第400話「力を合わせて」

 イベント二日目。

 レティたちのログインを待って、俺はアマツマラを訪れた。


「すみません、リアルで少し用事がありまして」

「いいさ。どうせ俺も農園で作業してたしな」

「今日はレッジ以外みんな、午後からしかインできなかったしね。わたしもレティと同じくらいにログインしてたよ」


 防寒具を纏い、白鹿庵の六人とスサノオ、しもふり、白月と、いつものメンバーで雪の上へ降り立つ。

 そこで周囲を見渡して、トーカが不思議そうに首を傾げた。


「なんだか、昨日と随分と様変わりしてますね?」


 彼女の目の前に広がっているのは、雪が滑らかに固められた山の斜面。

 等間隔で柱が並び、簡素なリフトがスキー板を履いたプレイヤーたちを乗せてゆるゆると動いている。

 斜面ではスキーやスノーボードを楽しむ姿も多く見られ、昨日までの自然のまま不整地だったところと同じ場所とは思えない。


「【ゲレンデ整備計画】が完了したんだろ」

「もう終わったんですか!? 昨日の今日ですよ?」


 彼女が目を見開き、信じられないと声を上げる。

 アマツマラがなかば自棄になって発令した【ゲレンデ整備計画】は、プレイヤー一人二人の活動で進捗が100%になるほど簡単なものではない。

 しかし、プレイヤーたちの妙な情熱によって、本来の目的である種集めよりも優先され、夜を徹して整備が進められたのだ。

 また、それだけではない。

 この驚異的な速度でゲレンデが整備されたのには、もう一つ理由がある。


「えーっと。ほら、トーカ、あそこ」


 楽しげにスキーに勤しむプレイヤーたちの中から、そこに居るはずの人物を探す。

 そうして、見つけたのは、随分と細長い玄人向けのスキー板を装備し、もこもことしたジャケットに身を包む青髪の少女だった。


「あの姿は、もしかして――」


 彼女の方も俺たちを見つけたらしく、急斜面を一直線に駆け抜けてくる。

 瞬く間にすぐ側までやって来た彼女は、板を横にして雪を舞い上げながら停止した。


『ハロー、レッジさん。今朝ぶりですね。他の皆さんもこんにちは』


 虹色に輝くゴーグルを外し、ワダツミが柔やかに笑う。

 それを見たトーカたちは、一様に目を丸くして驚いた。


「ワダツミさん!? なんでここに……」

「スキーが上手なのねぇ。管理者だからかしら」


 唖然とするレティたちに、ワダツミは肩を揺らす。

 そうして、陽光を受けて輝く銀世界を背後に、誇らしげに胸を張った。


『ムフン。それはもちろん、ワタクシがこの〈アマツマラスキー場〉の整備計画進行責任者兼臨時管理担当者だからですよ!』


 どうだ凄いだろうと言わんばかりの表情に、思わずこちらも笑みが零れる。

 見た目だけなら、管理者の中ではスサノオの次に幼い少女だ。

 しかし、管理者としての経験も十分に積み、現にこうして大きな仕事を成し遂げている。


「〈アマツマラスキー場〉?」

「整備計画進行責任者?」

「臨時管理担当者?」


 満点のドヤ顔を見せるワダツミの言葉を、レティ、トーカ、ラクトが順番に反芻する。

 ワダツミは一つ頷いた後、きょとんとして俺の方を見た。


『フム? レッジさんからは何も聞いていらっしゃらない?』

「はい。レティたちがログインした時には農園にこもってたので」


 怪訝な顔をしながらレティが頷く。

 それを聞いて、ワダツミはぽむん、と手に拳を落とした。


『オーケー。実は、レティさんたちがいらっしゃる前に、白鹿庵の別荘へアマツマラに呼ばれまして』

「はい!? ――レッジさん?」

「ごめん、言うの忘れてた」


 強く二の腕を握られ、背中に冷たい汗を掻く。

 アマツマラたちの会議が終わった後、俺は農園で作業をしていて、その間にレティたちがやって来たので言い出すタイミングを失っていた。


『それで、別荘の一室をお借りして会議を開いたんです。その結果、今回の特殊開拓指令の期間中、いくつかの業務を管理者で分担することとなりました』

「そうだったんですか。それで、ワダツミさんがこのスキー場を」

『イエス。ワタクシは【ゲレンデ整備計画】の進行と、スキー場の関連事務を担当しています』


 アマツマラだけでは〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉と都市管理、スキー場を始めとする種々の業務を全てこなすことは難しい。

