第401話「雪原を滑る」
アマツマラでスキー板を購入した俺たちは、改めてミニシードの探索へと乗り出した。
ワダツミによって整備されたスキー場のリフトによって、山の頂上とまではいかずとも、かなりの距離を登ることができるため、往路もずいぶんと楽だ。
「レッジさん、ありましたよ」
「また随分と辺鄙なとこに引っかかってるな」
真っ白な雪に深い足跡を付けて先行していたレティが、高い崖を見上げて指さした。
点々と雪の降り積もる崖の窪みに突き刺さるようにして、卵形のミニシードが嵌まっている。
「レティ、いけるか?」
「もちろん。任せて下さい」
かなり高い位置にあり、崖も切り立っている。
今まで見逃されていたのも、誰にも見つからなかったわけではなく、取りにくい場所だったからだろう。
そんな場所に落ちてしまった種を真っ直ぐに見据えながら、レティが深く腰を沈ませる。
タイプ-ライカンスロープの優れた身体能力を発揮して、足の強靱な人工筋繊維を収縮させる。
彼女は雪を散らしながら飛び上がり、そのまま崖の突起を掴む。
「ほっ!」
壁を駆けるように、両手両足を使って登っていく。
彼女の〈登攀〉スキルはさほど高くはなかったはずだが、システムに依らないプレイヤースキルだけで殆ど壁のような崖を登っている。
「ぽっ、とっ、ふっ!」
「レティ、お腹空いてるのかな?」
妙なかけ声を出しながら登るレティを見上げながら、ラクトが首を傾げる。
これだけ寒いと温かい料理が食べたくなるのも、分からなくはない。
「とりゃっ! とと、とったぁっ!」
最後に大きく跳躍し、一気に自分の身長以上の高さを駆け上がる。
その勢いのまま、レティは崖の隙間に嵌まっていたミニシードを掴み、落下してくる。
「って、レティ! 〈受身〉スキルは!?」
「大丈夫です!」
随分な高さから落ちてくる彼女を見て焦る。
高所から落ちると、〈受身〉スキルが無ければダメージを受けてしまう。
霊峰のような起伏の激しいフィールドでは、落下死もそう珍しい死因ではないのだ。
しかしレティは冷静に片手を崖に突き出し、ガリガリと壁面を削りながら衝撃を殺していく。
そうして危なげなく柔らかい雪の上へと着地し、ダメ押しとばかりに転がって全ての衝撃を地面に流した。
「手慣れてるなぁ」
「若い女の子の動きじゃないよね」
「どっちかっていうと、歴戦の傭兵よね」
ダイナミックかつテクニカルな動きで、鮮やかにミニシードを回収したレティに向けて、拍手を送る。
白いミニシードを抱えたまま、レティは口元を緩めて後頭部に手をやった。
「これで四つ目ですね。そろそろ、一度納品しに戻りますか?」
ミニシードを抱えたトーカが見渡して言う。
彼女以外にも、ラクトと俺も既にミニシードを抱えており、レティも加えて四人が荷物を持っていることになる。
エイミーとミカゲは護衛として自由に動けるようにしておいた方がいいと判断し、俺たちはアマツマラへ帰還することに決めた。
護衛役の二人に守られるように隊列を調整し、急峻な山の雪道を慎重に進む。
見晴らしは良いが、降り積もった雪によって足下は不安定だ。
〈歩行〉スキルの高い俺などはあまり気にすることもないが、ラクトなどは普段よりも慎重に足を運んでいる。
「ここからは大丈夫ですかね」
「そうだね。いよいよ山下りだ」
それなりに広く、障害物もない場所へと出る。
俺たちはシードを転がらないように慎重に雪の上に置き、装備を変える。
「スティック無しでのスキーは初めてなんですよね」
「練習しなくて良かったのか?」
「たぶん大丈夫です」
スキー板を履いたレティが、緊張と楽しさの混ざった表情を浮かべて頷く。
エイミー、ラクト、トーカ、ミカゲ、そしてスサノオ。しもふりと白月以外の全員がスキー板ないしはスノーボードを装備し、準備を整える。
「じゃ、行くわよ」
全員の準備が終わったのを確認して、エイミーが滑り出す。
彼女に続いて、シードを抱えた俺たちも雪を蹴り、最後にミカゲがついてくる。
白月としもふりも、深い雪をものともせずに軽快に駆け、滑り出した俺たちと併走する。
「ひゅう! 気持ちいいですね!」
「原生生物の襲撃もあんまり気にしなくて良いし、楽でいいよね」
鋭く雪を切りながら、レティたちが颯爽と雪原を駆け抜ける。
滑り出す前の不安も吹き飛んだようで、溌剌とした笑みを浮かべ、華麗にジャンプまで決めている。
その隣ではラクトが小刻みなカーブを繰り返しながら、時折後ろにいる俺の方へ体を向けながら身軽にスノーボードを操っている。
「なんか、白鹿庵のメンバーみんな運動神経がいいな」
彼女たちほどアグレッシブではないが、トーカやミカゲも危なげなく滑っている。
エイミーなど、時折雪原に現れるコオリザルなどの原生生物を、すれ違いざまに殴り飛ばしながら滑走している。
