第398話「管理者の苦言」
ついに完成しお披露目された〈カグツチ〉の勇姿をじっくりと見る暇も無く、俺はアマツマラに引きずられていった。
連れてこられたのは、アマツマラの中央制御塔地下にある、薄暗い部屋である。
「あの、アマツマラさん? ここってもしかして……」
『人工知能矯正室。調査開拓員の間では“反省部屋”って言われてるらしいなァ』
ニコニコと笑みを浮かべて彼女は鋼鉄の扉を開く。
暗い部屋に明かりが灯るが、そこにあるのは背もたれの無い丸椅子と、スチールの机だけだ。
『座れ』
「えっと……」
『座れ』
「はい……」
有無を言わせぬ圧に押され、丸椅子に座る。
アマツマラは壁に立てかけていたパイプ椅子を広げて、どっかりと腰を下ろした。
人工知能矯正室。
通称“反省部屋”。
立ち入り権限の付与されていない場所へ〈解錠〉スキルなどを用いて強引に侵入した調査開拓員などが、警備NPCに逮捕された際に連行される場所だ。
その内部では、罪状によって10分から1時間程度とばらつきはあるが、様々な刑罰が与えられる。
「豆移しか? それとも、カード整理か」
山盛りの豆を、つるつるとした箸で延々と皿へ移すことを強要される刑罰、豆移し。
ランダムにシャッフルされたカードを番号順に並べ続ける刑罰、カード整理。
微妙にストレスの溜まるようなことばかりさせられるのが、地味に厄介なところだ。
「俺は〈解錠〉スキルも戦闘力もないしな……」
高レベルの〈解錠〉スキルなどがあれば、この部屋の警備を強引に突破して脱獄することもできるのだが、あいにくそんな手段は持ち合わせていない。
そもそも、通常なら看守NPCが見張っているところを、なぜかアマツマラ直々に睨み付けているのだから、下手な事はできない。
「えっと」
『……』
ずっと黙ってこちらを見続けているアマツマラ。
その姿が一周回って恐ろしい。
どこかで時計の針が時を刻む音が聞こえる。
無限にも感じる時間のあと、彼女が口を開いた。
『なんでここに連れてこられたか、分かってるか?』
「アマツマラを壊しかけた……。いや、周りに居たプレイヤーを轢きかけたからか」
“鱗雲”スキーの終着点、アマツマラの周囲には多くのプレイヤーが集まっていた。
あのままクロウリとティックの〈カグツチ〉によって止められていなければ、彼らをボーリングのピンのように薙ぎ倒していたかもしれない。
フレンドリーファイアの概念はないから、ダメージは受けないが、それでも衝撃と恐怖はある。
『そういうことだ。分かってんならいい』
「え、いいの?」
てっきり何かしらの責め苦を受けると思っていた俺は、逆に拍子抜けしてしまう。
そんな俺を見て、アマツマラは苦笑した。
『まァ、もっと考えろってェ話だけどな。他の調査開拓員もしぶといみたいだし』
そう言って、彼女は部屋の壁に映像を投射させる。
映し出されているのはアマツマラ周辺の光景で、氷スキー板や、急造した木製のソリに乗って斜面を滑り降りてくるプレイヤーたちが映し出されていた。
「もう真似されてる……。たしかに転んでもただじゃ起きないな」
比較的なだらかな場所ではスキースクールが開講されているし、慣れた様子のボーダーたちが岩の多い急斜面を軽やかに駆け抜けている。
『レッジをここにつれて来た時から、ちょこちょこぶつかったりしてトラブルが起きてる。その対処もしてたし、余計な仕事は増えたな』
「ずっと黙ってたのはその対応をしてたのか……」
スキーに慣れていないプレイヤーも多く、衝突事故などが早速起こっているらしい。
その対応と簡易的なルールの制定も行っていたようで、イベント中だというのに忙しそうだ。
『一応、コースも決めて整備NPCも手配した。もう出てって良いぞ』
「結局、俺はなんで連行されたんだ?」
『あんなでけェテントとレッジが居たら、ドンドン調査開拓員が集まって危ねェからだよ』
「なるほど」
どうやらお説教が目的ではなかったらしい。
ひとまず胸を撫で下ろし、反省部屋の外に出る。
「レッジさん! 大丈夫でしたか?」
『あぅ。アマツマラに酷いこと、されてない?』
扉を開けた瞬間、そこに待ち構えていたレティとスサノオ、それに白月が押し寄せる。
「うわっ!?」
思わず後ろに下がったところ、足がもつれて背中から倒れた。
『何やってんだ……。もう用事は終わったし、さっさと種集めに戻ってくれ』
アマツマラは呆れ顔で、俺を軽々と持ち上げて立たせる。
心配しているレティたちに部屋で話したことを軽く説明すると、彼女たちも安心した様子だった。
「てっきり、闘技場のサンドバッグになれ、とか言われていたのかと」
『あたしをどんな極悪非道だと思ってンだ……』
へにょり、と耳を折って言うレティに、アマツマラは眉を上げる。
「待っててくれたのか。……他の皆は?」
「闘技場のロビーで休んでます。場合によっては強行突破する予定だったので、彼女たちを巻き込むわけにもいかず」
さらりと物騒なことを言うレティ。
隣に立つアマツマラが表情を歪める。
彼女の言いたいことはよく分かる。
「こほん。えっと、種はどうした?」
