第397話「鋼鉄の抱擁」

 銀色に輝くアマツマラの外壁が迫り来る。

 ガタガタと揺れるテントの屋根に立ち、どうにかこの後に待つ悲劇を回避する方法が無いかと模索する。

 しもふりが刻んだ溝は深く、今から修正するのは難しい。

 しかしテントに動力などもなく、自力で溝を飛び出すことなどできるはずもない。

 一度滑り出したテントは重力に引かれるまま滑るのみ。

 急には止まれない。


「エイミー、なんとかならないか!?」

「無茶言わないで! ここから飛び下りるのも不可能よ!」


 頼みの綱のエイミーも間髪入れず首を振る。

 彼女がこのテントを止めるには、ここから飛び下りて進路上に立ち、盾を構える必要がある。

 しかしこの速度で滑るテントから降りたら、体勢を整えるより先に引き倒されてしまう。


「す、スサノオ……」


 藁にも縋る思いで、テントの中にいるスサノオの名前を呼ぶ。


『あぅ……ごめんね、アマツマラ……』


 彼女は白月を人形のようにぎゅっと抱きしめ、涙目で震えていた。

 いかに管理者と言えど、流石にできないこともある。


「――南無」


 諦めの境地に至り、薄く目を閉じて手を合わせる。

 数秒後に迎える強い衝撃に備えた、直後のことだった。


「ぬぅん!」


 突如現れた巨影が、大きな腕を広げてテントを掴む。

 勇ましい声を上げ、それは巨木のような足を突っ張って、雪に突き刺さりながら衝撃を殺していく。

 次の瞬間、両脇から太いワイヤーが射出され、テントを受け止める。

 ワイヤーの両端を掴んでいるのは、レティが乗ったしもふりと、見慣れない大型の人型機械だった。


「と、止まった……?」


 突如現れた二体の人型機械とレティによって助けられ、俺たちの乗ったテントはアマツマラの外壁ギリギリで停止する。

 ほっと胸を撫で下ろしたその時、テントを抱えていた大型ロボットの胸部が開き、中からタイプ-ゴーレムの男性が現れた。


「ぬはは。見たか我らが〈鉄神兵団〉の特殊大型全身機装鎧の力! この程度、軽石を止めると変わらぬわ!」


 大きく口を開き、盛大に笑う。

 彼の声と姿には見覚えがあった。


「あんたは、闘技場の……」

「うむ! 我が名はルナティック☆ミポニテJK、〈鉄神兵団〉の戦闘部隊長である」


 迫り出した胸を張り、声を轟かせる巨漢。

 彼は以前、レティと戦った機装使いで、今回のイベントでも重要な位置に立つバンドのメンバーだった。

 そんな彼が見慣れぬ巨大な機装を纏って来たと言うことは、レティと共にワイヤーでテントを受け止めてくれた方も。


「よう、レッジ。また随分突飛なことをやらかしてるじゃないか」


 機装の胸部が開き、中から灰色の作業着を着て、トレードマークの黄色いヘルメットを被った、フェアリーの少年が現れる。

 彼は〈鉄神兵団〉と共に機装開発を行い、今回のイベントで技術提供をした最大手生産系バンドのリーダー、クロウリだ。


「突飛なこと……。まあ、今回は否定できないか。助かったよ、クロウリ。えっと、ルナティック☆ミポニテJK?」

「丁度、オレたちも〈カグツチ〉の耐久性テストがしたかったところだったからな」


 深々と頭を下げて、助けてくれた二人に感謝する。


「ワシのことはティックで良い。バンドメンバーは皆、そうとしか呼ばんからな」

「そこを取るのか……。そっちの方が呼びやすいし、助かるが」


 テントから飛び下り、クロウリ、ティックと顔を合わせる。


「それで、これが例の〈カグツチ〉なのか。もう完成していたとはな」


 二人の背後で膝をつき、駐機姿勢を取る巨大ロボを見上げる。

 直立状態ならおよそ3メートルほどだろうか。

