第404話「脂にまみれて」

 助っ人としてカミルを迎えた俺の“蒼氷猪脂”製造効率は、飛躍的に向上した。

 俺はコンテナの前に座り込んで蒼氷猪の解体に専念して、それをスサノオが運ぶ。

 カミルは三つに増やした特大の寸胴鍋の前に組んだ足場に立ち、運び込まれてくる蒼氷猪をグラグラと煮込み続ける。

 ラクトは猛烈に消費する固形燃料の補充を請け負ってくれ、白月は火の前の暖かい場所でうつらうつら

としている。

 各自に一つずつ仕事を振り分けたことにより、それだけに専念することができるようになった。


『レッジ、見てちょうだい』

「はいよ」


 とはいえ、鍋を見ているカミルはあくまで補助。

 鍋の中から脂をすくい上げ、成形するには俺が必要となる。

 それでも、常に鍋に張り付く必要は無くなったのは楽だ。

 完成した“蒼氷猪脂”は、鍋の近くに積み木のように積み上げていく。

 その都度、納品してもいいのだが、レティが猪を搬入してきた時にでも纏めて持っていってもらった方が効率がいいだろうとの判断だ。

 それに『メイドロイド招集』で呼び出したカミルは、俺のそばから離れられない。

 俺が納品に行けばカミルも鍋から離れることになり、結局効率が悪くなる。


「お待たせしましたー! おかわりですよ! って、なんでここにカミルが!?」


 そこへタイミング良くレティがしもふりと共に乗り込んできた。

 雪まみれのコンテナがパージされ、俺たちの前に置かれる。

 同時にレティがしもふりから飛び下りて、鍋の前に立つカミルを見て目を見張った。


「説明するの忘れてたな。なんやかんやあって、ワダツミから出張してもらったんだ」

「説明が説明になってませんが!?」


 更なる説明を求める彼女に、スサノオから新たなテクニックを教えて貰ったことを話す。


「ぐぬぬ。まあ、知らない間に知らない女の人がいるよりはマシですか……。分かりました、じゃあこれからはもうちょっとペース上げてもいいですね」

「えっ、まだセーブしてたの?」

「当然じゃないですか。今はイベント中で向こうから原生生物がやってくるんですから、本気になればもっと狩れますよ」


 狩りすぎて原生生物が枯れやしないかと心配になるな。

 彼女たちだけで狩り尽くせるほど、向こうも柔ではないと思うが。


「あ、レティ、そこの脂の納品も頼む」

「了解です!」


 俺ならば何回かに分けて運ばねばならない量の“蒼氷猪脂”を、レティはぽいぽいとインベントリに入れて立ち上がる。

 歩行制限も掛かっていない軽快な足取りで、彼女は中央制御区域の端末へと納品へ向かった。

 時々、彼女の腕力が羨ましくなるが、ここまできたら脚力極振りを貫きたい。


「納品終わりましたー。脂だけで結構進捗稼げましたね」


 俺たちが生産した“蒼氷猪脂”を全て端末に突っ込んできたレティが、ほくほく顔で戻ってくる。

 我ながら結構な数を作ったはずなのだが、〈カグツチ〉の製造にはどれだけの脂が必要なのだろう。


「では、張り切って狩りに戻ります!」

「ほどほどになー」


 空のコンテナを腹に納めたしもふりに跨がり、大きく手を振るレティ。

 処理能力の関係で、あまり本気を出されても困るのだが……。


『さ、レッジ。頑張るわよ』


 勢いよく雪の中へ飛び込んでいったレティを見送り、カミルが俺の袖を引く。

 レティが置いていったコンテナには、みっちりと新しい蒼氷猪が詰まっている。

 カミル同様、俺も覚悟を決めねばならない。


「……やるか」

『あぅ!』


 スサノオも可愛らしく拳を突き上げる。

 そうして俺たちはまた、猪から脂を取る作業に戻るのだった。

 が、しかし。


「大変です! レッジさん!」


 何度目かのコンテナ納品の後。

 いつものように死ぬ気で生産した“蒼氷猪脂”を納品しに行ってくれたレティが、焦燥した表情で駆け戻ってきた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


