第396話「猪突猛進」
パリパリとした雪を踏み抜き、深い足跡を刻みながら山を進む。
幸いにも晴天に恵まれ、見晴らしも良く、歩くだけなら〈歩行〉スキルを持っていないラクトでも問題はない。
「『岩砕』ッ!」
「『ガード』『リベンジフィスト』」
「――『一閃』」
しかし、問題が無いわけではない。
崩れ落ちるコオリザルを見下ろして、レティはうんざりとした顔で呻く。
「ずいぶんと原生生物たちが元気ですね。いつもならこんな連戦になることなんて、そうそうないのに」
彼女の言葉に、ラクトたちも揃って頷く。
シードを探して雪山に踏み入った俺たちを待っていたのは、いつになく凶暴化した原生生物たちとの間髪入れない連戦だった。
随分と気が立っている様子で、普段ならば反応しないような距離でも、目聡くレティたちを見つけて駆けてくる。
強さ自体は、今の彼女たちなら鎧袖一触に処理できる程度だとしても、単純に足止めされるのは精神的に苦痛を感じるようだった。
「まあ、空からドカドカと金属塊が落ちてきたらな。苛立ってもしかたないだろ」
恐らくフィールドの原生生物たちのストレスとなっているのは、アマテラスから順次投下され続けているミニシードだろう。
雪に音の溶ける静寂の世界へ、突然絶え間なく謎の物体が降ってくるのだ。
ミニシードと言ってもそのサイズはなかなか大きく、着地した時の衝撃も相応にある。
これで平静を保てと言う方が無理なのかも知れない。
「やっぱり、レティたちもその蓑を装備した方が良かったかも知れませんね」
レティがこちらを見て言う。
俺とミカゲが着ている“隠れ蓑”と“隠れ笠”は、気配を消して原生生物から見つかりにくくする効果がある。
そのため、気性の荒くなった原生生物に襲われるのは俺たち以外の女性陣ばかりだった。
「レティたちがコートから着替えたところで、結局しもふりが目立って変わらないんじゃないか?」
レティの側で行儀良くお座りするしもふりは、白い世界ではよく目立つ黒い体をしている。
機獣はそれだけで原生生物から狙われやすい存在だという検証結果もあるくらいだし、プレイヤーが対策しても現状とそう変わることもないだろう。
とはいえ、しもふりにはたっぷり物資を詰め込んでいるし、アマツマラの機獣保管庫で待っていて貰う、ということもできない。
「うぅぅ。結局、ぶん殴っていくしかないんですねぇ」
レティもしもふりを隊列から外すのは非現実的であると分かっているようで、げんなりと肩を落とす。
そんな話をしているうちにコオリザルの解体が終わり、ドロップアイテムをしもふりのコンテナに投げ込む。
アイテム収入的な意味でも、しもふりは無くてはならない存在なのである。
「しかし、大抵のミニシードはフィールドのど真ん中に落ちるから、すぐに他の人が持っていっちゃうわね」
大きな卵形の白い塊を胸の前に抱えた一団が、雪山をえっちらおっちらと下ってくる。
ミニシードはインベントリに入れられない特殊なアイテムで、一度に一つしか持つことができない。
更に、所持すると移動速度が強制的に2割ほど落ちるデバフが掛かってしまい、転倒するなどして手を離すと、途端にコロコロと山を転がり落ちてしまう。
種子を運ぶ一団の周囲には、彼らが転んだ瞬間に横取りしようと狙うプレイヤーと、彼らから仲間を守るプレイヤーもいて、お祭りのような騒ぎになっている。
「ふむふむ。ミニシードは高レベルの〈解錠〉スキルがあれば、難しいですけど強引に開封できるみたいですね」
小休止を決め、掲示板を眺めていたレティが、情報をピックアップして伝えてくれる。
どうやら早くもシードの中身を掠め取ろうとする不届きな調査開拓員が現れているようだ。
「中には何が入ってたの?」
「高クラスのSoCとか、ナノマシンジェルとかの、機械系素材類が多いみたいですね」
「まあ、確かに原生生物由来の素材は出てこないか」
レティの挙げたアイテムは、中間素材が多く工程が複雑で、レアリティが高い割に要求される頻度も高い、厄介なアイテムの代表格だった。
それらが高レベルの〈解錠〉スキルが必要とはいえ、手に入るのなら、プレイヤーもこぞって種を探すだろう。