 全身を黒く分厚い金属装甲で覆われ、頭部には青い単眼のカメラアイが取り付けられている。

 全体的にゴツゴツとして無骨な印象で纏められており、鎧武者を連想させた。


「〈ダマスカス組合〉の総力を挙げて製造任務を終わらせたからな。ついさっき二機完成して、〈鉄神兵団〉と一緒に実地試験と洒落込んだところだったんだ」


 紫煙をふかし、クロウリが言う。

 組合と兵団が技術を提供し、それを元にアマツマラが設計した特殊大型機械装備〈カグツチ〉は、今までその実物はお披露目されていなかった。

 それが先ほどついに完成した。

 そのデビュー戦として、雪山を滑り落ちてくるテントからアマツマラを防衛する緊急事態に対処してくれたようだ。


「ほんとは軽く操縦の確認と、歩行性能のテストだけする予定だったんだけどな。まあ、耐久性もバッチリだ」


 そう言ってクロウリが笑う。

 隣に立つティックも、肩を揺らして頷いた。


「今回は本当に助かった。あのままアマツマラに激突してたら、どうなってたことか……」

「そりゃ良かった。ま、俺たちが助けられるのはここまでだけどな」


 改めて感謝すると、クロウリが軽く俺の腕を叩く。

 どういう事かと首を傾げたその時、背後から肩に手を置かれた。


『よう、レッジ。随分と愉快な事してくれたなァ』


 地響きのように低くドスの利いた声。

 ブルブルと震えながらゆっくりと振り返ると、目を細め全く笑っていない笑みを浮かべたアマツマラが至近距離に立っていた。


「あ、いや、その、これはだな……」

『言い訳は向こうでゆーっくり聞いてやるよ!』

「うおわっ!?」


 むんずと腕を掴まれ、そのまま雪の上をずるずると引きずられる。

 俺は続々と集まる他のプレイヤーたちに見送られ、管理者によって強制連行されていった。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

種運んでると働き蟻になった気分になるな


◇ななしの調査隊員

現実でも働き蟻なんだから、もう十分なんだよな


◇ななしの調査隊員

これ種割るのと納品するのどっちのが美味いの?


◇ななしの調査隊員

種割るの結構むずいし納品でいいだろ

一つ納品につき1,000ビットだし


◇ななしの調査隊員

お金のために働きましょうね


◇ななしの調査隊員

山腹はライバル多すぎて修羅の道だな。

ハイエナどもが多すぎる


◇ななしの調査隊員

霊峰ほどではないにしろ、山腹もまあまあ傾斜きついからなぁ

一回手放したら一気に転がって拾えねぇ


◇ななしの調査隊員

山麓平和だよ

基本的に初心者プレイヤーしかおらんし


◇ななしの調査隊員

しかし納品場所がアマツマラだから山麓は時間効率が悪いのだ


◇ななしの調査隊員

霊峰は魔境だぞよ

トッププレイヤーが軒並み出張ってるし、坂が急すぎるし、雪で足下が悪すぎる


◇ななしの調査隊員

地形が複雑な分、まわりが見逃してる種もけっこうあったりするんだがな


◇ななしの調査隊員

霊峰で種運んでたらテントが滑り落ちてきた


◇ななしの調査隊員

ごめん、なんて?


◇ななしの調査隊員

霊峰で種運んでたらテントが滑り落ちてきた


◇ななしの調査隊員

具体的に言えって


◇ななしの調査隊員

そのままなんだが・・・

種運んでたら山の斜面をデカいケルベロスが下ってきて、その後にテントが氷のスキー板履いて滑ってきた


◇ななしの調査隊員

なんで言葉増やしたら余計謎が深まるんだ・・・


◇ななしの調査隊員

ケルベロスとテントってことは白鹿庵かね


◇ななしの調査隊員

今回のイベントは関係なかったのでは!?


