第394話「要望は率直に」
ヌーの川渡りのように慌ただしい物資獲得戦争をくぐり抜けた俺たちは、ひとまず目標としていた数の必要物資を揃えることができた。
正直に言えばアンプル類が若干心許ないが、それは俺が素材になる薬草を栽培して持っていけば、手間賃だけで作って貰うこともできるはずだ。
「ふぅ。もうしばらくは市場に行きたくないね」
ぐったりとテーブルに頬を付けて項垂れるラクトの言葉に、レティたちも無言で頷く。
少なくとも、イベントが始まるまではあの活気も収まりそうにないし、俺も同意だった。
とはいえ、露店に商品を補充するために否が応でも行かねばならないのだが。
「“カグツチ”についての情報も、スレッドで色々書きこまれてますね。信憑性が疑わしいものも多々ありますが」
椅子に座り、ウィンドウに指を滑らせていたレティが言う。
活発なのは街中だけではない。
掲示板のスレッドやwiki、各バンドのウェブサイトなどの情報世界でも、憶測、検証、推測、事実、噂などなど、玉石混淆の情報が飛び交っている。
「“カグツチ”は〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉による技術占有である、断固抗議すべき。“カグツチ”に裏コードを入力すると〈ハイパーカグツチスペシャルエディション〉へと変形する。ミニシードを七つ集めると願いがなんでも叶う……。なんかもう、デマを考えてる側も楽しんでますねぇ」
そもそも“カグツチ”についての情報は、その名前と簡単な役割についてしか開示されていない。
それなのに、すでに“カグツチ”の詳細な設計図と銘打たれたブループリントデータがアップロードされていたりと、随分な無法地帯が展開されている。
まだ情報が無い段階から、偽物でも“カグツチ”に近いものが作れたらそれだけでアドバンテージになると考えるところもあるのだろう。
「なんだか懐かしいねぇ。こういうの」
「どういうことだ?」
滝のように流れていくスレッドの書き込みを眺めながら、ラクトが苦笑する。
「第三回イベントの時もこういうのがあったんだよ。僕の考えた最強の土蜘蛛、みたいな?」
「へぇ。それは知らなかった」
第三回イベント〈特殊開拓指令;黒銀の大蜘蛛〉では、第一段階として製造フェーズがあった。
その時にネヴァが監修した“土蜘蛛”の設計図がイベント開始と同時に開示され、多くの生産者がそれを作るために奔走していた。
その時、今の“偽カグツチ”と同じように“偽土蜘蛛”もいくつか独自に作られていたらしい。
「ま、結局どれも高地を降りることもできなかったんだけどね」
「そうなのか」
「管理者だけが持ってる情報があって、それを加味した設計じゃないと使えないんじゃないか、って噂が流れてたよ」
ラクトはそう言って、テーブルについてオレンジジュースを飲んでいたスサノオの方を見る。
彼女の視線に気がついたスサノオは、可愛らしく小首を傾げる。
『あぅ?』
彼女は知らないのか、知っていても俺たちに知る権限がないから教えられないのか、よく分からないが別にいい。
「しかし、僕の考えた最強のカグツチか。なるほど……」
無意識に顎へ指を添え、考え込む。
俺は〈機械製作〉スキルも無いし、機装を作る技も知識も持ち合わせていない。
しかし、自分だけのオリジナリティ溢れる最強ロボットという概念には、どうしても心の中の小学生男児が反応してしまう。
「あの、レッジさん? また何か良からぬ事を考えてたりしません?」
ピクリと耳を震わせて、レティがこちらに視線を向ける。
眉を寄せ、深い疑念の籠もった目が俺を見る。
「失敬な。俺は良からぬ事なんて考えたことないぞ」
「どの口が言うんだか……。ただでさえイベントの準備で忙しいんですから、あんまり暴れないで下さいよ」
まるで母親のように口を尖らせるレティ。
暴れることに関しては彼女の方が定評があると思うのだが、正直にそのまま言葉にすると余計にややこしいことになりそうで口を噤む。
俺は理性的で理知的な大人なのである。
「さて、じゃあ薬草の栽培でもしてくるかな」
俺は化学防護服に着替え、別荘の裏口へ向かう。
「あ、レッジ。そしたらホットアンプル用のトウガラシも育ててくれない? できるだけ辛さのあるやつ」
背後から掛けられたラクトの声に、手を挙げて答える。
トウガラシの辛さを上げる品種改良も、一応普段の実験に平行してやっているから、それを量産しておこう。
『あぅ。スゥも、いく!』
作業着に着替え、麦わら帽子を被ったスサノオが俺の後をトテトテとついてくる。
彼女が育てている種も、順調に育っているところだ。
俺はスサノオと共に、エアロックで隔たれた農園へと引きこもった。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
ついに人型ロボットに乗り込む時代がやってきたか
◇ななしの調査隊員
鉄神兵団の最近の活躍は目覚ましかったからなぁ
トーナメントでもぐんぐん順位上げてきてたし
◇ななしの調査隊員
ダマスカス組合もよく手を組んだよな
一応、ライバル同士だろ?