「そんなのが入ってたら、アマツマラに納品する人はいなくなるんじゃないですか?」
不思議そうな顔で、トーカが言う。
確かに中に高級なアイテムが入っていると知れ渡ったら、アマツマラに納められるミニシードの数は減ってしまうだろう。
しかし、そんな彼女の意見にレティは懐疑的だった。
「どうでしょうね? ミニシードをこじ開けるには高レベルの〈解錠〉スキルと高級なピッキングツールが必要みたいですし、鍵師に依頼しようとしても結構な依頼料が取られるらしいですよ。
アマツマラに納品しても多少の報酬は貰えますし、そもそも深淵洞窟への拠点建設は、攻略系バンドに対して非常に大きな報酬ですので、彼らはみんな納品を選ぶでしょう」
「それもそうか。SoCやらナノマシンジェルやらは頑張ればいくらでも作れるけど、アマツマラは頑張っても作れない」
そのあたりを承知しているプレイヤーならば、目先の利益よりも納品することを選ぶだろう。
レティの言葉を聞いたトーカは納得した様子で頷いた。
「それじゃ、私たちもアマツマラ建設目指して頑張りましょうか」
休憩を終え、エイミーが立ちあがる。
レティが掲示板で情報を集めている間、彼女もマップを睨んで色々と戦略を練ってくれていた。
ここまでの道中でいくつか、目立たない場所や取りにくい場所に落ちているミニシードも見つけていたため、ここからは回収フェーズに本格的に乗り出すことになった。
「シードを見つけたのはこの丸で囲んだ箇所ね。もしかしたらもう取られてる可能性もあるけど」
「来た道を引き返しながら、回収しますか? 一人を護衛に残して、最大五人くらいまでは種運びができますけど」
エイミーの広げたマップを囲み、それぞれに検討する。
原生生物が活性化している状況で、六人全員が卵を抱えるのは非常に危険だ。
かといって一人二人が卵を持って、残りのメンバーで護衛するのも効率が悪い。
「そうだな……。うん?」
ぼんやりと地図を眺めていた俺は、ふと妙案を思いつく。
側に座っているしもふりを見た後、隣に立つラクトを見下ろす。
俺の視線に気がついたラクトが、怪訝な顔で見上げてきた。
「また何か変なことするの?」
「変なことはしないさ。けどまあ、楽しそうではある」
「レッジが楽しいって言った時はだいたい変なことなんだよねぇ」
嫌な予感がすると顔を顰めるラクト。
ひとまず話は聞いてくれそうだったので、俺は彼女たちに向かって、今思いついたばかりの作戦を披露した。
「ええ……」
「いやまあ、できなくもないでしょうけど」
「いいじゃん、楽しそうだと思うよ」
返ってきた言葉は三者三様だった。
しかし断固拒否されるということもなく、とりあえずは実行することが決まる。
「それじゃあ、種を確保しつつ山頂に向かうか」
そう言って俺は歩き出す。
他のプレイヤーたちがミニシードを確保した途端、踵を返して、山の中腹にあるアマツマラへと帰還を始める中、俺たちは迷わず山頂へと向かう。
「レッジ、あったよ」
「でかした」
崖の途中にめり込んでしまったミニシードを見つけては、『
少し高いだけの場所ならば、レティが高い跳躍力を活かして軽々と確保した。
ミカゲもまた、糸を使った自由自在な動きで難所に引っかかっているミニシードをどんどんと回収していく。
「ふぅ。結構重いな……」
抱えたミニシードを見下ろして、言葉を零す。
順調に発見と回収を繰り返していった俺たちは、山頂に辿り着くまでに五つのシードを回収することができた。
現在、ミニシードを抱えていないのはエイミーだけで、彼女は迫り来る原生生物たちを殴り倒して、無防備な俺たちを守ってくれていた。
「どれだけ腕力が無い人でも持てる代わりに、どれだけ腕力がある人でも一つしか持てませんからね。移動速度に関しては元々の脚力から減少するので、個人差が出てきますが」
同じく白い卵のようなミニシードを抱えたレティが振り返りながら言う。
彼女と俺の腕力は比べるまでも無く明らかなほどの差があるが、それでも持てるミニシードは一律で一つだけだ。
山頂に近付くほど斜面も急になり、もし転んで手を離せばミニシードは一瞬で見えなくなってしまうだろう。
かなりの標高だろうに、特に息苦しさを感じないのは機械の体だからだろうか。
