第399話「参集する協力者」

 アマツマラと別れたあと、俺たちは再び〈雪熊の霊峰〉を歩き回って種を集めることに専念した。

 しかし、種の収集フェーズと同時に、【カグツチ製造計画】や【カグツチ製造ライン整備計画】、【ゲレンデ整備計画】といった特別な任務もいくつか平行して発注されていたため、プレイヤーの少なくない数がそちらに流れてしまった。

 そのため、初日の種の収集率はアマツマラの予想よりもいくらか低い水準に終わってしまったようだ。


『そういうわけだから。今日もキリキリ働いてくれよな』

「そりゃまあ、役目だから分かってるけども」


 イベント二日目。

 いつものようにワダツミにある別荘へログインした俺を待っていたのは、来客用のソファにどっかりと腰をおろすアマツマラの姿だった。

 カミルが恐縮しきった様子で飲み物の好みを聞き、ホットコーヒーコーラを複雑な表情でマグカップに入れて渡していた。


「ここに居る暇なんてあるのか?」


 色々と聞きたいことはあるが、ひとまずそんな問いを投げかける。

 アマツマラは喉を鳴らしてホットコーヒーコーラを半分ほど飲むと、据わった目で俺の方を見た。


『ねェよ、そんな暇』

「ええ……」


 じゃあなぜ、と聞くよりも早く、彼女は続ける。


『今も本体クサナギは滅茶苦茶働いてるよ。普段より倍の冷却液消費してるのに、雪山とは思えねェくらい熱くなってる』


 遠い目をして言うアマツマラに、そういえば彼女たちはあくまで〈クサナギ〉の仮想人格であることを思い出す。

 こうして人の家でのんびりと寛いでいる間にも、彼女の本体は遠い雪山の中腹で、猛烈に働いているのだ。


『元々は特殊開拓指令の管理だけでいいと思ってたんだけどな? 誰かさんのせいで、この滅茶苦茶に忙しい時期に? 何故かレジャー施設の整備計画まで練る必要が出てきてな? その上、意見箱にはコースの希望なんてのもドカドカ送られてきてな?』


