第402話「招集少女」
〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉第一フェーズ、【ミニシード回収計画】の進捗度を若干ながら進めた俺たちは、地下闘技場ロビーの休憩エリアでテーブルを囲んでいた。
「ん~。こういう、なんでもない普通のポトフも美味しいですよね」
白い湯気を立たせるジャガイモを口に運び、レティがきゅっと目を閉じる。
もともとは種を納品してすぐに【カグツチ製造計画】の方へ向かう予定だったのだが、彼女が小腹が空いては戦はできぬと申し立てたため、小休憩を取ることにしたのだ。
「なんでもない、普通のポトフねぇ」
「量は全然普通じゃないな」
猛烈な勢いで口と器の間のスプーンを往復させるレティを見て、エイミーが肩を竦める。
彼女の視線の先には、無数に積み重なった空の器と、テーブルを埋め尽くすポトフの群れがあった。
「ほんと、相変わらずよく食べるね」
自身は人並みサイズのカレーを食べつつ、ラクトが思わず言葉を零す。
「いくら食べても太りませんし、食べ過ぎで苦しくなることもないですからね。ログアウトしたら記憶の夢化処理が行われるので、特に問題はないですよ」
「その前に、非現実的な量を食べると意識的な拒否反応が出るはずなんですけどね」
トーカの言葉を聞いても、レティはきょとんとしたままだ。
仮想現実内でいくら食べたとしても、それは現実の胃袋に収まるわけではない。
言わばデータを食べているようなものなのだが、それでも普通は精神的な許容量を越えると苦痛を感じてしまう。
どうやらレティの大食いは、そのあたりの苦痛に対して鈍いところからくるらしい。
周囲で休憩しているプレイヤーたちも、彼女の食いっぷりに思わず二度見している。
「そういえば、レティは戦闘中もあんまり被弾を気にしてないよな」
苦痛、という言葉から想起するのは、戦闘中の彼女の姿だ。
ダメージを受ければそれなりに痛いので、それが嫌で後衛を選ぶ人も多いという。
「戦闘中はあんまり気にならないんですよね。叩くことに集中してるので」
「なるほど」
つまりバーサーカーなんだな、という言葉はすんでの所で飲み込む。
彼女の恐ろしい笑みがこちらを向いたからだ。
「さて、小腹も満たされましたし、今度こそ行きましょうか」
「小腹……?」
気がつけば、あれだけあったポトフの皿が全て綺麗になっている。
満足げにぽんぽんとお腹を叩くレティに、俺たちだけでなく、周囲のプレイヤーからも畏怖の目が向けられた。
「それで、【カグツチ製造計画】ってどんなことするんだ?」
「基本は納品任務ですね。衝撃緩衝多層装甲とか、赤白鉄鋼ギアとか」
レティが挙げたアイテムは、どれも〈鍛冶〉スキルや〈機械製作〉スキルを必要とする生産品だ。
生産系スキルといえば〈料理〉くらいしか持っていない俺たちには、逆立ちしたって作ることはできない。
「もちろん、レティたちにそれらは作れません。でも、レッジさんなら作れる納品アイテムもあるんですよ」
「俺?」
突然名指しされ、瞠目する。
そんな俺に対して、彼女は頷いた。
「こういうイベントの納品系任務は、どの生産系スキルを持ったプレイヤーも活躍できるように、実に様々なアイテムが対象となっているんです」
「つまり、〈料理〉も?」
「はい。――“白雪椿油”と“蒼氷猪脂”というものがありまして」
レティの口から飛び出したアイテム名を、俺は知らなかった。
†
アマツマラ、ベースラインの一角にある生産広場。
鍛冶師が使う炉と金床や、大工の使う作業台などが置かれた、生産職たちの集う場所だ。
「レッジさん、持ってきましたよ!」
「そこに置いといてくれ!」
そこにある大きな竈に掛けた大鍋をぐるぐると掻き回しながら、汗を拭って声を出す。
しもふりに乗ってアマツマラの中まで乗り込んできたレティは、たっぷりと中身の詰まったコンテナをパージして、空のコンテナに積み替えて風のように去って行った。
「燃料持ってきたよー」
「三つ投げて、残りは白月の隣に積んどいてくれ」
リュックサックを背負ったラクトが、業火の隣で丸まっている白月のそばに、固形燃料を積み上げていく。
「いやぁ、大変そうだね」
「めちゃくちゃ暑いくらいだから、そうでもないさ」
長方形のレンガの様な固形燃料を竈の中に投げ入れながら、ラクトが労いの言葉を掛けてくれる。
鍋の中でグツグツと煮込まれているのは、〈雪熊の霊峰〉に生息する原生生物である
分厚い氷を硬い体毛に纏わせることで、防御を固めたタフな原生生物だが、その体には豊富な脂がついている。
それを煮出して、成形することで、〈カグツチ〉に使うパーツの素材になるらしい。
「どっちかっていうと、こっちの方が大変だな」
鍋の前に組んだ足場から飛び下り、レティが置いていったコンテナの方へ行く。
それを開くと、中には山ほどの蒼氷猪が詰め込まれていた。
これを身削ぎのナイフで解体しなければならないのだ。
「レティたちじゃロスが大きすぎるもん。しかたないね」
ラクトは、ザクザクと冷たい氷まみれの猪の皮を裂いていく俺を見ながら、気軽に言う。
今もレティ、エイミー、トーカ、ミカゲの四人は霊峰を走り回って蒼氷猪を乱獲しているはずだ。
そうして彼女たちが集めた猪がここに運び込まれ、俺が脂をつくる。
ラクトは、氷属性のアーツがこのあたりの原生生物には効きにくいこともあって、固形燃料の補給などを手伝ってくれていた。
「レティたちはこっちの方が楽しいのかもね」
「ま、種集めよりアクティブに戦うからな」
