第403話「メイド参戦」

 バックアップセンターの奥から飛び出してきたカミルは、鋭い拳で俺の鳩尾を殴りつける。

 一撃だけに留まらず、流れるように二打三打と打ち込まれ、LPが減る場所ではないのに、ダメージは着実に蓄積していった。


「うぐ、か、カミル。的確に弱点狙って殴るのやめろ」

『せっかく人が気持ちよくお昼寝――英気を養っていたってのに、連絡もなしに突然呼び出すなんて! 非常識なのはそっちじゃないの!?』

「ぐぅ……」


 髪を逆立てたカミルの言葉に、ぐうの音も出ない。

 一応、立場的には俺が上であるはずなのだが、何故か叱られている。


「まあまあ、レッジだって悪気があった訳じゃなかったんだよ。初めての招集で、慣れてなかったというか」

『……むぅ』


 見かねたラクトが間に入ってくれて、カミルもふくれっ面のままだがひとまず拳は下げてくれた。


『それで、ここは――地下資源採集拠点シード01-アマツマラのバックアップセンター? なんでまたアタシをこんな所に呼び出したのよ』


 まだ若干言葉の端々に棘は残っているが、これは普段のカミルと変わらない。

 いつまでも怒っていては何も進まないと気付いてくれたようで、ひとまず話だけは聞いてくれる気になったらしい。

 俺は、現在【カグツチ製造計画】を進めていること、そのために“蒼氷猪脂”を生産しているのだが、手が足りていないことを説明する。


『なるほど、つまりアタシにも手伝えってことね?』

「そういうことだ」


 口は悪いが優秀なカミルである。

 すぐに俺の意思を汲み取ってくれた。

 彼女は早速、バックアップセンターに置いてあるストレージボックスからエプロンを取り出し、メイド服の上からそれを纏う。


『しかたないから手伝ってあげるわ。案内しなさい』「ありがとな。……とりあえず、髪の寝癖をどうにかしようか」

『アンタが突然呼び出したから、直す暇も無かったんでしょ!』


 二本に増えたアホ毛の片方を抑えてやると、鋭いローキックが脛を直撃する。

 割烹着とエプロンでは防御力もなく、俺は蹲って呻いた。


『なんか騒がしいから覗いてみれば……。またレッジか』


 背後から声がして振り返る。

 バックアップセンターの戸口に立っていたのは、呆れ顔のアマツマラだった。

 どうやら、施設の巡回に来ていたようだ。


『カミルもあんまりいじめてやるなよ。……初期化するぞ』

『はぴっ!?』


 すっと目を細くするアマツマラの言葉に、カミルがピンと背筋を伸ばす。

 管理者が言えば、彼女の存在は指先一つで消去できるのかも知れない。


『あの、そ、アタシ、そんなつもりじゃ……』


 カミルは小さな体を更に小さくして、両手の指を絡め始めた。

 俺は慌てて立ち上がり、アマツマラを諫める。


「まあまあ、カミルの性格はよく知った上で、俺が好きで雇ってるんだ。脅さないでくれ」

『分かってるよ。カミルの開拓貢献スコアは高いし、あたしでもそう簡単に削除なんてできねェし』


 冗談だ、と言ってアマツマラはまたふらふらと歩き去る。

 開拓貢献スコアなんてものがあるのか、などと思いつつ後ろを向くと、アホ毛を曲げてしょんぼりと肩を落とすカミルの姿が目に入った。


「か、カミル?」


 数秒前までの不遜な態度を一変させ、萎れた花のようになってしまったカミルに戸惑う。

 ラクトが肩を竦め、苦笑した。


「アマツマラに言われてショックを受けてるんでしょ。慰めてあげるのも主人の役目じゃない?」

「ええ……」


 そんなことを言われても、彼女の落ち込んだ姿など初めて見る。

 いや、初めて会った時もこんな感じだったか?