 そこで彼女は姉妹たちに助けを求め、ワダツミたちもそれに応えた。

 ワダツミはアマツマラからスキー場関連の業務を任され、それに必要な権限の一部も委譲された。

 それによって、一夜――それどころか半日で殆どスキー場完成にまで漕ぎ着けたのだ。


「ということは、他の管理者もどこかにいるの?」

『オフコース。ウェイド、キヨウ、サカオの三人は、それぞれ〈雪熊の霊峰〉、〈岩猿の山腹〉、〈牧牛の山麓〉の管理をしていますよ』


 ワダツミが挙げた三つのフィールドは、今回のイベントで種が投下される場所だ。

 山麓側から初級、中級、上級と難易度が上がっており、駆け出しの初心者から熟練の攻略組まで、誰でもイベントに参加できるようになっている。

 その分、三つのフィールドを管理するというのは、アマツマラ一人では負担が大きく、フィールド一つずつを他の管理者に任せていたらしい。


「ということは、このフィールドには――」

『私がいますが、何かご不満でも?』


 俺の言葉に被せるように、背後から声がする。

 驚いて振り返ると、ワダツミと同じくモコモコのジャケットを着込んだウェイドがこちらを見上げていた。


「い、いやいや、そんな滅相もない」


 雪で足音が消されるからか、いつにも増して気配が感じられない。

 驚愕を押し殺す俺をよそに、ウェイドはレティたちへ簡単に挨拶をした。


「ウェイドさんが〈雪熊の霊峰〉の担当なんですね。レティたち、ここをメインに活動するので、よろしくおねがいします」

『ええ、こちらこそ。アマツマラから任されたからには、どんな不測の事態にも万全を期して、しっかりと責任を持って当たりたいと思っていますよ』


 何故かこちらに視線を向けながらウェイドが頷く。

 人をまるで不発弾か何かのように言わないで頂きたい。


「ワダツミがスキー場、ウェイドたちが三つのフィールドの管理なんだね。……あれ? スサノオは何もしないの?」


 指を折って数えていたラクトが首を傾げる。

 他の管理者と違って、スサノオだけはいつも通り別荘に居て、俺たちと共にここにやって来た。

 しかし、ラクトの言葉に対して、彼女は首を横に振って否定する。


『あぅ。スゥは、余剰演算領域をアマツマラに貸して、業務処理を手伝ってるよ』

「えーっと?」


 スサノオの口から飛び出す小難しい言葉に、ラクトが首を傾げる。


『アマツマラの業務を、スサノオの本体である〈クサナギ〉の演算領域を使って一部肩代わりしています。いくらアマツマラの負担が減ったと言っても、ワダツミや私たちから上げられる情報の処理は膨大な量になりますので』

「な、なるほど」


 ウェイドが咬み砕いた説明を施し、ラクトも頷く。

 スサノオは他の管理者と違って、直接出向くような仕事ではなく、言わば裏方の仕事を手伝っているのだ。

 こうしてここに立って微笑んでいるが、彼女の本体であるスサノオの中央制御塔にある〈クサナギ〉は猛烈に動いているらしい。


『もちろん、特殊開拓指令の本筋を統括的に管理しているのはアマツマラです。我々はあくまで彼女の助けとして、細々とした業務を肩代わりしているだけですね』


 そう言ってウェイドが締めくくる。

 昨日は無数の業務に忙殺されていたアマツマラは、ウェイドたちの協力によって、イベントの全体的な管理だけに専念できるようになった。

 一応、〈カグツチ〉の製造任務関連などは今もアマツマラが担当しているらしいが、それでも随分と負担は減ったようだ。


『そういうわけですので、皆さんは張り切って種を集めて下さい。スキー場が整備されたおかげで、行きはともかく、帰りは楽になったと思いますし』


 ウェイドが山の斜面を見て言う。

 そこでは雪山の探索から戻ってきたらしきプレイヤーたちが、小脇にミニシードを抱えて颯爽と滑り降りてきていた。

 彼らは慣れた様子でアマツマラの前までやってくると、そのまま安全に停止して、スタスタと建物の中へと入っていく。


『フゥム。スキー板などの道具は、簡単なものならアマツマラのベースラインショップで販売してます。でも、調査開拓員の方々が製作なさったものの方が良いと思われますよ』


 後半、少し声をひそめてワダツミが言う。

 基本的にNPCショップの販売品よりもプレイヤーメイドの生産品の方が性能が良く安価であることが多いのだが、そういうのは管理者的には複雑なところなのだろうか。

 ともかく、すでにスキー板やらを開発、販売している、フットワークの軽い商人もいるらしい。


『間違っても、テントで斜面を滑り降りてくる、などという馬鹿げたことはやらないように』


 じっと俺の方を見てウェイドが言う。


「分かってるよ。もうやらないさ」


 スキー場が整備されたおかげで人が多くなって、今度こそ轢いてしまいそうだしな。


「じゃ、レッジさん。スキー板を買いに行きましょう」

「スキーなんて久しぶりねぇ。高校の修学旅行以来かしら」

「わたしはボードにしようかなぁ」


 楽しげに声を弾ませながら、レティたちがアマツマラの中へと向かう。

 俺もウェイドとワダツミに見送られながら、彼女たちの後を追いかけた。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

昼寝終えて霊峰来たらなんかスキー場できてるんだが?