 恨みのこもった目と共に、怨嗟の混じる言葉が投げられる。

 事情を知らないカミルが「アンタ、何やらかしたのよ」と恐ろしい顔でこちらを見てくる。


『スノボもモービルも知らねぇよ! 雪合戦なんて会場整備しなくてもその辺でやってくれ! せっかく造った〈カグツチ〉でデケぇ雪像作ってんじゃねぇ!』


 アルコールでも入っているのかと疑ってしまうほど、アマツマラは大きな声で叫びをあげる。

 キッチンの影で寝ていた白月も思わず起きて、俺に文句の一つでも言いたげな目を向けてくる。


「俺、ほとんど関係なく――」

『ないわけないだろ! 一世一代の大仕事なのに、なんでその傍らにアミューズメントパーク作らねェとならないんだよ!』

「いや、ほんと申し訳ないです。流石に俺もそこまでになるとは思ってなかった……」


 感情が高ぶりすぎたようで、アマツマラは瞳を濡らし、鼻を鳴らす。

 元々重要な計画を進めていた上、当然、通常業務である都市管理も変わらず行う必要がある。

 そこに加えて、手が回らなくなるほどの雑務が積み重なって、如何に管理者と言えどストレスが溜まってしまったらしい。

 遠因は俺にあるわけだし、愚痴のはけ口くらいにはなってやろう。


『おまえ……ほんと、おまえなァ……』

「はいはい」


 グズグズになるアマツマラの隣に座り、ポンポンと肩を叩いてやる。

 彼女はぽかぽかと力なく俺を殴りつけながら、低く唸っていた。


「しかし、全部一人で抱え込む必要もないんじゃないのか? ウェイドとかに手伝って貰っても」


 白鹿庵の別荘でいじけながらも、今の彼女はそんなところへ演算リソースを割くのも勿体ないほどの激務に追われているはずだ。

 姉妹たちに助けを求めてみればどうか、と提案すると、彼女は頭を上げて、きょとんとした顔でこちらを見た。


「あの、アマツマラさん?」

『いいの?』


 いつもの勝ち気な口調はどこへやら、可愛らしく首を傾げるアマツマラ。


「逆に駄目なのか? 第三回イベント――えっと、〈特殊開拓指令;黒銀の大蜘蛛〉の時はウェイドとキヨウとサカオが合同で開催してただろ」


 ぽかん、と口を半開きにするアマツマラ。

 彼女は勢いよく肩を跳ね上げると、じっと空中を凝視する。

 恐らく何かしらの情報を参照しているのだろう。

 壁際に立つカミルが冷や汗を流しながら、おろおろとしている。


『……でも指令該当地域は……いや、規定には……プロトコル……大丈夫、なのか? ……申請は……ホットライン……』


 アマツマラは僅かに唇を震わせて、かすかに言葉を漏らす。

 今頃、彼女の頭には膨大な情報が流れ込み、それを急速に処理しているはずだ。

 その赤い瞳には、パチパチと細かな電流が走っている。

 唐突に始まった思考は、やはり唐突に終わる。

 彼女の瞳に生気が戻り、ふいにこちらを見た。


『ちょっとこの部屋借りるぞ』

「は?」


 アマツマラの唐突な宣言に驚いたのも束の間、突然、大型ストレージを押し込んでいる倉庫の扉がノックされる。

 この場には俺とカミルとアマツマラ、そして農園のスサノオしかいないはず。

 仮に来客があったとしても、普通は玄関から入ってくるはず。

 恐る恐る、ソファから立ち上がり、倉庫のドアを開く。


『こんにちは。お邪魔します』

『ハロー! お久しぶりですね、レッジさん』

『こんにちはぁ』

『ココに来んのも久しぶりだな』

『はぴっ!?』


 扉の奥から続々と現れたのは、ウェイド、ワダツミ、キヨウ、サカオの管理者組。

 最後の奇妙な悲鳴は、突然の上司たち乱入に驚いたカミルのものだ。


「ウェイド!? な、なんで……ていうかどうやって……」

『こんなこともあろうかと、そこの倉庫に機体を置いておいたのです。おかげでアマツマラからの要請にも迅速に応えることができましたね』


 驚く俺に向かって、誇らしげに胸を張るウェイド。

 その得意げな顔には、俺を驚かせることができて嬉しそうな感情も見え隠れしている。

 どうやら彼女たちは俺の知らない間に、この別荘のストレージの片隅に自分たちの機体を隠していたらしい。

 今回、アマツマラに呼ばれたウェイドたちは、自身の仮想人格をその機体に入れて現れたようだ。


「いや、人の家になに勝手に置いてるんだよ?」

『我々は管理者ですよ? このくらいの権限はあります』

「横暴だろ!?」

『別にストレージ容量を消費しているわけではないので、実害は無いではないですか』

「一言で良いから、断りを入れてくれよ……」

『レッジは我々の計画を乱すときに一言でも何か予告しましたか?』

「……」


 知らない間にウェイドも随分と口がうまくなっている。

 俺の行動で彼女たちの計画が狂うのは結果論的な話ではあるのだが、それ以上なにも言えずに黙るしかなかった。


『ともかく、我が妹から助けを請われているのです。それに応じるのは姉の役目でしょう』

『オフコース。妹でも同じですよ』


 ウェイドの背後からワダツミが顔を覗かせて笑う。

 俺は全身から力を抜きつつ、彼女たちに応接室を譲った。


『わ、わ。みんな集まってる』


 そこへ、玄関から小走りの足音と共にスサノオがやってくる。

 いつもの作業着と麦わら帽子姿だった彼女は、一堂に会した妹たちを見ると、すぐに彼女たちと同じデザインの黒いワンピースに装いを変えた。


『スサノオも元気そうですね』


 スサノオの姿を見て、ウェイドが柔らかい語調で言う。

 そう言えば、彼女もスサノオとはしばらく会っていなかったか。

 サカオやキヨウに至っては、そもそもこの姿を見るのも初めてだったようで、興味津々といった様子で幼い姉の姿を見ている。


『あぅ。元気だよ』

『何やら作業着姿でしたが、何をなさっていたのです?』

『えっとねぇ、レッジの農園で毒草作ってたよ』


 ギロリ、と鋭い眼が俺の方へ飛んでくる。

 誤解だ、と慌てて首を振り、彼女が自発的に手伝ってくれていることを伝えた。

 そもそも外見は幼いが、恐らくこの場で最年長の存在である。

 決して、児童労働などではない。


『あぅ。アマツマラから呼ばれたんだけど、何かあったの?』


 ウェイドと俺の間に流れる緊迫した空気を壊すように、スサノオが発する。

 それによって、彼女たちも本来の目的を思い出したようだ。

 中央のテーブルを囲むように、それぞれソファに腰を下ろす。


『レッジ、レッジ』


 そこへ、声をひそめたカミルがプルプルと震えながら俺の袖を引いた。


「どうした?」

『なんでこんなことになるのよ!?』

「俺に聞かないでくれよ……」


 彼女は普段の余裕のある表情を捨てて、泣きそうな顔になっている。


『と、取り合えじゅ、何か飲み物出した方がいいよね』

「そうだな。……あ、茶葉なら最近農園で作ったオリジナルのが――」

『そんな得体の知れないもの出せるわけないでしょ!?』


 小声で叫ぶという器用なことをするカミル。


『何がいいか、管理者の方々に伺ってきてちょうだい』

「なんで俺が……」

『アタシが行ったら回路が焼き切れるかもしれないでしょ!』

「ええ……」


 しかし、鬼気迫る彼女を無理矢理行かせるのも後が怖い。

 というより、こんな所で大事なメイドさんを失いたくない。

 しかたなく俺は管理者たちから希望の飲み物を伝えて、カミルに伝えた。


「そもそも管理者にお茶って出す必要あるのか? ていうか、わざわざここに集まらんでも、遠隔通信でなんとでもなるんじゃ……」


 色々と疑問は尽きないが、集まってしまったものは仕方がない。

 彼女たちを無視して隣の部屋で寛ぐというのも無理な話で、俺はひとまず、マナーモードの携帯のように震えるカミルの隣に立って、背中を壁に預けた。


『――それじゃ、早速本題に入ろう』


 ホットコーヒーコーラで唇を濡らし、アマツマラが本題を切り出す。

 それを受けてウェイドたちも、管理者らしい真剣な表情になった。


『単刀直入に言うと、あたしだけじゃあ〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉が遂行できねェ。だから、皆に管理権限を分割委譲して、手伝って貰いてェんだ』


 妹の切実な言葉を聞いたウェイドたち。

 彼女たちは、口元に笑みを浮かべ、優しく頷いた。


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Tips

◇ホットコーラコーヒー

 とある管理者の最近のマイブーム。濃いめに淹れたブラックコーヒーにコーラを加える、暴力的なエナジードリンク。

 辛いストレスを吹き飛ばし、積み上がる激務を片付ける気力を与える。日々を忙殺される、休めない貴方に、この一杯を。


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