「えっと、カミルさん? あんまり気にしなくていいからな」

『……メイドロイドなんて他にも沢山いるじゃない』


 いかん、優秀が故に色々考えすぎてしまっている気がする。

 目の端に涙まで浮かべるメイドさんに、俺の方がおろおろとしてしまう。

 考えろ、姪が泣いていた時、俺はどうしてたか。


「俺にはカミルしかいないぞ。ほら、他のメイドに農園の世話が任せられるとは思えんし、その、家を安心して任せられるのもカミルだけだし」

『……ほんと?』


 疑いの目を向けてくるカミル。

 俺はこのチャンスを逃すまいと、盛大に首を振る。


「ほんとほんと、おじさん嘘つかない。――実際、カミル以外のメイドロイドを雇うつもりはないぞ。まあ、手が足りないって言うなら、もう一人二人雇う余裕はあるが」


 カミルは協調性以外の職業適性テストで高得点をたたき出した優等生かつ問題児だ。

 彼女は俺の任せた仕事をそつなく完璧にこなし、日々の仕事量は普通のメイドロイド数人分に及ぶ。

 俺も〈家事〉スキルを持っているとはいえ、本職の彼女に敵うはずもなく、カミルが居なければ、ウェイドの白鹿庵もワダツミの別荘も回らないのだ。


『し、しかたないわね。倹約もメイドの務めだし、余計なメイドロイドなんて雇わなくていいわ! あ、アタシがレッジの世話、全部やってあげるんだから!』


 なんとか正解を選べたようで、徐々にカミルがいつもの調子に戻ってくる。

 彼女の姉であるミモレと性格を足して二で割って欲しい、などと思わなくもないが、やはり彼女はこの性格でなければ、こちらとしても調子が狂う。


「アマツマラもちょっと冗談言っただけだからな。俺はもうカミルが居ないと駄目なんだ」

『ふ、ふーん。そう? なら仕方ないわね。アタシに全て任せなさい!』


 慰めているうちにカミルも完全復活し、腕を組んで胸をはる。

 ピコピコと回転するアホ毛をポンポンと撫で、内心で胸を撫で下ろす。


「あー、お二人さん。身分を越えた愛にときめくのも良いけど、とりあえず仕事に戻らない?」


 突然、ラクトの少々うんざりとした様な声がする。


「そうだった。鍋の方をスサノオに任せてるんだった」


 彼女の言葉で思い出し、くるりと身を翻す。

 それを聞いたカミルも大きく目を見開き、鋭い八重歯を光らせた。


『スサノオ!? 管理者になにやらせてるのよ!』

「いや、だって、ここは任せてって言われたから……」

『上司に雑用任せる平社員がどこにいるのよ! さっさと行くわよ!』


 バチバチと赤髪を逆立てて、カミルが走り出す。

 完全にいつもの調子に戻った彼女の背中を見て、俺は思わず笑みを零した。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

カグツチ製造任務、死ぬほど辛いんだが?


◇ななしの調査隊員

もう歯車作りたくないよぉ

紅白鉄鋼の配合比率完全に手癖で覚えちまったよぉ


◇ななしの調査隊員

アイテムをセンターに入れて生産・・・

アイテムをセンターに入れて生産・・・


◇ななしの調査隊員

要求される量が鬼すぎる

なんで歯車一枠納品しても3%くらいしか進まねぇの?


◇ななしの調査隊員

カグツチさんの総部品数やばいことになってそう


◇ななしの調査隊員

もう質量保存の法則無視してるでしょ


◇ななしの調査隊員

どんな小さいストレージからでもアイテムが出し入れできる時点で質量保存の法則は余裕で破ってるでしょ


◇ななしの調査隊員

さっきまでおっさんが鍋で脂作ってたんだが、黒髪幼女と鹿置いてどっか行っちゃったな


◇ななしの調査隊員

サボりか?


