員たちが悲嘆に暮れていると、突如として隊長が声を張り上げる。

 彼は胸に二つ取り付けられたアンテナを全開にして、吹雪の奥を睨み付けている。

 他の隊員たちも、伊達や酔狂でこの過酷な環境に踏み出しているわけではない。

 隊長の指示に迅速に反応し、大盾隊が前に出る。

 軽装部隊がそれぞれの得物に手を添えて、油断なく身を屈める。

 重装部隊も既に攻撃力を底上げする〈戦闘技能〉の自己バフを唱え始めていた。

 見た目のインパクトが先行しがちだが、〈ゴーレム教団〉は実力も十分に高く評価されている、いわゆるガチ勢の一角なのだ。


「視界不良により探索は難しいです。隊長、何が見えたんです?」

「巨大な人型だ。真っ直ぐこちらへやってくる。しかし……おかしいぞ」


 吹雪に逆らうように立ち、隊長は油断なく警戒しながら思考する。

 この隊の長として、彼もこのフィールドに生息する原生生物の情報は、ほぼ全て頭の中に叩き込んでいる。

 しかし、それでも首を傾げざるを得なかった。


「コオリザルにしてはデカすぎる。ゴーレムよりもデカい……。しかし、なんだこれは……」

「まさか、黒神獣?」

「いや、そうではない」

「で、では〈カグツチ〉なのでは?」


 隊員が焦った声を上げる。

 〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉が技術の粋を集約して、管理者アマツマラによって開発された大型全身機装。

 あれならばこの猛吹雪の中を行動していてもおかしくはない。

 それに彼らが悲壮な表情を浮かべるのは、ひとえに彼らの姿にある。


「いや、〈カグツチ〉でもない。シルエットが全く違う。それに、あれは……」


 隊長が言い終わるよりも早く、吹雪の奥から人型の影が現れる。

 ゴーレムよりも更に大きく、〈カグツチ〉に勝るとも劣らない巨大な姿。

 正確に言うならば、人型ではなくである。

 無理に肥大を促した筋肉のように、四肢が不自然に膨張している。

 まるで自身のサイズを勘違いしているように、その歩きはよたよたとしていておぼつかない。


「ひっ」


 百戦錬磨のゴーレム隊員が悲鳴を漏らす。

 それも無理はない。

 吹雪の雪山を降りてきた謎の人型――その頭には、凶悪な笑顔を彫り込んだオレンジ色の巨大カボチャが鎮座していた。


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Tips

◇パーフェクトボディシリーズ

 調査開拓用機械人形そのものの魅力を存分に表現するために開発された、極限まで被覆面積を削った機装。

 胸部と股間部を保護し、機構部分を内蔵する特殊金属装甲部分と、それを接続する特殊合成繊維の布地によって構成されている。

 各種計測器類の精度と機能を拡張し、索敵・状況把握能力を高める[Type-InvisibleEye]をはじめ、いくつかの種類が存在する。


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