「レッジ、もうこのあたりでいいんじゃない?」
比較的平坦になった場所を見つけ、ラクトが声を上げる。
確かにそこならば、小休憩もしやすそうだ。
「よし、少し休んで下ろうか」
「了解です」
レティがぴんと耳を立てて声を弾ませる。
ここまで登ってくるのに、彼女も疲れていたらしい。
「じゃ、ラクトは準備を頼む」
「はいはーい」
レティたちが雪の上に腰を下ろすなか、ラクトはミニシードをそっと置くと、アーツの詠唱を始める。
「『
細長い長方形の氷を二つ、雪面に並べる。
その上に、俺が“鱗雲”を展開する。
「レティ。よろしく頼む」
「分かりました。溝を刻むように、ですね」
続いて、レティがミニシードを抱えたまま、しもふりに乗り込む。
本来ならば手綱を持たないと振り落とされそうなものだが、そこを彼女は自慢の脚力でしっかりとしもふりの背を挟み込んでいくらしい。
全ての準備が整い、“鱗雲”の中にトーカたちが乗り込む。
「では、お先に失礼しますね」
そう言ってレティがしもふりを促す。
鋼鉄の猛犬は三つの頭で声を轟かせ、一気に斜面を駆け下りる。
その巨体と重量を存分に活かし、除雪機のように雪を押し退け、深い溝を刻みながら、疾駆する。
「エイミー、頼んだ」
「はいはい。行くわよ――『殴打』」
エイミーの盾拳が“鱗雲”の後部を叩く。
氷の板に乗ったテントは一息に加速し、しもふりが刻みつけたレールに沿って山を下り始める。
エイミーも“鱗雲”の屋根に飛び乗り、更にテントは加速する。
「掴まっとけよ!」
「ひゅぅ!」
屋根の上に立ち、冷たい風を受けながらテントと共に雪山を下る。
テントの中にいるラクトたちも、窓から顔を覗かせて歓声を上げていた。
「おぉぉい! 危ないぞ!」
レールの前方に、ミニシードを抱えたプレイヤーの一団を見つける。
声を張り上げると、向こうも斜面を猛烈な勢いで滑り落ちてくるスキー板を履いたテントに気付いたらしい、慌ててレールの外へと避難する。
「おっさん!? 楽しそうじゃないか!」
「いいだろう!」
どうやら向こうは俺たちの事を知っていたようで、すれ違いざまに声をかけてくれる。
斜面を滑る高揚感のまま、俺も手を振り、それに応えた。
「はっはー! 気持ちいいな!」
「結構安定するものねぇ」
しもふりの作ったレールのおかげで、“鱗雲”雪上スキーカスタムは快調に滑る。
エイミーも屋根の縁に座り、長い髪を風にたなびかせて楽しげだ。
『レッジさん、アマツマラまでレール繋げましたよ』
そうしているとレティからTELが入る。
「ありがとう。こっちもすぐに追いつくさ」
スキーの速度は上々だ。
すぐに目的地であるアマツマラの建物が見えてくる。
それがどんどんと近付くなか、エイミーがふと首を傾げた。
「そういえばレッジ」
「どうした?」
「これ、どうやって止めるの?」
「…………あー」
微振動を続けながら、テントはハイスピードで雪原を駆けていく。
深く刻まれたレールの先にあるのは、銀に輝くアマツマラ。
その周囲には人も多い。
「ねえ、レッジ。あそこにいるのアマツマラじゃない?」
テントの窓から顔を出し、ラクトが指をさす。
レールの延長線上に、見覚えのある赤髪の少女が立っている。
彼女は何かを訴えるように大きく両手を広げ、わたわたと振り回していた。
テントはぐんぐんと彼女に近付き、その声が届く距離に入る。
『と、ま、れぇぇえええええっ!』
アナウンスの時とは打って変わって、感情を全面に押し出した、切羽詰まった声だ。
俺はその声に応えるべく、テントの屋根で立ち上がる。
「すまん! ブレーキはない!」
その言葉で、アマツマラは制止から避難誘導へと動きを切り替えた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇山伏の隠れ蓑
過酷な山の中で修行に身を投じる者が着用する蓑。獣たちから姿を隠し、山の寒気に耐え、不安定な足場を歩くことができるようになる。
着用時、原生生物に見つかりにくくなる。強い寒さを凌ぐ。山岳地帯で歩きやすくなる。
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