 慌てた様子のレティを受け止め、ひとまず事情を聞く。


「の、の、納品拒否されました」

「納品拒否!?」


 彼女の口から飛び出した言葉に、俺も耳を疑う。

 まさかイベントに関連する納品任務で、納品を拒否されるとは思わなかった。


「他のアイテムは納品できてるのかな?」


 ラクトが周囲の生産設備で歯車や装甲板を作っているプレイヤーたちに目を向ける。

 彼女の視線に気がついた職人たちは、問題なく納品できていると頷いた。


「ということは、“蒼氷猪脂”だけか?」


 この場に俺たち以外に“蒼氷猪脂”を作っているプレイヤーは居ない。

 レティが納品拒否された理由として考えられるのは――


『どんだけ脂突っ込んでんだ、レッジ!』

「うごっ!?」


 思考が結論へ辿り着こうとした直前、顔を真っ赤にしたアマツマラが勢いよく駆け込んできた。

 彼女はそのスピードを落とすことなく、軽々と跳躍し、足先をこちらに向ける。

 鋭い跳び蹴りが、腹部を貫く。


「い、痛くない?」

『あぅ。管理者は、戦闘力がないから』


 見た目に反して軽い衝撃だけが伝わり、困惑していると、スサノオが解説してくれる。

 アマツマラは荒く肩で呼吸しながら、ギロリとこちらを睨む。


「な、なんだよ……」

『なんだよじゃねェよ。どんだけ脂まみれにする気だ、てめェ』


 アマツマラは勢いのまま、俺の方へと詰め寄る。


「とりあえず落ち着いてくれ。で、事情を説明してくれ」

『……今日だけで〈カグツチ〉1,000機ぶんの“蒼氷猪脂”が納品された』


 ぼそり、と彼女が呟く。

 その言葉に、俺たちは再び目を丸くした。


「〈カグツチ〉1,000機ぶんの“蒼氷猪脂”って、いったい〈カグツチ〉何機ぶんですか!?」

『1,000機だよ!』


 混乱して支離滅裂なことを言うレティにアマツマラが律儀に返す。


「しかし、俺も流石に1,000機ぶんも納品したつもりはないぞ?」

『そりゃそうだろ。他にも沢山の調査開拓員が納品してくれてるからな。けど、その割合が問題なんだよ』


 じっとりとした目をこちらに向けてくるアマツマラ。

 彼女は両手を合わせて八本の指を立てた。


「8%?」

『8割だよ! 800機ぶんの脂をレティが納品してる。つまりレッジが作ってんだよ』


 人差し指で俺の胸をつつくアマツマラ。


『この特殊開拓指令中に製造を計画してた〈カグツチ〉の機体数は10体だ。わかるか? あたしは〈カグツチ〉10体あればいいと考えてたんだ。

 まあ、余った素材は他の都市計画に流用できるからいいが、それでも限度ってモンがあるだろ』


 あたしを脂まみれにする気か、とアマツマラが詰め寄る。


『とりあえず、もうしばらくは“蒼氷猪脂”の受付は停止する。ウチの倉庫はもうパンパンだからな』

「そ、そんな……。じゃあ俺はどうやって今回のイベントに貢献すればいいんだ」

『ミニシードを集めてくれよ!』


 アマツマラの悲痛な叫び。

 それを聞いて、俺たちはそれもそうかと顔を見合わせた。


「そうだ。アマツマラ、“白雪椿油”の方はどうだ?」

『“白雪椿油”ァ? ……そっちはまだ若干足りてないけど』


 しばらく空中に目を彷徨わせ、倉庫の状況を確認したアマツマラが言う。

 “白雪椿油”は【カグツチ製造任務】の〈料理〉スキルカテゴリの、もう一つのアイテムだ。

 こちらは蒼氷猪と違って〈収獲〉スキルが必要であるため、レティたちが活躍できないということで、集めていなかった。


「じゃあ、椿油も種探しついでに取ってくるよ。それなら、そこまで非常識的な数も集まらんだろうし」

『……そういうことなら、助かるが』


 未だ疑念の拭いきれない目を向けてくるアマツマラ。

 大丈夫おっさん嘘つかない、と確約する。

 実際、白雪椿は希少な植物らしく、納品報酬の単価も高い。

 これならば何か、それこそ天地がひっくり返るようなことが起きない限りアマツマラの倉庫を圧迫する事態には至らないだろう。


「じゃ、そういうことで。レティ、方針変更だ」

「分かりました。全員でフィールドに出て、種探しついでに白雪椿の収獲ですね」