ゲームの中とはいえ、スキルによるアシストもない行動のはずだ。
つまり彼女たちの動きは、彼女たち自身の実力によるものだ。
「そういうレッジさんだって普通に滑ってるじゃないですか」
「そりゃあ、人並みにはできるさ」
速度を落として隣へやって来たレティに答える。
これでも一応、姪にスキーを教えたりもしていたのだ。
「漬物石みたいな荷物抱えて、不整地なコースを滑るのは普通に上手い部類だと思いますけどね……」
自分のことは棚に上げて、レティが言う。
周囲に目をやれば、同じようにスキー板を履いているプレイヤーも多いが、全員が全員上手く滑っているわけではない。
中には木に激突して雪に埋まったり、他のプレイヤーともつれて仲良く雪だるまになっていたりする光景も見られる。
「そろそろスキー場に入るわよ」
先頭を切るエイミーが振り返って言う。
彼女の言葉通り、すぐに雪面が綺麗に固められた滑りやすい場所に変わった。
障害物もなく、原生生物も入ってこない、安全で滑りやすいゲレンデだ。
「レッジ、ちょっと遊んできていい?」
「別にいいが、種落とすなよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
そう言ってラクトが集団から外れる。
彼女が目指した先にあるのは、雪を盛って作ったジャンプ台や障害物が並んでいるエリアだ。
「ほっ!」
身軽に跳び上がったラクトは、そのままくるりと身を翻して細長い台の上を滑る。
その後もジャンプを決め、空中で回転し、次々と華麗なトリックを決めていく。
「ラクトもかなり上手いな……」
「普通にプロレベルなのでは? 流石は氷機術師といったところですか」
「それ関係あるのか?」
普段から氷を扱っているからなのかはともかく、ラクトの動きは目を見張るものがある。
周囲を滑っていたスキーヤーたちも、颯爽と現れて見事な動きを見せつけるラクトに釘付けになって、バランスを崩したり、雪の中に突っ込んだりしている。
「ふぅ。楽しかった!」
「凄かったな」
満足した顔で戻ってきたラクトを拍手で迎える。
彼女は普段、後衛として激しい動きをしない立ち回りが多いが、案外軽装戦士などでも上手くやれるのかもしれない。
そうこうしているうちに、俺たちはゲレンデを滑り降り、一番下にあるアマツマラまで辿り着く。
歩き回っているプレイヤーにぶつからないように速度を落とし、安全に停止する。
「うおわっ!?」
「し、しもふり、気をつけてください!」
直後、盛大に雪を被る。
雪の中から這い出て後ろを見ると、どうやら前脚を雪に突き刺してブレーキを掛けていたしもふりによって、雪をぶっかけられたらしい。
そもそものサイズが大きいから、それだけでもブルドーザーか除雪機のように雪が吹き飛ぶのだ。
『あぅ。レッジ、大丈夫?』
「大丈夫だ、問題ない」
すいーっと滑ってきたスサノオに心配されながら、立ち上がる。
全身に纏わり付いた雪をはらい、近くに転がっていたミニシードを拾う。
「しもふりの追従位置は要調整だな。ともかく、スキーのおかげで随分と帰りが楽になったもんだ」
「そうだね。これならあと三往復くらいできるかも」
帰りの時間がかなり短縮できたことで、余裕もできた。
ラクトの言ったように、一日で何度も探索と納品を繰り返すことも可能だろう。
「それじゃ、手早く納品してまた出掛ける?」
「うーん、せっかくですし、他の任務にも手を出してみませんか?」
エイミーの言葉を受けて、レティが提案する。
他の任務と言うのは、おそらく〈カグツチ〉関連のものだろう。
「それもいいですね。私も〈カグツチ〉をじっくり見てみたいですし」
「そうだな。助けて貰った恩もあるし」
〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉が技術提供した〈カグツチ〉には、あわや大惨事になる所だった危機を助けて貰った。
その恩を返す意味でも、【カグツチ製造計画】の進捗に協力するのもありだろう。
「それに、別のことも楽しみたいしね」
ラクトの言葉に全員が頷く。
どうせやるなら、イベントだけでなく全てを楽しみたい。
「ともかく、まずは種の納品ね」
エイミーに促され、俺たちはアマツマラの中へ入っていく。
そうして無事に、新たに四つのミニシードをアマツマラに送り届けた。
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Tips
◇ポトフ
大きく切った肉と野菜類に香草を加えて水からゆっくりと煮込んだもの。温かい滋味が冷えた体と心を癒やす。
一定時間、防御力とLP最大量が上昇する。
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