第405話「雪中カメラマン」
アマツマラのカチコミを受け、“蒼氷猪脂”の生産を中止した俺たちは、本来のメインミッションであるミニシードの探索と“白雪椿油”生産のための白雪椿採集を行うべく、アマツマラの外へと飛び出した。
『わぁ! レッジ、雪よ! 雪が沢山でまっしろだわ!』
「そうだなぁ」
厚手のコートを羽織り、長靴を履き、もこもこの手袋とイヤーマフを着けたカミルが、雪原の中を飛び跳ねる。
今までウェイドやワダツミの外へ出たことのなかった彼女にとって、〈雪熊の霊峰〉の銀世界は初めての光景だ。
年相応の無邪気な笑みを浮かべ、冷たい雪の感触に八重歯を見せて笑っている。
「普段のカミルとは全然違いますね……」
「あんな子だっけ?」
雪を舞い上げて喜ぶカミルを見て、レティたちも唖然としている。
普段、しっかり者できっちりと家のことを管理してくれている姿からは想像できないほどのはしゃぎっぷりだ。
コートや手袋も真っ白で周囲も透き通った雪のなか、彼女の赤髪と赤い瞳が良く映える。
アマツマラ近くは他のプレイヤーも多く、雪に夢中な少女の姿にほっこりとしていた。
「ほら、カミル。そろそろ出発するぞ」
『はっ! こほん。そ、そうね、気を引き締めて行きましょう』
雪の中を駆け回る子犬のようだったカミルを呼ぶのは気が引けたが、いつまでもここに留まっていても仕方がない。
後ろから声をかけると、彼女は今までの姿を誤魔化すように咳払いして振り返った。
白い肌が、僅かに赤みがかっている。
「でも、カミル大丈夫かな」
歩き始めながら、ラクトが小さく言葉を零す。
それを聞いた俺は首を傾げた。
目の前を歩くカミルは、落ち着きを取り戻したとはいえ、弾むような足取りで雪に小さな足跡を付けている。
「何か気になることでもあるのか?」
「いや、わたしの取り越し苦労ならいいんだけどね」
雪の中、鼻先を赤くしたラクトはそう言って曖昧な笑みを浮かべる。
彼女の悪い予感が的中したのは、それから少し後のことだった。
『――ふぅ、はぅ……。はぁ、やぅ……』
俺の前、パーティの真ん中を歩くカミル。
彼女は顔を低く俯かせ、荒く全身で呼吸を繰り返している。
〈アマツマラスキー場〉を通り過ぎ、不整地の雪山を登り始めて十分と少し。
誰の目にも明らかなほど、カミルは疲れ果てていた。
「カミル、大丈夫か?」
『だ、大丈夫。これくらい、余裕よ』
素直ではない彼女はそういうが、ふらふらと体も左右に揺れている。
前を歩いていたレティも立ち止まり、優しい顔でカミルに話しかける。
「ここから先は他のプレイヤーが少なくなりますし、代わりに原生生物の襲撃が増えます。戦闘準備を整えるためにも、一度、小休憩を取りませんか」
「そうね。このあたりならテント出しても邪魔にならないでしょうし」
「わたしも靴を履き替えようかな。レッジ、お願い」
無論、彼女たちはアマツマラを発つ段階で万全の準備を整えている。
その優しさに応えるべく、俺も素早くテントを設営した。
「おお! 久しぶりだね、このテントも」
「“鱗雲”でも良いが、雪山だとこっちの方が雰囲気あっていいだろ」
取り出したのは、一世代前のテント。
キャンプセットと別で建材を持ち歩く必要はあるものの、拡張性の高い小屋型のものだ。
山の斜面に展開されたそれは、さながら推理小説に出てくる冬のロッジといったところか。
「うーん、殺人鬼でも出てきそうですね」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ」
同じ事を思ったらしいレティの言葉に、トーカが呆れて言う。
テントを立てると同時に、外では天気が変わって吹雪いてきた。
丁度いいと言えば丁度いいタイミングだっただろう。
『ふぅ……』
暖炉に火を入れて暖かくなった頃、カミルはソファに深く身を沈めて息を吐いた。
白い肌が赤みを取り戻し、握りしめた拳が緩む。
「ほい、ココアで良かったか?」
『あ、ありがと』
テントの福利厚生の一環として常備しているココアを作り、マグカップをカミルに渡す。
彼女は戸惑いながらもそれを受け取り、内側からも体を温めた。
「そういえば、メイドロイドに〈歩行〉スキルはないか」
考えてみれば当然のことに今更ながら思い至る。
普通、安全で快適に整備された町の外に出ることを想定されていないメイドロイドの機体に、悪路を進むための足や、体力は付与されていない。
初めてのフィールドに浮かれていたのは、彼女だけではなかったようだ。
「すまないな」
『……なんでアンタが謝るのよ』
ちびちびとココアを飲んでいたカミルは、戸惑いの表情を浮かべる。
彼女は小さくため息をつくと、悔しげに唇を噛み締めた。
『アタシ、山を降りるわ』
ぽつりと呟く。
それを聞いて、俺は彼女の優しさに眉尻を下げた。