◇ななしの調査隊員
ライバルとして争うより、協力してゲーム側に売り込む方が得だって判断したんでしょ
◇ななしの調査隊員
ああいうのって何かメリットあるの?
ビット貰えるとか
◇ななしの調査隊員
そういうのは無いんじゃねーの。単純に宣伝とかそんなんだろ
◇ななしの調査隊員
そうでなくても、自分がやってるゲームに自分らが考えて開発したものが正式に取り入れられるのは嬉しいもんじゃないの?
◇ななしの調査隊員
一回おっさんにその辺聞いてみたいな
◇ななしの調査隊員
そういやおっさんってそういうのやってたっけ
◇ななしの調査隊員
一回目はウェイドのやつか?
シードを打ち返した時の、テント
◇ななしの調査隊員
テント(要塞)
◇ななしの調査隊員
ウェイドの中央制御区域にあるでけぇテントか。
そういやアレ元々はおっさんのだったっけね
◇ななしの調査隊員
あとは、前のイベントの時の蜘蛛とか
◇ななしの調査隊員
あれはウェイドんとこに直接訪問セールスに行ったんだっけ?
◇ななしの調査隊員
訪問セールスが過激すぎるんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
押し売り(警備NPCをなぎ倒しながら
◇ななしの調査隊員
あれのせいでウェイドちゃんびびっちゃったんじゃなかったっけ?それで意見箱が各町に設置されたんだよな
◇ななしの調査隊員
そりゃまあ突然玄関ぶち破って商人が来たらビビるわな
◇ななしの調査隊員
結果的に採用されたしなぁ
◇ななしの調査隊員
俺もなんか、運営に採用されてぇな
◇ななしの調査隊員
毎月意見箱に色々要望送ってるぞ。ちっちゃいアイテムとかなら割と実装してもらえたりする。
◇ななしの調査隊員
まじで?
いいなあ
◇ななしの調査隊員
ちなみに何要望したの
◇ななしの調査隊員
コーラコーヒーとか。
なんかVRでしか飲めないような刺激的な味のドリンクが欲しいですってお手紙かいた。
◇ななしの調査隊員
黒い稲妻の新商品はお前が犯人かよ
◇ななしの調査隊員
ぜってー許さんカラな
◇ななしの調査隊員
なんだよお前は味覚いかれてんのか
◇ななしの調査隊員
散々な言われようで笑う
それはそれとして反省しろ
◇ななしの調査隊員
別に独創的な飲み物じゃなくても、こういう装備が欲しいですって書けば結構レシピ実装してもらえるで
◇ななしの調査隊員
そういうのって生産スキルあれば割と自由にデザインできるし、自力で作ればええんでないの?
◇ななしの調査隊員
デザインセンスねぇからレシピ作って貰うんだよ
◇ななしの調査隊員
なるほど。絵心が無くても欲しい装備を作って貰えるのか。
◇ななしの調査隊員
俺、こういうのつくって欲しいって要望出したよ。
[ウェディングドレスデザイン案.img]
◇ななしの調査隊員
ええ・・・
◇ななしの調査隊員
なに・・・この、なに・・・?
◇ななしの調査隊員
どの辺がウェディングなんです?
◇ななしの調査隊員
三歳児でももっと具体的な絵かくぞ
◇ななしの調査隊員
絵心ないんだよ!流れで察しろよ!!
ちなみにこれが正式にレシピ化されて、知り合いの裁縫師に頼んで作って貰ったウェディングドレスです。
[白薔薇の花嫁衣装.img]
◇ななしの調査隊員
これかよ!!!!
◇ななしの調査隊員
え、あれからこれになるの???
何で???
◇ななしの調査隊員
めっちゃデザイン良くて人気の装備やんけ
ゲーム内で結婚式挙げてるカップルの花嫁がこれ着てた気がする
◇ななしの調査隊員
天変地異起こってもこれにはならんやろ・・・
◇ななしの調査隊員
管理者のデザイナー適正が高すぎる
◇ななしの調査隊員
これ着てる女の子もめっちゃ可愛いなぁ
◇ななしの調査隊員
たしかに。モデルの子もカワイイ
◇ななしの調査隊員
その子俺だよ。
自分が着たくて要望出した。
◇ななしの調査隊員
さっきはごめんね
◇ななしの調査隊員
改めてみてみると、元絵も結構味があっていいんじゃないか?
◇ななしの調査隊員
俺は元から才能を感じてたぞ
◇ななしの調査隊員
やっぱ芸術は爆発なんだよなぁ
_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/
Tips
◇白薔薇の花嫁衣装
純白の薔薇が各所にあしらわれた、華やかな花嫁衣装。幸せの絶頂に相応しく、祝福の光が取り囲む。
自分以外の“白薔薇の花嫁衣装”あるいは“白薔薇の花婿衣装”を着用したプレイヤーとパーティを組んだ時、全てのステータスが三割上昇する。
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