「全部納品しましたよ。レッジさんの分も、エイミーが運んでくれました」
どうやら俺が連行されている間に、レティたちも役目を果たしてくれていたらしい。
それなら良かった、と頷いた時、隣に立つアマツマラがピクリと目元を痙攣させた。
「アマツマラ?」
『――コース整備に出してた整備NPCが、上から転がってくる雪玉になったスキーヤーに轢き壊された』
「おおう……」
彼女は頭の痛そうな顔で対応を指示する。
そうして、恨みがましく俺を見上げてきた。
『厄介なモンを広めてくれたなァ』
「いっそのことレジャー施設に整備した方が、トラブルが減るかも知れないぞ?」
苦し紛れにそう言うと、彼女は鼻を鳴らす。
そうして空中に視線を彷徨わせて何かしらの操作をした後、再び俺を見た。
『【ゲレンデ整備計画】を出した。種集めも効率よくなるだろ』
「ほんとにスキー場にする気なのか……」
行動が早いというか、迷いがないというか。
このぶんでは、そう遠くないうちに――イベント中にアマツマラに新たな娯楽が増えるかもしれない。
山の頂上付近までリフトで登れるなら凄く楽になるのだが、原生生物からの防衛はどうするのだろうか。
「レッジさん、とりあえず闘技場のロビーまで行きましょう。そこでラクトたちも待ってますので」
レティが俺の手を取って引っ張る。
そんな彼女に、アマツマラも頷いた。
『我が妹の誕生の為にも、存分に働いてくれよな』
「そうか、シード02-アマツマラは、アマツマラの妹になるのか」
よくよく考えてみれば当然だ。
アマツマラ自身もスサノオの妹分ではあるのだが、人間的に言うとシード02-アマツマラの方がより血の濃い関係になるのだろうか。
そんな妹の誕生のため、彼女も張り切っているのかもしれない。
『あぅ、レッジ』
不意に、スサノオが袖を引く。
視線を下げると、彼女が黒い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けて言った。
『スゥは、アマツマラたちのお姉ちゃんだけど、レッジのお姉ちゃんでもあるからね』
「え? ああ、まあ、そうなるのか?」
管理者はその名の通り、管理する者だ。
俺たち調査開拓員にとっては、姉のような存在かもしれない。
――どっちかと言うと母親か? いや、母親はアマテラスの〈タカマガハラ〉なのか?
「レッジさん?」
「ああ、いや。なんでもない」
深い思考の海に沈みそうになっていたところをレティに引き上げられる。
俺たちは忙しそうなアマツマラに別れを告げて、ラクトたちの待つ闘技場ロビーへと急いだ。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
種集めようと思って山に来たらスキー場になってたんだが???
◇ななしの調査隊員
雪山は初めてか?肩の力抜いて、とりあえずスキースクールへ行けよ。
そこで手取り足取り教えて貰えばミミズだってゲレンデの王子様になれるぜ。
◇ななしの調査隊員
いや、つい数時間前に下見してたよ
なにがあったんだよ
◇ななしの調査隊員
おっさんがテントでスキーしたら、みんながスキー始めた
◇ななしの調査隊員
????????????????
◇ななしの調査隊員
ごめん、俺もわからんわ
◇ななしの調査隊員
ゲレンデ整備計画任務出てて笑う
ほんとにスキー場になるのかよ
◇ななしの調査隊員
マジかよ
◇ななしの調査隊員
ちゃんと初心者、中級者、上級者コースって分かれてんだな
最後にあるエクストリームコースってなんだ?
◇ななしの調査隊員
滑ればわかる
◇ななしの調査隊員
俺もうどんな雪山だって滑れる気がするわ
◇ななしの調査隊員
機獣に板履かせてる奴も出てきたな
面白そうだ
◇ななしの調査隊員
どんどん無法地帯になってく
◇ななしの調査隊員
イベント中にイベント重ねるんじゃねーよ!
◇ななしの調査隊員
みんな、種のこと忘れてない?
◇ななしの調査隊員
コース捜索ついでに種も探してるよ
◇ななしの調査隊員
手段と目的が逆転して、メインターゲットがサブターゲットになってやがる
◇ななしの調査隊員
なんか滑りが悪いな
板に蝋とか塗ればいいんだっけ?
◇ななしの調査隊員
スキー本スレで聞いてこい
◇ななしの調査隊員
もう本スレ立ってんのかよ・・・
◇ななしの調査隊員
イベントにカグツチにスキーに、トレンドが多すぎる
◇ななしの調査隊員
カグツチにスキー板履かせて種探せばいいんじゃない?
◇ななしの調査隊員
うわぁもうスノーモービル開発した変態バンドがでてきてる・・・
◇ななしの調査隊員
アマツマラちゃん泣きそう
_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/
Tips
◇人工知能矯正室
各都市のベースラインに設置されている懲罰用の施設。越権侵入や警備NPCへの反抗など、都市治安を犯す行為が認められた調査開拓員が連行される。
罪状に合わせた時間、内部に拘束され、様々な刑罰が与えられる。
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