「そういうことだ」


 レティが外に出ているエイミーたちと連絡を取る。

 俺も割烹着とエプロンの姿から、ブラストフィン装備に装いを変える。


『ねぇ、アタシはどうしたらいいのよ』


 そこへ、鍋を片付け終わったカミルがやってくる。

 “蒼氷猪脂”を作らないのであれば、彼女の助けも必要ないと言えばないのだが。

 来てばかりですぐ帰れというのも、カミルに申し訳ない。


「……雪山、ついてくるか?」

『い、いいの!?』


 俺の提案に、カミルは予想外に食い付いてくる。

 よくよく考えてみれば、彼女たちメイドロイドは調査開拓員と違って町の外――フィールドに出る権限がない。

 彼女も、外に対する興味は少なからずあったらしい。


「『メイドロイド招集』で呼び出してるし、俺の側にいるなら大丈夫だろ。ちゃんと防寒着は揃えないとな」

『し、仕方ないわね。レッジたちだけじゃ心細いでしょうし、アタシもついてってあげるわよ!』


 ツンツンとした言葉とは裏腹に、赤いアホ毛が犬の尻尾のように振られている。

 素直ではないメイドさんに苦笑しながら、俺たちは準備を始めた。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

脂納品できないんですけど、どうしたらいいですか?


◇ななしの調査隊員

納品任務に受け取り拒否とかあったっけ


◇ななしの調査隊員

蒼氷猪脂の品質は足りてる?

☆四等級以上が条件だよ


◇ななしの調査隊員

脂は納品できないよ


◇ななしの調査隊員

あれ、対象アイテムじゃなかったっけ


◇ななしの調査隊員

納品量が多すぎてアマツマラの倉庫がパンクしたらしい


◇ななしの調査隊員

は?


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

倉庫パンクとか、そんな概念あったのか


◇ななしの調査隊員

ベースラインのアイテムは一応在庫の概念あるしなぁ

まあ、あっても不思議ではないか


◇ななしの調査隊員

蒼氷猪脂ってそんなに人気なアイテムだっけ


◇ななしの調査隊員

いや、別に

歯車とかの方が作りやすいし監禁効率もいいから


◇ななしの調査隊員

監禁??


◇ななしの調査隊員

換金効率か。ビビるわ


◇ななしの調査隊員

じゃあなんで脂がパンクしたんだよ


◇ななしの調査隊員

おっさんが作りすぎたみたいだな


◇ななしの調査隊員

おっさんェ・・・


◇ななしの調査隊員

なにやってだ


◇ななしの調査隊員

アマツマラの生産広場でメイドさんと一緒に作ってたなぁ。

で、アマツマラが怒鳴り込んできてた。


◇ななしの調査隊員

管理者が怒鳴り込んでくるとか、どんだけぶち込んだんだよ


◇ななしの調査隊員

赤ウサちゃんたちが全力で狩りして、それを全力で処理して納品してたみたい


◇ななしの調査隊員

倉庫許容量の8割おっさんらしいぞ


◇ななしの調査隊員

おっさんの脂多過ぎだろ


◇ななしの調査隊員

鍛冶師組が対抗意識燃やして、俺たちもアマツマラの倉庫パンクさせようって決起集会してる


◇ななしの調査隊員

技師とか裁縫師とかもバンドの垣根越えて団結してるなぁ


◇ななしの調査隊員

素材の買い取り価格相場がどんどん上がってて草

これはもう採算度外視でやってるだろ


◇ななしの調査隊員

イベントだしな。みんな色々箍外れてる。


◇ななしの調査隊員

かわりにアマツマラちゃんの胃痛が治まらなさそう


◇ななしの調査隊員

活発サバサバ系女の子だと思ってたのに


◇ななしの調査隊員

胃薬が友達系苦労人女の子でしたね・・・


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

◇蒼氷猪脂

 蒼氷猪の皮や肉を煮込んで抽出した獣脂。独特の獣臭さがあるが、それを風味として料理に使用できる。

 また、寒冷地でも滑らかに機械部品を動かす潤滑油、不凍液などにも使用できる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る