種を探し運ぶため、原生生物との戦闘は極力避ける必要があるイベントと比べて、蒼氷猪狩りの方が彼女たちの性に合っているのだろう。
それはコンテナにみっちりと詰まった猪を見るだけでも分かる。
「ラクトはいいのか? こんな雑用任せて」
「いいよいいよ。どうせ山の原生生物はあんまり好きじゃないし」
ラクトについては完全に俺の都合に合わせて貰ったかたちになる。
しかし、彼女はそう言って柔らかい笑みを浮かべた。
「レッジこそ、こんな仕事でもいいの? その、格好とか」
ラクトが俺の体を見る。
一応〈料理〉スキルの範疇であるということで、俺は現在、割烹着とエプロンといいう装いだった。
ここは生産広場。
当然、俺と同じく【カグツチ製造計画】に従事するプレイヤーたちが沢山詰め掛けており、衆人環視の中である。
「まあ、慣れた」
「そっかぁ」
むしろブラストフィン装備でいるよりも、TPO的には溶け込んでいる。
次々と送られてくる猪を処理することに専念していると、そのような邪念は霧散してしまうものだ。
禅である。
「とはいえ、普通に供給過多すぎて手が回らないな」
依然として山のように積み上がる蒼氷猪を見上げて零す。
「まあ、レティたち四人が本気で狩ってるもんね。レッジ一人じゃキツいのも無理ないよ」
レティたちは乗りに乗っている。
その影響で、俺の下には処理速度を超えた数が送られてくる。
あんまり長く放置していると、どんどんと品質が落ちるし、そのうち死体自体が消滅してしまう。
できれば解体に専念したいのだが、そうも言っていられない。
『あぅ。お鍋、増やす?』
燃え盛る火を覗き込んでいたスサノオが言う。
彼女もここに残り、俺が作った“蒼氷猪脂”を一箇所に積み上げる仕事を手伝ってくれていた。
「鍋を増やしてもなぁ。結局人手が足りないんだ……。ワダツミの別荘からカミルを呼べればいいんだが」
彼女はできるメイドさんなので、料理もある程度できる。
つまり鍋の方を補助してくれるかもしれない。
しかし、彼女は遠いオノコロ高地の下にいるのだ。
『あぅ。レッジ、カミル呼ぶ?』
叶わぬ願いに唇を噛み締めていると、スサノオが言う。
その言葉に思わずぎょっとして聞き直す。
「カミルを呼ぶって、そんなことできるのか?」
『うん。レッジ、〈家事〉スキル持ってる』
「え、まあ、持ってるが……」
カミルに教えて貰って習得した〈家事〉スキルは、現在レベル50にまで上がっている。
前にスキルを整理して余裕ができたため、随分と鍛えることができたのだ。
『〈家事〉スキルは、家の事を管理するスキルだから。メイドロイドの管理も〈家事〉スキルの範囲内なの』
「そうだったの!?」
スサノオの説明に、ラクトが驚く。
俺だって初めて聞いた仕様である。
そもそも〈家事〉スキルを取っているプレイヤーが少なすぎて情報がないというのもあるが。
『あぅ。だから、レッジがいれば、カミルも呼べるよ』
「なるほど、そうだったのか……」
スサノオの言葉に頷いた瞬間、ログが流れる。
『テクニック『メイドロイド招集』を習得しました』
突然のことにまたも驚き、慌てて詳細を確認する。
テクニックの内容は、メイドロイドを呼び出すという簡単かつ分かりやすいものだった。
「早速使ってみる?」
興味津々といった顔でラクトが言う。
「そうだな。手が足りてないのは事実だし、カミルが来てくれるならありがたい」
どうやらこの『メイドロイド招集』は、メイドロイド本人に対して使うか、そうでないなら各地のベースラインにあるバックアップセンターで使うテクニックらしい。
あらゆる機能がぎゅっと詰まったアマツマラなら、バックアップセンターも目と鼻の先だ。
俺はラクトと共に、早速施設へ向かう。
スサノオと白月は鍋の番をしてくれた。
「ここで使えば良いんだな」
バックアップセンターの中、入り口近くにあるカウンターに立つ。
緊急バックアップデータカートリッジなどの発行も行うカウンターで、『メイドロイド招集』を発動する。
『ドノ、メイドロイド、ヲ、招集シマスカ?』
「うおっ。そうか、そういう感じなのか」
カウンターに立っていたNPCに話しかけられ、少し取り乱す。
同時に展開したウィンドウには、カミルの名前が表示されていた。
彼女を選択すると、NPCが頷く。
『デハ、カミル、ヲ、招集シマス』
そう言ってNPCがセンターの奥へ頭を向ける。
そこには、緑色の液体で満たされ、様々な機体が浮かんでいるガラス管がずらりと並んでいる。
「まだかな?」
待ちきれない、と言った様子でラクトが言う。
その直後、ガラス管の奥の暗がりから、激しい足音が近付いてきた。
『――!』
「うん?」
なんか、怒っているような気が――。
『突然呼び出すんじゃないわよ! このバカ!』
「うごっ!?」
暗がりから飛び出してきた、メイド服の少女。
カミルは寝癖のついた赤髪を振り乱し、勢いよく俺の鳩尾に小さな拳を叩き込んだ。
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Tips
◇蒼氷猪
寒冷な地域に生息する、大型の猪に似た原生生物。非常に硬質で水分を良く含む長毛の毛皮を持ち、含んだ水分を凍らせることで堅い氷の装甲にする習性がある。
冷たい氷の毛皮に耐えるため、分厚い皮の下には豊富な脂肪を蓄えている。
非常に凶暴で、動く存在にはとりあえず突進する、雪山の暴走族。
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