「何言ってんですか」
そんなカミルに向かって、レティがあっけらかんと言い放つ。
カミルはアホ毛をピクリと跳ねさせ、驚いた顔でレティを見る。
「今から山を降りるのは時間の無駄です。カミルはレッジさんと離れられないんでしょう?」
『それは! ……そうだけど』
「なら、否が応でも着いてきて貰いますよ」
『で、でもそれじゃ』
食い下がるカミルの前に、俺が立つ。
「防寒具だけじゃ不足だったか?」
『そうじゃないけど……』
彼女が苦しげだったのは、雪の中を歩く足と体力がなかったからだ。
寒さだけなら、コートや手袋などの防寒具、それにホットココアのバフで十分だろう。
「大丈夫。俺に任せろ」
軽く胸を叩いて言う。
それを聞いたカミルは、怪訝な顔で俺を見上げた。
吹雪が止むまで、暖かいログハウスの中で時間を潰す。
どうせ一刻一秒を争うような事態ではない。
レティたちはホットドリンクを嗜みつつ、トランプなどに興じていた。
そうして、雪が止み、雲が晴れ、青空が広がる。
俺たちは再び装備を整え、雪を踏む。
「よし、行くか」
『行くか、じゃないわよ! なんなのこれ!』
意気揚々と進み始めたその時、背後のカミルが腕を振り上げる。
「とと、あんまり暴れるなよ。落ちるぞ」
『落ちたいのよ! てか、降ろしなさいよ! はーなーしーなーさーいーよー!』
ジタバタと暴れるカミルのコートを掴む。
彼女が歩けないのであれば、俺が歩けば良い。
ということで、俺はカミルを背負っていた。
「しかたないだろ。これが一番効率が良いんだから」
『効率より尊厳を大事にしなさいよ! まるでアタシが荷物みたいじゃない!』
「そういうわけじゃないんだが。ほら、行くぞ」
いかに俺が非力とはいえ、カミル一人背負えないほどではない。
暴れていたカミルもそのうち疲れてきたのか、大人しく動きを止めた。
「贅沢ですねぇ。レティだっておんぶされてみたいのに」
「無茶言うな。レティなんて背負ったら――」
「背負ったら、なんですか?」
「……」
思わず言い掛けた言葉はレティの笑みで封殺される。
ともかく、俺が背負えるのはラクトやカミルくらいの、タイプ-フェアリーの機体が限度だ。
「俺は基本、非戦闘員として動くから、ずっと背負ってられる。レティやエイミーだとそうはいかないからな。多少硬いのは我慢してくれ」
『男性型でも女性型でも同じ強化合金フレームなんだから、硬さは一緒でしょ。むぅ』
ふくれっ面でカミルが言う。
渋々といった様子ではあるが、胸の前へ回した手に力を込めて、とりあえず落ちないようにはしてくれた。
レティたちほどの安定感はないが、これでも〈歩行〉スキルは高い方だ。
多少は快適性も約束できる。
「そうだカミル。ずっと背負われたままってのも退屈だろ。これ貸してやるから、適当に使ってくれ」
雪道を歩きながら、ふと思いつく。
俺はインベントリからカメラを取り出し、彼女に手渡した。
『これ、カメラよね? アタシは〈撮影〉スキル持ってないわよ』
フェアリーの手には少々大きいカメラを抱えながら、カミルが首を傾げる。
「いいさ。俺が録画モードにしてるから、カミルは構えてるだけでいい」
「何がしたいの?」
不思議そうな顔のラクトもやってくる。
俺は背中に回した腕の上に、カミルを乗せて安定させながら答えた。
「どうせなら雪道を歩く動画でも撮って、ブログに上げようかと思ってな。カミルに撮って貰えば、実際の俺の目線と殆ど変わらないだろ」
「なるほど。ブログのネタになりそうなことに敏感だねぇ」
そう言っている間にも、カミルはカメラのファインダーを覗きながら左右に頭を向ける。
記録された映像は視界の端に小さく映っているが、やはり俺の視線より少し高いくらいの位置で、良い具合に臨場感が出ている。
これならブログの記事として公開しても、見栄えがしそうだ。
「ほら、レッジさん、ラクト。コオリザルの群れが来ますよ」
前を歩いていたレティが声を上げる。
見れば、雪に紛れて大柄なサルが三体、氷柱を握って歩いてきた。
「それじゃあ、カミル。カメラマンよろしく」
『わ、分かったわ。しっかりと撮ってあげるわよ!』
瞬時に戦闘状態のそれへ表情を変えるレティたち。
カミルはカメラを構え、彼女たちの勇姿をしっかりとレンズに収めようと顔を強張らせた。
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Tips
◇『録画』
〈撮影〉スキルレベル20のテクニック。
録画機能を搭載した撮影機器を用いて、映像を記録する。記録した映像は、.movie形式のファイルで出力可能。
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