◇ななしの調査隊員

ゲレンデ整備任務が終わったんじゃよ


◇ななしの調査隊員

早すぎるだろ


◇ななしの調査隊員

アマツマラちゃん働き過ぎじゃない?


◇ななしの調査隊員

お前らニュースに疎いな。今のスキー場の管理人はワダツミちゃんだぞ


◇ななしの調査隊員

は?


◇ななしの調査隊員

ワダツミちゃん!? ワダツミちゃんなんで!?


◇ななしの調査隊員

ほんとにワダツミちゃんおるやんけ!

え、お話できるかな


◇ななしの調査隊員

道案内とか、話しかけたら教えてくれるよかわいい


◇ななしの調査隊員

殴ろうとしたら警備NPC飛んできて反省部屋で1時間閉じ込められたぞ


◇ななしの調査隊員

当然


◇ななしの調査隊員

血も涙もないな・・・


◇ななしの調査隊員

なにやってんですかねぇ


◇ななしの調査隊員

なんか管理者同士で話し合いがあったっぽい?

各フィールドの担当で、ウェイドちゃん、キヨウちゃん、サカオちゃんも出てるよ


◇ななしの調査隊員

まじか

キヨウちゃんどこで会えるの?


◇ななしの調査隊員

ウェイド:霊峰

キヨウ:山腹

サカオ:山麓


◇ななしの調査隊員

サンクス


◇ななしの調査隊員

thx


◇ななしの調査隊員

まじか、まじか

ちょっと山麓いってくっかな


◇ななしの調査隊員

山麓の種効率悪いだろ。


◇ななしの調査隊員

効率?????なんで効率なんて気にする必要があるんですか?????


◇ななしの調査隊員

サカオガチ勢やんけ


◇ななしの調査隊員

これ結局、各地の管理者に人集まって進捗伸びないのでは?


◇ななしの調査隊員

とりあえず、ウェイドちゃんは人が集まりすぎると「私に話しかける暇があったらミニシードの収集に向かいなさいこの愚図」って罵ってくれるから効率上がってるよ


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

ウェイドちゃんそんなキャラだっけ?


◇ななしの調査隊員

普通に「ミニシード収集に協力して下さい」ってにこやかに言われたが?


◇ななしの調査隊員

脳内変換フィルターが強すぎるだけか


◇ななしの調査隊員

なんだ、ただの変態か


◇ななしの調査隊員

いやでもウェイドちゃんになら罵られてもいいな・・・


◇ななしの調査隊員

警備NPCさんこちらです


◇ななしの調査隊員

キヨウちゃんも笑顔で殴ってくれそう


◇ななしの調査隊員

サカオちゃんはなんだかんだ言って優しくしてくれそう


◇ななしの調査隊員

癖の強い奴らが多いなぁ


◇ななしの調査隊員

今日の反省部屋スレはココですか?


◇ななしの調査隊員

なあ・・・アマツマラちゃんどこいった・・・?


◇ななしの調査隊員

君のような


◇ななしの調査隊員

たまにアマツマラの中でちょこちょこ歩いてるよ

忙しそうだから話しかけてないけど


◇ななしの調査隊員

管理者ちゃんたちと話せる機会が増えたのは嬉しいけど、アマツマラちゃんがレアキャラになったの悲しすぎる・・・


◇ななしの調査隊員

なあ、黒髪の管理者ちゃんどこにいるか知らない?


◇ななしの調査隊員

おっさんとこ


◇ななしの調査隊員

おっさんのとなり


◇ななしの調査隊員

おっさんと一緒に居るよ


◇ななしの調査隊員

またおっさんかよ!!!!


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

◇アマツマラスキー場

 地下資源採集拠点シード01-アマツマラの周辺の斜面を整地し、建設されたスキー場。

 傾斜がなだらかな初心者コースから、一歩間違えれば即死のエクストリームコース、一歩間違えなくても即死のルナティックコースまで幅広いコースを取り揃えた、ウィンタースポーツの大規模総合施設。

 地下資源採集拠点シード01-アマツマラで受注可能な【ゲレンデ整備計画】の進行度を進めることで、アイススケート場やボブスレーコース、スキージャンプ台などの建設も追加する計画が策定されている。


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