◇ななしの調査隊員

働け・・・働け・・・


◇ななしの調査隊員

おっさんは十分働いてるよ。赤ウサちゃんたちが無限に猪持ってくるから仕事終わらんだけで。


◇ななしの調査隊員

コンテナ単位で搬入される猪とか初めて見たよ


◇ななしの調査隊員

狩る方も狩る方だけど、それをなんとか消化しつづけてるおっさんもおっさんだよ


◇ななしの調査隊員

カグツチくん脂まみれにならない?


◇ななしの調査隊員

ヌルヌルしてそう


◇ななしの調査隊員

ひらめいた


◇ななしの調査隊員

通報した


◇ななしの調査隊員

やだこの操縦桿・・・ヌルぽ


◇ななしの調査隊員

ガッ


◇ななしの調査隊員

このスレ、平均年齢高くね?


◇ななしの調査隊員

高いってレベルじゃねーだろ。いま何年だと思ってんだ。


◇ななしの調査隊員

おっさん戻ってきた。メイドさん連れて。


◇ななしの調査隊員

だからさぁ


◇ななしの調査隊員

ちょっとは情報量抑えようぜ


◇ななしの調査隊員

メイドさん錬成した????


◇ななしの調査隊員

それはもう質量保存の法則とかそういうレベルじゃないだろ


◇ななしの調査隊員

人体錬成は禁忌なのでは?


◇ななしの調査隊員

ロボットなのでセーフ


◇ななしの調査隊員

うお、あのメイドさんすげーな。

おっさんとこ大鍋三つに増やしてやってるぞ


◇ななしの調査隊員

あの流れ作業、手慣れてやがる・・・


◇ななしの調査隊員

メイドさんってあれメイドロイド?

なんで連れてこれてるんだろ


◇ななしの調査隊員

メイドロイドって連れ回せるの!?

俺ん家にいる72人のメイドさんを呼ばねぇと


◇ななしの調査隊員

おはソロモン王


◇ななしの調査隊員

あのメイドさん、随分と料理スキルレベル高いな


◇ななしの調査隊員

メイドロイドってスキル覚えるの?


◇ななしの調査隊員

家事スキルって固有スキル持ってるのと、生産スキルも覚えられるんじゃなかったっけ


◇ななしの調査隊員

家事スキルはメイドさんから習うことができるぞ。ちな発見者おっさん


◇ななしの調査隊員

おっさんの名前はどこでも見るなぁ


◇ななしの調査隊員

あれが見つかった時に他にもNPCから教えて貰えるスキルがあるんじゃないかって話題になったが、最近はとんと聞かないなぁ


◇ななしの調査隊員

条件が難しすぎるとかじゃないのか?


◇ななしの調査隊員

まずは毎日挨拶とプレゼントして友好度を高めて、イベントをいくつかこなさないと


◇ななしの調査隊員

恋愛ゲームかよ


◇ななしの調査隊員

割と恋愛ゲームかもよ

NPC一人一人に個別の友好パラメータあるらしいし


◇ななしの調査隊員

まじかよ


◇ななしの調査隊員

恋愛ゲームだった


◇ななしの調査隊員

メイドさん、おっさんとの友好度高そうだなぁ


◇ななしの調査隊員

息が合いすぎて、あれはもう夫婦だろ


◇ななしの調査隊員

赤髪勝ち気幼妻・・・いいね!


◇ななしの調査隊員

おっさんにはもう正妻がいるだろ!


◇ななしの調査隊員

誰だよ


◇ななしの調査隊員

・・・誰だよ


◇ななしの調査隊員

複数人いそうなんだが?


◇ななしの調査隊員

お前らスレでサボってる暇あったら働けよ


◇ななしの調査隊員

焼成時間中に見てただけだからセーフ


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Tips

◇『メイドロイド招集』

 〈家事〉スキルレベル40のテクニック。メイドロイド本体に向かって、もしくは各地のバックアップセンターで使用することで、雇用状態にあるメイドロイドをバンドガレージ外へ連れ出すことができる。

 連れ歩くことのできるメイドロイドの数は〈家事〉スキルレベルに依存する。


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