◇ななしの調査隊員

あのバンドが関係ないイベントがあるわけないだろ

そろそろ学べ


◇ななしの調査隊員

種集めた後一気にアマツマラまで下る作戦だったみたいだなぁ

アマツマラに激突しそうになってた


◇ななしの調査隊員

すっごい怖かった


◇ななしの調査隊員

種運び込んで、アマツマラちゃんにお礼言われてほっこりしてた所に突然テント突っ込んでくるんだもんな。ビビるなって方が無理だったよ


◇ななしの調査隊員

SS取ってた

[テントスキー.img]


◇ななしの調査隊員

なにこの無駄に躍動感のあるテント


◇ななしの調査隊員

屋根に立ってるおっさんと盾の姉ちゃんが絵になりすぎてるだろ


◇ななしの調査隊員

なんでおっさんマタギなの?


◇ななしの調査隊員

これが突っ込んでくるのは普通にこわい


◇ななしの調査隊員

え、アマツマラ壊れたの?


◇ななしの調査隊員

いや、鉄神兵団とダマスカスがたまたま〈カグツチ〉に乗ってたから、強引にブレーキ掛けて止めてたよ


◇ななしの調査隊員

なにそれかっこいい


◇ななしの調査隊員

運が良いな


◇ななしの調査隊員

カグツチ!? まさか、もう完成していたというのか


◇ななしの調査隊員

かっこ良かったよ、カグツチ

[カグツチ.img]


◇ななしの調査隊員

かっけ


◇ななしの調査隊員

おお、こんななのか

結構でかいなぁ


◇ななしの調査隊員

胸が開いてそこに乗り込む感じなのか

うひょー


◇ななしの調査隊員

ロマンじゃないか


◇ななしの調査隊員

早くコレに乗って暴れ回りたいな


◇ななしの調査隊員

なおカグツチに戦闘能力はない模様


◇ななしの調査隊員

これで戦えないのは最早バグでしょ


◇ななしの調査隊員

カグツチ製造任務、ようやく200%突破したのか。

実物出てきたし、300はすぐかな


◇ななしの調査隊員

試乗体験会はどこですか?


◇ななしの調査隊員

アマツマラ前で駐機してるから見学ならできるぞ


◇ななしの調査隊員

で、おっさんどうなったの?


◇ななしの調査隊員

怒り心頭のアマツマラちゃんに連行されてた


◇ななしの調査隊員

当然の結果ですね


◇ななしの調査隊員

なむなむ


◇ななしの調査隊員

反省部屋で頭冷やして下さい


◇ななしの調査隊員

ひゅう!

[スキー.movie]


◇ななしの調査隊員

なにやってんだこいつ!?


◇ななしの調査隊員

おっさんがテントスキーしてたから、俺もスキーやってみようかと思って。

種の運搬効率がだいぶ上がるぞ


◇ななしの調査隊員

氷機術ならいつでもボード出せるのか


◇ななしの調査隊員

リアルじゃスキーとかやったことないんだけど、できるかな


◇ななしの調査隊員

アマツマラ近くなら傾斜も緩いし、そこでレクチャーしてやろうか


◇ななしの調査隊員

おっさんに続いてスキーヤーやらボーダーやら結構出てきたな


◇ななしの調査隊員

俺をスキーに連れてって


◇ななしの調査隊員

ソリ派もおるぞ


◇ななしの調査隊員

ボブスレー派はいないんですか?


◇ななしの調査隊員

あんまり複雑な形状だと機術では無理だからな

鍛冶スキルとかあれば作れると思うが


◇ななしの調査隊員

おっさんが説教されてる間にスキースクール開設されてて笑うわ


◇ななしの調査隊員

歴戦の攻略組がスキー板履いてよちよち歩いてるのけっこう面白いな


◇ななしの調査隊員

スキー、種運ぶならストック使えないから注意しろよ。雪だるまになるぞ(一敗


◇ななしの調査隊員

上から転がってきたのお前かよ許さんからな


◇ななしの調査隊員

今年の冬季五輪会場はここですか?


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Tips

◇特殊大型機械装備〈カグツチ〉

 調査開拓用機械人形では遂行困難な任務の為、技術提供により開発された機装。胸部に操縦席を内蔵した、全長3メートルほどの人型機械。

 直接的な戦闘行為はできず、主に重量物の運搬などを行うために利用される。


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